14 - 魔法の習得がもたらす革新
図形動作による魔法の発動、に関する補足の説明が書かれた表を受け取り、部屋に戻って色々と確認したところ、解ったことがいくつかある。
まず第一に、図形動作の中でも『図形だけで発動する』魔法が例外的に存在すること。
その例外が『魔力の光』で、入門書にこれが採用されたのは、ある意味当然で、けれど同時に不適切であるらしい。
ただ一応、入門書にもずばりは書いていなかったけど、実はヒントはそこかしこに書かれていた。
つまり、図形動作という方式の名称。
結論は至って単純、『入門書には図形しか書かれていなかった』。
そして、『図形動作の発動には、図形と動作の両方を本来は必要とする』ということだ。
この大前提は、ハルクさんから貰った図形動作に関する補足表の一番最初に大きな文字で強調するように書いてあった。たぶんハルクさんにこの補足表を書いた人も嵌まったんだろうな、この罠、と思わせるほどに。
で、さらにマジックという魔法形態は、『必ずしも同じ手順を踏んだからと言って、同じ効果を顕すわけではない』のだ、と二段目に。
じゃあ『魔力の光』はどうなんだというと、あの魔法、実は詠唱による発動においても例外的な魔法で、『誰が詠唱しても同じ効果になる』という特性を持っているそうだ。
だからこそ入門書には何よりも不適切な例題だけれど、誰でも同じ効果で発動しうるのは入門書にある『魔力の光』くらいしかないらしいから、ある意味なによりも適切なのかもしれなかった。
ともあれ、重要な事は大きく二つ。
図形動作には図形と動作の両方が必要であること。
図形にせよ動作にせよ詠唱にせよ、誰かのそれを参考にできるとは限らないこと。
それを踏まえて、補足表はなかなか懇切丁寧に書かれていた。
まず、動作は大まかに四つのブロックで考える。ブロックの順番を入れ替えたりすることで、効動作だけでも果量の調整や発動場所の指定を行える。
図形の複雑化を防ぐという意味で重要だけど、こればかりに頼ると今度は動作が複雑になり、ちょっとした怪我で発動できなくなるので要注意。
次に図形は原則、五つのブロックで考えること。ブロックを増やすことで効果を複雑化させることも不可能では無いけど、図形動作によるマジックの発動の基本にして黄金比率とされるのが『五ブロックの図形と四ブロックの動作』、だそうだ。
尚、ここで言う黄金比率とは、発動難易度と発動する魔法の効果量に対して、発動までに要求される労力と魔力の消費の釣り合いが最も優れているという意味。
実際、十九のブロックから構成される図形に七ブロックの動作で発動するような魔法を、この補足書を書いている魔法使い自身が『奥の手』として持っているので、必ずしも原則に囚われてはならないとも。
で、比較的似たような効果にしやすい図形動作の魔法として、『魔力の水』『魔力の火』『魔力の風』『魔力の土』の四種類を発動する一例としての図形と動作、そしてそれぞれが意味するところまでがこの補足表に記されている。
その上で『これら四種類の図形や動作も自分で最適化するべき』で、その最適化が出来る頃には初歩から更にもう一歩進むことができるようになっているだろう、そんな激励の言葉で最後は締められている。
入門書よりもこっちのほうがよっぽど入門書をしているよな、これ。
というわけでいざチャレンジ。
さすがに部屋の中で『火』は火事もありえるし、『水』も水浸しになったら面倒だ。『土』で土まみれも嫌だからな……消去法で『風』を試してみる。
まずは一例として用意されている『魔力の風』の図形をペンで紙にさらさらと記して、『動作』、ペンを図形に突き刺し/ペンを左に半回転/開いている方の手で指を弾きパチンと音を出し――たところで、僕の手からは青い渦が発生し、魔力の消費を自覚する。
最後に、その手で発動位置を指差し指定、渦はおおよそ僕が望んだ方へと一気に移動すると、『魔力の風』が発動し、指定した位置から風がそよ風程度の強さで吹いた。
しかも結構……というかかなり持続時間があるようで、これは夏場に重宝しそうだ。扇風機が要らない。
……って、いや。なんか違うぞ、思ってたのと。
まあ、入門から初歩に至るための一つ目なんだから、効果量よりも発動のしやすさ、攻撃力じゃなくて安全性が求められてるんだろうな……。
というかまともな攻撃魔法として発動してたら、『風』でも十分部屋の中は大惨事だったか。危ない危ない。
なるほど、僕みたいな奴が居るからセーフティが掛かってると。
複雑な気分になりながら、『魔力の光』との図形の違いを考えて、そして『魔力の光』と同じように効果量の制御が出来ないかとちょっと試行錯誤。
先ほどの風は『魔力の光』と同じ要領で『停止』してから、二度目のチャレンジ。
上手く行っていれば効果が『下がっている』はずだ。つまりそよ風どころか微風として発動するはず……、いざ図形動作で発動すると、うん、『発動はしたけど、意識を集中しないと感じられない程度の風』が出来た。
