129 - 挑発
結局、セイバ――『新緑』を出立したのは5月上弦10日。
今生の別れになる可能性がそこそこ高い、そんな別れだったからこそ、予定以上に時間が掛かっても責めるまいと決心していたけれど、思いのほかサバサバと、必要なものと不要なものを分けるくらいだった。
ちなみに不要なものとして、クートはバジルシティにある自宅の所有権をコージュさんに渡そうとしたのだけど、コージュさんはその申し出を拒否。
かわりに『借家』として、所有権はクートに残したまま、毎月の家賃をクートに支払う形で『新緑』が借りあげる、という形で契約をすることに。
逃げ道は残しておいた方が良い、という無言のお節介に、少なくとも僕とヨウコウは気付いたけれど、当のクートが気付くまでにはもう暫くかかりそうだ。
で。
セイバからまずは外洋に船で出て、外洋に出たら旅客船にのり、あとは目的地に到着するだけ――というわけで、船での移動が続くけれど、特にこれと言って問題らしい問題も、天候以外にはなく。
5月下弦24日。
僕達は無事に、ステビアに到着した。
ステビアという街は港から見る限りごくごく普通の街、という印象しか受けず、知らなければ闇市があるとは誰も思わないだろうと表現しても良いような、普遍的な豊かさと貧しさの混在する、自然な街だった。
ただ――そうと知っていてしっかりと観察すると、なるほど、路地裏への道がかなり制限されていて、特定のルートで移動しなければ闇市には到達できない、迷路のような構造になっているらしい。
それも最初からそうなっていた、というより、後からそう調整したって感じかな――つまり、ステビアという街は本来、本当にただの街だったんだろうな。それを闇市が利用している。
「で、オレたちはどうするのが良い?」
「安全策……も一応考えたんだけど、購入するものの品質に左右されるのはヨウコウだから、ヨウコウには結局同行して貰った方が良い。それとクートも、一人で待機させるよりかは僕と一緒にいてくれた方が安全だから、悪いけど、二人共に付いてきて貰うよ」
「オレはいいが……」
「おれもいいけれど。邪魔にならないかな?」
「邪魔にはならないよ。ただ――」
クートの良心が悲鳴を上げるだろうという事だけれど……、まあ、ここは信じるしか無い。だめならだめで新緑に送り返そう、アカシャへの紹介状も添えて。
「――ま。色々思うところはあるけれど、しっかり付いてきてね。何があっても、特に気にせず、僕の後ろを付いてくる限りは安全だから」
「うん?」
「おう?」
二人が頷いたのをみて、メインストリートへと移動。
二番目の曲がり角、路地裏に繋がるはずの場所はそこを塞ぐように二人、強面の男性が会話中だった。
無視してその中央を突っ切ると、僕の行動にややビビりつつも大人しく、僕が言った通りに二人も突っ切る。
僕達のことにはまるで気付いていないかのように二人は会話を続けていた。そりゃあ気付かせないための細工はいくらでも仕掛けているのだ、これで当然。
で、路地裏は全体的に小綺麗だ。これは定期的に掃除をしている……というより、掃除をせざるを得ないからなんだろうなあと思いつつも深くは考えないことにして、微かな痕跡から正解ルートを……導き出すのはめんどくさいので、ミスティックを使って周辺の適当な商人の反応をいくつか拾い、神智術側に情報をぶち込んで解法を計算させてみることに……、うん、問題なしかな?
神智術側からの出力に従い、一つ目の左折路は無視して直進、二つ目の丁字路を左、さらにそこから一つ目の細い道に右折、突き当たりの扉を開けて……無事到着かな。
「……何?」
そして流石に扉の開閉に反応する仕掛けがあったようで、僕達を認識できていないはずの甲冑姿の二人組が扉の奥に立ち塞がった。
たぶん門番だろう。
荒事は……後の取引に支障を来すか。
一旦空間整理を止めて、姿を現しつつ――
「お邪魔します」
「…………」
――挨拶をしたら却って警戒された。
「……どこからどうやって入ってきた?」
「入り口から、ごく普通に。入り口の二人組は僕達に気付かなかったようですが、責めないであげてくださいね――お二人だって僕が『解除』するまでは認識できなかったでしょう」
「……まあ、な。だが、入り口からとはいえなぜ『正解ルート』を知っていた?」
「これでも魔法が使えるもので――申し遅れました。アバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"です。照会をかけるなりご自由に。それで、入場したいのですけれど」
「…………。照会――成功、……子供だったのか」
にこりと笑えば、二人の門番はすっと道を空けてくれる。
どうぞ良いお買い物を、そんなニュアンスを醸し出しながら。
「じゃあ、早速買い物を始めるとしようか。二人とも、離れすぎないでね」
「ああ」
「うん……」
流石に二人とも緊張している感じかな?
