126 - メーダーの誤算
明けて、4月下弦25日。
監視されている、という自覚をした状態での一晩はなかなか鬱陶しく、排除を考えもしたけれど、体調が優れないこともあったし受け容れておき、そして明けて今日、ある程度体調も戻ったことで少し考える。
排除、しちゃうべきかな?
昨日の時点では確信まで行かなかったけど、今朝、というか今ならば監視している人物の力量や数もある程度は特定できる。
数は三人。
それぞれ力量はアルスさん――『アルス・ザ・ブレイバー"アカシャ"』に個々が匹敵していて、三人がそれぞれ微妙に異なった方法でこちらを監視している。
前回のように監視者の認識をズラして対象を逸らす、ということは今回、難しいだろう。絶対に出来ないとは言わないけど、ちょっと個々の認識力が高すぎる。上手いこと三人の認識を同時に逸らす、くらいの事はしなきゃいけない――つまりはかなり厳しいと言うことだ。
だから今回、もしも排除するとしたら、それは実力行使になるだろう。
いくら相手がアルスさん級の腕利きだとしても、三人ならば穏便に排除できるだろう――ぐっすり眠って貰う事で。
問題は、この三人という数は『ある程度特定できる』だけで、僕が感知できる範囲外で四人目以降が居ないとは限らないこと、そして一度排除すると、明確に敵対関係になってしまうことだ。
僕が一人で行動してるならば敵対してもそれほど気にする必要は無いけれど、それだってできれば遠慮したいし、ましてや今はヨウコウも一緒に居る。危険にさらすのは問題だ。
また、相手は恐らく冒険者ギルドの冒険者――情報ギルドにしてはやりかたが杜撰すぎるというか、力量を持ちすぎている。商人会が腕利きを雇うにしたって、こんなトップ格を三人も雇い入れることができるとは思えない。消去法だけどほぼ間違い無いだろう。
正式な依頼になってたとしても、十中八九秘匿依頼だろうから……そうでなくても依頼プレートが認識できなきゃ照合は出来ないか、僕単体での検算は難しいな。
うーん。
「朝から難しい顔をしているな。どうした?」
「…………」
思考を進めながら朝食のスープを飲んでいると、ヨウコウが聞いてきた。
まあ……当時者に違いは無い。知る権利はあるだろう。
「昨日の段階からどうも、監視されてるみたいでね。たぶん冒険者ギルドで、三人組。もしかしたら僕が認識している外にも何人か居るかも……。排除するとなると敵対が必死、かといって放っておくのも気分が悪いなあって」
「言葉を飾らないな……」
「まあね」
ちなみにこの宿で出された朝食のスープはポトフのような見た目だったんだけど、飲んでみたらかなり出汁の味が強くてびっくりした。鰹節……だよな、この味。いや美味しいんだけど。さすがはお米がある国だ。
大豆もあるし、お味噌汁とかもどっかしらではあるかもしれない。
「敵対が嫌なら仲間にすりゃいいんじゃねえの?」
「それが出来たら苦労しないで良いんだけど……」
仲間にする、ねえ。
……利害の一致という点から押していくことはできるかな?
一致する利害があるかどうかも問題か、その場合は。
となると……、依頼の枠を使って行動に制約をかける?
原理的にはできるだろうけど、ザ・オディールの称号を大っぴらに使う事になるわけで、それがオッケーかどうか……、たぶんダメだろう。
となると依頼の枠は使えない。
あくまでも利害を一致させて、一緒に行動させる……うーん。
「けれど、そうだね。後のことも考えれば、仲間にするというのが一番スマートか……」
「後のこと?」
「闇市」
「ああ」
キヌサの人間であること、そしてメーダーを訪れた理由についても話してしまうべきだろう。闇市での行動を黙認して貰うためにも。
それに――結局、結構な人数を買った後の移動手段の調達が必要だったし。それを任せてしまうのもありかもしれない。
ま。
その為にも、だ。
「ごちそうさま。ヨウコウ、少しここで待っててくれる?」
「そりゃ良いけど。アバイド、出かけるのか?」
「ううん。向こうから来て貰うための細工というか……小細工をするだけだよ」
「へえ……。じゃ、頑張れ」
うん。
一旦ヨウコウと別行動を取り、宿から外へとふらりと出る。
しっかりと監視が付いてきていることを確認してからミスティック、『インディケート・スペシフィク』を展開、監視者の位置を特定し、そこにミスティック、『ラベル』を追加で展開し、三人にA、B、Cと仮にラベルを振る。
『ラベル』というミスティックは、術者が指定したものに、術者が指定した情報を付加するというもの――ただし、この情報の付加は術者以外に影響を及ぼさないし、情報をどんなに付加したとしても、それだけでは意味が無い。
ようするに他の魔法と組み合わせる前提の魔法である――そしてこのミスティック、結構無意識に使っているミスティック使いが殆どだったりする。
解りやすい例だとタックがそうだ。『インディケート・サムワン』で様々な生命の反応を取った上で、人間、動物、魔物だとかを振り分けて、『インディケート・サムワン』を調整していたわけだけど、この振り分けが『ラベル』の原理だったりするし。
とまあ、そんなミスティックを今回、何と組み合わせるかと言えば、マジックの『遠隔音声伝達』だ。
「お三方に提案です。どうせ監視をするなら僕の横でしてください。遠くからチラチラとやられるとストレスなんです――すぐ近くに来てくれるならば我慢します」
さて、これでどう動く?
