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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
転章 クラ覇権争奪戦顛末談
136/151

136 * アバイド・ヴァーチュの心覚え

 ――これは、クラ覇権争奪戦と呼ばれる一連の動きが沈静化した後、その戦いによって失われた一人の少年の遺品に混じっていた、キヌサ領の外交官、アバイド・ヴァーチュが記した心覚えの一部である。


 何故その少年が他人の、それも外交官の心覚え――つまりはメモ書き――を所持していたのかについては諸説はあれど定説が無い。


 また、ここに記された内容それ自体も、当時のクラ人民が知り得る内容を越えており、その点でも不自然さをよく指摘されるが、それでも史料として信頼に足ると判断されているのだった。


    ◆


 結局言い出すことは出来なかったけれど。

 クラという大陸の覇権を語るにあたって、重要な事が三つある。


 権威の象徴としての古く尊き血(クリファ・レッド)

 十家の古く尊き血(クリファ・レッド)が組み上げた大連合の成立と崩壊。

 そして、他国にとってのクラ大陸……。


 順に考えよう。


 まず、権威の象徴としての古く尊き血(クリファ・レッド)について。

 クラという大陸の最大の特徴と言っても良い存在、古く尊き血(クリファ・レッド)のルーツはそもそも、クラという大陸が発見された後、入植を行った最初の『百八十人』の血を引く者達である。


 その百八十人が作り上げた村の名は、クラと名付けられたこともあってその名を含めた『クラレン』と言い、入植者の全員が冒険者だった。

 彼らは『未知の危険がいくつあるとも解らない大陸に入植する』という大冒険を、生涯を掛けて遂行し、村を発展させては周囲を探索し、追加でやってきた新たな入植者達と共に何世代もかけてクラという大陸を歩き尽くした。

 そしてある程度危険が無いと判断された頃には、クラに入植した人数は万に達し、これ以外にもクラ内部で産まれた新たな命も多く、クラという空白地を着々と開拓していた。


 人数が増えれば問題も増える。

 その問題を解決するべく、『クラレン』を中心として暫定政府が成立。

 権力のありかをどこに設定するかという難しい問いに対し、『クラレン』は偉大なる祖先、クラという大陸に入植した百八十人の英雄を『尊き血』と呼び上位に位置づけつつ、その血を引く者達を権力者として、クラという大陸中に小さな集落を作り始めた。


 一度増え始めた人口はさらなる入植や単なる生殖によって爆発的に増え、国家としての体裁が整わないまま、集落が村に、村が町に、そして街にと発展してゆく。

 その結果、クラという大陸には街が乱立。

 己こそが正当性のある『クラ国』の権力者であると『クラレン』の後継者を名乗る者達が一時纏めかけるも、その実情が全く『クラレン』と関係の無いものであったことが発覚して崩壊。


 しかしそんな彼らの行為は、本物の『クラレン』の後継者――つまり『尊き血』と呼ばれた者達、百八十人の英雄の子孫を表舞台に引っ張り出した。

 既に『尊き血』でさえも過去の者として扱われつつあったこの時代に、『古く尊き血(クリファ・レッド)』という呼び名がついに使われ始める。


 クラレンの系譜。古く尊き血(クリファ・レッド)

 だから当時は、家というより個人としての称号だった。


 それが家の称号に変質したのは、混迷するクラをなんとか纏め挙げるためには『都合の良い権威』が必要で、その権威として古く尊き血(クリファ・レッド)が選ばれ、その血を特別なものとして固定する必要があったからで、疑似的な王室として当時の人々はクラレンの系譜を『再整理』するに至った。


 結果、産まれた家系は十三家――この十三家の内、一つは子宝に恵まれず自然と断絶してしまったものの、残る十二家はそれを見て気を引き締め、しっかりと子供を育て、その血を残し続けた。

 ――以上が、古く尊き血(クリファ・レッド)、その成立の真相だ。


 次に、十家の古く尊き血(クリファ・レッド)が組み上げた大連合の成立と崩壊について。

 古く尊き血(クリファ・レッド)が今のように、権威の象徴としての存在として定義された後何世代もたち、クラはというとまだ混迷の中にあった。

 この混迷を救うべきだと主張したのが古く尊き血(クリファ・レッド)の一つ、マアレン。

 マアレンは他の古く尊き血(クリファ・レッド)に声を掛け、結局十二の家系の内、自身を含めて十の家系を仲間として、大連合を樹立。


 古く尊き血(クリファ・レッド)の大連合はクラ全土を揺るがし、なかば混乱の内に一つの国家として樹立……までは行かず、ただ、一つの勢力として存在出来る程度の『意識』を形成することに成功した。

 大連合はその後数世代に亘ってクラ大陸に影響を与え、今のような領地制度を取り入れ、例えばジュレンという古く尊き血(クリファ・レッド)に使えていたカーザフ家がジュレンからキヌサという領地を与えられたことからも分かるように、国体としては相変わらず曖昧なままだったけれど、勢力としては確かに成立しつつあった。


