134 - 加速する世界
6月上弦8日、船団は航行を再開。
その後は特にトラブルもなく、6月上弦12日、予定より4日遅れでクラ、ポートマツサに到着――入国時、『商品』として購入した奴隷達にはメーダー側の権限においてメーダーの通常の市民としての権利を付与、その後クラ、キヌサの権限によって彼ら全員の身分を保障。
これがまた時間の掛かる作業で、全員分の身分を入管と一緒に調整し終えたのは結局、6月下弦20日の事である。
尚、入国処理が終わった者達は待たせても意味が無いし、キヌサ側の処理もあるので、キヌサが用意した緊急輸送便でピストン輸送を実行。
キヌサ・ヴィレッジ南区画に難民キャンプのような形で一時的に収容しているんだけど、そこに最後の一人が移動しおえたのが6月下弦24日――というわけで。
6月下弦25日、僕は御屋形様ことアイラム・ノ・キヌサと謁見し、その場で職人として連れてきたヨウコウと、ヨウコウや工房と中央、つまりこの謁見の場に同席している三将格の一同とのメッセンジャーをやる人材としてクートをそれぞれ紹介。
特に異論らしい異論も無く通り、御屋形様は早速ヨウコウを工房の主とし、僕たちが運び混んだ元奴隷の現キヌサの民である彼らを纏める『工房所』という新しい役職に就け、クートはその『工房所』に専属する、しかし立場的にはハイゼさんの直下に置かれることになった。
ヨウコウにせよクートにせよ、その若さを指摘するものが一人も居なかったのは、そもそも僕が子供だし、ウィルヘルム、トーマ、リーバル、そしてロニという『英才教育』を受けている四人組は中々活躍していたようで、年齢と力量はかならずしも関係するものではないという認識が根付いたからだと思う。
それに加えて僕が敢えて連れてきたんだからまず大丈夫だろうという信頼もされているみたいで、それはちょっと嬉しい反面、僕だって間違えることはあるから、全幅の信頼をされるのもまた、ちょっと考え所なのだった。
閑話休題。
その場で決まったことはそれらの役職のみではない。
工房を置く場所についても、そのまま決定した。
元々キヌサには大体このくらいの広さで使うぞという予告はしておき、あとはキヌサ側で適当な場所を見繕って貰ったので、このあたりもスムーズだ。
結論から言えばキヌサ・ヴィレッジから西に三キロほど離れた場所に設置することが確定した。
工業的な事をする以上あまりキヌサ・ヴィレッジに近づけると公害の恐れがある、けれどあまり遠くにするといざという時に咄嗟のやり取りが出来ないし、という様々な葛藤の末、そんな結論に至ったんだろうなあと思う……ちなみにこの場所を案としてあげたのはカティで、最後まで比較されていたもう片方はガーランドさんの案。
ガーランドさんの案を取る場合、十五キロは離れるため輸送網の構築に問題ができるとはいえ、間違い無く『キヌサで一番安全な場所』という強みもあっただけに、結構決断は悩んだようだ。
で、場所が決まっているならば工房を設置しなければならない。
その資材などの要求を寄越せと言われたので、ヨウコウと一緒に現場を見てくる事を理由に一日の猶予をもらい、その間にヨウコウと共に現場へと向った。
現場は近くに川のある平原だ、何度か僕もここには来たな。散歩で。
特にこれと言って問題も無かったし、ヨウコウも問題なしと言う事だったので、アニスシティを再現する形で建造。
もちろんアニスシティを再現するだけでは発電設備が足りないので、そのあたりは僕が調整再建――水道も似たような形で誤魔化した。
ガスに関しては流石に無理。
諦めて魔法を使うか薪を使うかして貰う。
一応パイプラインは通してあるから、将来的に改造できるならば改造すると良い――という僕の妥協に、ヨウコウはそれで良しとしてくれた。
ついでだったので工房内にはフレームワークの作業台を導入……ここに導入した作業台はメーダーで貰ったものではなく、僕が新たに作ったものだ。材料の特定は案の定、簡単だった。手間が掛かったけど。
ヨウコウは書いて操作することを大の苦手としていたので、タッチキーボードを導入。複雑な工作をするためには結局書き込む必要があるとは言え、ちょっとした操作や情報の参照をする分にはこれで十分である。
