137 - 軋轢
3月下弦27日
アーレン家が三男の夭折を公的に発表した。
死因は発表されず、ただ夭折とのみの発表。
一方で同時に、つまりは公的にセイレン家に対して『意見を求める』としており、事実上の『犯人はお前だ』と宣言。
これを受けてセイレン家は何事も無かったかのようにアーレン家に向かい、追悼の意を示したという。
この一連の事情がキヌサへと、通常のルートで伝わってきたのは2日遅れの3月下弦29日――と同時に、御屋形様は「空気が変わるな」と状況を示した。
5月上弦9日。
セイレン家とアーレン家の軋轢がいよいよ表面化。
アーレン家が忌み事を嫌い引っ越しを決定し、その引っ越し先にセイレン家とは街の対角になるような場所を指定したのだ。
その前までも別に隣家とかではなかったけれど、歩いてすぐの場所だっただけに、その位置の指定はセイレン家への不信という意味合いがとても強いことは、今更考えるまでも無い。
ちなみに今回の一件ではまず間違い無くセイレン家がアーレン家の三男を暗殺させたというのが真相なんだろうけれど、その前にアーレン家がセイレン家の三男を暗殺させているという事もあって、クラ国内は『どっちもどっち』という呆れの感情が強いようだ。
7月上弦11日。
いよいよクラ全域が『何か』を察し始めている。
具体的に何かが起きたと言うわけでは無いのに、クラ全域で絶えなかった小競り合いが、この日までに全て、終結した。突然、お互いに兵を引くような戦場さえも何箇所かあったようだ。
内戦も実質的な凍結状態――つかの間の平和に見えるだろうか?
とんでもない。
この空気は、決戦前夜のほうがよっぽど似ている。
御屋形様も他の五将も当然それを理解しているから、ただ、状況の解析を淡々と僕に望んできた。
解析というか分析というか……確認に近いんだけれども。
結論から言えば、別にセイレンもアーレンも、行動に移したわけでは無い。
ただ、今にも動いたっておかしくない――という緊張感はどんどん高まっていて、それを周囲が悟らざるを得ず、クラ全域がこの二家の動きに注視した、その結果が現状だ。
全ての勢力が『何かが起きる』と確信している――『何かが起きなければおかしい』とさえ考えている。
それほどまでに影響力があるのが、確かにその二家であって、古く尊き血なんだけど……だとしても、さすがにこれは方向付けられている感覚が拭えない。
サムが動いている様子は無い……し、となると、メーダーかな……。
9月下弦28日。
アーレン家からの使者が非公式にキヌサを訪れた。
使者曰く、アーレン家は近くミスオーに拠点を移すつもりらしい。
その引っ越しにあたって、可能ならばキヌサを通りたい。
通る際は安全の確保をキヌサに依頼する事になるが、報酬は後ほど。
要するに『通せ』『守れ』『無償でだ。』という欲張り三点セットである。
更に言えばこれは政治的なパフォーマンスの意味合いが強く、ここでアーレンを通して守ることを選べば『キヌサはアーレンに付く』と受け取られるし、逆にアーレンを通さなければ『アーレンはキヌサを避けた』つまりは『キヌサはセイレンに付く』と受け取られる、ことになる。
できる限りどちらにも干渉したくない御屋形様としては不本意にも程があっただろう、それでも解答に1日の猶予をもらい、六人衆として皆で検討をする形を取り、とはいえ全員の意見は一致していた。
アーレンの要請を受けないことは出来ない。
というのも、アーレンの要請を受けなければ、アーレンに『敵』として見られてしまう可能性が高いからだ――まあ、だからといってただ要請を受けるだけだと、セイレンに『敵』として見られてしまうし、そこはそこで手を打たなければならないと言うところまでは六人衆として会合を開いた時点で、既に共通見解になっていた。
その上で懸念を示したのはカティ。
アーレンを守る為に兵を出すわけだけれど、その兵数は相応の数になるだろう――それはいい、戦闘を伴わない軍事行動だ。アーレンの移動中に仕掛けてくるような勢力も無いだろうし、そこを懸念はしていない。
ただ、『軍としての装備を他勢力にありありと見せること』は情報をむやみにばらまくことになるし、他勢力がキヌサに対して戦力の再評価をするきっかけになるのではないか――今のままなら、装備の更新に気付いていない勢力もあるだろうに、それを気付かせてしまうのは情報面のディスアドバンテージになるのではないか。
それがカティの主張だ。
もちろん相手がキヌサの戦力を別件で再評価している可能性はある。とはいえ気付かれていないならば気付かれていない方がこちらにとって都合も良い。
カティの主張はごもっとも。
ならばそれを逆に利用する事は出来ないか?
