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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
124/151

124 - にどとやらない

 4月下弦23日。

 砂漠からアニスシティへと帰った翌日、の昼頃。


「ヨウコウ、いいかな?」

「ああ。なんだ、昨日の内に用事は済ませたのか」

「うん」


 というわけで、もう一つの目的、アニスシティのスキャンを進める為に、隣の部屋に宿泊しているヨウコウを連れて宿を出る。

 見ずに困ることは無いとは言えど、一応砂漠は砂漠だからな。


「日傘とか、要る?」

「いらねえ。なんなら雨傘もオレはあんまり使わねえな」

「そうなんだ」


 メーダーでは傘が比較的一般的なアイテム……なんだけど、それでも使わない人は使わないんだよね。

 せめてもの代わりにということで麦わら帽子をはい、と手渡すと、ヨウコウは少し考えてから頭に乗せた。

 ……なんだろうな、無難に着こなされてしまっている。


「ヨウコウって」

「ん?」

「基本、モデル体型だよね」

「もでるたいけい?」

「スタイルが良いってこと」

「あー。筋トレしてるからな」

「なるほど……」


 それで引き締まって……うん?


「なるほど?」

「何だよ」

「いや、なんで筋トレしてるのかなって」

「何でもなにも、職人ってのは体力勝負だからな。そこらの駆け出し冒険者よりかは体力がなきゃ務まらねえんだよ」


 ふうん……、健康なのは良い事か。

 そしてこれもまた専門職だな、と改めて思う。

 じゃなきゃ僕がここまで来てないか……。


「ちなみにアバイド。お前が砂漠でやることって、結局何なんだ?」

「そうだね。ヨウコウには知らせておくよ」


 丁度アニスシティから出たところで、そんな問があったので、丁度いいしと日傘を僕は持ち上げる。


「僕が持っている技術の一つで」


 光輪術を発動、光輪を停止させて発生……その光輪の内側に傘の先端を差し込むようにして、あとは勢いを付けて投げ込むようにしてやれば、光輪によってスキャンされた傘は消滅した。光輪を消して、と。


「こういうものがある。『光る輪っかを産み出し、輪っかが通ったものを読み取る』ってのが肝要だ。今回は輪っかを固定しておいたけど、普通は輪っかの方を動かす事が多いかな?」

「傘が消えたな。輪っかで読み取る……? もうちょっと詳しく、その辺は言えるか?」

「読み取った者は僕の中に情報として残っていてね。その情報を元に、こうやって――」


 もう一度輪っかを、今度は地面に乗るように産み出す。

 その輪っかの上に、先ほどスキャンによって消滅した傘が復活した――光輪術による通常出力だ、光輪術を行使している限りはこれでも使える。

 錬金術で復元するのと違って、光輪術を解くと消えちゃうけど。


「出力するってのが本来の使い方。オリジナルは消えちゃうけど、何度破壊されてもすぐさま作り直せるってのは間違い無く利点だけれど、それ以上の利点として、自分のリソースが足りているならば複数を出力できる。元が一つでも十個、二十個にできるって言えば結構便利なのは解るかな?」

「そりゃ便利だな。……ふうん。読み取るって言うのは、つまり道具を魔法的に解釈しちゃうと。だからこそ、魔法として出力できるようになる」

「それが近いね」


 というか、殆ど正解だ。


「でも、本来の使い方って言ってたな。それは?」

「この方法で出力した場合、当然だけどこれを解除すると出力したものも消えちゃうってことが問題でね――利点としても使えるけれど、今回の目的からすると欠点でね」


 光輪術を解除――直後、傘がかき消える。

 それをヨウコウも見て頷いたのを確認して、いつも持ち歩いている鞄からフルテオソフィマテリアルを取り出す。白いと言えば白い、銀色と言えば銀色の、そんな奇妙な結晶体。


「けれど、僕が持っている別の技術とさらに掛け合わせると、それが解決できる――」


 神智術側の領域内に用意された『図鑑』から、先ほど光輪術でスキャンしたばかりの傘のページを参照。傘に関する部分だけ別の図鑑としてコピー、コピーして作った方の図鑑をフルテオソフィマテリアルに代入し、錬金術で成形――っと。


「ほらできた」

「…………」


 完成した元の『傘』を見て、ヨウコウは黙り込んだ。


「分からない事が大半だとは思うけど、いちいち解説をしていたら時間がいくら合っても足りないからね。今はこれで納得してくれると有り難い」

「そりゃいいよ、別に。オレだって全部が理解出来るほど頭は良くねえから。ただ……。まさかお前がするのって、アニスシティを丸ごと読み取る……ことか?」

「ご名答と言っても良いほどだけど、少しだけ違う」


 いや、実際大正解に近いんだけれどね、それ。


「アニスシティをそのまま読み取ろうとすると、アニスシティで暮らしてる人も全部読み取っちゃう。この技術は生き物だろうが何だろうが、読み取りそのものはしてしまうから――消し去ってしまうから――、街をそのまま読み取るわけにはいかない。だから今、僕達は砂漠に向ってるんだよ」

