138 - 使いたくない鬼札
12月上弦14日。
雪のちらつくキヌサの六人衆定例会。
この頃の定例会は常に緊張が纏わり付いていたけれど、特に今日は始まる前から緊張が強く感じ取れる程には空気がピリピリとしていた――無理も無い。
「集まったな。それでは定例会をはじめよう。今日は最初から最大の問題だ」
御屋形様は僕達が全員揃って居ることをみるや、挨拶もほどほどにそう言った。
時間的猶予は限られているのだ、今回の事態を鑑みればそれは当然だった。
「先日訪れたセイレンからの使者。その内容はその日、緊急で集めた時にも伝えたが、改めて伝えるとしよう――セイレンはゴチエを中心とした巨大勢力圏を作ろうとしている。そこにキヌサも加われ。言葉を取り繕わなければこうなるな」
身も蓋もない事を言うならば。
セイレンは、『仲間か、敵かをハッキリしろ』『仲間になるなら勢力に加われ』といった旨を通知してきた――ということである。
「それでだ。リリ・クルコウス、アーレンはどう動いている」
「セイレンの動きには気付いているようです。しかしミスオー内部を固める事に優先順位を置いています。ゴチエからミスオーへの移動に際して通過した勢力はある程度アーレンに付くという見込みもあるでしょうし……何より、セイレンの今回の声掛けに応じなかった勢力にアーレンが動けば良い。『どうせセイレンの声に応じる勢力はさほど多くない』、という認識に尽きるかと」
「古く尊き血の認識の甘さはしばしば指摘されるものだが。時折は確信を突くものだな」
御屋形様が吐き捨てるように言う。
ごもっともだ。
とはいえ、『セイレンの声に応じる勢力はさほど多くない』という認識のセイレンをアーレンに入れ替えても同じ事が言えるあたり、やっぱり認識は甘いんだけど。
「ちなみにだが、セイレンの声に応じそうな勢力は挙げられるか」
「正直、未知数です。ゴチエは応じざるを得ないとも思いますが……それ以外の点では、なんとも」
「だろうな」
実際応じるか五分五分という勢力が殆どだと思う。
絶対に応じないと断言できるのはバンタくらいで、ミズイとかも含めて五分五分……というか。
「解答の期限は来年の2月上弦10日。恐らくは他勢力もぎりぎりまで待つだろうな、となればアーレンも動くか?」
「恐らくは」
結局――予想よりも動きは何段階か早いとはいえ、起きていること自体は想定の範囲内。
古く尊き血が決裂し、遠い領地に陣取って、己に付けと旗色を決めさせようとしている。
来年の2月上弦10日に期限を切った理由は分からないけれど、古く尊き血の目的はやはり、大決戦だろう。
ここまで予想通りだと、何か重大な違いが起きそうだけれどね……。
「リリ・クルコウス。聞きたいことがあるのだが」
「はい。どうしましたか」
聞いてきたのはカティ。
眉間に皺を寄せながらだ、なにか気になる事があるらしい。
「キヌサの周辺勢力の旗色で、今のところ確実と言えるはあるか」
ん……。
「……いえ、ありません。バンタに関しては絶対にセイレンの誘いに応じないでしょうけれど、アーレンの誘いにも応じない。ミズイはセイレンの誘いを機会と見たようですが、ゴチエには『仇』が多すぎますから、そう簡単に乗る事ができない。他の小勢力も、変に早い段階から旗色を決めておくことはしませんし……場合によっては、期限当日にも旗色をハッキリとしないかもしれません」
期限は確かに区切られた。けれどその時点で旗色を示さなくても、例えばセイレンに付くと表明しなかったとき、アーレンにつくと見做す……とか、そういう伝達は一切無い。
これは単にセイレンが、アーレンの手助けをしてしまう可能性を危惧したからだろう。そういう所では頭が回るのだ、古く尊き血も。
よってペナルティがあるとしたら、それは期限を越えた後にセイレンに付くと表明したところで、その勢力はあまり信頼されないだろう、という事くらいだ。
……それだって、旗色を示さない勢力が圧倒的に大多数に上れば関係が無くなるし。
「率直に聞こうか、リリ・クルコウス。読みでいい。今回の古く尊き血の動き、成就すると見るか?」
「無理です」
古く尊き血の動き、目的とは、クラという大陸の覇権も掛けた、アーレンとセイレンを主体とするクラを二分した大決戦。
ただしクラの各勢力は、古く尊き血のそんなもめ事に参加したがらない。
何かしらの大義があるならば利用してやろうと思う勢力もあるかもしれないけれど……現状、アーレンもセイレンも、相手側を叩き潰すという理由、根拠の部分はハッキリと示せていない。
