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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
130/151

130 - 妥協点

 僕が空間接続と呼んだそれは、メーダーでは空間途絶と呼ぶらしい。

 この様子だと現代の責任者がどこまで事情を理解しているかさえ、これは微妙なところかも知れないな――なんて、洋輔からの連絡帳(リーク)を思い出す。


 洋輔は僕が頼んだこと以上に、多くの検算をしてくれていた。

 それは例えば、空間途絶地帯がそうなるまでの経緯であったり、あるいは僕に付けられていた監視の元締めに関する情報だったり――そして、現在進行形で『起きつつあるとある異変』についてだったり。

 ま、最後のソレは正直、今の段階では手の打ちようがない。よって今は置いておく。


 一方で残りの二つは、関係していないように見えて、根っこの部分で少しだけ繋がりがあるものだった――まあ。

 そこもある程度予想されていた通りと言えば、その通りだったし、だからこの日、『その知らせ』をうけて、納得さえしたのだけれど。


 ちなみに監視をしていた当時者たちの内心のみならず、その監視を派遣していたギルドマスターたちの会話もある程度ピックアップしてくれていて、なかなか愉快な勘違いをしてくれている部分もあったんだなあと面白がりながら読んでいたのは内緒にするまでもあるまい。


 5月下弦28日。

 ステビア港に停泊した大規模輸送船団『ハーブズ』旗艦、艦橋(ブリッヂ)


 既に商品の確認は済ませており、支払いも段階的に始めたそんな状況下、船団長に呼ばれて向ったその場所には、一人の見慣れない青年がいた。

 その青年の髪は先端だけが少し銀色になっていて――一瞬、アルガルヴェシアに連なる者かと警戒もしたけれど、そもそもその『症状』は魔法の副作用である。

 メーダーにそれが居たところで、特に不自然では無いし――アルガルヴェシアの異彩ほど突き抜けたものもないようだったし、なにより。


「お初にお目に掛かります。私はメーダー冒険者ギルド本部に所属するセイジ・ザ・セカンド"メーダー"と申します」


 その名乗りが、全てだと言えるだろう。

 ザ・セカンド。

 『二番目の』というその称号は、冒険者ギルドにおいて『第二位』、つまりギルドマスターの補助役筆頭という事を意味している。

 洋輔からの連絡帳にもこの人、結構出てきたな。


「アバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"です。お呼びと聞きましたが」

「はい。ギルドマスターより親書を届けよと」


 渡された親書には封緘呪印……と、その強化版が複数かけられていて、とにかく機密性に気を遣った様子がうかがえる。これならば流石に制限鍵があろうと、痕跡を残さず閉じ直すことは難しいだろうな……。

 妙な感想を抱きつつ開封し、中身を確認。


 そこにはギルドマスターからの要求と、それに対する対価が書かれていた。

 要求は単純、空間途絶地帯への干渉を行わない事。

 対価も単純、フレームワークの内、冒険者ギルド・情報ギルド・商人会の三組織に加え、メーダー大統領府という国家権力までを含めた全組織が共同し、その中で最も最上級のモデルとしての作業台を、『アバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"』に譲渡する事。

 譲渡条件は要求を満たしている間のみ――つまり、空間途絶地帯への干渉が認められた時点で、その作業台の機能を遮断する旨も書かれていた。


 実質的な全面降伏のような内容だ。

 ……にしても作業台の機能って個別に遮断できたんだ。いや、考えてみれば当然なんだけど。フレームワークの作業台はメインフレームから機能を呼び出す端末に過ぎない、その端末をブロックする機構を搭載する事それ自体がそもそも難しくないし、むしろ搭載は義務に近い。万が一作業台が暴発したときにそれを停止させるとかの意味で。


「ここに書かれている事の実現性は……今更確認するまでもありませんが。ここに書かれていない点について確認をしたいのですが」

「と、言いますと」


 僕の問いにセイジさんが警戒を浮かべる。

 そりゃそうか。


「この船団が運ぶ物について。一応非合法の類いですから。これは黙認して貰えると言うことですか?」

「なるほど。その点については、『誰も見ていないし誰も聞いていない』」


 なるほど、形式的では無く本格的な黙認か。

 ならばこれ以上を突くのは得策じゃないな。


「メーダーの考えは理解しました。可能な限り務めましょう――といっても、あの場所にはもう、それほど興味も好奇心もないんですけどね……」

「…………」


 ぴくり、と。

 セイジさんが反応する――今の僕の言葉に『引っかかりを覚えている』。


 さすがはザ・セカンドと褒めるべきなのだろう。

 魔法を使われた気配はないから直感か、あるいは真偽判定に似た技術か……?


