141 - 僕らが調べた限り
5月上弦5日。
「にゃあん」
「にゃん!」
「ミユちゃんもヨシくんも元気そうでよかったあ。ミユちゃんは美人さんになったね、尻尾もチャーミング。ヨシくんは凜々しくなったかな、もてもてだろう?」
アカシャ国、王都、ディース。
サムに連いてきたら王宮だった――まあ当然だ、今、この国は、そして王宮は、サムのものなのだから。
そんな王宮の一室で数年来の再開をした二匹の猫は、記憶にある彼らよりも一回り二回りと大きくなっている。
ちょっと太ったかな?
良い生活をしているようだ。
毛並もバッチリ、目もくりりんと潤っている。
「ふむ。もとより貴様の猫だ、貴様に懐くのは当然……にしても、なんだろうな。そうも擦り寄り腹を見せるというのは……」
「なんなら昔みたいに上ってくるかい」
「にゃん」
「にゃ」
提案すると二匹は競うように身体をよじ登り、両肩に。
うん、ひさびさにずっしりとした感覚だ。やっぱり以前より重い。
「……腹を見せて服従しているほうがまだしもまともな絵面だったということに俺は衝撃を受けているよ」
「サムも載せてみる?」
「いや遠慮する。爪が刺さるし重いだろう」
「大丈夫。爪が食い込んでもその側から治せば良いよ」
「まるで大丈夫ではないな」
やれやれやれやれ、とサムは二度『やれやれ』を繰り返した。
「俺の前でこうも砕けた態度を取ってくれるのは、今や貴様くらいだよ。王になんぞなるもんじゃないな、人間性を捨てなきゃならん」
「ならば王様なんて辞めて逃げちゃえば?」
「馬鹿を言え。俺が逃げればアカシャの民が困るだろう――政治にも軍事にも俺は実際必要無いが、王様という存在が居なければ何も決まらん」
そしてその割り切りは確かに、サムらしい主張だった。
「しかしまあ……何度でも言うが、貴様はまるで変わらないな。思考や思想の話では無いぞ、ましてや性格ですらない。外見の話だ。不老だとは聞いていたが、それほどか」
「髪の毛とか爪は切ってるけどね――あはは、プロシアに行ったらどんな反応されるかな」
「そう意地悪な事をしてやるなよ。カウランが混乱してギルドハウスがパンクしかねん」
「そうだね――」
フロス・コットンとして。
僕が過ごしたその街は、あれから特に変わっていないらしい。
カウランさんがギルドハウスを回し、ハルクさんがエースとして働く。ムギさんは元気かな、ヘーゲルさんは腰を痛めたという話を聞いたけれど。
「……貴様の地獄耳も大概だな。ヘーゲルの腰は安心しろ、すぐに治っている」
「ならよかった」
ちなみにぎっくり腰だったらしい。
癖になるんだよねアレ。
「ま、雑談はこの辺にしておくか」
「うん。本題に入ろう。まずはこっちからかな」
「成果があったと。何が解った?」
「『月の魔法』と『星の魔法』、『月の魔法』を操る黒床の神子。月の魔法のリソース、月の魔法の発動原理、陰陽の国ドアとバード、リコルドとヴァルキア、サトサンガで見つけた『聖竜』らしきもの――概ねこの辺の真相かな」
「…………。何?」
「世界を回って色々と調べたからね――まあ、仮説の域を出ないものもあるけれど、殆ど確信に近い答えは提示出来ると想うよ」
そもそも。
サムが探っていたのは月の魔法と黒床の神子、そしてその夢に関する話だった。
そこから話してみることとしよう。
「黒床の神子の正体は、陰陽の国バードの生き残り。……で、それを語るためにはリコルドのことから知らないといけない――」
豊穣の国リコルド。
『魔力』と『領域』から成立する魔法、『ルナティック』を使っていた国家。
パニックとは異なり、制御が完全に行える――ただしパニックとは大きく効果がそもそも違う。
未来の可能性を確認し、その中から術者が望む未来を選び取るという魔法だ。
そしてリソースとは別に、この魔法の発動には『それ以外の未来』を代償に捧げる必要がある。
「…………? つまり?」
「サム。今日の夕飯は何が食べたい?」
「はあ。そうだな、今日はローテーション的には牛肉か。煮物の方が良いな、シチューにパン。正直に言えばそれで十分だが、給仕側にも都合があるからな……」
「良いね。説明しやすいよ」
「ん……?」
「今の時点では『今日の夕飯が何かわからない』。ただ、ルナティックを使うことで未来の可能性を垣間見る事が出来る――『夕飯が食べられる未来』『夕飯が食べられない未来』があるだろう、その食べられる未来の中で、『牛肉が出てくる未来』を選んで、その中から『シチューにパンが出てくる未来』をルナティックで選び取ったとする。すると、それ以外の可能性が代償に捧げられて、このあとサムは『今日の夕飯として牛肉のシチューとパンが出てくる』って現実に出会える」
「……その未来になるように固定したという話だろう。他の未来を代償にという下りが解らんな」