 尚、この大連合に参加しなかった二家の古く尊き血(クリファ・レッド)は、古く尊き血(クリファ・レッド)であり続けることをやめ、一般の家庭に溶け込んだ。事実上の消滅だ。


 そして権威の周りの権力に様々なものが群がり始めた頃、雲行きは一気に怪しくなる。

 古く尊き血(クリファ・レッド)の配下――という名のもとに産み出された虚像の権力によって、一部の勢力が好き放題をしはじめた。それは税制に関するものであったり、あるいは人権にさえ侵害するものであったり……。

 この暴虐への反発は虚像の権力を通り越し、古く尊き血(クリファ・レッド)そのものに怒りとして向けられた。あるいはそうなるように仕向けられたのかもしれない。


 ともあれ。

 民が暴動の炎を起こしたとようやく古く尊き血(クリファ・レッド)が認識した頃にはすでに遅く、大連合はなすすべも無く民の前に次々と倒れていった。

 しかし、民の側にとって、それはあまりにも都合が悪かった。

 確かに古く尊き血(クリファ・レッド)に怒りはしている、だが古く尊き血(クリファ・レッド)が居なくなれば、クラという大陸は支柱を失い、これまでの『内乱』が子供の喧嘩に見えるほどの大乱に繋がりかねない。


 多くの古く尊き血(クリファ・レッド)が混乱の中滅びつつ在ったとき、そんな民の機微を察した家系が、しかし二つあった。

 アーレンとセイレンである。


 この二つの家系は民側を味方し、他の古く尊き血(クリファ・レッド)を滅ぼす側に回った。

 民はそれがアーレン、セイレンが生き残るための裏切りだと理解しつつも、全てを滅ぼすわけにもいかない――本物の古く尊き血(クリファ・レッド)が旗頭にあるかないかで、その後が全く違うのだから。

 そうして、民はアーレン、セイレンの二家を残して他の古く尊き血(クリファ・レッド)を廃絶。

 これを旧体制(アンシャン・レジーム)の崩壊と呼び、大連合はこうして終焉を迎えた。


 最後に、他国にとってのクラ大陸について。

 クラ大陸は最初の方でも言ったとおり、入植者達の大陸であり、その原点は五国大陸側に存在する。


 そして古く尊き血(クリファ・レッド)の半数ほどは、現代のメーダーにあたる国家の出身で、残りの半数もアカシャやクタスタのあたりが多く、プラマナやサトサンガ……まあ当時は別国家だけど、その位置からわざわざ入植した者は殆ど居ない。

 そんな理由もあって、クラ大陸は特にメーダーとの結びつきが現代においても強く、メーダーにとってクラとは『実験場』としての側面も持っていた。


 これまで述べてきた古く尊き血(クリファ・レッド)やそれの大連合、旧体制(アンシャン・レジーム)の崩壊といった様々な事象に、他国が干渉したという確固たる証拠は当然無いものの、全く干渉が無かったとも断定ができない――たとえば、大連合という枠組みは冒険者ギルドの大連合(アライアンス)と根底が似ているだとか、その当たりで。


 また、表面上の歴史をなぞるだけでは読み取りようがないけれど、クラで一般家庭に溶け込み、消滅したとされる古く尊き血(クリファ・レッド)の二家はそれぞれ、静謐の国トウザル、当時建国の半ばにあったヴァルキアに招かれ、そこの貴族として振る舞っていた。まあ、現代には既にその血は残っていないので、そういうこともあったんだ程度だけれど。


 で、メーダーにとって実験場という言葉を使ったのは、たとえばメーダーが大きく政策転換を図るとき、その試験や実験をクラの勢力を使って使ってやっていたからだ。

 クラの一部の勢力がメーダーと似た建築様式を持っていたり、あるいは法律のようなものが似通っていたりするのはこれが理由であると同時に、クラにも『工房』が存在するのは、メーダーがその見返りとして与えたからに他ならない。


 ……というあたりでようやく前提がそろったかな?


 では改めて、クラという大陸の覇権についてを考えよう。


 基本的にクラは、古く尊き血(クリファ・レッド)が無ければ纏まらない――という幻想に取り憑かれている。実際にはそんな事が無く、単に力で征服するような勢力が産まれれば、それであっさりと片が付くのに、実現していないのはメーダーやアカシャから干渉を受けているせいで、ではなぜメーダーやアカシャが干渉をしているのかというと、『クラという国』の存在が許せないからだ。


 何せ五国大陸に存在する国家と異なり、クラという大陸そのものを国土とした統一国家が出来てしまえば、その国は海路以外で攻められることが無い。それは間違い無く繁栄に繋がるし、その速度はメーダーやアカシャの比ではなく、百年と立たずにアカシャを追い抜き、さらに五十年と立たずにメーダーをも追い抜き、世界で最も強大な勢力にクラはなるだろう。


