133 - 治癒術士の苦悩
6月上弦4日。
あの不死鳥を片付けた後、船団は航行を再開し――ていなかった。
というか、それどころでは無い。
「うーむ……自業自得というか身から出た錆というか……」
荒天などという言葉ではだいぶ足りない大嵐に、船団はあの殆ど直後、巻き込まれていた。
当初はあの不死鳥が空属性で、宇宙に放り出す直前に何か置き土産でも置いていきやがったかな、とも思ったんだけどそのようなことはなく、そもそも魔法の影響では無い事は渦が見えないのだからそれで断定できる。
で、避難や緊急時に向けてせわしくなく働き始める船員たちの邪魔になってはいけないからと船室に戻り休息を取り、翌日、つまりは昨日、その嵐の原因が解った。
他ならぬ僕である。
あの剣を振り抜いた時点、剣の手元のあたりでは、その風……空気の塊を運ぶ風の速度はまだ常識的な範囲だったけれど、それが加速するという性質は見ての通り。
実際それによって第二宇宙速度に達したあたりで不死鳥の卵を捕らえ、その後も加速をしながら一直線に成層圏へと飛び出したころには更に二倍程度の速度にはなっていたと思う。
で、音速以上でその塊は動いたのだ。
衝撃波を引き起こすというのは当然だけれど、今回問題になったのはそちらでは無い。
音速を越えて空気の塊が移動したことで、その場所の空気が一時的に薄くなる――気圧が下がる。
それも徐々に、下がる気圧量も増えていっていた。それこそ不死鳥を捕らえた次の瞬間、そこの気圧はかなり落ちていたのだろう。
それが真空にはほど遠くても、局地的な低気圧を発生させるのは至極当然だ。
ましてやその気圧が下がる範囲も、あくまで直線上だとはいえ、五キロ以上にわたった距離がある。結果、気圧が下がった場所に空気が押し寄せ、それによって暴風が吹き荒れて、結果的に大嵐になった――ということらしい。
だから、自業自得。
あるいは身から出た錆、ということだった。
「嵐そのものをマテリアルに……よしんば認識できたとしてもなあ……」
嵐そのものをマテリアルにして何か別の物を作るとしよう。
嵐があった場所をある程度錬金術は補填してくれるはずだけれど、完全では無い。
結果、また大嵐が産まれる。これではまるで意味が無い。
かといって、嵐を普通の空気に変換するのも問題だ。今度は爆弾高気圧になりかねない。
やったことがないから加減もわからないし……。
案外『なるようになるからヘーキ』と見切り発車をする事が多い僕だけど、そんな僕でさえも『いや今回はなるようになんない』と直感しているくらいだ、ここは我慢するべきだと思う。
ちなみに天候操作系の道具もあるにはあるんだけど……。
アレ、あんまり使いたくないんだよなあ……目立つし。
それに今、この船団が直面しているのもせいぜい『記録的な大嵐』であってそれ以上ではない。大変なりに対処はできるって言ってたし、これ以上状況をこじらせるよりかは大人しくしていた方が良い……というのが、今、僕が静観している理由になる。
尚、洋輔は『呆れてものも言えねえ』とだけ書かれた紙切れを一枚寄越してきた。その一言のためだけに世界を越えるって、地味にやり方になれてきたっぽいな……。
といったところで、こんこん、と船室の扉がノックされた。
この気配、クートか。
「どうぞ。開いてるよ」
「ごめん。作業してた?」
「いいや。どうしたもんかなーって、とりとめも無く考えてたくらいだ」
案の定、扉を開けて入ってきたのはクートだった。
その表情には少し疲れが見えるけれど、それもまあ、無理も無い事だと思う――というか、クートは船酔いに強い方なんだろう。
……具体的な比較対象になるヨウコウは治療室で休憩中。流石に大嵐で揺れる船には酔うらしかった。
「その様子だと、クートの方は少し進展があったみたいだね」
「おかげさまで。……けれど、なんでアバイドはこんな本を持ち歩いてたの?」
「前に本屋さんで見かけてね。なんとなく買って、一度読んで……その後、特にどこかに落ち着いて暮らしても無かったからね。ずっと鞄に入れっぱなしだったんだよ」
「……高いよね、こういう本って」
「たしかそれ……『応用で楽しむマジック(補助)・下巻』は、プラマナ金貨で9700枚くらいだったかな……」
高いと言えば高いけど、そんなものかといえばそんなものか、という程度の値段。
