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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
127/151

127 - クートの決意

 5月上弦7日。

 アニスシティでの用事を終えてセイバに戻り、一日の休息を経た後。


「おれは……」


 クートの結論は、意外にも。


「迷惑をかけると、思うけれど。おれは、アバイドに付いていきたい。……工房で働けるほど、おれは器用じゃ無かったし。それになんだか、この国にいると……父さんのことを、ずっと遠慮しそうな気がして」


 というものだった。

 てっきり『新緑』に残るものだと思ってたんだけれど――もちろん、その結論は歓迎だ。


「わかった。当面はキヌサに新設する工房都市とキヌサの本拠、キヌサ・ヴィレッジの連絡役を遣って貰うことになると思うけれど、それはいい?」

「うん」

「ならばよし。歓迎するよ。これからもよろしくね、クート」


 間違い無く必要な人員だったし、どうしたものかなあと考えてただけに、ね。

 これで心配は一つ潰せたわけだ。


 で。

 そこが解決した以上、次の問題に取りかからなければならない。


「馬鹿親父に聞いてきたよ。大規模な闇市、セイバから一番近いところだとチコリタウンがそれになるらしい」


 ふむ。

 と、ヨウコウの提言に、けれど口を挟んだのはクートだった。


「チコリタウンって、でも内陸都市だよね? アバイドの目的からすると……微妙じゃない?」

「内陸都市って言うと?」

「要するに川が遠いんだ。船便は無理だな、確かに」


 なるほど……。

 クートもよく気付いてくれた。


「大量に買って、その後運び出す手間を考えるならば、海岸沿いがいいよね」

「ごもっともだけど、それに該当する都市。ある?」

「大分遠回りになるが、ステビアとか……」


 クートの素朴でけれど重要な事をヨウコウに確認すると、ヨウコウは考えつつもしっかり答えた。

 その後は地図を引っ張り出してくれて、大体の位置を確認。

 なるほど確かに遠回りだし……、なんか二度手間みたいな感じだな。アニスシティの更に先か。


「移動法はどうなるかな」

「陸路だとルイボスに一度出るしかない。首都名だけ在って、ルイボスからならば直通便がある。とはいえ陸路は単純に時間が掛かるぞ、一弦じゃ済まないだろう。船便を利用するのが良いだろうな――ステビアには当然、港もある」


 ふむ。

 距離的にアニスシティよりちょっと遠いけど、馬車を使う必要が無いことを考えると必要時間に差は無い程度だろう。

 それにその後、クラ、キヌサまで移動させるための労力はそれほど代らないどころか、船便オンリーでいける分よっぽど楽である。


「ならば、ステビアにしよう。移動開始は……明日かな。ヨウコウ、出発の準備をしておいて。クートも準備と挨拶を済ませておいてね」

「うん」

「ああ」


 今後の予定は、だから概ねこれで決まった。

 明日出発してステビアへ。

 ステビアで買うものを買ったら船団も借り上げ、クラへと運び混む。

 船団の借り上げには時間がそれなりに掛かるだろうけど……クラに入国させるための手続きをキヌサ側で取って貰う必要もあるから丁度いいくらいだ。


 ……冒険者ギルドは動くかな?

 こちらからの逆監視を嫌って逃げ出したと言う事は、当面動かないかも知れない。

 このまま何もしないで見送ってくれるならばそれでいいけど、何もしないという結論を出さないのだとしたら――何かをするとしたら、こっちの動きを見極めてからか?


 そうだとしたらステビアで待ち伏せされる可能性はある……し、闇市都市としてのステビアに向う以上、ヨウコウやクートには待機して貰った方が良いかな?

 でもな、変に別の場所で待機させるより、一緒に行動して貰った方が守りやすい。

 結局は同行して貰う事がベターだな。


「なんだ。もう話は付いたのか」


 と。

 やってきたのはコージュさんだった。


「はい。概ね予定通りと言えば予定通りになりそうです」

「そうか」

「で……。クート」

「うん。……はい。コージュおじさん。おれ、決めました」

「ああ」


 意外と、あっさりと。

 コージュさんは頷いた。


「アバイド達に付いていきます」

「それが良いだろうな。お前にとっても、……新緑にとっても」

「……はい」


 う……ん?