オッケー、僕の解釈が正しいならば、あれは一日程度は効果を顕し続けるだろう。ちょっと検証も兼ねて放っておくことに。
あとは、逆に効果を『上げて』発動してみたいんだけど……。
……うーん。
さすがに屋内で試すのは気が引ける……。
ならば別方向で調整してみよう。
発展が上手いこと掴めれば……ちょっとした『手抜き』が出来るかも知れないしね。
◇
そんな翌日。
調理場の風景は一変していた。
『…………。キーパー。あれはセタリアだな』
『ああ。……そうだね、ムギ』
『……じゃあ、あの岩……は魔法だと思うけど、その行使もセタリアか』
『…………。そうらしいね……』
一変していたのは皿洗いの部分。
『魔力の土』を発展させた『魔力の岩』で作った、一メートル四方ほどの大きさの立方体がそこにある。
ただしこの岩の塊、ただの岩の塊では無い。接地面に対して『上』の面は扉になっていて、開閉が可能。中は空洞だ。
で、この開閉が可能な扉に限らず、岩の塊には『岩の模様』として必要な図形は全て描写されている。
つまり魔法で作った岩それ自体に、別の魔法を発動させる仕組みがあるのだ。
で、この岩の箱の内側はというと、基本的には空洞なんだけど、奥側の壁面にはちょっとしたポケットのようなものを備え付けてある。
また、そのポケット以外にも、床面にあたるところにはカウランさんから貰った針金で作った『カゴ』が置いてあった。
勘のいい人ならばもう、これの正体は分かっただろう。
これは魔法によって強引に再現した、『食器洗い乾燥機』である。
針金のカゴにお皿などの使用済み食器を立てていれたら、奥の壁面につけてあるポケットに洗剤代わりのお酒を指定量投入。
全て入れ終わったら扉というか蓋を閉めて、『かんぬき』の鍵を掛けることで図形が完成、鍵に一度触れて/ぱんと手を一度叩き/鍵を半回転させ/蓋に触れる、ことで岩に仕掛けられた図形と、今の動作でマジックが発動。
岩の中では『魔力の水』『魔力の風』、『魔力の火』を発展系させた『魔力の熱』の三つを複雑に組み合わせた物、岩の上では『魔力の光』が十個ほど発動するようになっている。
この岩の中で行われているのは『魔力の水』による水流洗浄から『魔力の風』と『魔力の水』による制御であらかじめ投入した洗剤のお酒が霧状に振りかけられ、消毒を終えると『魔力の熱』で熱された『魔力の水』、即ち『魔力の熱湯』で岩の内部を満たし、その後、魔法解除の要領で熱湯を削除、最後に『魔力の風』で乾燥させるという作業だ。
一方、岩の上で発動する十個の『魔力の光』は残り時間を意味していて、一定間隔で一個ずつ減り、全ての光が消えた時点で全ての工程が終了したという意味のタイマーである。
……まあ、錬金術と光輪術の組み合わせで本物の食洗機を作っちゃった方が大分早かったんだけど。さすがにそれは横暴だと思ったので、一応この世界の魔法で全て再現できるようにしておいた。
図形の発展は最初こそ訳が分からなかったけど、一度始めてしまうと結構規則性があったおかげで、神智術による機械的算出が適応できたので、そこまで苦労はしなかったり。
だからこそ余計に最初の入門書の不備にいらっとするけど……まあ、それはそれ。
『なに、この……、いや、効率的だが……。手抜きのためにどれほど手をかけたんだ、セタリアは……』
『いやあ……。魔法を使って「洗い物」をするのはスエラとかもそうだけど、まさかこう、使い回しのできる施設として用意しちゃうとは……。セタリアに魔法の才能があるとはいえ、私も驚いているんだよ。ちなみにムギ、この岩に刻まれている図形で発動しているってセタリアは主張してるんだけど、解るかい?』
『…………』
ムギさんは暫く岩を眺め。
『まあ、分からない事は無い……かな。図形動作による発動の原則、黄金比に全力で喧嘩を売っているように見えて、その実「五つのブロックの図形」だ……。ただ、そのブロックの一つ一つに何十もの図形を混ぜ込んでるのか……』
『えっと……? つまり?』
『到底真似できん。なんだこれは。いや、まあ、ギルドでもトップクラスのマジック使いならば理解は出来るだろうし、図形動作に長けている物ならば真似事もできるだろうが、こうもコンパクトサイズにまとめ上げ、しかもきちんと黄金比で完遂できるやつはそう居ないんじゃあないか……?』
と、評価してくれたのだった。
そう。
図形は五つのブロック、動作は四つのブロックという黄金比は守り通した。
ただし集積回路の発想で、図形の各ブロックごとにそれぞれ三十六個の図形を重ねたりしたので、ちょっと線の密度はえげつない事になっている。
思った以上に融通の利く黄金比の解釈で助かった。
ただこの魔法にどの程度の魔力を使っているのかは解らないのが玉に瑕。
そもそも僕の魔力の上限値ってどのくらいあるんだろ?