しかしクートにとっては高額だったようで、びくっと震えて丁寧に本を持ち直し、僕におずおずと返してくるのだった。
……まあ、そんな恐縮されても困るんだけどね。
実際には神智術上に保存した本を錬金術で必要に応じて出してるだけだから、それ自体はタダだし。
「でも、助かったよ。結構、おれが知りたいことが書いてあったから」
「それは良かった。けれどこの本に書いてあるマジックって、感覚増強系だったような……?」
「うん。おれの魔力量……、アバイドが言ってくれたとおり、それなりに恵まれてるみたいだからさ。普通にマジックを使う分には、魔力切れがないみたいだし……なら、有効に使える方法は無いかなと思って」
「それで感覚増強……か」
「そう。ダメかな?」
「珍しい発想をするなあとは思ったよ。けれどその使い方、僕は賛成だ」
魔力が余る――から、今まで使える魔法をグレードアップする。
それが普通の考え方なのだ。
攻撃力10の魔法を攻撃力15の魔法にするとか、回復量20の魔法を回復量20に解毒も付けるとか、そういう『足し算』を、殆どの魔法使いは選択する。
それもそれで正しい選択だ、実際、シチュエーションに応じて威力を調整するとかはよくやることだし――僕だってこの足し算方式をよく使っている。
ただ、今回クートが選んだのは『掛け算方式』。
攻撃力10の魔法と別に、自身の感覚を何割か増強することで、攻撃魔法とは別の部分を活かすという選択肢である。
ちなみにこの選択肢をよく使うのがアルガルヴェシア組だとリーシャが言っていたりもする――まあ、一概にこちらの方が有効だとは断言できない理由もあるんだけど、クートはそのあたり、才能に恵まれていたこともあって大丈夫そうだ。
「そろそろ、いくつか大きい魔法も覚えてみる?」
「うーん。……正直に言って、おれが攻撃魔法を使わなきゃいけない状態って、基本的に詰んでない?」
「まあ」
否定はしない。
というか全力で肯定する立場だ、どちらかといえば。
「アバイドに教わった強制睡眠の魔法をカスタムしておけば、対人ならば大丈夫だし。人以外相手には感覚を強化して、逃げの一手で良いと思うんだ」
「ということは……なるほど。クートが目指しているものは解ったよ」
「さすがはアバイドだね。その方向で、相談も一度しておきたくて。……率直に聞くよ。おれ、治癒術士になれるかな」
ふうむ……。
素質的には問題ない……んだけれども。
「マジックへの適正にせよ、クート自身が持ってる魔力量にせよ、治癒術の習得それ自体は大丈夫……だと思う。ただ……」
「ただ?」
「クートが持ってる魔力は確かに多い部類だけれど、当然、限度はある。そのことと、クートの性格からしてどうかな……って、ちょっと考えるところではあるね」
魔力は――有限。
だからこそ、マジックによって治癒術を習得している治癒術士は将来的に必ず、『割り切る』必要が出てくる。
「治癒術に必要な魔力量は決して少なくないし、治癒の効果量によってその消費量は当然増減する。そもそも治癒術士が求められるような怪我ってかなりの大怪我……致命傷一歩手前とか、ほうっておけば致命的になるような怪我だとか、そういうものが多い。その分、消費する魔力はとても多くなる」
「うん」
「クートが治癒術士になろうとしているならば……正直に言うと、僕は反対かな。クートの豊富な魔力は、多くの人を癒やせてしまうからね」
「…………? え? ……逆じゃなくて?」
「そう」
もしもクートの魔力量が普通ならば、僕は多少悩んでも薦めただろうか……微妙だな。
性格的な問題は、魔力量と関係ないわけだし。
「多くの人を癒やせる治癒術士にはどうしても目立つからね。評判が集まるんだ。『あの人に頼めば治してくれる』、『お金があれば助けてくれる』――そんな感じで、あっさりと人の間に噂が広まってゆく。そうなると否応も無く――クートは選択をしなきゃいけなくなる。ま、それは別に、無名な治癒術士でも結局は行き着く問題だけれど、クートみたいな素質があるタイプだと、特に早くに直面してしまう」
「選択……問題?」
それは当然の。
けれど、見落としがちな問題だ。
「『助ける相手』、『救う相手』の選択だよ」
「…………」
