135 - 三将あらため
個人的なタイムリミットまであと14年。
3月下弦18日。
三将格定例会議。
「全員が揃うのは随分振りだな」
「まことに」
御屋形様の言葉に、ハイゼさんが答えることでその会議は始まった。
この所定例会議は、全員が本人出席というケースが減ってきている。
それは練兵目的の演習だったり、戦略・戦術上に必要になる普請や建城のためだったり、あるいは他勢力との外交だったりと様々な理由だ。
本人が出席できないときは代理を出席させることが認められているものの、代理に出来る事には強い制約がかかっている。
具体的には定例会を始めて御屋形様が挨拶した後、代理が出席した場合はその旨を伝え、代理は本人からの親書をその場で封を解いて音読。
その後、代理は一度隣室で待機し、定例会が終了する直前に改めて呼び出され、決定だけを伝えられるという形だ。
だからこそ、三将格の一同はよっぽど忙しくも無い限り、代理で済ますことは殆ど無かったんだけど……流石に、古く尊き血が動き出し、いよいよクラ全域を巻き込んだ大混乱が近いという空気を、三将格にもなると強く感じ取っていた。
「だがな、次回も全員、本人が参加せよ。代理は許さぬ」
そして、御屋形様は――それ以上の確信を持っていた。
言葉を受けて、三将格に緊張が走る。何かが起きた、それを理解したからだ。
「リリ・クルコウス。例の報告を」
「はい。先に向かえました3月上弦13日がアーレン家の三男――正室の子ですから、幼名が付いていましたね。『タカ』様は二度目の誕生日を迎えました。その祝い儀において、『タカ』様がつまずき、膝をすりむく怪我を負いました。傷はその場で治癒術士によって癒されたのですが、つまずいた原因は屋敷の掃除の仕方にあるとアーレン家は主張。それに沿う形で掃除を担当していた侍従が解雇処分されたという一幕がありました」
誰も特に驚いてはいないあたり、古く尊き血の評価が垣間見える。
実際僕も、『ああ、いつもの癇癪かあ』とその情報自体はスルーしかけたしな……。
「その後、処分された侍従……いえ、元侍従になりますか。その人物を保護した場所が、少々問題でして……」
ただ、スルーせずに情報を拾ったのは、その元侍従の動きがあまりにも機敏だったからだ。解雇された直後、そのままその足で、その人物はそこへと駆け込んだ。
だから気になった。
「お察しの通り、セイレン家です。それが嫌に気になりまして、少し監視を強めたという前提がまずあります」
「……前提?」
「はい。そうです、シーリンさん。本当の問題はその翌日、3月上弦14日です。『タカ』様は目を醒ます事が無かったとか……僕も正確な情報をこの時点では得られていなかったので、現地に向い、確認しました」
そう。
思ったよりも早く、セイレンは手を打った――
「正式な発表はまだされていませんが、遅くとも下弦16日の段階で僕が『タカ』様の夭折を確認しています。死因は神経毒かと」
「神経毒……?」
「ふぐ、という魚からとれる毒です。摂取は恐らく13日の夜――検死したわけではないので断定はしかねますが、その可能性が極めて高いです」
「何故かな、リリ・クルコウス」
「調べたところ、11日にセイレン家に、『ふぐ』が食用として献上されているのです」
「…………? 毒のある魚を?」
「はい。体中に毒があるわけではないので、丁寧に捌けば毒を取り除けるんです。その状態の身は確かに美味……メーダーやクタスタでは高級食材として取り扱われています」
恐らくその毒を利用したのだろう。
『ふぐ』の献上手続きに不備はなかったし違和感もなかったから、偶然そこにあったものを利用する事にしたか、あるいは入念に計画を立てていたのか。
……まあ、入念に計画を立てていた、の方なんだろうなあ。
「と、いうわけだ。残念極まるが、夭折がほぼ確定した以上――古く尊き血は動くだろう。どちらがどこに向うかまではまだ読めぬ、読めぬからこそ次回の定例会には全員、本人が参加せよ。恐らく次回――4月の定例会の時点でアーレンは発表を行っているだろうし、動向も読めるかもしれぬ」
「御意」
三将格を代表して、ガーランドさんが言う。
それに対して、御屋形様は深く頷いた。
「状況が動くでな。現時点の備えを聞きたい。各種報告をせよ」