『入門書だけでここまで完成させたのか、セタリア』
だとしたらちょっと異常だぞ、というムギさんの問いに、僕は首を振って上を見る。
『上……、ハルクか?』
『…………、…………!』
『……ハルク、から、貰った。補助、アドバイス? ノート……ああ、なるほど』
『いや、なるほどじゃあ無いだろう、ムギ。ハルクにマジックの才能は無いよ』
『だからこそだろう。前々回だったかな、ハルクとチームアップした冒険者にマジック使いがいて、そいつがハルクに図形動作の説明書きを寄越した、という話を聞いている。ハルクにはマジックの才能が無い、つまり無用の長物だ。セタリアはそれを譲り受けたのでは無いかな』
『…………!』
その通り。
というか前々回だったのかそれ。わりと直近だった。
『だとしても、昨日の今日でここまで発展させるとは……。既に水は作れて、お湯が作れるということは熱、即ち火も実現済み。岩を作った時点で土もいけるだろうし、風も当然作っている。……基本四属を詠唱もなしに体得したわけだが……ラウンズならまあ、やりかねないか……』
『うん。普通は攻撃魔法とかで習得していくんだが……これでも習得に違いは無い。セタリアには本当に才能が満ちあふれているよ。それに良い事じゃ無いか。アレを使えば食器洗いはもの凄く楽にできるしね』
『……キーパー。気付いてないのか?』
『え?』
『あれを使えるのはセタリアだけだぞ。セタリアの魔法だからな。図形動作も詠唱と同じで、人によって発動する物が変わる。例えばキーパーがアレを使うと、発動する魔法が全く別物になって、何が起きるか解らん』
『……つまり、セタリア専用の手抜き道具と言うことかい?』
『ああ』
『…………、』
僕もそのつもりで作ったのだ。
ちょっと誇らしげに頷くと、目に見えてカウランさんはがっくりとした。
使ってみたかったのか……。
『魔力の消費量が気になるな……。セタリア、魔力の上限を計る「魔力の測」は知っているか』
『…………?』
ああ、やっぱりあるのか。
自分の魔力を測る魔法。
『やや個人差があってな、変更は必要だと思うが……』
ムギさんはそう前置きした上で、紙にインクで図形を描いてゆく。
そしてしっかり動作も噛ませて、青い渦で発動。紙の上に、光で投影するかのようにその数字は現れた。
15228/25028……、現在値/最大値、かな。
多いのか少ないのかがよくわからないけど。
『セタリアもやってみるといい』
『…………、』
こくりと頷き、別の紙にペンで図形を真似して描く。
動作も真似て……っと、一応は発動しそうだ。
青い渦が発生。
紙の上には……あれ?
『…………?』
『…………?』
152/0?
『……キーパー。「レベルゼロ」は、魔力の上限値もゼロと表示されるのか?』
『いや、そんな話は聞いたことが無いね。……となると、単にセタリアの発動が中途半端に成功して、中途半端に失敗したんじゃないかな?』
まあ、その線が強いか。
だとしたらこの数字はどこから出てきたのかという話だけど。
ともかく、図形はしっかり記録しておこう。別の図形への発展に使えるかも知れない。
『……けれど、本当に珍しいな。魔法の上達は攻撃魔法でやることが殆どのはずなんだが』
『セタリアは争いごとを好まない性格なんだろうね。だからこういう、日常的なことに魔法を使おうと考えて、いろいろと試行錯誤をするんだろう』
『いやそういう範疇か……?』
『…………』
カウランさん、そこは強く僕のフォローをしてくれてもいいんだよ……?




