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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
13/151

13 - ハルク・ザ・ジェネラル"プロシア"

『セタリアくーん。ちょっといいかな?』


 ハルクさんと出会ったその日の夜。

 既にマジックに関する試行錯誤を一旦中断してふて寝でもしようかな、としかけた現在時刻は二十三時――扉がノックされたかと思ったら、そんな声が外から響いた。

 ハルクさんの声、だ。


 少し急いで扉に駆け寄り、がちゃりと扉を開けると、そこにはフルプレート・アーマーを脱ぎ、普段着だろうか、簡素な衣服に身を包んだハルクさんが立っていた。

 簡素とはいっても質素では無く、身体のラインが浮き出るワンピースドレス。


 鎧のせいで最初は解らなかったけど、この人すごく良い体格をしてるな……。

 いや、体型も割とモデル体型だと思うけれど。


『…………?』

『ああ、よかった。まだ起きてたね。どうかな、セタリアくん。今から私、ちょっと運動しに外に出るんだけど、ついてこない?』

『…………、…………?』


 ……今から?

 僕はまだ酒場で働く都合上、夜型に生活リズムをずらしているからそこまでの違和感がないとはいえ、ハルクさんも夜型人間なのだろうか。

 あるいは冒険者らしく常にいつでも動けるように、なのかもしれないけど。


 時間の部分に目を瞑っても僕を誘うか、普通。

 まだ眼鏡も作り直した当日で、特にこれと言って何も『見せていない』状態の僕は『ただの子供』だ。あるいは『ただの失語症の子供』か。


 そんな子供を運動に誘う?

 トップランカーの冒険者が?


『ああ、ごめんごめん。ちょっと怖がらせちゃったかな? 何もセタリアくんも一緒に私と走ろう! って言ってるわけじゃ無いのよ。お散歩くらいならいいでしょ? 同じ屋根の下で一緒に暮らすんだから、お互いのことを知るべきよ』


 なんか……真偽判定がすり抜けされてるような、奇妙な感覚が。


 真偽判定は他人の心を読む技術では無い。

 それに近いことが結果的に出来ると言うだけで、実際には『反応を観察する』技術だ。

 たとえばそれは身体の動き。

 その動きというのも腕を動かした、なんて大げさな物ではなく、瞬きの速度や視線のブレといった視覚的情報、吐息や脈拍などの音的情報を初めとした五感全てで相手を観察し尽くして、それによって相手の真偽を見極める感じになる。


 だから僕は人間と猫に対してはこれをほとんど無意識の状態で常時行う事が出来るけれど、それ以外の生き物に対しては、それぞれしっかりと事前に観察をしなければならない。

 ま、人間がベースできるような人型の生命体ならばちょっとした調整でそこそこ以上に精度を取れるんだけども。


 そして注意したいのは、必ずしも人間ならば確実に適応できるわけでは無いということだ。前提条件のような部分でずらすことができれば、僕や洋輔の真偽判定はあっさりとすり抜けられるだろう。

 もちろんすり抜けられっぱなしだと悔しいので、こっちも補整をかけていくわけだけど……まあともあれ。


 今のところどうも、ハルクさんはすり抜けができる可能性がある。

 ……カウランさんも認める変人だしな。


『で、どうかな?』

『…………、』


 わかりました、ちょっと待って下さいね、と頷いて知らせ、扉は開けたままでベッドの上にほっぽり出された魔法の入門書を机の上に戻し、『魔力の光』をふて寝モードから外出モードのそこそこ明るい状態に置き換えて、っと。

 これでよし。


『…………!』


 お待たせしました、と扉に向かえば、ハルクさんは少し感心した様子で頷いた。


『へえ。もう「魔力の光」が使えるんだ? すごいわねー』

『…………、』


 そんな事はありません、僕はそう否定するように首を横に振ると、『謙遜しなくてもいいのに』、なんて苦笑で返された。

 きちんと部屋を出たら一応扉は閉めて、ハルクさんと一緒に階段をのんびりと降り、裏口から夜の町へと繰り出した。

 さすがに酒場の近くはうるさいけれど、少し離れると急に静かになってくる。


『プロシアは夜、静かで良いわねー。ちょっと前まで大きな町に少し居たんだけど、あそこは夜も朝も変わらないくらい騒がしくって……あれはあれで楽しかったけど、私はこの町くらいが好きかなー。セタリアくんはどう?』

