139 - 激震走る
個人的なタイムリミットまであと13年。
2月上弦11日。
セイレンに対する反応の回答期限から一夜明け、現時点でセイレンに味方すると確約した勢力は次の通り。
元から古く尊き血の受け皿となっていた、現セイレンの根拠地、ゴチエ。
以上。
「…………。以上?」
「はい……」
「…………」
六人衆の緊急会議に報告を済ませて、一応確認を、というカティの問いに答えると、場は見事に固まった。
いやあ。
そりゃ元々、セイレンに味方すると宣言する勢力は其程多くないんじゃ無いかって観測はしてたんだけど……まさか一つの勢力さえも手を挙げないとは……。
まあ、クラって国と古く尊き血の在り方を考えると自然でもあるんだけど。
古く尊き血はクラにおいて間違い無く権威の象徴だ、だからこそ扱いがとても難しい。担ぎ上げる神輿にしては重すぎて、仰ぐ旗としても権威でしか無く現実的な力や強制力が無いのだから――あえて自ら被りたいという者は、勢力の規模が大きくなればなるほどに減っていく。
ただでさえそうなのに、今回はその旗も権威も『はんぶん』なのだ。
セイレンを味方したところで、アーレンを敵に回す。
つまりセイレンという権威を得たところでアーレンという権威は敵に回る、この段階で差し引きはゼロだ。
ところが、セイレンの味方をしてしまうと、アーレンは常にその勢力を否定する立場を取るだろう。じゃあその分だけセイレンが動いてくれるだろうか?
答えは否だ。
古く尊き血は自分都合でしか原則は動かない――なぜなら権威でしかないから。力を持たないから。あくまで権威は権威であって、権力を持っているわけではないし、頼まれてようやく動いてくれるかどうかという所だ。
動かすためには相応の――結構な金額が必要になるだろう。
つまり、セイレンという味方を得ることで得られるプラスの効果は特になく、マイナスの効果はアーレンが常に敵として立ち塞がると言うこと。
そりゃあ、手を挙げる勢力が無いというのも納得である。
……ちなみにこれはセイレンとアーレンを入れ替えても全く同じ事が言えるので、セイレンが悪いとかアーレンが悪いとか、そういう話ではない。
今の時代において残っていた古く尊き血がアーレンとセイレンではなかったとしても、きっと同じようなことを言われただろう。
「可能性として全く否定していたわけでもないのだが。実際にこうなると何も言えぬな」
「……まことに」
御屋形様の呆れるような嘆きに、なんとか答えたのがハイゼさん。
皆してやれやれと首を振っているあたり、一応、激震の走る結果ではある。
「もっとも、頭を抱えているのはセイレンそのものだけだろうがな。ゴチエは覚悟していただろうし、逆にこの結果は悪くもない」
「…………」
そして御屋形様の結論に他の六人衆が沈黙した。
ふむ。たしかにこれはわかりにくい。
「まことに。中途半端に味方が付けば決戦までの道筋が見えてしまう恐れもありました。今回のこれを見れば、アーレンとミスオー側も同じ事はしますまい。決戦そのものが遠ざかったとまでは楽観しませぬが」
「そうさな」
お節介、だろうけれど……一応、ね。
「しかし現実として、これでは決戦の起こりようがありますかな?」
「さて。ゴチエとミスオーでは遠すぎる。現実的では無いな。だが古く尊き血はそれを望むだろう」
「望んだところで、さすがに厳しいだろうに」
「だが決着を付けるだけならば手はある」
「確かに」
六人衆、特に五将があれこれと話を進めてゆく。
大決戦は無理。
ゴチエとミスオーは地理的にほぼ正反対にあり、軍事行動を取るには遠すぎる。
古く尊き血の思惑としては、セイレンが声を掛け手を挙げた勢力をセイレン側、それに対抗する形でアーレンも声を掛け手を挙げた勢力をアーレン側として、一気に決戦をしたかっただろうけれど――クラの大名達が乗らなかったことで頓挫したも同然。
それでも既に、ゴチエとミスオーという形で拠点を明白に分断した。古く尊き血はこれを機に白黒付ける事は間違い無い。
で、普通の決戦が出来なくなったとなれば、他に取れる手はそう多くない。
そんな手の中でもっとも現実的で、かつもっとも即効性のあるものは何か?
暗殺だ。
いやまあ、暗殺というか単純な刺客の送りあいというか……。
「どのような形であれ、決着が付くとしたら――」
どすん、と。
突き上げられるような、一度、そんな感覚を覚える。
「え?」
「――な」
僕だけではない。全員がそれを感じ取った。
それどころではない。周囲のものがガタガタと音を立てて揺れている。
これは……、地震だ。
今のが本震か?
