131 - 飛躍への助走
メーダーのステビアをから出港し、船団はダイレクトにクラ、ポートマツサへと向う。
航路図を見た限りなかなかの強行軍だったけれど、そうしなければならない理由がこの船団にはありすぎた。
闇市の取引は極秘裏に行われなければならないらしい――ま、別に、無事に到着するならば強行軍だろうがなんだろうが僕としては構わないので、その辺は船団側の責任者に任せている。
移動にはそれなりに時間を要することもあって暇なので、早速手に入れたおもちゃ……もとい、『フレームワークベンチ』、いわゆる作業台で遊んでみた。
受け取った作業台はかなりグレードが上のようで、権限があれば出来る事は多く、その気になれば制限鍵も作れる代物だ。
ただまあ、制限鍵が作れるとは言っても作るための機構はついているというだけで、作り方を教えてくれたわけではないし、ましてや制限鍵ごとに必要な図形も不明だ。
とはいえ教えてくれなかったと言うだけのこと。
コージュさんは特に隠す素振りを見せず、『封緘呪印』の制限鍵を作ってくれたし、実際その通りに再現してやれば簡単に作る事ができたことから察するに、メーダー国内――もっと言えば、工房に携わる人にとっては『機密』という認識がそもそもないのだと思う。
隠す必要がないっていうよりも、隠しても意味が無いという感じ――つまり答えは単純で、恐らくフレームワークのどこかに『指南書』があるんじゃあないか?
もちろんそれはあると言うだけで、簡単に見れる物ではないとも思うけど。
この節には補強できる要素がある。
「新緑が前に作ったことのある物?」
「うん。覚えてる範囲で。詳しくじゃなくていいよ、ざっくりで」
「剣とか槍とか、そういうざっくりじゃあないよな」
察しが良くて助かる。
ちなみに現在、僕がいるのは旗艦、作業台が運び混まれた船室で、僕がそれで『遊ぶ』という事を話したところ、娯楽に欠けた船上では良い暇つぶしだと思ったのか、クートとヨウコウが付いてきた次第だ。
ただし、クートは同じ部屋にいるだけで読書に集中している。一応話しかければ反応はしてくれるけど、まあ、今のクートにはその本が必要なのだ。
というのも、その本の題名が『今から始めるマジック入門~初級編~』。
そう、魔法の習得を試みているのである。
既に『魔力の光』はクリア済み、詠唱を利用した初歩的な魔法の発動も既に済んでいるので、ちょうど発展にあたる『初級編』を読み始めたってわけだ。
それを見ていて思うのは、やっぱり詠唱は偉大だなあということ。図形動作より絶対楽だよコレ。
尚、ある程度魔法を習得したら、使えると便利な魔法は魔法譲渡でさくっと覚えさせてしまう予定だ。
……と、話がクートに逸れたけれど、ともあれ特に暇を持て余していたヨウコウに聞いてみた所、ヨウコウは思い出すように目を細め。
「魔法鍵だと『封緘呪印』『能力開示』『階位定義』『保有印』『承認印』あたりが多かったな。テクニック発動補助としては『トライサムズ』、『スライドサムズ』、とかは数を作ってたはず。ロジック発動補助だと、『マイト』、『プラス』あたりかな……、人気があったのは『タイム』だったと思う」
「そっか……」
「……何かヒントになったのか、今ので」
「うん。滅茶苦茶大きいヒントになったよ」
封緘呪印はまあ、良しとしよう。能力開示もまあ良いし、承認印もまあオッケーだ。
問題はそれ以外全てになる。
階位定義は階位表示と似て非なる別の魔法で、冒険者ギルドではあまり使われない。
主に情報ギルドや商人会が使うタイプなんだけど、一般的とは言いがたい――そもそも行使難易度が高いのだ。
保有印はその点、まだ行使難易度は低いし、承認ならば大概持っている。対象物の保有権を宣言するテクニック――もとはマジックでやってたそうだけど、難易度が高く、今の形になんとか変換されたという話を聞いた事がある。だからこそ、『使うのは簡単』だけど、『作る事はとても難しい』魔法である。
発動補助として上がった『トライサムズ』『スライドサムズ』、『マイト』『プラス』『タイム』も、『使う』方は比較的楽に発動できるけど、それは原理の大半を道具が補助してくれるからであって、素で使う事がとても難しい魔法達ばかりである。
で、ここで重要な補足が一つ。
コージュさんは人並みに魔法の才能があったけど、それだけである。
要するにコージュさんはそれらの魔法を発動はできるだろう、できるだろうけれど、それらの魔法を道具なしに発動することは出来ないだろう、ってことで、それはつまり、それらの魔法を『理解していない』と言い換えることが出来る。
理解していないのに作る事が出来た。
それはなぜか?