「そのままだよ。『他の未来はなくなる』んだ。術者が選び取った未来から繋がる可能性しか、その後には残らない」
可能性を代償として捧げることで、『それ以外の未来が訪れないようになる』。
未来を固定するために、『その未来が来るように強固なピン止めをする』のではなく、『その未来以外の未来は消し去る』。
それが、ルナティックだ。
「…………」
「だからリコルドは滅ぼされた。第一の咎だ」
第二の咎、陰陽の国ドアへと話が続く。
そもそも陰陽の国とはドアとバードの二国を指す。
ドアは月の魔法を、バードは星の魔法をそれぞれ特別な魔法として継承していた。
「月の魔法は『願い』を束ねて一つの力にするんだ。で、その束ねられた願いの中から一つをその時代の『月』が選んで、選ばれた願いが実現する。その願いが他人のためのものならば、それを願ったその人が死んで――その願いが自分のためのものならば、それを願った人とは『関係のない誰かが死ぬ』。『月』はその時代ごとに、その才能を持った人物がこなす――ただし、月はその時間事に『最大で一人だけ』だ」
「嫌に断定口調だな。月とやらは解っているのか?」
「今の時代は僕だ」
「…………」
得心いった、と。
サムは表情で答えた。
「『月』という才能を持っているかどうかは『夢を見ることが出来るかどうか』で判別できるみたいだね。より鮮明に夢を見ることが出来る人が、『月』になるみたい――だから、僕がこの世界から退去した後はサムもなり得る。その前にサトサンガのベイル卿かな」
「ふむ……だが、お前がフロス・コットンとして現れるまで、月の魔法なんぞ伝承の中でしか存在しなかった。それは何故だ?」
「サトサンガで発見した聖竜の片割れが僕の一個前の『月』だったんだよ。もっと言えば聖竜になる前から、月だったみたい」
「サトサンガの聖竜。正体は分かったと?」
「セイム・シャムとハイム・シャム。どちらもヴァルキアに産まれた子供で、兄妹――」
『月』だったのはセイムの方。
幼い頃はその力を意図せずに行使し続け、物心ついて自分が奇妙な力を持っていることに気付き、それでも他人に告げること無く生涯を終えるはずだった。
けれどセイムの周りで大災害が起き、その災害から皆を救いたい、救いを求める願いに叶えたい、その一心で周囲に『災害から救われる未来を月に祈れ』と触れ回り、翌月の3日にその月の魔法が発動。
セイムの周りの多くの人々は救われて、セイムとは関係のない多くの人々が犠牲となった――そしてその力を周囲の人々は聖竜と呼んだ。
人々に恐れられたセイムは一人で人里から離れようとしたけれど、妹のハイムが付いていくことを望んだ。セイムはハイムと一緒に街を離れ長く時が過ぎた頃、精神的に少し隙があったのか、ハイムの願い――『月が無事でありますように』という願いを叶えてしまった。
ハイムの願いは自分のためのものだった、だからハイムの命と引き換えに叶えられる。目を醒ましたセイムは自らの横で息絶えたハイムを抱きしめて――そこに、バードが現れた。
バードは条件を呑むならば、ハイムを救うと約束した。
条件は、セイムが聖竜としてこの世界の柱になる事。『月』として何も叶えず、ただそこに在り続けると言う事。
セイムは迷わずにそれを受け容れた。バードはハイムの運命を星の魔法で書き換えて、ハイムは命を失ったという過去の運命が変えられて、逆説的に生き返った。死んでいないのだ、生きている。当然だ。
が、ここでバードとしても想定外の事態が起きた。
ドアの月の魔法はハイムを犠牲に月を守るもので、バードの星の魔法はセイムを犠牲に妹を守るものだったんだけど、これが衝突した。
絶命と蘇生を繰り返すハイムと、それを見ていたセイムは狂い掛けて、けれど狂いきる前に、バードに一つの魔法を要求した。
即ち、セイムとハイムという存在を、『一つに纏める』という魔法――そうして産まれたのが、あの異形としての聖竜である。
もとは二人の人間で、星の魔法によって無理矢理一つになっていたから、僕には縛られた二人の人型に見えた――あの時一緒に居たヘレンさんやリーヴァさんには聖竜としての、『存在を一つに纏めた後』の姿で認識されていたのはそちらが正常で、僕はバードの星の魔法を部分的に破り、本質の部分を見ていたからそう見えた、って事らしい。
「んん……、待て。理解が追いつかん。存在を一つに纏める……いやまあ、可能だったとしよう。だが月という性質はそのまま持っていたのだろう? 『月が無事でありますように』という願いのせいで不死やそれに類する状態になっていたみるが、それが何故サトサンガで滅んだ?」
「僕がこの世界に来た時点で、『月』の役割が僕に移ったんだよ。結果、あの聖竜は『月』じゃなくなった。だから滅んだ」