表面上の理由が『政敵が邪魔だから潰したい』である以上、それに付き合うのは拠点になった勢力……バンタとミスオー、そしてその二つの勢力に大きすぎる借りのある勢力くらいだろう。
ちなみに借りという意味で言うならば、このキヌサはバンタに対して大きな借りがあるようにも見える。
キヌサは一度滅ぼされ掛けた、それをバンタは助けてくれたのだ。勢力の存亡を救ったのだから、今度はバンタを助けろという主張はもっともである。
けれどそれへは、微妙に間違いなのだ。
僕達が依頼した先は『古く尊き血』であってバンタでは無い。
また、『古く尊き血』は僕達のお願いを聞く見返りとして大金を手にしている。
既に精算は済んでいるし、バンタが主張するべきは『古く尊き血』に対してであるべきだ。
もちろん『古く尊き血』が今回、それを主張したならばキヌサとしても行動を考えなければならなかっただろうけれど、その場合でも『じゃああの時払った金を返せ』で厄介払いは済んだと思う。
……まあ、普通に支払われてやむを得ずと味方に付いていたケースもその場合はあったか。
「やっぱり、大義が無いというのが辛いですね。アーレンにせよセイレンにせよ、相手を叩き潰すほどの大義が無い――そんな大義なき古く尊き血同士の争いに、どうしてクラの大名が参加しよう、ということです」
「そうさな。となると、空振りか……」
そうなる……とは、思う。
決戦とは名ばかりで、実情はお寒いものになるだろう。
「とはいえ気になる事もありまするな、御屋形様。空振りに終わったとして、アーレン、セイレンは動かぬと?」
「動けぬ。が、動かぬわけにもいくまいな。何らかの形で決着を付けようとするはず……」
「最悪、共倒れもあり得ますか」
シーリンさんの問いに御屋形様が答え、ホーマンさんが最悪の可能性を示唆する。
十分に……あり得る話だ。
「共倒れしようが因果応報だと笑いたいところではあるが、笑えぬな。どのようなトラブルメーカーであろうとも、古く尊き血にはただ古く尊き血であるというだけで存在意義があろう。古く尊き血なきクラには支柱がない」
緩み掛けた空気をそう引き締め直したのはハイゼさん。
これもまた、その通り。
たとえ問題ばかり引き起こす碌でもないものだとしても、古く尊き血が無ければクラは本当にバラバラになってしまう。
スクラップアンドビルドは……リスクの方が目立つしな。
「どのみち動けぬな、キヌサとしては」
「まことに」
それでも何か手を打つというのも無理な話。
なるようになるのを待つしか無いし――なるようになった後で、どうするかを語るべきだろう。
結局、この日の定例会ではセイレン、アーレンのどちらの要請にも無視を決め込むことを再確認して一度解散となったのだった。
まあ、解散といってもちょっと雑談を交えて情報交換をするのがお約束で、今日もそれは変わらない。
最初に話題に挙がったのは、例のエリート養成機関について。
リーバルやロニ、ウィルヘルム、トーマという四人組は時々喧嘩もしているようだけど、基本的には仲良しな四人組だそうだ。
ただ、最近この養成機関にちょっと問題が発生しつつある。
それはこの四人が想像を越えて順調に育ち続けているという事で、ちょっとこの四人が全力で暴れたら手が付けられない可能性があるんだとか。
今は強制睡眠とかで誤魔化しているそうだけど、克服される将来がありそうで、他の手段を考えなければならない、らしい。
元々四人とも才能には恵まれていたし、キヌサの教育陣もそれを踏まえて全力で英才教育を加えたもんだから青天井ってわけか……。
まあ、そういう問題もあるけれど、あと二年ほどしたら六人衆の会合に加させるのも考えるとか。発言権は与えないらしいけど、これもまあ時間の問題だろう。
二番目の話題は、ちょっと前に討伐が発表されたクタスタの不死鳥について。
またクタスタか。
と思わないでも無いけど、実際に不死鳥が現れた方はそれどころではなかっただろう。
何せ大水害が起き、その後大風害があったところにまた不死鳥なのだ。泣きっ面に蜂というか二度あることは三度あるというか……。
討伐された不死鳥の属性は未確定だけど、噂の段階では光属性だそうで、まあ、それはまた厄介なのがきたなあというのが感想だ。
しかしこれで一番驚いたのは、それを討伐した冒険者の名前である。
即ち、リーヴァ・ザ・ソード。
久々に聞いたなあ、その名前。
元気そうで何よりだ。
ヘレンさんも元気にしているだろうか?