『…………、』


 そうですね、と僕は素直に頷く。

 僕が暮らしていた地球上、日本のその街も、夜はそこまでうるさくなかった。

 ……大通り沿いはそりゃ、常に車の行き来する音は大概するけど、僕が住んでる家は大通りから結構離れてたしな。

 ただ、それでも何かの音がしていたなあ、とは思う。


 それがこの町――今更だけど、この町の名前はプロシアだ――では本当に少ない。

 静かで良いと思う気持ちと、静かすぎて寂しいという気持ちと、あるいは怖いという気持ちも微妙に混ざっているのは……、ま、仕方が無いかな。

 猫の一匹でも居れば良いんだけど。

 結局未だに影も形も姿を見せない猫なのだった。


『そう。この町を気に入ってくれたようで嬉しいわ。ただ、この町にも欠点はあるのよ?』

『…………?』

『あんまりに静かだから、夜中に叫びたくなっても我慢するしか無いのよ』


 …………。

 それはどの町でも変わらないような気がするし、なんなら野宿中でも避けた方が良いと思うけど……、無駄に野生の動物を刺激しそうだし……。


『それに普段静かだからこそ、誰かが騒げばすぐに人目に付くしね。セタリアくんも、夜道を歩いている間に襲われたりしたら大声を……、って、それができたら苦労しないんだったわねー……』


 その通り。

 まあ……言葉である必要が無いならば、それほど問題は無いのだけれど。


 奇妙な沈黙の中、ハルクさんはのんびりと町を歩く。

 僕はそんなハルクさんに歩調を合わせて、ゆっくりと一歩一歩、歩みを進める。


 しばらくしたところで、不意に空を見て――月が、明るくて。


『セタリアくん』

『…………?』

『私があなたに最初に質問したことを覚えてる?』


 最初に質問したこと……えっと、この町について……じゃないよね?

 最初と敢えて言ったのだ。

 ハルクさんとの初遭遇で、初めて言われたことは――そうだ。


『その話をするためにも、まずは自己紹介をしっかりしましょう。私はハルク。ハルク・ザ・ジェネラル"プロシア"というのが、冒険者としての私のフルネームよ』


 ザ・ジェネラル……プロシア?

 名前と言うより、それは称号……かな。

 プロシアはこの町の名前。

 じゃあ、ジェネラルは?

 まさか将軍じゃああるまいし。


『冒険者ギルドはね、伝統的に称号というものを使うの。ザ・ジェネラル、というのもその一つ――「現役の冒険者でありながら、他の冒険者に命令権を持つ人物」に与えられる称号よ。つまり私はちょっとばかし、他の冒険者達よりも偉いのです。強いからね』


 ……いや、将軍なのか?

 兵士ではなく冒険者を束ねるという意味合いの。


『だから……ね。セタリアくん。私はあなたに、もう一度最初の質問をするわね』


 …………。


『あなたは何者ですか?』


 ……真偽判定を、『かけられている』――な。

 僕や洋輔が習得した物と原理は近そうだ。

 ただ、僕達のはただの技術だけど、ハルクさんは僅かに魔法を絡ませている。

 その証拠に、緑と赤の渦が一瞬だけ渦巻いていた。


 色で思い出し、一応色別……、『緑』。

 別に敵対の意味から聞いてきているわけじゃ無い。ただ、聞かなければならないという使命感がある……感じなのか?

