140 - こうして歴史は作られる
クラ激甚大震災。
そう呼ばれるようになったその大地震の震源はクラ国、旧ミオ領。
これはあくまでも洋輔が再現機、渡鶴を使って調べてくれたから解ったと言うだけで、この世界の人々が正確に観測したわけでは無いけれど――地球、日本の規準でその威力を顕すと、マグニチュード8.9、震源の深さは30キロほど。ほぼクラの中心地点といっても良いような場所でおきたその地震は、クラ全体を大きく揺るがした。
その揺れがあったとき、僕が居たキヌサで震度は6強、ないし7。震源の直上である旧ミオ領では文句なしの7、地割れ・地滑りなども多く観測されている他、やや離れた場所……ゴチエなどでは液状化現象も見られるなど、この地震の規模は歴史的な大きさだったという。
また、この揺れはクラを中心としているとはいえ、あまりにも大きすぎたからか、五国大陸もそれなりに揺れを観測。メーダーで最大震度4、アカシャでも最大震度3――サムの居城でも震度2程度の長い揺れがあったというのだから、世界そのものが揺れたようなものだ。
そしてこれはあくまでも本震だけの話。
余震もあれから何度となく、マグニチュード7から8クラスで起きている。
流石に本震ほどの規模では今のところ起きていないけれど、それでもキヌサで震度6弱程度の揺れをちらほらと観測していた――最初の揺れが起きたその日からの7日は本当に酷く、心安まるという事が無かったし、今だってそれは変わらない。
キヌサ領だけの話をするならば。
キヌサ・ヴィレッジは大きな被害を受けこそしたけれど犠牲者は一人も出なかった。
これは丁度その日、キヌサ・ヴィレッジに六人衆が集結していたことと、御屋形様からの指示が的確だったことがやはり大きい。
さらに言えばキヌサ・ヴィレッジにはライアンとフランカが居て、この二人が封印していた魔法をそれほど長い時間では無かったけれど惜しまずに使い、二次災害はその全てが悉く瞬時に鎮められ、また地震の揺れによる被害もそのかなりを軽減できたのも大きい。
僕の部屋にあったエリクシルは結局、420服ほどが使われたようだ。実はライアンとフランカ、治癒系統の魔法も使えるんだけど、あまり魔力を割きたくなかったと見える。
ともあれ、エリクシルもあって、地震による怪我人もその場で完治。
結果、キヌサ・ヴィレッジは建物や家財道具に被害は出ても、それくらいで済んだ。
キヌサが抱える工房街も、僕が一度目の揺れの直後に強制的に『直し』て『治し』て、余震が来る前にヨウコウがテキパキと撤収を実行。その結果、全員が工房街を出て平原に避難し、ちょうどテントを立て始めたところで余震が発生。
これで改めて工房街は甚大な被害を受け、機材的にも住宅的にも損壊著しくはあったけれど、人的被害は無かったそうだ。
クートも無事に見つかり、目を醒ましたそうだから、まずは一安心。とはいえまともな方法で工房の施設を『直す』には時間が掛かるだろう。
工房街以外、領内の街や村には軍が派遣され、迅速な救助活動が行われた。
それでも怪我人はかなり出ているし、死者も相当は出てしまっている。
地割れや山崩れ、河川の崩壊などは、規模が大きい順に軍がある程度対処したこともあって、深刻性は薄い。とは言っても、それは表面上の話。実際にそのタイミングで山や川に誰も居なかったとは断定できず、目撃情報などから万が一の生存者がいるかも知れないということで、現在も調査は続いている。
……というのが、大体キヌサの現状みたいなもので。
キヌサの外は、惨いことになっている。
単に勢力の中心、その勢力の領主の居城が崩壊してそのまま亡くなった領主もいれば、大きな揺れから混乱を起こした民を鎮めようと領主が出た結果、余震を原因とした建物の崩壊に巻き込まれる不幸が続いて亡くなった者もいる。
全勢力で見ても、領主が無傷で済んだのはアイラム・ノ・キヌサくらいかもしれない。
少なくとも軽傷を負う領主が大半で、セイレンを抱えるノ・ゴチエは左足を骨折する重傷、アーレンを抱えるノ・ミスオーは全身を強く打ったという話が入っている。死んでないならば治癒術士が治療を行うだろう。
領主という立場ならば、そう、治癒術士も優先的に治療をするだろう。だからまだなんとかなる。だが民にまで治癒術士が行き渡るかといえばそれは無理な話で、キヌサ領以外では救助活動の初動が遅れた領が多く、また山崩れなどの直撃を受けた街や、火災が広がり全焼に近い状態に陥った集落もあるなど、犠牲者の数は概算すら難しい。
概算が難しいのは、商人会による連絡網が寸断されているからで、これはつまり物資の移動が止まった事も意味している――軍事品はなくても戦争所ではないので構わないとして、食糧や日用品の供給が安定して行えない状況になっている、民の不満は着々と溜まっていた。