「…………?」

「手順としては、砂漠にアニスシティの建物だけを別の方法で再現する。それを輪っかで読み取って、跡地を整地したらおしまい、ってこと――けれどまあ、お察しの通りこれには凄まじい負荷がかかる。だから倒れる前提で、ヨウコウに助けて貰おうって言う算段なわけ」

「なる……ほど……?」


 何がしたいのか理解は出来たがどうやるのか納得は出来ない、そんな様子でヨウコウは曖昧に頷いた。

 いずれはヨウコウも錬金術を習得するのかな――いや、ヨウコウは自らの技術できちんとやるか。


 というわけで、ある程度砂漠を進み、何も無いような砂漠の真ん中。


「この辺で良いか」

「……何もねえけど」

「だから丁度いいんだよ。ヨウコウ、手を」

「ん?」


 ヨウコウの手を取ってから重力操作――無重力状態にして、ジャンプ。

 ふんわりと。

 砂漠の空へと、僕達は飛んだ。


「……ってあれ、ヨウコウは結構落ち着いてるね。いきなりだったから慌てる人の方が多いかなって思ったんだけど」

「まあ驚きはしてるが、慌てて手を離すとなんか大惨事になりそうだからな……」

「ソレは大丈夫だけど、その懸念だけで心を落ち着かせるって大概すごい才能だと思うよ」


 本当に、掛け値無しに。

 妙な感心をしながら、ほどよい高さになったので重力を均衡させてぴたりと停止。

 アニスシティを視認、マテリアルとして認識。

 同時に砂漠の砂や僅かな草木をマテリアルとして――品質値を固定する『白』の鼎立凝固体を特異マテリアルに追加、これで錬金術を実行。


 ふ ぁ ん 、


 と、大きな音を立てて砂漠に、アニスシティをそっくりそのまま複製したものが完成。

 ヨウコウを抱えて重力操作を一旦解除、例によって自由落下である程度降りて、最後はすっと着地。

 相変わらず動じないヨウコウだった。


「街ができてやがる……」

「ほぼ――だけど、アニスシティをそのまま転写した。これを輪っかで読み取るのが目的だったのさ」

「なるほどな……うん? アニスシティをまるごとってことは、工房もか?」

「そうだよ。工房の機材も全部――まあもっとも、そのままで使えるワケでもないんだけど」


 電気はまだいい。インフィニエの杯で一発だ。

 あとはガスと水道……、水道も最悪、清浄化する道具はあるし、下水管理も全部錬金術で済ませることはできるんだけど、アニスシティの配管にあわせてなんとかするのが面倒だな。面倒なだけでこっちはいい。


 問題はガス周りだ。インフィニエの杯をガス変換する……? いやそんな道具はないな。けれどリソース変換っていう発想自体はある、電気を魔力にしたり魔力を電気にしたり。その一環でどうにかならないかな?


 錬金術というよりかは神智術の発想になるかもしれないけど――ふむ。

 いくつか確認してから実行した方が良いかもな。


「じゃあ、そろそろ取り込みを始めるよ。完了したら倒れると思うから、その後はアニスシティの宿まで運んでね」

「ああ。任されたよ」


 ヨウコウの同意も得たので、光輪術を行使……する前に、複数の応用を絡めてやる。


 今の僕に無理なく展開できる光輪は精々直径三十メートルと言ったところだ。

 それを無理矢理広げる。

 広げて、広げて、広げて、広げて、そんな応用を何度も絡めて――アニスシティを覆いきるような大きさの光輪として、空に顕現させる。


 もうこの時点でなんだか意識が押しつぶされそうな、重たい感じがするけれど、後は光輪を空から地面へといっきにおろし――『地下十メートル』ほどまでの深さまでアニスシティをきっちり取り込んだら、光輪を再び空に戻し、なんとか続いている意識のなかでぽっかりと空いた穴に地面を再生成、完了。