まあ、闇市なんて場所に慣れている方がおかしいのだろうけれど。
と言うわけで、二人を引き連れてまず向かうのは奴隷商。
「リクエストは多少は学があるメーダー産の奴隷五百人です。工業従事用途になります。年齢は常識的に、性別は問いません。見積もりをお願いします。輸送手段の手配も可能ならばお願いしたい。クラの、可能ならばポートマツサへ。手配が出来ないならば輸送業者の紹介を」
「…………。金は?」
「メーダー金貨もしくはクラ金貨ならば現金で払います。アカシャ金貨、クラ金貨のどちらかならば、相応の裏書きのある証文も発行できますね」
「ふうん……」
予め調べておいた限り、メーダーの闇市は金銭でのやり取りが基本だ。
単に表に出せない売り物を売っているだけ、そういう意味での闇市だと考えれば良い。
そして金が現実的に支払われる限り、その取引はしっかりと行われる――メーダー商人会の矜恃にかけて。
……ここで普通に『メーダー商人会の矜恃』がかかっているあたり、もうメーダー商人会の関与をまるで隠そうとしてないなあとか、闇市の在り方に疑問はあるけれど、今のところこの性質は有り難いので突っ込みは入れないことにする。
「教養レベルに要求は?」
と、差し出されたのは教養レベルの早見表。
これなら――、
「カテゴリ2以上のもので」
「高いぞ」
「覚悟の上」
「数は五百だったな。クラのポートマツサまで運ぶ船団の手配は行えるが、入国手続きはどうなっている」
「割り符を用意しました。それで入国できます」
「身分保障は」
「クラ国貴族、ノ・キヌサの名において戸籍が付与されます」
「最低年齢の指定」
「十三歳」
「最高年齢の指定」
「四十二歳。ただし常識的な範囲であれば多少のずれは容認します」
「怪我や持病に関する制約」
「無し。こちら側で治します」
「家族の排除」
「不要。いっそ親兄弟も全部買います。ただ、条件から大きく外れる分は五百とは別枠として下さい」
「……高いぞ」
「覚悟の上」
と、お互い矢継ぎ早に条件を確認していき、ここで一段落。
闇商側と視線で最後のバトル、お互いに信用たるかどうかの確認は、けれど一瞬で終わった。お互いに文句なしだ。
「支払いから三日以内に輸送用の船団を港に準備させる。支払いはクラ金貨、アカシャ金貨で半々、合計証文二枚を要求する」
「商品の確認と担保の兼ね合いもありますので、その倍にしようかと」
「ふむ。商品の確認で一枚、移動前に二枚。クラ入国時点で残り一枚」
「……まあ、良いでしょう。代わりに紹介してもらいたいものが」
「良い商売だな。で?」
「フレームワークの作業台。可能な限り上位モデル」
正気か、と。
そんな視線が飛んできたので、本気です、と視線を返すと、大きく眉を顰められた。
「……確かに、金さえあるなら用意するのが闇市だがね。それなりに高いグレードの奴隷を五百人まとめ買いするのが『はした金』になるほどにはかかるぞ」
「紹介だけしていただければ。あとはこちらで交渉はしますから」
「……ふん。まあ、良いだろう。サインを貰えるな」
「ええ。では、商談成立ということで」
アバイド・ヴァーチュ=ザ・イレイサー"アカシャ"。
さて――これで、しっかりと。
逆鱗に触れたどころかがっつり握った、はずなんだけど――どう出るかな?