一方、冒険者ギルドや情報ギルドは、今回の大地震を受けて無償で救助を要する深刻な場所への派遣などを行っているけれど、焼け石に水という感も否めないけど、それでも無いより絶対的に良い事だ、それで助かる人も多い。
また、冒険者ギルドと情報ギルドの情報網はある程度健在だったことから、商人会はこの二ギルドを利用してなんとか供給網の修復にと躍起になっている。
あの様子ならばあと一弦ほどで最低限の供給網は出来るだろう、ぼったくり価格になりそうだけど。
そして。
この大地震の影で、時代は間違い無く動いていた。
まだ公式な発表はされていないけれど、アーレン家、セイレン家は共にこの地震による一連の騒ぎで当主並びに血縁者を失い、事実上の断絶となっている。
この発表がされていないのは、その二家を擁したミスオー、ゴチエがその不手際を隠そうとしたという側面もあるだろうけれど、それよりも今、大地震という民心の乱れる事態にあって、古く尊き血という権威を守り切れず喪失した……なんてことを表沙汰に出来ないという、至極真っ当な判断の下だろう。
とはいえ噂の段階で既に漏れ始めているし、時間の問題。いつかその二勢力は損切りをすることになる――とはいえ、他の勢力も敢えてそれを追求しないのは、やはり民心を考えると、古く尊き血という権威には『居て貰わなければ困る』のだ。
この混迷を極める大陸に、それでも秩序が残っているのは古く尊き血というよりどころがあるから、なのだから。
そうして、更に一年が過ぎた。
◇
個人的なタイムリミットまであと13年。
4月下弦20日、クラ大陸に対する大規模な国際支援の代表として大船団からポートマツサに降り立ったその凜々しい青年の名は、ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャ――アカシャ国王、その人である。
「ふむ。まだ建物に傷跡が残っているな」
眉を顰めてそう語りつつ、アカシャ国王ユアンは一歩二歩とクラを歩き、そして僕の前に立った。
「話には聞いていた。余り変わらぬとな。とはいえまさか『そのまま』だとは思いもしなかったぞ。貴様とこうして向かい合うのは何年ぶりだ?」
「六年です、陛下。当時はまだ殿下でしたね」
「そうだな。懐かしいものだ――貴様を見るだけで、その懐かしき想い出が蘇ってくるものだ。否応もなくな」
当然、サムがこの場に今日到着するだとか、その後やることだとかは調整済み。
今日、この場に居る僕は、だから少し、立場が特殊だった。
「六年来だ、今は祝いの一つでもしたいものだが、それどころではない――なあ、ユーヤ。そうだろう」
そうですね、と頷く。
ユーヤ・ソンシャ。
それが『この場に居る僕』の立場であり、名前である。
この名前自体は、僕から提案したけれど――立場はサムが決めたものだ。
「案内を頼むぞ。護衛の兵はそれほど多く連れていないが、もとより異国。連れ歩くのは妙な話だからな」
「はい。それでは、こちらへ」
そう言って案内する先はキヌサ――ではなく、ポートマツサの集会場。
サムはキヌサまで来ることも考えていたようだけど、流石に側近が止めたらしい。
だから逆に、キヌサの重鎮が――アイラム・ノ・キヌサ、カティ・ヤヤルドの二名と、その幼子をポートマツサに連れてきたのである。
「こちらです。護衛の方々、調査が必要でしたらお先に」
「有り難いが――」
「要らぬ」
「――と、国王陛下の命にて」
「……陛下。もうちょっと部下の心配も理解してあげて下さい」
「貴様にだけは言われる筋合いがない」
見てくれはともかく、中身は変わらないなあ……サムも。
僕が扉を開けて中へと招くと、サムの前に一応護衛が二人入り、その後サムが入って、残りの護衛のうち半数も入ってゆく。
残り半数は外で待機、と言う事らしい。
集会場の中では、サムと御屋形様、カティ、そして幼子が向かい合っていた。
カティはサムを探るような目で――御屋形様はサムに呆れるような目で。
「大人二人に見覚えはないが、その子供には見覚えがあるな。オルガス・アーレンだったか」
そしてただこの一言を、この場で言う。
たったそれだけのために、サムは遠路遙々海を渡ってきたようなものだ。
アカシャの国王が、アーレンの貴種の存在を認め――それを本物であると断定したことで、古く尊き血はここに復旧しうることを解らせるために。
「クラの惨状は聞いているが、あくまでも聞いているだけだ。異国の事とはいえ、災害には慈悲が必要であろうな。アカシャはクラに最大限の援助を行おう」
「感謝いたしまする」
「ああ、いや。頭を下げずとも良いさ。ここはアカシャではないのだ。アカシャの法も立場も関係あるまいよ」