 だめだな、この人には本当に真偽判定が通じにくい。


『あなた、言葉は喋れないそうだけれど、言葉を理解することは出来るのよね?』

『…………、』


 はい、と頷く。


『やっぱり。だからこそおかしいのよ。だって――ギルドハウスを出てからの私は、少なくとも「八つの言語」を使ってたのよ?』


 …………。

 しまったなあ……。

 受動翻訳の魔法、『問答無用で理解する』タイプの魔法だから、複数言語とか判別してくれないんだよね……。


『ザ・グラマティク。「あらゆる言語を無意識下に習得してしまう冒険者」に与えられる称号として、そんなものが存在するわ。あなたはそれなのかしら? ……違うわね。だって、彼らが習得できるのは「一般言語」だけ。でも、私は「特殊言語」も交えていて、それを完膚なきまでに、セタリアくんは読み取っている――』


 特殊言語……?

 暗号的なものだろうか。

 うわあ、思いがけないところで変にほころびがでたな……。


『失礼な事を言うけれどね。私は初めてあなたと会ったとき、「ああ、絶対に敵対しちゃいけない相手っていうのは本当に居て、それはきっとこの子なんだな」って思ったの。おかしな話よね――』


 つい先日に戦った魔物だって、「しっかり全力じゃ無いと死んじゃうな」としか思わなかったのに。

 そんな事を言外に告げつつ、ハルクさんは言う。


「別に」


 もはや隠し立ては無意味。

 そう結論づけて、僕は初めて。

 この世界で、他人に向けて言葉を発した。


「僕は誰の敵になりたいってわけでも、無いんですけどね。そりゃあ、『喋れない』なんて嘘をついていたことはちょっと、心苦しいですけれど」

『……あら。それがセタリアくんの声? ふふ、まだまだ可愛い声をしているのね』

「余計なお世話です」


 液体完全エッセンシア――人魚の涙を服用してしまった以上、僕の身体は成長しない。

 声変わり前に飲んじゃったもんだから、人魚の涙の効果を消せるような道具を作るまでは声変わりも出来ないわけだ。


『あはははは。なんだ、外見通りの反応、できるんじゃない』

「そりゃ、まだまだ子供ですから……って、あれ? 僕の喋ってること、解るんですか?」

『うーん。どうかな。一応理解しているつもりよ? でもこれ、翻訳の魔法なのよね……』


 ……考えることはどんな世界でも大概同じ、か。


『あなたが喋っている言語はたぶん初めてかな。だから時々、微妙なニュアンスは解らないけれど、大体ならば解るわよ』

「そうですか。お互い様ですね」

『ふうん。……ということは、あなたも翻訳系の魔法を使っているのかしら?』

「うーん……」


 まあ……、そうなんだけど。

 でもこの世界の魔法とは違うんだよね。

 どうやって、どこまで説明するべきか……。


 色別が青判定なら一気に全部話しちゃうのもアリなんだけど、緑だしな。

 色別・虹の七段階はおろか、色別・数値の二百五十六段階でもほぼド真ん中だし。


「どちらかというと技術かな。魔法と言えないこともないと思いますけど……。僕、魔法は本当に『魔力の光』くらいしか使えないんですよ」

『…………? そうなの? なんで?』

「なんでって。詠唱が出来ません。入門書に書いてあった言語が喋れないので」

『……………………? ひょっとしてあなたが使ってるその翻訳技術、聞き取るだけ……なのかしら?』

「ええ。知らない言語を喋れるわけもないでしょう?」

『…………。絶妙に不便ねー……。それで失語症かあ……』


 なんだかものすごい同情を受けているような気がする。

 っていうか、え?

 この世界の魔法による翻訳技術、相互方向なの?

 それはちょっと必須レベルな気がする。意地でも習得しないとな……。


『あれ? でも「魔力の光」は発動してたのよね。あれは?』

「図形動作の方でなんとか……」

『あー……そういえばあったわね。ムギとかが使えたかしら……、ああ、やっと解ったわ。あなたが「魔力の光」しか現状で使えないのは、図形動作の「初歩」として提示されている図形を試しても何も起きなかった。ってあたりじゃないかしら?』


 …………?


「図星です。大正解」

『あの入門書が発行された当初から指摘されてるのよね、その欠陥。でもまあ、マジックの習得に必要な事は概ね書いてあるからって修正されないままはや五百年……って、以前別の魔法(マジック)使いの冒険者に教えて貰ったことがあるわ』

「五百年って……」


 なんでそんなに放置してるんだ……?


