128 - アルケミック・フレームワーク
『新緑』という工房の作業場は、アニスシティでスキャンした工房とは大きく構造が異なっていた。
もちろん、取り扱う材料が別物なんだから当然と言えば当然で、アニスシティがガラス製品を手がけていたのに対し、『新緑』は主に金属や宝石などの加工をしているようだ。
では『新緑』の加工ラインはどんなものかというと、まず、一度は普通に作るのが基本だ。
例えば指輪ならば、完成品に相応しい金属を解かして固めて、熱して曲げて溶接してリング状にして、飾り石用のパーツを付けて石を固定して――まあ実際にはもうちょっと複雑なことをして、綺麗に整えるようだけど、今回は簡単に完成させられる範囲でと考えて、今回のように単純なものになったらしい。
「ちなみに指輪は持ち込まれることもありそうですけど、その辺はどうなんですか?」
「確かにそういう注文もあるな――大概のものは大丈夫だが、リングの形状によっては制限鍵に加工できないものもある。具体的には極端に細かったりするやつがシンプルで無理だ」
「なるほど」
指輪として完成したものは、けれどここまで、特別な何かが使われているわけでは無い。
魔法をほとんど使わずに作り上げたなあと言う程度かな?
つまりここまでは何も変わらない。特別なことはやっていない――だからこそ、ここからなのだろう。
コージュさんは随分とゴツゴツした、大がかりな作業台へと移動すると、その台の中心に指輪を配置。
緑の渦が指輪に一瞬纏わり付いたかと思うと、作業台の隅からレーザー光が指輪の周りをぐるんと一周し、その軌跡に光が残る。作業台そのものが光を発している――、ていうか、このゴツゴツした作業台、もしかして――
「ここからが本番だ。今、作業台で指輪を認識した――そうしたら、制限鍵として仕込む魔法の種類に遭わせて形状を設定する」
形状の設定、と表現しつつ、コージュさんは作業台の上に特殊な形状のペンで、文字を書くように図形を描き始める。インクを付けていたわけでもなければ、そもそもインクで図形が記されても居ない。
記述し擦り付けた場所に小さな緑の渦が産まれては、その部分が光る仕組み――作業台とペンで一組というか、作業台をメインにペンが補助道具ってだけだな、これ。
一通り書き終えたのだろうか、ペンを一度置くと、コージュさんは作業を進めた。
これまで書いてきた図形を刷毛のようなものでなでると、図形を表現していた光の色が赤みがかった光に変わってゆく。全ての図形を撫で終えると今度は青みがかった色に変わって、その上にから黄色い『四角』がオーバーレイされるように表示され――そこをとん、と、コージュさんが一度突くと、その黄色い四角は白に色を変え、中に入っていた図形と一緒に引き延ばすような変形をし、長いリボン状になったところで螺旋系にその形を変え、ぐるぐると何度か回転した後、ピタリとその動きが止まった。
「形状が決まればあとは刻印するわけだな」
作業台の隅から再びレーザー光が指輪へと向う――ただし、今度は指輪の内側を強く照らすように。その光は緑の渦と共に、ぐるりとちょうど一周すると、指輪を取り巻いていた軌跡の光が消え、すこし遅れて全ての光が消え、最後に青く丸い光が数度点滅した。
「これで完成だ。ちなみにこの指輪は『封緘呪印』の制限鍵として実際に使える」
『封緘呪印』……、たしかロジックで管理する、親書とかに使う鍵だよね。
サムが何度か使っているのを見たことはあるけど、制限術式だったっけ……?