作り方が解っていたからだ。
細かい原理は解らなくても、『これをこうすればそうなる』という事を知っていたからだ――たとえば日本人の大半がLEDライトの根本的な仕組みを知らなくても、どころか電気に関する細かい工作がよくわからなくても、説明書を読めばクリスマスツリーに自己流のライトアップができるとか、その程度の話だ。
『指南書』というか。
『説明書』が、ある。
まあもちろん、簡単に読める場所には置いて無いとも思うけれど――それも怪しいんだよな、そもそも工房用のフレームワーク作業台がなければ知識があっても使えないし、その作業台も供給はがっつりメーダーが国家として握っている。
なんかある程度は適当でも読めそうだな……、インターネット上に大体の家電の説明書があるのと同じで。場合によっては開発者向けコード共有系のウェブサイトよろしく、ノウハウが集まったサイト……もといマニュアルがあったりするかもしれない。
さすがに会員登録ならぬアクセス権は必要だと思うけれど――ふむ。
「ヨウコウはさ、結局『新緑』に籍はあったんだよね」
「あったぞ。通常の作業員扱いだが。ほら、承認印もある」
グッジョブ。
「え、なんだ」
「ちょっとその承認印を貸して貰いたいんだけど、いい?」
「……あんまりよくはねえが。恩もあるしな」
ふっ、とヨウコウが産み出した承認印を作業台に押して本人確認。
無事にフレームワークがそれを認識したようでモードチェンジ、工房用の待機モードになっていた。
よし、この状態からなら……、
「え、何してるんだお前」
「ヨウコウの籍は厳密にはまだ『新緑』から抜けきってないんだよ。だからヨウコウの承認印があれば、『新緑』って工房向けの状態で作業台が起動できるし、工房向けの情報が当然読み書きできる権限も持っている――そのおかげで、」
此処でも『ヘルプ』を意味する単語を書き込んで見ると、作業台にコマンド一覧のようなものが表示された。その中から『リファレンス』、『コードリスト』と進んで行けば――大正解。
「こうやって制限鍵の生成に必要な『入力図形』の一覧表が見られる」
「は……?」
片っ端から全て開き、眼鏡の機能で全部記憶していく。
すぐにBANということは無いだろうけど、まあ念のため、今見ることが出来る範囲の全てを片っ端から蓄えて、と。
とりあえず読み取れたのは7051件。
流石にサンプルがこれだけあれば、神智術で解析と発展、改造まで余裕でいけそうだな……まあ、全く規則性が無いパターンってのもありうるんだけど、その時は暗号化されてる可能性が高いし、暗号化でもないならば辞書登録タイプって判断できるのでオッケー。
そしてリファレンスのカテゴリ内部にはノウハウを集約しているようなものもあり、たとえば極めて小さい面積しか自由に使えないものを制限鍵や補助道具にする場合に使える細かい技術だとかが当然のように書かれている。
他に目に付いたのは『同じ魔法』のための補助道具でも、フレームワークで作るのとミスティックやマジックで作るのとでは結構違った処理が起きているようで、そのあたりの考察と、その処理の違いからより効率的に制限鍵などの加工が出来るんじゃないか――とか、オドを消費して発動するマジック全般を解析する事で『オドを消費』の部分を解明し、『マナを消費』にした上で魔法として成立させることができないかとか、そういう研究系がちらほらと。
他にも機材トラブルが発生したときに試すことだとか、そのあたり……まあこの辺は最初に確認した操作説明で書いてあったことが全てかな。
ということで試してみよう。
「ヨウコウ、ありがとう。助かったよ」
「なんかオレは『やっちまったか?』って感じだけど……まあ、うん。で、今度は何を始めてるんだ」
「毎度毎度ヨウコウの名義を借りるってのもスマートじゃ無いからね……」
作業台の上に適当な指輪を置き、スキャン。
書き込みモードになったら眼鏡から呼び出した記録から理想をでっちあげていっきに書き上げて処理実行、ここまでおよそ30秒で無事間製――っと。
「制限術式『承認印』。仕組みさえ解っちゃえば、案外作るのは簡単だね」
「…………。いや、……え?」
承認印や保有印は、その所有者を特定しなければならない。