「然らば、まずは軍の兵力から。現在キヌサが保有する兵力は数にして二万五千。勢力の規模から、これ以上の兵力を抱えることはできませぬ。よって、兵力を補うために装備などを利用しております」
「装備は結局どのように変えたのか。そしてそれによって何が変わったのか、具体的に説明せよ」
「はっ。これまで支給していたポイントアーマーの替わりに、上半身を守るキュイラスを標準で支給。これは異勢力の有力な将が身に付けるかどうかというものなれば、その防御力は圧巻。『雑』な攻撃であればその鎧は砕けませぬ。これにより、兵はより頑強になり申した」
雑な攻撃、と表現しているのは、例えば雑に剣を振ったとか、槍で突いたとか、そういう感じだ。まともに攻撃をされたならば、流石に傷の一つはつくし、相手の力量が確かならば如何に金属鎧といえど貫かれることもあるだろう。
それでも戦場においては、とても心強い。
味方が実感すると言うより、敵がその実感を強く持つだろう――『なんで皆が皆、こんな豪華な装備をしているのか』と。
「追加部分は任意、かつ有償としたため普及率はそれほど高くありませぬが、それでも十分と言えましょう」
「利点は解った。欠点は?」
「まずは重さ。最低限の軽量化は行われているとはいえど、金属鎧というだけでその重量は覆しようがありませぬ。次に、物理以外への耐性。物理的な攻撃による被傷はかなり抑える反面、魔法にはやや相性が悪い。特に炎や雷といった属性の魔法は天敵と言えましょう」
「ふむ。対策はしているのか」
「炎……厳密には熱ですが、熱か、あるいは雷のどちらか片方に対してなれば、対策を施すことができまする。しかし、二者択一になりますな」
耐熱か、耐電か――この二つの両立は、今のところヨウコウは『非現実的』と決断を下していた。魔法的な加工を行う事が出来ればあるいはとも言っていたけれど、それを実行する場合、量産ができないとも。
だから、どちらか片方を。
鎧そのものに仕掛けるのでは無く、鎧の下に身に付ける薄いシャツのような形で、それは作られている。
発想としては実に単純で、耐熱はとある合金を薄くのばしたものを縫い付けたもの。合金という都合上、電気は素通りする。
一方で耐電はというと絶縁体で、ゴムに近いものを縫い付けたもの。こちらは高熱に晒されると融解してしまう問題がある。
両方着ちゃえばいいんじゃない?
と僕あたりは思っちゃうんだけど、例えば耐熱・耐電・鎧と着たとき、耐電の段階では耐熱がないから熱を受けると耐電用のゴムもどきが解けて耐電性を失い、また耐熱用のものと密着して上手いこと熱の放出ができないし、逆もなんやかんや問題があるそうだ。
だからどちらか片方だけを着て、もう片方は戦場で限定するべきだろう――というのがヨウコウの結論で、それに三将格の全員が同調した。
実際、耐熱と耐電のどちらかならば戦場で限定できるのだ。
たとえば水場で戦えば相手も電気は使えないし、雨が降っている状況ならば炎は殆ど無視できる。
「なるほどな――ふむ。タンタウト・ガーランドがそれでよしとしたのだ、それで良いだろう。で、他は?」
「はっ。武器の側も更新を……ただしこちらはまだ完了していませぬ。元は鉄製のものを支給していたのに対し、今度からは黒銀を用います」
黒銀とはなんぞやと言うと、この世界においては『鋼のなり損ない』だ。
鋼としての基準は満たして居ない。けれどただの鉄よりかはとても頑丈な、規格に適さなかった品――そのくせ加工難易度は高く、あまり装備に使われることは無いから相場も安い。
そんな中途半端なものに目を付けたのがヨウコウだ。
多少加工の難易度が上がるとしても、多少ならばどうとでもなる。
なにより予算の問題がでかい。鋼を使いたくても使えないのだ。
じゃあ鋼もいっそ作っちゃえばいいんじゃないかと一応提案はしたし、作り方は教えたんだけど、キヌサ領内の工房では無理だとヨウコウは最終的に結論づけた。
技術的ノウハウを溜める暇があるならばやりたかったなあとも――あと一年あればとか、そのくらいならば無理をしたかもしれないけれど、十年とかそういう単位で不足しているんだから、今は見送る、ということだ。
物作りをする人間として、その割り切りは羨ましかった。
僕は割り切るにしても錬金術でいいやってなるからなあ……それは正常な物作りとはかけ離れている。当然だけれど。