サムが何も言わないあたり、多分大丈夫なんだろうけど。
今度聞いてみよう。
で、三番目の話題は工房の最近の事情について。
キヌサが抱えて居る工房では軍の支給品製作を続けている。
つい先日、武器の更新も終わったことで、各種予備を一通り作った上で新しいものに手を出した。
その新しいもの、のサンプル品をガーランドさんは持っていて、それこそは手甲、ガントレットという装備である。
これも黒銀で作っているためやや重いものの、多少の攻撃には耐えることが出来る……まあその耐えることが出来るというのも『今までは腕を切り飛ばされていたのが骨折で済むようになった』程度のものだ、結局衝撃を吸収しきれるわけではない。
とはいえこの手甲には仕掛けがいくつかされていて、将来的にはバックラーを簡単に装着できるような拡張パーツが標準で付いているのだった。
で、そのバックラーのサンプル品もガーランドさんは持っているんだけど、これがなかなかの曲者らしい。
そもそもバックラー、小型の盾で相手の攻撃を受け流すことが出来るほど器用な人物はそれほど多くない。
このことは既に工房、ヨウコウにフィードバックはしていて、将来的にどう完成するか楽しみだ、とはガーランドさん。
雑談もそろそろ終わりかな、というところで最後の話題へ。
「ところでだ。リリ・クルコウスが以前連れてきたあの子供はどうなったのだ?」
「屋敷の皆が順番に、手厚く看病を続けてくれましたからね。一命は取り留めましたよ」
「一命を取り留めた……って、危険だったのか」
「なかなかに。とはいえ連れ帰ってからもう半年以上経ってますからね、元気も元気で良い事です」
治癒術士では厳しかっただろうなと思う。
とはいえ僕が拠点としている屋敷に居るのはライアン、フランカ、リーシャ、ロニ。
僕以外にも錬金術師が三人いて、魔法使いとしても才能をめきめきと現しつつあるロニが居る以上、助からないわけも無く――万が一の時は僕がエリクシルとポワソンイクサルで問答無用に治しただろうから、そういう意味でも、僕が連れて帰った時点で助かる事は決まっていたんだけれどね。
「助かったことは喜ばしいさ。……とはいえ、あの子供、何者だ? いきなり連れてくるというのも珍しいなと以前少しだけ話していたんだが、あの時リリ・クルコウスは居なかったからな」
「ああ。そういえば紹介していませんでしたね。彼はオルガスという子です」
「オルガス……?」
あれ、と。
六人衆の全員が、『どこかで聞いた事があるような気がするなあ』と首を傾げたのが見えた。
「リリ・クルコウスよ。一応聞いておかねばならぬ。アーレン家の三男、夭折した幼名『タカ』で知られる者の正式な名称は、確かオルガス・アーレンだったな?」
「そうですね」
「リリ・クルコウスはオルガスをどこで拾ってきたのだ?」
「勢力で言うならゴチエです」
「…………」
六人衆の全員がいよいよ『あれ、なんか思ってたのと……』と、不穏な空気を醸し出し始めた。
まあ。
既に行動は始まっている。
そろそろ伝えても大丈夫だろう。
「先に説明しておきますが。彼は確かにゴチエで僕が保護した少年ですし、年齢的にも外見的特徴的にも完全に一致していますが、名前は僕が勝手にオルガスと呼んでいるだけです。オルガス・アーレン、幼名で言う『タカ』様はアーレンが発表したとおり夭折しています」
「うむ……遺体が無かったという話も無いな」
「ですから別人ですよ」
「…………」
大人しく本当のことを話せ、そんな視線が六人分。
とはいえ、本当にこれが全てだ。
「本人であるという証明はありません。別人だという証拠が無いように。ただ、同じような場所で、似た容姿の、同じ名前の子が居ると言うだけのことです。今はそれ以上でもそれ以下でも無い――」
毒殺されかけていたオルガス・アーレンの肉体を複製し、一瞬だけ結界と空間整理で隙を作って複製した肉体と本物をすり替え、本物のオルガス・アーレンをキヌサに連れ帰って治療しただけだ。
複製体としての肉体には魂魄がなかったし、治療もまともに施されず、そのまま肉体も死んでしまい、その後正当な手順で死亡手続きと葬儀が執り行われた今、手元に置いたオルガス・アーレンが本物だという根拠は無く、だから今、その子はよく似た誰かに過ぎない。
なぜこんなことをしたのか、というと、これは単純。
目の前で苦しんでいる幼子を、そのまま死なせるのが忍びなかった。
本当にそれだけだ。
利用価値云々は……後付けの理由に過ぎない。
「鬼札は抱えておけ」
御屋形様は、実質的な容認を意味するその一言と共に立ち上がることで、この話題を強制終了し、他の六人衆の意見を聞かずに決断した。
……御屋形様は。
アーレンとセイレンがそう長くは持たないと、どうやら確信しているようだ。