「そのロジック、制限術式でしたっけ?」
「制限鍵がなくても使えるタイプの制限術式だ。制限鍵がある場合、封緘呪印は『かけ直せる』ようになる。ロジック拡張を制限鍵で行うタイプだな」
「なるほど……」
封緘し直すことが出来る……、ふうん、つまり封緘呪印は必ずしも信頼出来ないってわけか。
だからこそサムは連絡手段にそれを使おうとしないのだろう、遠隔音声伝達も問題が無いわけじゃ無いけど、しっかり扱えば機密性は高いし。
それにしてもこの作業台。
何だろうな、魔法であることは間違い無い。緑色の渦ということはリソースも『道具』でそれ単体だ。
けれどなんというか……、機械的というか。
機械を魔法で動かしている感じ……、うん、発想的には僕や洋輔が作った渡鶴やにわとりバードのような高性能ゴーレムが近いのかな。椋鳥ほど魔法によってはないし、渡鶴ほど感覚によってもいないとはいえ、近い。
となると、この世界の『道具の魔法』――ゴーレマンシーに近いことができるかもしれない。
「アルケミック……か」
「メーダーで暮らしてると、その正式名称はあまり使わないがな。俗称のほうだとフレームワークという」
フレームワーク……、ね。
フレーム。フレームか。
冒険者ギルドが利用しているシステム、その枠組みの正式名称が、確かユーティリティ・フレーム……、偶然の一致、じゃないだろうなあ。
ゴーレマンシーに近いことが出来る、かつ、今見た行程からして、パソコンもどきのようなことも出来ると思うし。
実際今の行程は『形状スキャン』から『刻印の設計図記述』をして『範囲を確定』しフレームワーク上で『対象の形状に合わせて変形』、レーザー光のような形で『刻印』をしていた。
となると、レーザー加工装置の操作手順に近しいものもあるか。地球上のそれより使いやすそうだけども……。立体物にも簡単に対応してるし。
「ちょっとだけ触らせて貰えたりしませんか」
「壊さないでくれるならば構わんが……今初めて見たものを動かせるとも思えんしな」
無駄だと思うぞ、と言いつつもきちんと場所を譲ってくれたので、ゴツゴツした作業台の前に立つ。
ペンは……ガラスかと思ったら違うな、ペン先が水晶のようだ。筆圧で検知されるかどうかがきまるっぽいな。
オドを消費する素振りは無いけど、作業台そのものが僅かに周囲のマナを利用している感じか?
見ただけでもある程度判別は出来ていて、かつこうやって触るといよいよ使い方や効果も概ね見えてくるあたり、これは魔法でありながら、やっぱり『道具』なんだろうな。僕の分析は洋輔のソレと違って、道具にしか働かない――厳密には、『道具を主体にしたもの』にしか働かない。
それは錬金術師としての僕の才能がそうさせているらしい。もともとの才能だ。
まあもちろん、洋輔と使い魔の契約を果たしたことでさらに強調された部分もあるけれど――とにかく、今の僕がここまで確信めいてこの『作業台』の効果を理解出来ているということは、だからある種の吉報だ。
ここまで読み取れれば。
ここまで解析できれば、マテリアルも概ね予想が付くし――
「…………?」
「……なあ親父、妙に様になって見えるのは気のせいか?」
「……いや、どうだろうな。確かに風格はあるが……」
三人がそれぞれの感想を抱いているところ悪いけれど、『確信』として得た使い方を試させて貰う事にする。
具体的には、ペンで作業台の上に、図としての文字――『HELP』を書いてゆく。この世界においての、HELPの単語。たぶんこれで……通じる。
単語を書き終えると、作業台の隅が黄色く輝き、その横に白い光で文字が浮かんだ。
『フレームワーク/端末操作マニュアル/を展開する場合は五角形を描く』
よろしい。
浮かんだ字に従って五角形を描けば、作業台が一度白く光ってリセットされ、大量の文字がずらっと並ぶ――使い方に関する情報だ。制限鍵の作り方も中にはあるけど、もともとはかなり多機能なんだなコレ――で、『やっぱり』、この作業台そのものは『端末』にすぎない。
フレームワークと呼ばれるものは別にメインのサーバーのような機材があって、これはそれにアクセスできる多目的インターフェースってわけだ。
で、操作マニュアルの中には冒険者ギルドのフレームへのアクセスのしかたも書いてある。ただ、アクセスには権限が必要だとも。アバイド・ヴァーチュとしてはザ・イレイサー"アカシャ"だからそこそこ程度だけど、ザ・オディール"アカシャ"としてアクセスしてやればかなり上までのぞけるだろう――それも正規の方法で。
折角なのでザ・イレイサー"アカシャ"の認証を行い試しに冒険者ギルドのフレームにアクセスしてみると、ザ・イレイサーという称号がどのような意味を持つかといった基本情報に、現在その称号を持つ人物の一覧、過去にその称号があてられた人物の一覧が表示できた。