 なんか今、奇妙なニュアンスがあったような……、僕だけではなくヨウコウも疑問を抱いたようで、「おい」と声を挙げていた。


「親父。今の……新緑にとってもいいってのはどういう意味だ」

「まあ……なんつーかな。クートは致命的に工房での働きに向いていない」

「致命的?」


 なんだか致命的のニュアンスが本当の意味での『致命的』なんだけど。

 つまり比喩とかじゃ無くて命に関わる方の致命的という意味で。


「お前達がアニスシティに行ってる間、最初は雑用を遣って貰った。ちょっとした掃除とかな」

「妥当だな」

「そこで資材に二回ほど埋もれた」

「は?」


 ヨウコウが素で聞き返した。

 コージュさんは更に続ける。


「で、掃除は危ねえから、箱詰めとかを手伝って貰った」

「……まあ、それなら大丈夫だな」

「箱の山に三回ほど埋もれた」

「は?」


 ヨウコウは眉間に皺を寄せながら聞き返した。

 コージュさんは首を横に振り、ため息交じりに続けた。


「で、その後も色々な場所でやってもらったんだが。何かと危険でな。工房内でハンマーに躓いて炉に頭突きをかましたりもしやがって、なんつーか、まあ、致命的だろ?」

「致命的って言うかそれ、呪われてるんじゃねえの? クート、大丈夫か?」

「おれは大丈夫なんだけど……迷惑かけまくっちゃって……」


 …………、本当の意味での『呪い』がかかっているようには見えないんだよな。

 この世界では魔法毒の一種として一応存在するその概念だけれど、その魔法毒だってかかっている様子もない。


 単なる個性として、工房と致命的に相性が悪いってだけだろうけど……。


「ねえ、クート。藪から棒で悪いんだけど、『能力開示(ステイタス・ビュー)』、してもいい?」

「してもいい? って。……使えるのか?」

「うん」

「…………。じゃあ、別に良いけど……」


 許可を貰ったのでロジックから制限術式、『能力開示(ステイタス・ビュー)』を展開。

 はたして、クートの素質は……うん、一般的な部類かな。

 ラウンズ型ではないけど、何か特別得意としているものもないから、図形としては比較的整っている。

 他の特徴と言えばマジックに適性がそこそこ高めで持っていること……かな。


 で、ちょっと気になる事がある。

 普通は『掃除』とだけ表示されることが多い欄が、『掃除(日常)』と敢えて明記されているのだ。その代わり、この『掃除(日常)』は高い強度で表示されている。

 じゃあそれ以外の掃除ははどうだろうか、と探してみると……、無いな……。


 つまりクートは『掃除』の中でも日常的な掃除はとても得意としているけれど、日常からちょっとでも外れるとまるで素質がない、ということか?

 なんてピーキーな……、というか、普通じゃ無いな。


 かといって、アルガルヴェシアの異彩かというとそれとも違う。

 特別何かの才能を伸ばそうとしているようには見えないのだ、ただ一部の素質が削り取られているように見えるだけで――まあ、プラスに働くかマイナスに働くかというだけで、素質への干渉という意味では似ているのか?


 やり方は違うだろうけど――具体的にはアルガルヴェシアは遺伝子操作や純粋な配合で『望んだとおりの素質』を産み出す感じだったけど、クートのこれは産み出された存在の魂とか、あるいは存在というそれ自体に干渉した結果、みたいな感じ。

 直感でしか無いけれど、不思議とそういう『後天的な才能変化』という印象が強い。


 だとすると才能を削ったというのは妙だな。

 後天的に操作するなら、目的は削るよりも増やすの方が普通の考え方だ。。

 ならば才能を増やそうとして失敗した……というのが実情か?


 まあ、直感だからな。間違ってるだろう。


「えっと……、どうなんだ?」

「そうだね……、どうやらクートは普通の掃除は得意だけど、それ以外になると全く素質がないみたい」

「普通の掃除じゃない、掃除?」

「お仕事としての掃除とか、専門的な掃除って事。家庭の範囲ならば得意みたいだね――」


 いや。

 なるほど、最初に『掃除』という素質がゼロだったと考えるとどうだろう。

 最低限日常だけでも、『掃除』が出来るようにと後天的に付け足したから、掃除(日常)という極めて限定的な素質になってしまった、とか。


「普通の生活では何も問題が無いだけに、それ以外の部分で全く素質がない――適性がないことが却って大きく見えるんだと思う。クート、それは仕方が無いことだし、少なくとも日常面で問題は無いんだから、そこまで気にしないでいいと思うよ」