「なにせこの国に来て以来、ずっとずっと抜けなかった不調も解決できましたから」

「…………」


 セイジさんは何も答えない。

 僕にヒントを与えないために、あらゆる反応を押し殺している。

 ……これもまた、一つの真偽判定対策なんだよな。やっぱり似たような技術が存在しているのか。


「ギルドマスターに伝えて欲しいことがあります」

「……はい。何なりと」

空間途絶地帯(あのばしょ)、少しずつ広がっていることには気付いていますか? 気付いているとして――対策はしていますか? 僕の見立てではあと四百年ほどは大丈夫ですけれど、裏を返せばそれ以降のそう遠くない時期に臨界点を突破してしまいますよ。全てが反転する前に、片を付けておくべきだ。以上です」


 相も変わらず。

 セイジさんは全くの無反応を貫いている。


「警告はしました。あとは取引通り、僕は干渉を一切しない――そういう約束ですから。ここまでに異議は?」

「……いえ」

「ならば良かった。良い取引ができましたね」


 セイジさんは一瞬だけ目を伏せて。

 それでも、はい、と頷いた。


「セイジさんはこの後、どうされる予定ですか」

「すぐにでもルイボスに戻ります。ギルドマスターへの言伝を伝えなければなりません――約束の物に関しては、明日中に運び込まれるよう手配しています」

「そうですか。解りました」


 これで話し合いもおしまいだ――やるべきことはやった。

 作業台が運び込まれたら、さっさとキヌサに戻ってしまおう。


「この後、といえば。アバイド・ザ・イレイサー。あなたはどうされる予定ですか」

「キヌサに帰りますよ。もともと僕がメーダーを訪れたのは、キヌサに工房を作るためであって、それ以外はついでですし。そういう意味で目的は果たせたし――それについでの部分も一定の成果を挙げることが出来た。上々です。だから、帰る。予定通りにね」

「なるほど。その後は?」

「それは僕が決める事とも限りません。御屋形様――キヌサ領主、アイラム・ノ・キヌサがどう考えるかによります」

「……そして、ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャも、ですか?」

「…………」


 そこに辿り着いていることは……解っていたけれど。

 まさか、直球で来るとはなあ……。


「アバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"――アバイド・ヴァーチュ。クラ国、キヌサに産まれた少年として定義され、クラの第二種外交官としての身分により入国。メーダー国内でザ・イレイサー"アカシャ"の称号を、ザ・オディール"アカシャ"によって付与された」


 確認するように、セイジさんは言う。


「そもそもザ・オディール"アカシャ"がメーダーにいつ入国したのか。いや、そもそもザ・オディール"アカシャ"はどこの誰なのか。我々は、メーダー冒険者ギルドは、そんな事さえも知りません。だから調べた。……結果は、残念ながら芳しくありませんでしたが」


 嘘ではない。

 ただ、真実でもない。


 芳しくないというのは絶妙な表現だ――メーダーにとってそれは『都合の悪い事実』だろう。

 それでも、事実には辿り着いている。


 つまり――


「本来はできるはずがない。如何に一国の王が絡んだからと言って、アカシャ国王ユアン陛下が直々に手を出したからと言って、『フレーム上に複数の名義を登録する』ことは、できないはずだった。なぜなら『フレーム』は遍く存在を『存在という単位』で管理するものだからです。その存在が名前をいくつ騙ろうが、あるいは称号をいくつ持とうが――フレームはそれを一つとしてしか認識しない。そういう仕組みだからです。なのに」


 やはり、そこに気がつかれている。


「あなたは何故、複数で認識されているのですか」

「僕が聞きたいくらいです。フレームの設計段階で何かミスがあったんじゃないですか」

「…………」


 どんなに大規模な魔法でも、所詮は人が組み上げたものだ。

 そこには必ずなんらかのミスが――何らかの見落としが、何らかのバグがある。

 渡鶴でさえも、その例外では無いし。

 そもそも、フレームに関しては間違い無くバグが一つはある。


「レベルゼロというものも、元はと言えばフレーム側の処理ミスでしょう」

「…………」


 セイジさんは尚も答えない。

 ただ、それを否定することはしなかった――メーダー冒険者ギルドの、すくなくともこの人とギルドマスターは、それが処理上のミスだということに気付いているのだろう。

 あるいはその処理を修正したバージョンの階位表示とかも使える可能性もあるかもしれないけど……ま、それはそれ。


「まあ、変に探り合いをするのも本意じゃないか。先に言っておきます。ユアン陛下は今回の件、全くと言っても良いほど絡んでませんよ。メーダーにはいずれ『道具』の面で訪れたかったという僕の思惑と、アイラム・ノ・キヌサ――ひいては、キヌサという勢力にとっての都合が上手いこと重なった。だから、僕がこうやって出てきただけです。ユアン陛下にしてみたって、アルケミックにここまで僕が踏み込むとは思って無かったでしょう」