そういえばシャルロットさんってザ・イレイサー"ディース"って称号だったと思ったけど……、ああ、アカシャ冒険者ギルドが昇格手続きを遣っている。これのせいか。
冒険者ギルドへのアクセスは一度閉じ、今度はメーダー商人会のフレームへとアクセスしてみる。名義はかわらずアバイド・ザ・イレイサー"アカシャ"のままで。
メーダー商人会が使っているフレームは、これを介して大規模な商売ができるようで、船団規模の貿易で行うような単位の売り回がちらほらと確認出来る。
さすがに闇市に関しては……無いな、あるとしてもフレームワークの深層だろう。インターネットほどの自由性は無いし、特別なアクセス方法を別枠で用意しているはず、さすがにヘルプに書いてあるようなことは無いと。場合によってはフレームそれ自体がスタンドアロンという可能性もあるな……。
操作を終了してリスタート、作業台側の再起動を行い元の作業台の状態に戻したら、先ほど『封緘呪印』の制限鍵になった指輪を再セット、ヘルプに書いてあったとおりにクリアリングの指示として十一角形の図形に文字を添える。
するとものの数十秒で、セットした指輪をレーザーが襲い、完了の文字列。これで封緘呪印の制限鍵としての効果は失われた……か。
そうしたら一度取り外し、もう一度セットして、先ほどコージュさんが遣っていたとおりに封緘呪印の制限鍵を作成……眼鏡に記録していた動作の一部始終を『理想』で再現したこともあって、特に問題なく、全く同じ手順で封緘呪印の制限鍵が完成した。
なるほどなあ。
メーダー以外でこの作業台を見たことが無いのは、単に高級品というか、メーダー以外では使えないからだろう。具体的にはこれの動力はマナですらなく電気なのだ、それも安定した電圧で常に供給がなければならない。
それを実現できる都市が異国にはあまりにも少ない。アルガルヴェシアでもどうだろうな……ってくらいだし。
「結構使い勝手が良いですね、これ。ほしいな……、どこかで買えるんですか?」
「……いや。いやいやいやいや。待て。アバイド、お前は今何をしていた?」
「何といわれても、作業台を使わせて貰っただけですけれど……。最初に使い方を表示させて、その後冒険者ギルドとかのフレームワークにもアクセスはしましたが、その後は封緘呪印の制限鍵を一度消去して、もう一度つけなおしてみただけです。試しにですけどね」
「試しに……」
絶句したのはコージュさんではなくヨウコウである。
「……変なんですか?」
そしてそう聞いたのはクートで、「変っていうか」、と前置きをしてヨウコウが断言した。
「異常だよ。な、親父」
「ああ。……その作業台、普通はなんとか綺麗に文字を書くだけでも年単位で訓練が必要なんだよ。だからこそヨウコウには新緑を継げない――って話だったんだ。それをなぜアバイド、お前はそうも簡単に使いこなせるんだ」
「僕がラウンズだから――じゃないですか?」
「…………、」
ラウンズという才能は、ただそれだけでこの手の理不尽を他人に納得させることが出来る点で何より、僕にとっては有り難い概念だった。
「フレームワークという概念には初めて触れましたが、僕は別の方法で似たようなものを実現しようとしてまして――まあ、それほど上手くいってないんですけど」
結局、この作業台は僕が過去、スマートフォンやパソコンという地球上の機械をそれなりには使っていたこと。
そして魔法的なものでそれを実現するという例を神智術というもので触れたことがあり、またある程度は行使できたいたこと。
道具に強く依存している魔法であって、道具がメインだったからこそ僕が自然と読み取れたこと。
渡鶴や椋鳥ほど癖がなく――扱いやすいものだったこと。
これらが色々と重なって、特に問題なく使いこなせてしまったと言うだけのことだ。
確かに本来は、この水晶のペンを上手く使うことが難しいんだろうけど、これもタブレット端末専用のペンとかでよくある筆圧検知を知っていればそれほど難しい調整でも無いしね……。
「それで、コージュさん。これ、どっかで売ってたりするんですか?」
「……メーダーの商人会に手配して貰う事は出来るはずだ。ただ、用途は強く確認されるし……設置はまた別料金でとられる。新緑で導入しているその作業台は比較的機能が多いタイプだからというのもあるがな」
なるほど、ある程度機能で価格帯が決まるか……、商人会に手配して貰うということは、所有者をある程度把握する目的があるとみた。
ならば闇市でまずは探してみるとしよう。
「なるほど。ありがとうございます。面白いものに触れることが出来ました」
「……どう、いたしまして」
これがアルケミックの全てというわけでは無いだろうけど、これがアルケミックの基本ではあるはずだ。
即ち――この世界の『道具の魔法』は、結構、僕的に扱いやすい技術と言うことで。
研究のしがいがありそうだ。