「……うん。でもなんか、面と向って『日常以外の掃除は才能無い』っていわれるの、思ったより堪える……」

「あはは。良いところもあるさ。クートはマジックに高い適性があるよ。魔力量も多いし、結構良い魔法使いになれると思う」

「おれが……魔法使い?」


 それは大分意外だったようで、きょとんとするクートだった。

 メーダーの人達が魔法を使ってるシーンって、ほんとうに滅多に見ないから、その反応には納得だ。


「へえ……なあ、折角だしオレのも見てくれねえか?」

「うん? 別に良いけど……」


 で、興味を持ったのか、ヨウコウも要請してきたので、『能力開示(ステイタス・ビュー)』を実行。

 こちらは……随分と角張った図形になったな。


 制作系統の素質は最上級で揃っていて、素質だけで言えば料理もかなり上手らしい、強度が高い。

 で、最上級からちょっと劣るけど、構造解析や交渉とかも得意みたいだ。

 『工房の主』としては最高格と言って過言ではないだろう。


 一方、ちょっと意外だけれど、戦闘系にはそれほど適性が無いようだ。一応素質は存在するけど強度が低い。最低限剣や槍を扱えるけどその程度というか。

 魔法は……一応ある、けれど、かなり強度が低いな……。


「ヨウコウは物作りが得意で、工房の主としては最上級……だけど、魔法とか戦闘は全然ダメだね。なんか意外だけど、クートのほうが素質的には戦闘が得意かも」

「まあ、そうだろうな」

「え、そうなの?」


 僕の解答にヨウコウは納得し、クートは疑問符を浮かべて首を傾げた。

 ヨウコウは自覚、してたのか……。


「オレは元々身体を動かすのが好きなだけで、得意じゃねえんだよ。クートがどう認識してたかはわかんねえけどな」

「昔はそれこそ、子供の王様みたいな感じだったのに……」

「あー。そりゃほら。オレ、小さい頃から遊び道具は即興で作れたからな」

「…………」


 ガキ大将だと思っていた相手が実は便利屋だった、といった様子でやや呆然としているクート。いや僕も正直そんな認識だったのでちょっと想定外の方向に転がっていった感はあるけれど。


「……それにしても。やっぱオレ、魔法はダメか」

「うん……魔法に関する素質は、かなり低い」

「そういう意味でも、新緑からはいずれ出なきゃいけなかったんだろう。オレが作りたいものを作るために、なんて言ったけど、それ以前に『ここで作っている物をオレには作れない』んだからな――」


 …………?


「『新緑』って、魔法に関連してるの?」

「特注品を作るのが我々の工房だ。特別な魔法のための特別な道具だったり――な」


 ヨウコウに聞くと、コージュさんが答えてくれた。

 魔法のための特別な道具……、ってことはそれって……、制限術式の制限部分か?


「アバイド――確認をさせて貰うが。その魔法、『能力開示(ステイタス・ビュー)』は制限術式だな」

「そうですね」

「どこでその制限鍵を手に入れた?」


 制限術式を実際に制限したり、あるいは発動を補助する道具を総じて制限鍵と呼ぶ。

 ――ことがある。


 あまりメジャーな呼び方では無い。

 少なくともアカシャにおいては、滅多に使われない呼び方だ。そもそも制限術式の制限部分、道具の部分だけを呼び顕す必要が無い、なんて理由もあるんだけど。


 そんな単語が魔法の存在が薄いこのメーダーで出てきた。

 つまりだ。


「新緑は制限鍵を作る工房でもあったんですか……」

「……まあな。それで、それはどこで手に入れた? まさかクラで手に入れたわけじゃ無いだろう。あの国に『能力開示(ステイタス・ビュー)』の制限鍵は輸出できない決まりだ」


 その決まりは初めて聞いたけど、なるほど。

 クラで『能力開示(ステイタス・ビュー)』が滅多に使われない理由は供給がなかったからか。


「縁が色々とあったんですよ。僕がこれを貰ったのはアカシャです。随分前のことになりますが」

「ああ。そういうことなら良い」


 …………?

 うん?


「さっきも言ったが、クラに『能力開示(ステイタス・ビュー)』の制限鍵を輸出することはできない。輸出しちゃいけない――それが判明した場合、制作した工房に責任が問われる。まあ、お前さんが使っているその制限鍵は新緑が作った物じゃ無さそうだがね……」

「それならそれで競合する他の工房へのカードにはできますか」

「そういうことだ」


 肩をすくめてコージュさんは言う。

 存外割り切りが良いようだ。……ふうん。

 てっきり、こういう制限鍵は魔法で作っていると思っていたからな、工房で作るという発想が正直なかったというか――冒険者ギルドとか、プラマナの魔導府とか、そういう機関が作っているものだとてっきり思い込んでいた。


「差し支えなければ僕の方からも一つ聞きたいことがあります。まあ、差し支えがありそうなんですが……」

「正直だな。何を聞きたい?」

「制限鍵を作るために魔法って使ってるんですか?」

「使っているが使っていない――マジック、ロジック、ミスティック、テクニック。これらのどれにも該当しないものを利用している」


 ――ビンゴ。

 恐らくは『道具』単体をリソースとする魔法。

 ただ、言葉の選び方がちょっと奇妙だな……利用。利用ね。


 利用は行使と別物だ。

 やっぱり成り立ちの所から別、と見るべきか。


「気になるなら見てみるかい」

「…………、え? いいんですか?」

「別に隠しているものでもない――それに、見せるだけだ。説明はできないぞ。なにせ、それを使っている我々だってまともには理解してないのだから」


 上等。


「じゃあ遠慮無く。お願いします、見せてください」

「ああ。ついてこい」


    ◇


 そして僕は、この世界の『道具』――アルケミックの神髄と、いよいよもって邂逅する。

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