 だからそれをさせないためにも、クラという勢力の存在は許しつつ、クラという統一国家の成立だけはメーダーもアカシャも全力で阻止をするわけだ。

 旧体制(アンシャン・レジーム)の崩壊だって、そのことを踏まえてみれば何らかの干渉があったのではないかと疑りもするし、確固たる証拠が無いと言うだけで、大連合に参加した古く尊き血(クリファ・レッド)に特別な指輪を与えたメーダーや、クラという国家を常に監視しているアカシャ王室という状況証拠はある。


 ――権威に権力を結びつける指輪をメーダーが作り、アカシャがそれを利用して崩壊させた、とか。

 陰謀論の域は出ないけど、否定しきれないよなあ。


 というわけでだ。

 クラ大陸の覇権を語るためには、『メーダー』と『アカシャ』という外敵を知らなければならない。


 メーダー。アルケミックの国。国家元首は大統領、冒険者ギルド、情報ギルド、商人会と強い連携を持ち、アルケミック作業台による複雑な道具加工を得意とする、『道具』の国――電気というリソースを生活から産業まで、魔法にさえも応用している国家。間違い無く世界で最高峰の国力を備えつつもそれほど領土にこだわりを見せないのは、抱えて居る砂漠に問題がある。


 アカシャ。魔法の国。国家元首は国王、冒険者ギルド、情報ギルド、商人会との関係は良好ながら明確に国王が上に立つ特徴を持つ。魔法、特にマジックとロジックの扱いに長けていると言えるが、テクニックも比較的広まっている一方で、ミスティックの使い手はかなり限定される国。道具の魔法、アルケミックに関しては全く認知されていない。五国大陸で二番目に強大な国家でありながら、道具について知らなさすぎる国と言えるだろうか。


 ただし――

 メーダーにしてもアカシャにしても、クラにちょっかいを出す事はできてもそれだけだ。軍事的な行動を起こすことは不可能だろう――そもそもクラに兵を送ることができない。

 外洋航行は技術として既に習熟の域にあっても、海軍の発想は未だに机上の空論を出ない。これは魔法による航行を前提としているからで、その点、メーダーは完全に道具の力に頼って船を動かす術も研究はしているとはいえ、完成したところで軍事的、万単位の兵を運ぶことができるようになる未来はかなり遠い。


 それは逆もまた然りで、クラはメーダーやアカシャに対してアプローチを取りにくい。全くできないわけではない、ちょっかいならば出せるだろう。とはいえ全く同じ理由で、つまり外洋航行の問題で、軍を送ることは出来ない。

 そもそも軍事的にメーダーやアカシャと対立することはクラとしても避けるべきだ。将来的な可能性ならばともかく、現状の戦力には差がありすぎる。たとえ今すぐにクラが統一できたとしても。

 だからクラ大陸の覇権を握るためには軍事以外の方面で、その二国を上手く説得しなければならない――それはそれで現実的かどうかはともかく、少なくとも軍事的決着が無理である以上、こちらで対応するしか無い。


 メーダーやアカシャにどう対応するか?

 真っ向な外交は当然必要として、それとは別の圧力も欲しい。クタスタやサトサンガ、プラマナを利用する事が出来るだろうか――難しいな。やらない選択肢は無いとは言え、それをやるためにはやはり一定以上の身分……というか、地位が必要だ。

 で、そのためにはクラを統一するくらいの国力が必要で……。


 真っ当な手段では無理。

 ならば真っ当では無い手段ではどうだろう?

 たとえばメーダーの大統領やアカシャの国王を買収するとか。


 それこそ無理だよな。あまりにも現実味が無い。

 つまりだ。


 クラ大陸の覇権は、結局誰にも握れるわけが無い。

 それが現状の、僕の結論だった。


 ……誰に言うことも、できないけれど。


    ◆


 繰り返しになるが、この心覚えに書かれている情報の大半は当時のクラにおいて、知られていないはずだったり、あるいは知りようが無いものが多く含まれている。

 アバイド・ヴァーチュという、クラの一勢力にすぎないキヌサに仕えた外交官が何故これほどまでに深く情報を知り得たのか、そして何故このような心覚えを書き記したのか――それがどうして『刺客』の少年の手に渡ったのか、それらを説明する事の出来る明確な答えは出されていない。


 ただ一つ、荒唐無稽で根拠もなければ突拍子も無い、ふざけた俗説がある。

 それは思考放棄にも近いようなもので、だからこそ通説にはなる事も無く、冗談として言われることなのだが、それを完全に否定する要素も無い――もっとも、その冗談でも結局、『何故知り得たのか』の部分は解決されないのだが。


 即ち。


『そもそも刺客の少年は、アバイド・ヴァーチュと同一人物だったのでは無いか――』

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