やっと起きて、やっと眠ることが出来る。
そう言って滅んだのは――月として夢を見ること無く、ただ存在を終えることができるという安堵だったのだろう。
「ついでに言うと、月の魔法と星の魔法は本質的なところで似ていてね。どちらも運命そのものに干渉する。ただ、月の魔法は未来しか変えられないけれど――星の魔法は過去しか変えることができない。ま、似てるって言うのはその部分だけで、発動方法とか原理とかはまた別っぽいけれど……」
まあ、それはそれ。
「……リコルドと陰陽の国の関係は?」
「リコルドがルナティックを原因として滅ぼされた後、陰陽の国、特に『未来』に干渉する側であるドアにも矛先が向ったんだ。結果、ドアの黒床の神子と呼ばれる一団は月の魔法を使って、この世界の別の階層、異界って場所に逃げ出した。それに巻き込まれる形でバードも同じ階層になかば拉致されたみたいだ」
「ドアがあった場所はメーダー、の、空間途絶地帯だったな。それもそれが原因か?」
「いや。空間途絶地帯はメーダーが作り出したものだよ」
「…………?」
メーダーにとってアルケミックのフレームワーク、その本体にあたるメインフレームをどうやって安全に隠して保存するか……というのは当時からして命題だったし、今でも命題の一つだ。何せメインフーレムが壊れたら、フレームワーク――アルケミックの全てが失われるのだから。
そこで目を付けたのが、当時第二の咎として指定された陰陽の国ドアだ。
ドアを滅ぼし尽くして良いというお墨付きを得たメーダーは、率先してそれを行った。そうして『当時ドアに存在したあらゆるもの』を代償として、その空間途絶地帯を産み出し、その中にメインフレームを隠した――それが真相だ。
「記録によればドアの跡地をどんなに調べても黒床の神子は発見できなかったってあるけれど、そりゃそうだ。ドアがあった場所にはもはや誰も入れない。調べようにも調べようがない――ドアとしては二重に追放された形だけれど」
「……いや、だがそうなると記録と整合が――」
「そうだね。ただ僕が調べた限りでの真相はそれだ。リコルドを滅ぼした時と同じで、ドアを滅ぼした後も情報の統制が起きて――メーダーにとって都合の良いように書き換えられて、他の国もそれを認めたってだけだよ。アルケミックを全世界に解放することを条件にね」
そしてそれは実現している。
世界中のギルド施設が『フレーム』に関係する道具や魔法に依存したのは、その敬意があったからこそなのだ。
「貴様の言っている全てが真相だったとすると……ならばドアの目的は現実世界への帰還ではない、ということか?」
「黒床の神子は、黒床の神子にとって都合の良い世界に世界を変えたいんだよ。その為の道程の一つに現実世界への帰還がある。その後は『勇者』を作って世界を変えるための行動をさせるだろうね」
「……バードが貴様に接触したという話が合ったな。それはどう言う意味だ?」
「ドアにとって都合の良い世界がバードにとって都合の良い世界じゃないってこと――バードは現状に『そこそこ満足』している。ドアは現実に干渉できないけど、バードにはできる。むしろドアが現実世界に帰還を果たせば、バードも同時に帰還する事になってしまうだろう。現状で満足してるんだから、変に変えられたら困る。だから、僕に――魔王に接触した。魔王は世界を違える力を持つから」
けれどそれは、実を言えば半分間違いである。
魔王だけでは、足りないのだ。
「…………。貴様は、今の一連の知識をどこで得た?」
「クラで色々と動いている間に、『洋輔』……僕にとっての元の世界で一番大切な人から、僕を起点に色々と『観測』をしてもらっていてね。再現機というゴーレム……意識を持った道具あたりでとりあえずは認識してくれれば良いかな。それで過去を再現して、そっちも観測して貰ったんだ」
つまりは洋輔が地球という異世界からこの世界をいろいろな側面で観測した結果、判明した真実の一つの見方――である。
「証拠は無い。根拠も無い。ただ恐らく、それがこの世界の歴史の真相だ」
「証拠も根拠も無いとなると、信じるに値するか解らんな」
「だろうね。だから一つだけ、サムにしか通じない特別なことを言うよ。それで判断してほしい」
「ふむ。何だ?」
洋輔から伝えられたことを、そのまま告げる。
「サムは――」
『それ』を告げ終えると、サムは一度表情を消して頷き、悪い笑みを浮かべて言った。
「なるほど。信じざるを得ないようだ――そして、だとしたら貴様はもはや、クタスタの真相も『ようすけ』から聞き知っているな。誰が何をした結果ああなったのか、大人しく話せ」
だから僕も頷き答えた。
「クタスタは何もしていない」
「は?」
ただただ、不運というだけなのだ。