たとえばアーレンを守る兵の装備を敢えて古い状態にしてしまうとか。
どうせ他勢力から攻撃を受けることはまず間違い無くないのだ、ならば旧式装備でも作戦行動に支障はない。
この提案を拒否したのはガーランドさんとハイゼさんの二人、残る三人は判断を保留。
肝心な拒否の理由はと言うと、ガーランドさんが指摘したのは装備の質を落とすという命令が士気を落としかねないこと、最新の装備事情をアーレン、セイレンの両家のどちらか一方でも知っている可能性があること……。
一方、ハイゼさんが指摘したのは古い装備がそもそも残っていない可能性だ。
というのも、装備を更新したとき、古いものはキヌサとして回収せず、兵が自由に扱って良い、としたんだとか。ボーナスとは違うけど……、まあ、そんなわけだから、他人にあげちゃった人も居るだろうし、壊した人も居るだろう。なんなら売り払っちゃったという人だって居るかもしれない。
もちろん、しっかり保管している人を適当に集めればそれだけでも一部隊には匹敵する人数を揃えることは出来るだろう。しかし本来の部隊とは違った枠組みで動かすことになってしまい、それは兵に要らぬ混乱を与えかねない。
それらの危惧はもっともだし、なにより前線、実際の指揮官になる人達がそう感じたのだ、そのほうが正しいに決まっている。
僕の光輪術で多少誤魔化すとか……まだ状況は詰みではなく、やれることはいくらか残っているとは言え、この世界で光輪術を表立って使うのはちょっと勇気が要るからなあ。
というわけで、結局六人衆として出した結論は、アーレンの要請を受け容れる、である。
その上でセイレンに対しても『敵対の意図は無い』と伝えなければならないんだけど、これは僕ことリリ・クルコウスの献金ルートを使う事に。
軍事的な動きを政治的、というか資金的に誤魔化すって、なんというか嫌に現代的だなあと思うけど、袖の下は昔から有効だったから今でも有効活用されているのだろう。うん。たぶん。
結局御屋形様はアーレン家の要請を受け容れる事を使者に伝え、細かい日程調整の為にガーランドさんを派遣することとした。
当然セイレン家に対する対応は伝えていない。
10月下弦19日。
ガーランドさんが帰還し、この後の日程が判明した。
11月下弦にアーレン家はゴチエからミスオーに拠点を移す。拠点を移すのはアーレンだけで、セイレンは動かない。
キヌサ領を移動するのは11月上弦12日から6日間ほどが予定されている。天候次第では少しズレる可能性はあるけれど、概ねこの程度で縦断しきる見込みだそうだ。
他領では宴を開くこともあるようだったけれど、ガーランドさんが調整した結果、キヌサでは宴を開くことは無く、あくまでも通り抜けるだけ――その代わりに、護衛として付く軍には総司令官であるガーランドさんが指揮を執る。
この決定をした時、少しアーレンは不満を浮かべたそうだ。
キヌサはアーレンに味方をするのだから、宴の一つくらいは開くべきだと。
ガーランドさんはそれを受けて、キヌサという勢力は決して経済的に恵まれていないことを主張。
アーレンが宴を開きたいというならば軍の行動にかかる費用をアーレン、もしくはアーレンが身を寄せる事となるミスオーに請求するとしたところ、宴なんていらないよねと話が切り替わったらしい。
なんとも現金な……。
で、ミスオーには早ければ11月下弦26日に着く。遅くとも11月中には、という日程だそうだ。
今年の段階では特にどちらも動かない……というか、動けないだろう、というのがガーランドさんの読み。
アーレンはミスオーとの連携を取るのにやや時間が掛かるし、セイレンもアーレンが消えた後、ゴチエの統率に苦労すると見ているわけだ。
僕も概ね同感……、ただなあ。往々にしてこういうお飾り権力者って暴走するっていうか、現場の苦労を知らずに雑な命令を下す事が多いような印象があるんだよなあ。
その当たりは懸念として一応口に出しておいたけど、誰一人として『流石にそれは無い』と断言できなかったあたり、なかなかやらかし具合に信頼があるようだった。