いや、突き上げてきた後、小刻みに揺れるって、これは前震でよくあるやつ……だよな。
しかもこの小刻みな揺れがちょっとずつ強くなって――少しずつ弱くなって。
まずいな。
……クラの街並みは決して、地震に強くはない。
「カティ、あの子供達と一緒に対処を。ハイゼさん、御屋形様を守って下さい。ガーランドさん、ホーマンさん、軍の通常部隊を全て動かして被災者の救助を。シーリンさん、魔法特化部隊に指示を出して災害軽減をしてください」
「……リリ。確かに驚くが、この程度の揺れは――」
「カティ。まだ本震……『本番』は来てません」
「え?」
と、言った直後。
ぐらり、と――世界が揺れるかのように、その揺れは訪れた。
「僕は工房街の安全を確保してから屋形に戻ります。御屋形様、何かあればライアン、フランカ、リーシャらを頼って下さい。事が事です、彼らを舞台に上げるのもやむなしだと僕は考えます」
「わか、った――」
揺れに対応しながらも御屋形様が答えたのを見て、まだ揺れが続くなか、一足先にと館を出ると、そのまますぐ近くの拠点、屋敷へと。
屋敷には完全耐性を付けてある、この程度の地震では傷一つ無いだろう。しかしそれでも揺れは揺れ。
「ライアン、フランカ。僕は工房街をどうにかしてくる。その間に『できること』をしてあげて。僕の部屋に、アンプル状のエリクシルがとりあえず八千服ある。全部自由に使って良いから、任せる」
「……どうする、異彩として動いた方が良いか?」
魔法を無効化する指輪を外すか、という。
その問いに、僕は答えられない。
「ごめん」
ただ、謝るだけで。
それでもライアンとフランカは、笑った。
「良いのよ。私達だってこのくらいの恩義は感じているし――さあ、ここはまかせて行きなさい。多分大丈夫だろうけれど、もしもの時はロニを頼むわ」
「……ごめん」
そう。多分大丈夫だ。けれど絶対とは言えない。
……それを押しつけてでも、僕はまず、工房の安全を確保しに行かなきゃいけない。
屋敷を飛び出て地面を強く蹴り重力を操作。
丁度揺れが収まり始めた、そんな大地を蹴って空を移動するその時、キヌサ・ヴィレッジを上空から眺める。
半壊……は、越えてるな。
木造建築は比較的残っている、けれど岩造りは甚大なダメージを負っている。
けれどキヌサ・ヴィレッジの人達は、即死していなければ大丈夫。エリクシルは潤沢にあるし、ライアンやフランカ、あの屋敷には居なかったけれど、リーシャの側にはロニを含めた四人の優秀な子供達が居る。
彼らならば街一つを救いきるくらいのことは出来るだろう。
だから問題は、キヌサ・ヴィレッジ以外の街だ。
空を全力移動中、キヌサ領内、あるいは領外でさえも、とりあえず見える範囲の街を片っ端からチェック。
半壊で済んでいれば未だマシ、殆ど街が崩壊して砂煙を上げているような街もあれば、火の手が回り始めているところもある。
十分ほどの移動を終えて到着した工房街も半壊していて、半ばパニックに陥った元奴隷の住民達が慌てふためいている。怪我人も多い……けど、ヨウコウが咄嗟に指示を出してるのか、慌てふためいているし半ばは陥っているとは言え、最低限の秩序は残っている。
ただ……気配が。
クートの気配が、ない……?
ヨウコウの気配のすぐ横に着地するように重力操作を解除しつつ、
「ヨウコウ、状況を簡潔に」
「地震発生、直後戒厳令。オレが把握した範囲で住居の三割以上が半壊以上、工房も中がぐちゃぐちゃ。幸い休息日、稼働してなかったから被害は物だけ。ただし住居内でモロに怪我をした連中がちらほらいる。クートもその一人、直前で街には居たはずだ」
ヨウコウは僕が突然現れたことをツッコミもせずに、僕が知りたいことを順番に教えてくれた。
優先順位がしっかりしている――そのうえでやれることはやってくれている。
「街は僕が一旦直す。けどこの規模の揺れ、まず間違い無く余震があるから、街は一旦放棄して平原に避難して。今、街の中にいる人達の怪我も治す。気付けは……」
「パニックになられてもこまる。片っ端から人で回収する」
「頼んだ」
とん、と。
つま先で地面を蹴る――地面に光輪が一瞬、広がってゆく。
同時に手持ちのワールドコールを片っ端からマテリアルとして認識、範囲として強引に光輪術の範囲を換喩して叩き込みつつ物質的な復元を実行。
直後、今度はエリクシルで同じ事を実行――元々持病とかがあった人はそれも治っちゃうけど、この際だ、やむを得ない。
これにあわせて一瞬、強い光を無意味に起こして、何かが起きたという認識を全員にさせる。
これでよし……と。
「復旧完了――」
「……んな簡単に」
「いや結構無理したよ……おかげで」
ひどく、頭が痛い。
けれど……この程度ならばまだマシか。
「とにかく余震に備えて。僕は他の街も見てこないといけないから――クートのことも任せるよ」
「ああ。任せろ」
ヨウコウも深刻に答える。そりゃそうだ、この規模の地震は……ヨウコウにとっても初めてだろう。
いやまあ……ヨウコウにとってもというより。
おそらくこの世界の住民がという単位で、これほどの大震災は初めてだと思う。
そう思いつつももう一度地面を蹴って重力操作、空へ。
さっきの今ではあるけれど、状況は刻一刻と変わっている。
ついさっきまでは砂煙だけだったところが黒煙を出しているなんてこともちらほらと……。
軍は動くまでに早くても半日はかかるだろう、かなり被害が増える……。
無理矢理にでも雨を降らせるか?