特定方法はフレームワーク上にもID管理のようなものがあり、これを固有領域と呼ぶ。固有領域というのはミスティックが使う領域のさらに原初的な部分で、存在毎にかならず異なった形状を持つんだとか。
で、これによって特定をした上で、今度は所属を確定する。この所属はフレームを介して指定する形で、そのフレームに関連する者として一定の権限がある必要があるけれど、必ずしも承認印の制作者がその権限を持つ必要は無く、委任状があればそれでも良い。
ただし、ここにつけいる隙がある。
『委任状は消費しない』――後から委任を取り消すことはできるけど、それを実行した場合でも『新たに使えない』だけで、それまでに発行されたものは無効化されない。
今回の場合――僕が作ったその承認印は、『アバイド・ヴァーチュ』としての僕を個人として特定した。
承認印の制作に使う委任状はメーダー商人会の重鎮、キサン・キツ名義で発行されたものである。
なんでそんな委任状を持っているのかと言えばちょっと複雑で、この船団に積まれている荷物が原因だ。
たとえば奴隷は本来非合法だけれど、クラに入国した後に合法の存在にしなければメーダー側の処理的にも困る。何らかの形で身分保障をして、『実は普通に出国してました』という形にしたい。相応の政治的権力を持つ必要がある。
次にフレームワークの作業台を新規に作る場合、メーダー商人会、メーダー冒険者ギルド、メーダー大統領府、メーダー情報ギルドといった組織が許可を与える必要がある点でも相応の権力が必要で、また自然な形にするためには商人会内部にもかなり強い権力が必要だ。
そこで出てきたのがキサン・キツ。メーダー商人会の重鎮といって間違い無い豪商にして、大統領府にその名を連ねる政治家でもある。
僕が大量に購入した奴隷に『身分を与える』、フレームワーク作業台を『新規に制作する』、この二つを同時に実現できる『委任状』として申し分なく、だからこそメーダー冒険者ギルドは僕がクラに勝手に帰ってくれるならばと一時的な発行を要請、キサン・キツもそれに答えたのである。
さて、政治的権力をそれなりに持ち、商人会の重鎮だ。
その委任状によって指定できる『役割』はとても多い――というわけで。
アバイド・ヴァーチュ、もしくあアバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"と呼ばれる僕は、こうして『メーダー商人会所属工房付職人』の地位と共に正式な登録を果たしたわけだ。
これでヨウコウの承認印を借りずともいつでもアクセスできる。
「いや、良いのか、それ」
「『最悪やられるかも』って想定はしてたぎりぎりの範囲だと思うよ。だから大丈夫」
「最悪って言ってるじゃねえか……」
「それでも許容範囲に違いは無いよ」
正確には許容はしたくないけれど、やむを得ないと目を瞑るぎりぎりのラインだろうか?
たぶんもう一歩先に踏み出すと機能遮断とかやってくるだろうな。具体的には政治系に踏み込むとか、冒険者として新たな身分をでっちあげるとか、その編で。
ただまあ、そのあたりも『今すぐ』にはできないだけで、ぶっちゃけサムにお願いすればある程度いけるんだけれど……なんならキヌサの御屋形様でも大丈夫かもしれない。
御屋形様には無理でもアーレンかセイレンを頼れば多分いける。
で、そのルートを取る場合、メーダーは僕に文句を言えない。あくまでも僕に出来る範囲のことをしていないわけだし、そっちならば全く黒の部分が無いからだ。
「ならなんで今やったの、アバイド。喧嘩を売るのはよくないよ」
ぱたん、と。
丁度本を読み終えたのか、丁寧にその解説本を閉じてクートが聞いてくる。
特に批難しているわけではない。
単に疑問だ、そんな様子で。
「後でやったほうが丸かったなら、それでも良いのにっておれは思っちゃうんだ」
「それはまあ、僕も同感だけれど」
「けれど?」
「早くほしいじゃん。折角なら」
それは好奇心として。
僕が言うとクートは確かに、と頷いて、そんな様子にヨウコウは大きなため息をついていた。
どうやらこの場でまともな感性を持っているのはヨウコウだけらしい。
「ポートマツサにつくまでの暇潰しにはなるはずだよ、ヨウコウ」
「いやあ、それは認めるけどな……」