いや援助的には関係する……突っ込むだけ野暮か。
「しかしノ・キヌサよ。こうして会うのも妙な縁だな」
「まことに。それも全ては――、ユーヤ・ソンシャ。彼の導きですか」
「クラに間者をまいたこと、悪く思うなというのも無理だろうがな。今の所は納めて貰いたい」
「それで民が平穏を享受できるならば」
そして会話は、僕の処遇へと続いてゆく。
というのも、サムはクラ、特にキヌサに肩入れする条件として、御屋形様に一つの条件を突きつけていた。
『僕』の回収だ。
どうもアカシャ国内……というより、アカシャの北西に位置する国家、クタスタで一騒ぎ在りそうなのだとか。
それで利用できそうな駒を去年の段階で片っ端から集めていて、こうなったら僕も回収しておこう――と、そうなったらしい。
裏を返せば。
僕を回収せざるを得ないほどの何かが、クタスタで起きている、ってことになるんだけども……。
「公式にはこんなところか。ユーヤ。結界を」
「はい」
頼まれて。
結界を展開し、僕とサム、御屋形様にカティ、そしてオルガス・アーレンだけの空間を作り出す。
「貴様の結界術もシャルに並びうるな……まあそれは後で聞くとしてだ。非公式の場としてこの結界を利用させて貰う。遮音はしているな?」
「はい。僕でもこれの中身は探れません」
「ほう。大した自信だ。良かろう。……今日を以て、とりあえずユーヤ――貴様らがリリ・クルコウスとして扱っていた者については一旦回収させて貰う」
それは決定事項だ、とサムは言う。
御屋形様ははい、と頷き、カティも一拍起いたものの、とりあえずは頷いた。
「その対価だ、アカシャはキヌサを中心にクラへと援助を行う。国家としてな。ただしアカシャはクラやキヌサの政体に干渉はしない。というより、できぬ。飛び地の統治など成功例の方が珍しいだろうよ。だがまあ、統治にせよそれ以外の何にせよ、可能な限り援助は行う。何かあれば問い合わせろ」
「はい」
「それと、カティだったな。貴様は何故この場に呼ばれたのかは理解出来ているか?」
「証人と理解していますが」
「それで正しい。よく場面が見えている――ま、そうでもなければ連れてくることもなかったか」
少し意地悪な言い方をして、サムは笑う。
そして僕に向き直り、言った。
「最終確認だ。ユーヤ・ソンシャをアカシャは、リリ・クルコウスの偽物としてクラに送り込んでいた。ユーヤ・ソンシャは今回の一件を理由にアカシャに帰還させる。リリ・クルコウスには本物が居る、いずれ本物のリリ・クルコウスがクラに到着するかもしれんが、それはアカシャとは関係の無い事だ」
つまりは暫くアカシャの駒に戻れ、その要件が終わったらクラに戻っても構わない。
そういう宣言である。
「リリ・クルコウスの本物が帰還した場合、現時点でのリリ・クルコウスと同等の立場をキヌサは与える。また、リリ・クルコウスが連れ込んだ者達について、その証明が覆ることはない」
そしてクラ側もそれを認め、そんな形で立場が相互で認証される。
証人としてカティが深々と頷いたところで、結界を剥がし。
「クラ国の安寧をアカシャは願うものだ。……さて、あまり長居をしていては却ってクラに迷惑を掛けような。帰るぞ」
「はい」
◇
――この日行われたユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャとアイラム・ノ・キヌサの会談は、その場にオルガス・アーレンが存在したという情報も含め、瞬く間にクラ大陸中に駆け巡る。
死んだはずのオルガス・アーレンが生きていた――その奇妙な情報を、けれどミスオーとゴチエは最大限に利用した。
即ち、先の震災でアーレン、セイレン両家は壊滅し、血筋が途絶えかけていたのだけれど、実はその二家が異なる勢力に身を寄せたのは今回のような一大事に備えてのリスク分散が目的で、それだけではまだ万全とは言いがたく、それ故にオルガス・アーレンなどの貴種を様々な場所に、極秘裏に疎開させていた――つまりはアーレン、セイレンの対立は表面上のものであって水面下では強い協力下にあり、古く尊き血から厚い信頼を得ていたノ・キヌサがオルガス・アーレンを保護していることは至極当然である、といった主張である。
色々と無理があるものだったけれど、それはゴチエにとってもミスオーにとっても、そしてキヌサにとっても都合の良いものであり――こうして歴史は作られて、クラ大陸覇権争奪戦は初めから起きていなかった、ということになった事を僕が知ったのは、アカシャに到着して間もなくである。
◇
――そんな捏造を繰り返してるからちゃんと統一できないんだよ、と思ったけど、今回は僕が結構やらかしてるからなあ……。