 というか。

 今回の行動、本当にサムの影響はほとんど受けていないのだ。

 まあこっちからサムに告げ口をいくつかしたりはしたけれど……ね。


「ザ・オディールからザ・イレイサーの称号を貰ったのも、ユアン陛下の指示では無く、独断です。たまたまそこにザ・イレイサーという称号が浮いていた。だから使う事にした、それだけの事なんです」

「…………」


 嘘は無い。

 だからこそ、セイジさんはそれで納得してしまうだろう。


 ――真偽判定はすべからく。

 『嘘』に強く、『実』に弱いから。


「一つ確認をさせて下さい、アバイド・ザ・イレイサー」

「はい。どうぞ」


 だからセイジさんの確認は、至極当然のものだった。


「あなたはユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャに忠誠を誓っていますか」


 ――そしてきっと、セイジさんにとっては想定外の答えになるんだろうなあ、と思う。


「いいえ」


 僕は。

 ただ普通に、答える。


「僕は彼の臣下でも配下でもない。忠誠を誓うなんてことはしませんよ」

「…………」


 何度目かの絶句に、僕は内心で笑うのをなんとか堪える必要があった。

 ……まあ、実際問題として。

 僕はサムの友達であって、サムの臣下ではない。

 サムの意向を汲んで動く事はあるけれど、それはサムのためであって、アカシャのためではない。


 忠誠心?

 とんでもない。

 ただ友人を慮るという、ごくごく普通の感情だ。


 そしてそれは、この人にとって……いや、メーダーの冒険者ギルドにとって、完全な想定外なのだ。

 『今』となっては、サムと僕の間の外見年齢は……かけ離れているしね。


「前提が崩れましたか」

「……ええ、まあ」

「さっきも言いましたけど。僕が今回起こした行動は概ねキヌサのためであって、僕自身のためです。そのためにアカシャを利用した。ユアン陛下は利用された側です――後々変に外交問題になっては困りますから、誤解しないで下さいね。別にアカシャとメーダーが喧嘩をする分にはどうでも良いですけど、その原因がクラ――というか、キヌサ――だと思われるのは心外ですから」


 僕の言葉に、あっさりとセイジさんは頷く。

 物わかりが良い……ってわけじゃあないな、ただ、今はそういうことにしておくことがメーダーにとっても都合が良いとでも判断したか。


「アバイド・ザ・イレイサー。あなたとお話が出来て良かった」

「いえ、こちらこそ」

「そう言っていただければなによりです――そして、今ひとつ提案が」

「提案?」

「はい。フレームワークを利用した、直通の連絡路を開いてはどうかと」


 …………?

 ホットラインの設置?


「僕と……誰との間ですか?」

「まずは私と。ゆくゆくは、ザ・ギルドマスター"メーダー"と」


 それは願っても無い事だけど……。


「……我々はあなたを定義できない。だからこそ、継続したやり取りをしたいのです。監視という形ではあなたにストレスを与えてしまうでしょうし――そもそも、クラに戻ったあなたを監視する方法も現実的にはありませんから。だから、我々と直通の連絡路を開いて貰いたい。常に応答せよとは言いません、定期的に連絡せよとも言いません。ただ、いざという時に話せる状態にしておきたい。あなたを警戒する意味でも、そして――あなたが警告したその事態に関して、考察する意味でも。無論、これもまた監視と言えなくもありませんし、無理にとは言いません」


 素直な申し出は個人的に好感だ。


「歓迎しますよ。僕としても、メーダーとの伝手は持っておきたい――」

「…………? というと?」

「――数年内に、クラでまた大きな戦いが起きます。その時のためです」


 セイジさんは当たり前のように頷く。

 どうやらメーダー上層部にも、クラの緊張は伝わっているらしい。


「今後は良い関係を築きましょう。お互いのために」

「ええ。お互いのために」


 向いている方向は違いそうだけど……ね。


    ◇


 しかし、この直通の連絡路(ホットライン)は、僕の想像よりも遙かに早い段階で役立つことになる。

 なぜなら、それは――

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