……『この冬に』?
今日だって気温は6度くらいなんだ、一歩ズレれば雪になるような気温、雨を降らせれば火事は軽減できても、今度は凍え死にかねない。
だめだ、雨を頼ってはいけない。
かといって片っ端からワールドコールを使うというのもリスクフルすぎるし……。
「サム。僕だよ。十分前くらいにクラで大震災が発生。僕が把握している限りで史上最悪レベルの揺れ、暫くクラは荒れると思う。震源地は不明、前震から本震まで結構な時間があったし、キヌサからはかなり離れてる可能性もある。つまり最終的な被害の想定が今のところ無理ってこと。そっちもちょっとは揺れたかな……、ごめん、少し遅れたけど報告終わり」
そしてやっと思い出してサムに遠隔音声伝達で連絡。
御屋形様からの連絡の方が早かったかもな、と反省しつつ状況を考える。
どうやって被害を最小化する?
せめて今が夏ならば……、雨でどうにか、できる事も多いのに。
『俺だ。貴様の連絡が遅れるのは珍しいな、よっぽどの大地震か――まあ、そうだろうな、こっちも少しだが揺れた。キヌサの奴には俺からも助言は入れるが助力までは難しい、クラ全体に対する援助は行う』
サムからの返事は早かった。
やはり僕よりも先に御屋形様が連絡を入れていたらしい。
『だが今はそれどころでは無いぞ。貴様、気付いているか? 今、クラでは古く尊き血があれこれと蠢いているのだろう。そして決戦は無理と、そう結論が出たんだろう、その上で今、その大地震が起きている。その混乱、俺なら最大限に利用する――古く尊き血とやらもそういう考えに至るのは早いだろうな。防ぐなら急げ、俺なら地震発生から半日内に実行させる、俺じゃ無くても一日二日で実行はできるぞ』
――言われて、気付く。
確かにこれは千載一遇の、暗殺チャンスじゃないか……。
いや、だとしたら、もう遅い。
アーレンもセイレンも刺客はとうに送っているはず、その上でこの地震を切欠に刺客が動いている可能性が高い……、
「……サム、最悪、古く尊き血のアーレンとセイレンの両方が同時に壊滅するかもしれない」
『……刺客の送り合いは既に済ませていると読むか?』
「僕ならやってる。サムでもやるよね」
『まあな。事態は最悪を想定するべきだ――で、そうなるともう手遅れか』
「うん」
『古く尊き血なきクラ。権威不在となると、クラそのものが危ういな』
…………。
仕方ない。
「アーレン家の三男。去年毒殺された子についてサムはどのくらい知ってる?」
『ふぐの毒を使ったって所だな。そいつが今大事か?』
「あの子の本物は生きてる。僕が保護した。死んだのはフロスと同じ偽物」
『…………。オルガス・アーレンだったか。正式に一度死んでいるな。それを保護したと証明できるか?』
「国内なら厳しい。ただ、サムの一声があれば手はある」
『……なるほど。それで得られるアカシャの利益は』
「アカシャ国王としてオルガス・アーレンの生存を声明として出す。ノ・キヌサを後見人として認め、キヌサ領に滞在させる。ノ・キヌサに対して援助を行い、その後のクラの動向を制御するくらいはサムにならば出来るよね」
『まあな。そのためのノ・キヌサという駒でもある――良いだろう。だがすぐは無理だ。半年はお前がなんとか持たせろ。』
「解った」
途中からはリアルタイムのやり取りで、そんな決定をクラとは本来関係のない僕とサムの間で交わして。
僕は改めて、空からクラの街並みを眺める――
◇
こんな形で枠組みが変わることになるとは……。
……不死鳥って、まだ良心的だったんだな。
あれなら倒せば明白に、脅威の除去を証明できたのだから――