「魔力が無限で無い以上――魔力に限度が在る以上、もたらすことができる治癒の総量は決まっている。クートの目の前に、今にも死にそうな人が二人居たとしよう。治癒術を習得したクートが、けれど治癒のマジックをあと『一人分だけ』つかえる程度にしか魔力を残していなければ、クートはどちらを助けてどちらかを見殺しにするという選択をしなきゃいけない」
それだけでも結構な負担だ。
ましてや……。
「それだけじゃ無いよ。『あの人は治癒術士だからいざとなったら頼み込もう』と考える人は、多かれ少なかれ出てくる。そういった人達を治してしまえば、『あいつらは治して貰えたんだから、自分も』とどんどん押しかけてくるし、断れば『人でなし』と罵られることもあるかもしれない――」
治癒術士は花形として見られる。事実そういう側面だって在る。
けれどだからこそ、そういった『人情』に訴えかけられるし――『人情』で揺れるようでは、本当に大事なときに魔力が足りないだろう。
「冒険者ギルドが雇う治癒術士はね。基本的に名前を出さないんだ。名前を出さず、『要請があったらその要請に従って治して』、『それ以外では徹底してなにもしない』。たとえ目の前で誰かが転んで怪我をしても――転落して死にかけていても、治せる力がどんなに余りあっても、それを治さずに無視して進む。そうしなければ『本当に大事な相手』を治せないからね。――僕が思うに、クートは治癒術を習得できると思う。かなり大きな怪我だって治せて、しかも結構な人数を助けることも出来るだろう。そういう才能があると思う。けれどクートは優しすぎる」
治癒術士にとって、優しさという人の美徳は足かせなのだ。
それはミスティックに由来する治癒術士も例外では無い――ミスティックに由来するタイプの治癒術は、効果量か効果範囲に制約を抱えていることが多い。
もちろんサムほどに突き抜けた素質を持っていれば別だけれど――そのサムのミスティックとしての治癒術にしたって、制約がまったくないわけじゃないのだ。
「治癒術を習得することそれ自体は推奨するよ。いざという時に身近な、大切な人を……あるいは自分自身を治癒できるというのは強みだからね。ただ、治癒術士になる事はお勧めしないし、治癒術を習得しても、治癒術を扱えることは内緒にするべきだと僕は思う――ただ、もちろん、これは僕の考えだ。最終的にはクートが決めるといい。ヨウコウくらいにならば相談しておいたほうが、丁度いいだろうし」
返却された本を鞄にしまい。
かわりに、別の本を三冊取り出して、クートにそのまま手渡す。
「マジックの治癒術基礎と、治癒術応用。もう一冊は『人体』に関する解説本――治癒術は身体の構造を理解していればいるほどに、効果を高めつつ、魔力の消費を抑えてくれるから。その本は全部クートにあげるよ。いつかクートがそれを必要としなくなったら、その時は誰か、必要としている人にあげるんだ。それで少しでも治癒術の使い手が増えれば、少しだけでも世界は平和になる」
「……うん」
実際の所、クートが治癒術士になるのかどうか……、どうかなあ。
クートの才能はそれを容認するだろう、けれどクートの性格が治癒術士にはあまりにも向いていない。
とはいえこの世界の治癒術士は皆、そのジレンマを抱えている。
心を殺して治癒術士になるものが居れば、心のままに治癒術を隠す者も居る――まあ。
使えないよりかは使える方がいい。
それは、真理だろう。
「……ところで。アバイド。なんで治癒術の本なんか、もってるの? さすがにこれ、本屋で売ってないよね……?」
「そうだね。それはとある場所で貰った――」
…………。
「…………? うん?」
「――いや。とある場所で貰ったものでね」
「……なんか今の間、とっても気になるんだけど。ねえアバイド。まさかこれ、盗品――」
「いやいや。そんな事は無いよ。確かに僕が貰ったものだから大丈夫」
「――じゃあなんでおれの目をみないのかなあ……」
妙なところで鋭い……、いやまあ、結構行動を一緒にしてるからというのもあるのか……?
「まあ、いいや。……ありがたく、貰うね」
「うん。保有印は無い事を確認してあるし、特に魔法的なアンカーもないから。安心して持ち歩いてね」
「…………。ねえアバイド。それさ、『盗品だけどバレないから』って意味じゃ無い?」
…………。
ノーコメントで……。
◇
それはそうと。
一応、メーダーの冒険者ギルドに知らせた方が良いかな……この嵐、このままだとメーダー北部に直撃するぞ……。