『一度世界に対して出版しちゃうと、なかなか修正が難しいらしいのよねー』

「ああ……なるほど」

『図形動作による魔法のコツ。教えて上げましょうか』

「……条件がありそうですね。なんですか?」

『聡い子は好きよー。条件は、私の質問に答えること。一度だけ、一つだけの質問よ』


 ……なんか読めたな。


『「あなたは何者ですか?」――さあ、答えてくれるかしら?』


 やっぱり。

 ……ま、色別が赤に寄ってないならば、多少は開示しても良いか。

 いざとなったら――その時はその時考えよう。


「僕は人間ですよ。ただ、この国……アカシャという国の人間ではありません。というか、この大陸にどういう国があるのかも知りませんし、どんな風土なのかもまるで解りません」

『…………? えっと、陸続きじゃ無いといえばクラだけど、クラの出身というわけでも……ないのよね?』

「はい。僕はこの世界について、あまりにも無知すぎる」


 異世界という概念がこの人達にあるのかどうかは解らない。

 だから微妙な表現で、僕はそう説明する――と。


『……ま、今はその説明で良しとしておくわ。本当に敵ってわけでもなさそうだしねー。セタリアくん――いえ。よければ、あなたの名前をあなたの言葉で教えてくれるかしら?』

「…………」


 名前ね。

 それも僕の言葉でと来たか。

 本名……は、ちょっとリスクかな?

 この世界の魔法は少なくとも六種類あるのだ、その中には呪いのような性質があってもおかしくはないし――だとすると、名前を使った魔法というのもちらほらとあると想定した方が良い。

 かといって偽名はいまいち思いつかないんだよね……、カナエ・リバーの名前を使う?

 うーん。

 ……あだ名をもじって、でっち上げておこう。


「フロスです。フロス・コットン」


 自分で名乗っておいて何だけど、なんかすごく不服だなこれ。

 わたあめ(フロス・コットン)って。

 フロスとかコットンって呼ばれるならまだ良いけど。


『わかったわ。じゃ、その名前は私とあなたの間での秘密にしましょう』

「二人の、ですか。カウランさん達には?」

『私からは言わないわ』


 …………?

 なんでだろう。


『だって、そうして欲しいんでしょう?』

「まあ……その方が僕にとっては都合が良いですけど。でも、カウランさんに伝える方がハルクさんのメリットになる――というか、伝えないことがハルクさんのデメリットになりませんか?」

『そうとも限らないわ。フロスくんがどう解釈しているかは解らないけれど、私とカウランは必ずしも同じ方向を向いていないしね』


 おっと……、これは本音だな。

 ……つまり、ハルクさんにも何か裏というか、隠し事があるわけだ。

 真偽判定が通じにくい理由がもしもここに絡むならば……いや、考えるだけ野暮だな。


「じゃあ、お互いにお互いのことは皆に内緒ということで」

『……ふふ。そうね。また暇なときに一緒にお散歩しましょうか』

「ええ。ギルドハウスの中では、僕も『失語症』ですから」

『そうねー。あ、そうだ。戻ったら私の部屋にちょっと寄っていって。マジックの図形動作に関する補足表、さっきの魔法使いの冒険者に貰ったのよ。……私にはマジックに適性が無かったし、あなたにあげるわ』

「それはとても嬉しいな」


 何かお礼をしようっと。

 そんなところで町も一周したらしい。

 ギルドハウスが視界に入ったので僕は口を閉じ、二人で揃って裏口から中へと戻る。

 と。


『あれ。ハルク、……と、セタリア? 二人で散歩か?』

『ええ。喋れなくても一緒に歩いて意志疎通できるかなって。これからは隣人どころか同居人だものね』

『はは、良い事だ。セタリア、楽しかったかい?』

『…………!』


 はい、と頷く。

 カウランさんは少し意外そうに、けれど優しい笑みを浮かべて頷いたのだった。

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