あちらからも遠隔音声伝達が来るかな……もしくは単に近寄ってくるか。
しかし僕のそんな予想はとは裏腹に、三人の気配は遠ざかっていった。
……あれ?
そりゃまあ、逆探知されるとは思って無かったとか、そういう可能性はあるけど、だとしても想定外の反応だな……。
リスクを承知で近付いてくると思ったんだけど。
それ以上に警戒を優先した?
だとしたらそれは最大級で最上級の警戒をされていることにならないか?
光輪術をがっつり見られていたとか……? いや、あの時点では少なくとも、まだ監視がついていなかった。それは間違い無い。
そう、あの場面を目撃されたってのはあり得ない。
ただ――そうでもなければ、なぜここまで警戒されているんだろう。
【これ】で話しかけたとかならば解らないでも無いけれど……。
あるいはハルクさんやサムのように、僕の事を一目でヤバイと判断していたか?
だとしたら監視を続けるかって疑問が残るな。
となると、僕に話しかけられたことでそれを理解して、即座に離脱を選んだか……。
まあ、いいや。
僕が今展開しているインディケート・スペシフィクの効果範囲から三人が離脱しきるには大分時間が掛かる、その間は逆に監視させて貰おう。
「なんだ。もう用事は済んだのか」
「失敗だったけどね」
「へえ。アバイドにも失敗はあるんだな」
「当然だよ」
宿に戻ってそんな会話を交わしつつ、今後の予定を立て直す。
といっても、元に戻して、一応あの三人を気に掛けておく、くらいだけれど……。
他に注意するべき事、あるかな?
冒険者ギルドが頼りにくい状況ってくらいかな……、闇市周りで手伝って貰えればそれが良かったんだけど、上手く行かないものだ。
「けれど本当に、船はどうにかしないとなあ……」
三桁人を運ぶ船。
作ったところで動かす人が居ないし……となると、船団単位で借りる感じになるかな?
闇市でフォローして貰えると嬉しいけど……お金を積めばなんとかなるかな、さすがにお金だけじゃ難しいかも知れない。
とはいえ他に手も思いつかないんだよなあ……。
◆
――メーダー冒険者ギルドにおいて、現役の冒険者の中でも最上位にあたる三人とは。
序列一位、『絶剣』イザモノ・ザ・ブレイバー"メーダー"、
序列二位、『機略』キシ・ザ・ラウンズ"メーダー"、
序列三位、『終局』マナセ・ザ・エンズ"メーダー"――この三人だ。
この三人は別々に行動しており、所属しているパーティも異なる。
にもかかわらず、前代未聞のチームアップが実現したのはメーダー冒険者ギルドのギルドマスターの強い意向と、最上級の強制力を持った依頼が発行されたからだった。
そうでもなければ、この三人は共に行動することもなかっただろう――不仲だからではない、お互いの力を認め合っているからだ。
三人が同時に一つの問題に当たるなど、『無駄が多すぎる』。そう認識しているのだった。
だから今回。
ギルドマスターの強い意向に従ってチームアップを実現しつつも、三人はどこか、『けれど、さすがにやりすぎだ』と考えながら、監視という依頼を実行していた。
――つい、先ほどまでは。
「冗談じゃない――」
三人は。
揃って、走っていた――全力で、脇目も振らず、ただ『それ』から逃げるためだけに走っていた。
それは敗走だ。
あるいは、潰走か。
監視を続けていた三人が情報ギルドから得た情報は、監視対象である少女の正体がセイバの工房、『新緑』に属する者だと断定していると同時に、少年の正体を『アバイド・ヴァーチュ』という、つい最近入国したばかりの、クラの第二種外交官であるとも断定していた。
ただし――この少年の側に関してのみ言えば、情報ギルドはその全ての情報が得られないとも。
だからこそ、三人は本命を少年の側に絞っていた。
少女はただの付き添いで、空間途絶地帯にちょっかいを出し、その後『光輪』を発生させたのは少年であると、そう結論していたし、それはきっと正しい理解だった。