「現状で支給は七割。可能な限り前線に近い順に支給しています。黒銀は鋼にこそ劣りますが、鉄と比べれば頑強そのもの。そもそも鉄製でさえも武器の支給は珍しいものでありますれば、一般的な他勢力との純粋な力比べでは、一人で三人分ほどの戦力と数えて良いかと」
「三倍か」
つまり兵力二万五千だから――七万五千くらいまでならば、どうにかする。
そういう宣言を、タンタウト・ガーランドさんが三将の一人として行う。
「魔法の習得はどうなっている」
「それについてはホーマンより」
「うむ」
「魔法に特化した部隊は百人毎に、現在、八部隊を編成しています。後詰めには二百――合計千人となりますが、これ以上は時間的にも現実的ではありませぬ。各方面に対して最低一部隊を派遣し、敵勢力の軍事魔法を防ぐのが主な活用法。ただし、敵に軍事魔法無しと判断できるならば、魔法戦力として攻撃に参加させる事が可能です」
百人で一部隊。
結局、キヌサはそれを一つの完成形である、として成立させていた。
個人的なことを言うならば、百人という人数で固定するのはデメリットが目立つんだけど……まあ、メリットがあるというのもまた事実。
相応の訓練はしているので、実際に軍事魔法は防げるだろう。
防御面の確実性を心配したのか、御屋形様は視線を僕に向けてきたので、一度頷くことで答えておく。
実際に試すわけにも行かないので仮想訓練だけど、既に全部隊が対応出来ることを確認済みである。
「これ以上魔法を扱える兵を増やすとなると、通常戦力を大きく削る必要が出ますれば。今のところはこれが限度かと」
「二万五千の内の千か。……まあ、悪い数値ではないな」
御屋形様がそう頷いたからか、三将格の一同がほっとしていた。
実際、とりあえずだとか及第点だとか、そういうレベルでは無い。
すでにこれ以上はどうしようもないほど、キヌサの軍は鍛え上げられているからなあ……。
「で、あれば、いよいよ改める必要があるな。今日を以て三将はこれを改名。五将とする。新たに将に加わるものは、まあ、言うまでも無いが。――カティ・ヤヤルド」
「拝命いたします」
事前に調整があったのかな……?
いや、それが無かったとしても、ミズイから寝返らせている旧セイの将を纏める将がそろそろ必要だ。カティ・ヤヤルドという名前はそれに最も相応しい、か。
実践面ではきっと、カティが信頼する誰かにぶん投げるんだと思う――カティは作戦立案と兵站管理に才能が向いているし、ね。
で、五将と改められる以上、あと一人増えるわけで。
これもまあ、やむを得ないし、当然の事だと思う――
「そして、ハイゼ・ポルトス」
「御屋形様の仰せの通りに」
――つまりハイゼさんだ。
というかこの人、なんで今まで将をやってなかったんだって程度には将の器だったんだよね。
じゃあなんでかといえば至って単純、御屋形様を守る最後の盾だったのだ。
その役割について、ハイゼさんはこの改めによって完全に解かれるわけでは無い。
ただ、負担はかなり減る。四人の子供達が、そこを埋めうると判断されたわけだ。
尚、僕は当然将にはならない。
いざという時に、キヌサが『キヌサとは関係の無い誰か』を必要とするかもしれない――からである。
「五将にリリ・クルコウスを加えた六人を、これより六人衆とする。ただし、対外的にはこの六人衆にリリ・クルコウスを含めぬ。替わりは私自身として広める――良いな、リリ・クルコウス」
「はい。そのように広める準備も行います」
「よろしい」
『キヌサとは関係の無い誰か』は、いざという時、仕事をこなしてキヌサから離れることになる。
だからそこに僕の名前を置くわけにはいかない――そのことは、三将格、改め、五将も既に知っている事だ。
そう。
いざとなったら僕を暗殺者とする決定を、既にキヌサは下している。
僕としても望むところだ――まあ、キヌサも僕も望むところとはいっても、できるかぎり避けたい一手だけれど、どうしようも無いときはやむを得ない。
弱者は弱者らしく、弱者の戦略を採るべきなのだから。
「さて、それでは大きな話も一段落だ。次により大きな話を始めるとしよう――今後のキヌサについて、そして」
――クラという大陸の、覇権について。
御屋形様は、静かにそう言った。