その後、工房内部の設備が特に問題なく稼働することを確認……とはいえ、元はガラス関係の工房だったから、機材的な種類が違う問題が当然発見された。
ので、片っ端から必要なものに置換。メーダーで行動している間、片っ端から機材をスキャンをこっそりスキャンしておいて正解だったな……。
この置き換えでついでに工房内部の作業ラインを調整し、少しでも効率よく動けるようにとヨウコウと共に整備を行った。
また、工房内部のみならず、ヨウコウを除いた全員が普段生活をする街の部分も調整を行う。具体的には建物の規格を均一に揃えた。妙に豪華な家が何軒かあったので、普通の家に規準をあわせた形だ。
寝泊まりをする家はそれで良いとして、一応、食堂や酒場、道具屋なども箱だけは作っておくことに……実際に誰かがそこで商売をするかどうかはわからないけど。
当面の所有者はヨウコウという形をとっておき、ヨウコウに誰かがやりたいと言った時、ヨウコウが認めたらやらせればいい。
とまあ、こうして工房街は完成し、6月下弦26日、改めて開かれた三将格の集まりでそれを紹介。
当然一夜でどうやって作ったんだとか、そもそも資材はどうなったとか、いろいろな質問は飛んできたけれど、アルケミックを一度だけ使えたから、それを使って一気に済ませたと言っておいた。
とりあえずは納得して貰えたらしい。
アルケミック、というのがポイントで、道具の魔法と説明すると僕は嘘をついていることになり、それを察知しうる人物が多すぎるこの三将格の会議だ。
今回のアルケミックはじゃあなんでセーフなのかというと、僕がアルケミックを使ったことは一つの事実だからだ。
嘘か真かといえば間違い無く嘘なんだけど、全部が全部完全な嘘では無い――だから虚偽とは見做しにくい。それを『似た名前』を持つことを今回は最大限利用させて貰ったわけだ。
で、工房で従事する目的で運び混んだ元奴隷の皆を再整理し、たとえば血縁関係であるとかの理由で同棲を求める人が居ないか――といったリストアップを実施。
あとは最適化して家屋を決定、鍵を渡して移動して貰う――というのを繰り返し、最終的に全ての人材が工房街に到着したのが6月下弦30日。
そこから一弦程度を使ってヨウコウの工房とそれに伴う街として整備が改めて行われ、稼働開始――つまり、武具の作成が開始可能になった旨が、ヨウコウの代理人としてクートの口から伝えられたのは、7月下弦17日の事である。
ただし、この時点ではまだ稼働を開始しただけ、作成ができるようになっただけで、作業の効率化や品質の向上などには時間が掛かるから、できれば今のうちに『捨てても惜しくないようなものを作るように命じて欲しい』とも。
結果、キヌサがヨウコウの工房に対して初めて発注したものは『短剣』。
最低限の品質さえ満たして居れば、『大量に必要になる』から――という理由で、僕には見当が付かず少し話を聞いてみたところ、エリート候補四人組の一人、トーマが深く関係していた。
投擲術に非常に高い適性があるそうなのだ。
その練習用に結構な数が欲しかったし、ある程度品質があればいざという時の護身用だとかで誰でも扱えるのが短剣だ、売り払うメドも立つということで、そういうリクエストになったんだとか。
ヨウコウの工房には納期と数の目安が伝えられ、記念すべき最初の稼働を開始――そして案の定というかなんというか、最初から上手く行くわけも無く、納期から遅れること一弦、ようやく到着した短剣の品質は、どう見繕っても『良い』とは言えないものばかりだった。
その反面、最低限の品質はしっかり抑えている。
つまりヨウコウは、こちらからは指定して居なかったけれど、最低限の品質が揃うようにと検品も過程に組み込んでいたらしい。
その姿勢に感心したのがハイゼさんやカティ、御屋形様で、三将は戸惑い気味だった――まあ、これは立場の違いがそうさせたというのが在るだろう。
軍人にとってはとりあえず数を、納期に合わせて出して貰わなければ困るわけで。
けれど前線に出るわけでは無い人達からしてみれば『良い心がけ』だ。
このあたりは報告に来たクートも肌で感じていただろうけど、改めて説明をすると納得したようで、ヨウコウにできる限り詳しく、そして早く伝えると戻っていった。
なかなかクートも、己に求められている立場を理解するのが早いものだ。