彼らにとって間違いがあったとしたら。
それは、その少年の力量そのものである。
「『あんなもの』――俺たちの手に負えるものじゃない!」
監視をしていた三人に、その少年は遠隔音声伝達によって言葉を伝えた。
その言葉を聞いた三人は己達が『捕捉』されていることに気付き――と同時に、その少年の『なか』に隠れていたものに、ようやく気づいたのだ。
絶対に逆らってはならないし。
絶対に敵にしてはならない存在。
彼らには知る由も無いけれど、それはかつてアカシャにおいて、ハルク・ザ・ジェネラル"プロシア"が、そしてユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャが感じとったものと同質だ。
もっとも――少し事情は、違っていたけれど。
ハルクやユアンは、その少年と最初の対面でそれに気づくことが出来たから――徹底して、敵に回すまいと立ち回ることができていた。
けれどメーダーの三人は、既に一度、少年を敵視していたし。
少年は、それに気づいて三人に声を掛けてきたのだ。
即ち、絶対に敵にしてはならない存在だ、と魂が訴えるような存在に、決して友好的とは言いがたい捕捉をされてしまった。
それに気づいて、三人は即座に『逃げた』。
誰が言い出したわけでもない。どころか一言だって相談をしていない。ただ、三人が同時に同じ結論に達しただけだ。
せめてこれ以上機嫌を損ねることの無いように、せめてこれ以上の間違いが起きないように、その少年に感知される範囲から逃れるために、ただただ全力で、少年から離れるように。
なのに逃げても逃げても――どんなに距離を取っても、『捕捉』が解けない。
己が他者の魔法の効果に晒されていることを自覚できてしまう彼らは、その才能故に、更に少年への脅威を更に積み重ね――結局、少年からの『捕捉』が解除されたのは、ほとんど国境沿いにまで追い遣られた頃だった。
これを経て、三人はギルド本部へとただ、警告する。
「手を出すな。敵に回すな。逆らうな――」
アレがその気になったならば、誰も抵抗の余地無く蹂躙される。
アレの正体を探ってはならない――それでアレの機嫌を損ねてはならない。
来たる嵐に抵抗を試みるのでは無く、自ずと嵐が去って行くのを待つべきだ。
上位三名のそんな警告に、冒険者ギルド内部では三人が怖気付いたのではないか、などと茶化す声もあったけれど――結局の所、その三人の力量を最も正しく知るのが冒険者ギルドであり、ようやく事態の深刻さを共有するに至る。
「……任務失敗と、認めるのが最善かと」
「そうだね。大統領にはごめんなさいをしなければならない。それはいい。けれど……、三人からの報告は、それが全てなんだね?」
「はい」
ギルドマスターに、男は頷く。
苦々しい――そんな色を隠そうともせずに。
「監視対象がどこの誰だったのかも含めて、一切開示しないとの一点張りです。見れば解るとも」
「あの三人がそう言ったのだ、それ自体に意味があると考えるべきなんだろうけれど、それでは大統領になんと報告していいものやら。手を出すな、敵に回すな、逆らうな――何も伝えないと言うことは、即ち『定義するな』ということでもあるんだろうけれど……」
警告にしては漠然としすぎている。
手を出すにせよ、敵に回すにせよ、あるいは逆らうにしたって、相手が誰かわからなければやりようもない。
見れば解る。
それは外見的な特徴が有るというわけでもあるまい。
「あの三人が定義を避けたと言う事は――ですか」
「ああ。『定義してはならないもの』として定義されているものなんて、この国では一つしか無い」
即ち。
「あの三人は聖竜を、それと気付かずに監視しはじめてしまい、どころか敵に回しかけたのだろうな」