「あー……でもこれ、にどとやらない……」


 頭痛いし。

 身体も痛いし。


 光輪の展開を解除すると、これまでずっしりとのしかかっていた重しが全部かき消えて。

 けれど、案の定、意識は保てそうに無い――


「――輪――聖――……」


 途切れゆく意識の側で。

 ヨウコウが何かを呟いていたことだけは解ったけれど、聞き取る事はついに出来ず。

 意識を、手放した。


    ◆


「光輪……聖竜の伝承ねえ……」


 ヨウコウは呟く。

 目の前で起きた事はまるで理解の範疇を超えていたけれど、その側で倒れ込む全ての元凶を視線に捕らえて、二度三度と頷きながら。


 全ての元凶としての少年は、前々から訴えていたとおり、本当に無理をしたらしい――こんなにも『無防備』なその少年を、ヨウコウは見たことが無かった。

 ただ、そうでなかったとしても、その少年はヨウコウにとって『初めて見る少年』だ。


 奇妙な話ではあったが、彼女がまだ熟練にはほど遠いとはいえ才能に恵まれた職人として持ち合わせた鑑識眼は、目の前で倒れ込んでいる少年を直前まで会話していた少年とは別物だと、訴えかけていた。


 別人では無く別物として受け取るあたり――彼女の鑑識眼は、本物だった。


「アバイド・ヴァーチュ――偽名かな。親父は気づかなかったのか? いや……」


(――オレも今ようやく気づけたんだ、親父に非はないし)

(――そもそも、偽名だろうがなんだろうが、これは……)


 言葉にはせずに思考を回しつつ、それでもヨウコウは頼まれたとおり、その少年を担ぎ上げた。


 その身体は軽く。

 ただの少年と言われれば、信じ込みたくもなる。


 聖竜の伝説は、メーダーにも存在するが――その伝説はやや、他国で伝わる者とは異なっている。

 そもそもメーダー以外の国家において、聖竜とは災害そのものである。

 世界を揺るがすような大災害と共に常に観測されることから元凶とも表現され――その姿は概ね、『光輪』を纏ったドラゴンとして表現される。


 一方、メーダーにおいて聖竜とは、光輪を操り破壊と創造(スクラップ&ビルド)を司るとされる執行者である。

 災害と共に観測されるという点では似通う反面、大災害の元凶とは逆――大災害の救済として現れる存在だ、という伝承が多い。


 そして今。

 ヨウコウは、その片鱗を見たと感じていた。


(たぶん自覚はしてねえんだろうな――他の連中も気づいていない)

(当然、オレが気づけたのはオレが優れていたからじゃあない)


 少年を担ぎ。

 その軽い身体の体重を感じながら、ヨウコウはただ思う。


(オレは見たから――そうだと気づけただけだ)


 光輪を操り、物を消し去り、物を産み出す。

 そんな魔法は存在しない。


 けれど少年は、確かにそれを使いこなした。

 当然のように――あくまでも技術と表現した上で。


(どこだ)


 だからヨウコウはそう考える。


(こいつが現れたのは)


 それは直感でしかなかったけれど。


(こいつが『最初に現れた場所』は、どこだ)


 そこできっと、遠からず大災害が起きる。

 聖竜という存在が現れるに相応しいだけの、大災害が。


 クタスタの大水害程度の騒ぎでは無いだろう。

 ホウザの大火だってその程度だ。

 どんなに人が死に、自然が壊されたとしても――そこに聖竜が現れたという話は出ていない。


 この少年が聖竜として顕現するような災害は、まだ起きていない――だからこそ、それが起きてしまうとしたら、きっと最初に少年がいた場所だろう。


(いや――それはおかしいんだ)

(最初にこいつが居た場所と考えると――こいつは『何も無い所に突然現れた』ことになる)

(ならば、こいつが聖竜としての技術を会得したその場所と考えるべきか)


 けれどヨウコウの思考は実に正しく――『何も無い所に突然現れた』という経歴を、しっかりと第一感として読み取っていた。


(考えろ――思考を止めるな)

(オレはどうするべきだ?)


 ヨウコウの見立てでは少年が聖竜で、少年にとって最初の場所で、大災害が起きる。

 もしもそれが正しいならば、少しでもその災害を軽減させるために、最初の場所に戻すべきでは無いか?


 けれどそれはヨウコウの見立てでしか無く、確固たる証拠も無い。

 ただ漠然と『聖竜』を連想しただけであって――実は、ヨウコウが知らないだけで、光輪を利用する魔法がどこかで産み出されたのかも知れない。


 見立てが正しかったとしても、本人が自覚しているかどうかは怪しいし――だとしたら、最初の場所を聞いたところで答えて貰えないのでは無いか。

 いや、答えて貰えないだけならばまだ良い。機嫌を損ね、どこかにふらふらと消えていってしまうのでは無いか――この少年にならばそれは容易だろう、そしてそうなったらヨウコウでは探し出せないだろう。


 何も言わずにあるべきか。

 それとも、リスクを負っても聞くべきか。


 幸い、ヨウコウにはじっくりと思考する時間が与えられていた。

 アニスシティに戻り、宿のベッドに寝かせつけて。


 ――ヨウコウは、結論を出した。

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