11月下弦20日。
予定よりやや遅れたものの、アーレンの一同は無事にキヌサ領を通過した。
遅れたのはキヌサの責任というより、キヌサに到着したのがそもそも4日遅れたせいで、キヌサ領内の移動はむしろ予定通りに進んだと言える。
で、この移動の際、御屋形様が『念を入れるか』と、僕に工房街に結界を展開して隠す事を要求。
結界の内側に隠す事になる工房街にはヨウコウとクートの二人を介して全体に説明をしてもらい、実際に結界を展開したうえで近くで監視していたんだけど、御屋形様の読みは見事に的中。
予定の進路を外れてアーレンの一部が工房街を隠した方面に散策を行ったのだ。
彼らは結局工房を見つける事が敵わず、僕からの警告を受けて現れたハイゼさんの姿を見て適当な言い訳を取り繕って帰っていったけれど……やれやれ、妙な所でアグレッシヴというか。
尚、やってきたハイゼさんはハイゼさんで僕に対して『やれやれ』と首を振っていた。街を一つ完全に隠すような結界はあまりお目にかかれないのだとか。
その気になればキヌサ領全域くらいはいけそうだという事を以前伝えたことがあるので、それこそ今更なんだけどね……。
そして――12月上弦3日。
僕は、嫌な夢を見る。
▽
「謡え。我らは月の下、祈りと願いを注ぎ込み」
「謡え。我らは月の為、念いと呪いを雪ぎ抜き」
何度目になるだろうか。
今でも毎月一回、決まって僕はこの夢を見る。
「躍れ。彼らは地の果て、いずれ向う先」
「躍れ。彼らは地の手前、すでに着く後」
何度も見たからだろう、あるいは何度も聞いたからだろう。
この場で響く歌の意味も、なんとなく読み取れるようになってきていた。
それは悲哀であったり、あるいは歓喜であったり――今日は、悲哀の色が強く聞こえる。
「偉大なる三日月よ、我らは一つを捧いで」
「忌々しき三日月よ、我らに一つの慰めを」
ドアの神子達は、そんな歌を束ねて魔法にしているらしい。
想いを束ねた月の魔法。
だから。
「祈りの果てに願いは捧いで」
「念いの手前に呪いと慰めを」
音量が跳ね上がるこの瞬間、僕が聞きたいと思った声の歌を、僕は聞き取る事が出来る。
それは本来、月に捧げられる歌なのだろう。
どういうわけか、僕はそんな歌を『捧げられている』というだけで。
「――――」
いやだよ。
僕は願いを叶えない。
『自己犠牲』や『他者犠牲』を自ら選ぶならばまだしも――神頼みでその代償として支払うのは、馬鹿げている。少なくとも僕は、そう思う。
昔の僕ならいざしらず。
月の魔法を理解し始めた僕に、それを叶えるはずがない。
「――これでも届かぬか。願いを幾重に重ねても足りぬとは」
「――手厳しいものだ。だが、兆しは見えるのだ……」
ぴたりと歌が――途切れて。
銀髪の男女は空を仰ぎ見る。
そこには月が浮かんでいて、けれど僕は沈むだけだ。
「――――」
「――――」
誰かのための祈りの対価。それは自己犠牲として強いられる。
自分のための祈りの対価。それは他者犠牲として強いられる。
未来を変える月の魔法――祈りを否定するつもりは無い。
けれど誰かのために自己犠牲を払うならば、それは自分で勝手にするべきだし。
自分のために他者を犠牲にするにしたって、覚悟を持って己でするべきだ。
見ず知らずの何かによってもたらされる結果を受け容れるだけ――なんて、僕の趣味じゃないし。
ましてや、僕自身がその結果を与える側になるというのは、気分が悪い。
……たとえそれを行う事で、僕自身にとてつもないメリットがあるのだとしても。
「――やむを得ぬ」
「――だが諦めぬ」
そう。
それでいい。
△
何度見ても嫌な夢だけれど、それは僕の感想だ。
僕の前に『月』として振る舞っていた誰かは、全く違った感想を持っていたんだろうし――だからこそ、ドアという国は追放されたんだろう。
その辺はいずれ細かく考察するにして……今はクラの事情がそれどころじゃないので、来月もまたこの夢を見るようなら中断できないか試してみようっと。