――そして、およそ一年が過ぎた。
◇
個人的なタイムリミットまであと15年。
9月上弦8日。
屋形。
「妙なものだなあ」
僕の正面の席に座った、鎧を纏った将――カティは、僕に向けてそんなことを言う。
「リリ・クルコウス。いや、今回の場合はアバイド・ヴァーチュと呼ぶべきか。私は君に、かなりの無茶振りをしたかなあ、と結構、後悔もしていたんだけど。まさかここまでの結果を出してくるとは」
「僕は人と環境を揃えただけです。実際に現場で頑張っているのはヨウコウや、かの工房で働く皆ですよ。ねぎらうならばそちらを労って下さい」
「それはもちろん」
カティは頷きながら答える――そして、身に纏うその鎧に触れた。
それはヨウコウの工房が量産を開始した戦場鎧、その先行試作品を、カティ好みにカスタマイズしたものである。
量産品のコストは一着あたり、わずかクラ金貨680枚。
これまで支給していたポイントアーマーが一着550枚だったことを考えると、たったの130枚増で、それまでの急所を守る事を特化させた鎧から、上半身を概ね覆い守ってくれる胸甲に変更できるのは、随分と安い。
また、オプションパーツとして全身鎧にも拡張できるように調整されていて、その場合でもコストは一着あたり合計で金貨1320枚と、ずいぶんと安上がりに済んでいる。
これまでは既製品を買っていた。
それを自分で作るようにしたから、材料費と工房の維持費――工房で働く者たちへの報酬も含む――で済むようになり、結果、大幅に安く済んだわけだ。
初期は品質が期待出来ないって話だったけど、半年も過ぎないうちに結構よくなってきて、最近では流通している『そこそこ良い品』がヨウコウ工房の『最低限』になるに至り、ついに本来の目的である『軍用品の量産』を始めたのだった。
ちなみにカティが着ているものに施されたカスタマイズは軽量化とテクニックの刻印、あとはちょっとした装飾で、テクニックについては僕が作業台で刻印したけど、それ以外は工房単独で済ませていた。
いずれはテクニックの刻印も解決できるだろう……ヨウコウには厳しいかも知れないけど、ロニが育てばフランカやライアンが空く。丁度いい働き口にもなるはずだし。
「さて。そんな話をするために喚びだしたわけではあるまい、アバイド――いや、こちらはリリ・クルコウスが正しいな」
「どちらでも構いませんよ。どちらも僕なので。……そして、ご明察。カティ・ヤヤルドの判断を乞いたい事態が起きまして」
「それは何か」
「セイレンが」
「…………」
「…………」
何をしたとは言わない。
ただ、それだけでカティは理解したようだった。
セイレン家が動いた。
アーレン家に産まれた男子を暗殺するべく――いや、『暗殺させるべく』。
古く尊き血は命令するだけだ。
自ら手を下すのは、それ以外に手がなくなってからようやく検討されるものにすぎない。
「正直言って。僕の想定よりも、一年ちょっと早いです。事態は少し、加速しているようです」
「まずは鎧だけでも間に合った、と喜ぶべきだろうな。それで、今の段階での読みは?」
「早ければ今年。実際には来年の慶事にあわせて起きるかと。その後緊張が伝わるまで半年……、完全な決裂に至るとしたら、来年末。雪が降り始める直前でしょう。お互いに準備はしたいでしょうから」
「……実質的な猶予は2年と言ったところか」
頷くことで答えとする。
あと2年で……クラは揺れる。
これは早くなる可能性もあるけれど、遅くなる可能性は殆ど無い。
「つまり、それまでの間にセイの仲間を引き抜いておけということだな」
「はい。ハイゼさんや御屋形様から許可は既に頂いてあります。僕がキヌサ・ヴィレッジにいなくとも、あの四人が間者は防いでくれますからね――僕はもうちょっと危険な方を担当することになります」
「そうか。……解った、ならば早速リストを用意する」
「お願いします。それと」
「それと?」
「鎧以外にも量産したいもの。これは次の定例会で提案を求めるとハイゼさんが言ってましたから、そちらも考えてみて下さい」
「ふむ。わかった、そうしよう」
――と、言うわけで。
メーダーから帰還した僕は、再びクラのキヌサで間者として――その戦乱の時代に飛び込むのだった。
リリ・クルコウスとしても。
アバイド・ヴァーチュとしても。