◆
「ステビアにアバイド・ヴァーチュが出現。アバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"を名乗りました」
「ステビアの地下商に大口の買い付けを行った模様。五百人……」
「アカシャ冒険者ギルドに照会。称号付与はザ・オディール"アカシャ"による独断であると返答」
「買い付けの条件提示においてアカシャ、クラの銀行で証文を提供。裏書き、は……、クラが『アーレン』、アカシャは『ドーン』……」
悲鳴にもにた報告が飛び交うこの場は、アバイド・ヴァーチュがフレームワークに干渉したことが判明したと同時にメーダー冒険者ギルド、ギルドマスターが設けた特別対策室である。
フレームワークへの干渉が一度されてから、長期間特に新たな動きも無く、取り越し苦労だったか、とギルドマスターに呟かせた直後にこの有様。
ギルドマスターは、タイミングがあまりにも悪いな、と一人愚痴った。
「裏書きはそれで本当なんだね?」
「はい。銀行側も認めています」
「そうかい。……アーレンに、ドーンねえ」
クラのアーレン。古く尊き血の一つ、世界的に見てもその信用度は最上級――裏書きにその名が使われるならば、その証文は掛け値無しの十割で支払いがされるだろう。
一方、アカシャのドーンは知名度が低い。知名度が低いが――流石に、ギルドマスターともなればその正体を瞬時に判別できていた。
「ギルドマスター。ドーン家とは……まさか……」
「残念だが真実それだろうな。ザ・オディール"アカシャ"を子飼いにすることが出来、ザ・イレイサー"アカシャ"という称号に関する権限をザ・オディールに、ギルドの上から命令が出来る存在という時点で可能性は高かったのだけれど」
即ち。
「現アカシャ国王、ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャの実母、イェイレネ・ラ・ドーン。そのドーン家だろう。もっとも、ドーン家それ自体が動いているとは思えないし――はあ。裏にいるのはユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャ、アカシャの国王か……」
厄介なことになった。
それもとてつもない厄介さだ――と、ギルドマスターは状況を整理し始める。
奴隷を大量に買い上げる。別にそれはどうでも良い、金を払ってくれるならば客なのだ。その後何らかのトラブルがあるとしても、それは冒険者ギルドの問題では無く、商人会側の問題だし――そもそも、問題にもならないだろう。
だが、それを買い上げた人物が唐突に、このメーダー内でその称号を与えられたザ・イレイサーであること――そしてその直後、空間途絶地帯に『誰か』がちょっかいを出した事、さらにそれから暫くして、フレームワークへの『正式な』アクセスがザ・イレイサーによって行われたこと、これらが全て一つの線に収束しているとなると話が違う。
それはきっと取り越し苦労だけれども――そんな危惧は必要無いはずだけれども、これまで後手に後手にと回り続けていることを痛いほどに理解しているギルドマスターは、その心配をしなければ成らない。
(そう、可能性は既に生まれてしまった)
(空間途絶地帯への正しい解法に辿り着いているという可能性――フレームワークから入り口を作り出すという模範解答に気付いているという可能性が、否定しきれなくなった)
メーダー最大の禁忌。
空間途絶地帯に干渉するためには、フレームワークを用いる必要がある――ただし、フレームワークを単に扱えると言うだけではダメだ。ソレそのものに対する深い理解が無ければ、干渉には至れない。
だが――セイバに置かれた、工作に特化させたはずのフレームワークから、アバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"は当然のように別の――冒険者ギルドや商人会の――フレームにアクセスし操作してみせた。
それはフレームワークに『深い理解』があって初めて出来る事だ。
――既に干渉しうるだけの素質を持っている。
「な……。失礼。買い付けの付帯条件にフレームワークの機材購入も持ちかけたと。可能な限り上位モデルと注文まで付けています」
「…………? アバイド・ヴァーチュが、自分でソレを求めたのかい?」
「はい」
だからその報告を受けたとき、ギルドマスターは瞬間的な判断を下せなかった。
これまでは殆ど完璧と言っても良いほど先手先手を打ってきた相手が、急にわざとらしく後手を踏み、対処の猶予を与えてきたからである――それが何を意味しているのか。
(いや)
(決まっている――アバイド・ヴァーチュは、やはり『辿り着いていた』んだ)
けれどすぐさま、ギルドマスターはそのサインを理解した。
(空間途絶地帯にアクセス出来る事を、既に理解していて――)
(それが禁忌である事も、だからこそ交渉材料になる事も当に把握しているんだ)
つまり。
アバイド・ヴァーチュは、わざと後手を踏んだのだ――わざとその提案が、メーダーの深く高い場所にまで報告されるように、逆鱗をピンポイントで狙ってきたのだろう。
『空間途絶地帯にアクセスされたくなかったら、フレームワークの機材を寄越せ』
と、そういう脅しをかけるために。
だからこそ――奇妙な話ではあるが、ギルドマスターは安堵した。
――交渉の余地は、まだ残っている。
こぼれ話:
痛恨の予約日時ミス……申し訳ありません。本日のみ特例として20時、明日からは再び16時に戻ります。
……毎作品で1回やってるなこのミス!




