123 - 手に余るもの
4月下弦22日。
メーダー北部砂漠を突っ切ること三十キロ、特にこれまでと変わりの無い砂漠という景色が延々と続き続けているそんな場所。
「ここからがドア、か……」
洋輔から貰った位置情報によれば、陰陽の国ドアがまだ現実に存在していた頃、この場所にあった、はずだ。
現状では砂漠しか見えないけど。
結界らしいものもないし、特に干渉を受けている感じもしない。
ハイン湖の湖底神殿よろしく、結界で入り方が定められてるタイプというわけでもないだろう――ここには本当に何も無い。
ただ、
「…………」
近付けば近付くほどに、不調が強くなっている。
……メーダーでの不調、ちゃんと理由があったのか。
ちなみに不調といっても、まあ、身体がだるいとかそんな感じであって、それ以上ではない。
特に思考が纏まらないってこともなければ、魔法が発動しにくいとか、そういう実害も無い。
ただ――近付けば近付くほどに。
なんだか、領域の認識が、難しくなっているような……?
プラマナのアルガルヴェシア、旧バードは魔力を歪ませていた。
メーダーのこの砂漠、旧ドアは領域を歪ませているとか、そういうのもありうるか?
認識できる領域と実際の領域にズレが発生していて、それがだるさに繋がっているとか。
だとするとこの世界がリソースとしている領域というものには、精神と肉体のありかたに干渉する事になっちゃうけど……、まあ、それはそれで納得できる部分もある。
例えばそれは、領域の形が人によって異なる事や、領域を外して占有した時に発生する発狂……パニックという現象など、精神的、肉体的な変調を及ぼしているからね。
「ふうん……」
ま。
ドアの街並みに痕跡はまるで存在しないけれど、一応砂漠をゆっくりと歩いて進む。
以前聞いた話だと。
ドアが咎として滅ぼされた際、ドアは焼き尽くされた。
それが原因で、この砂漠が産まれた……なんて言っていたっけ。
もともと砂漠になりやすいような気候だったところで焦土と化したから、って考えるのが真相かな?
洋輔に聞いた方が早いな、この辺は。
暫く周囲を警戒しつつ歩いてみたけれど、残念ながら街の痕跡は既に残っていないようだった。
ただでさえ過剰に制圧されてたのに、年月も経ってるからなあ。
ワールドコールで修復……、は、修復するべきものがあるならばまだしも、今回はそうじゃないから、無意味だろう。
「となると……」
『より具合が悪くなる方向』へと進む……のが、今、出来る事かな。
自ら調子を悪くするというのも嫌な感じだけど、他に手も思いつかないので渋々進むこと、4キロほど。
視覚的な変化があったわけではない。
ただ、ここがゴールだと――妙な確信を覚えている。
「……なんだ、これ」
ぱっと見、そこは周囲と同じ砂漠だ。
けれどよくよく見ると、『砂漠が連続していない』。
砂の流れが不自然に途切れているし、微妙な高低差がそこかしこにある。
結界のように空間をすっ飛ばしている――けれど、結界が展開されている様子は無い。
偽装結界とも違うな、何だ?
ふと思いついて適当に石ころを生成し投げ入れてみると、石ころは何かに弾かれることも無く、まるで空間が連続しているかのように、けれど『連続していない砂漠』へと飛び込み、落ちた。ぼすっ、と、砂に埋もれる音もしっかり聞こえる。
槍を作り出して半分だけ差し込んでみる――特に異常なし、『連続していない砂漠』は、けれど『連続している』……?
僕が知らないだけで、これもまた結界の一種か?
明らかに空間が『飛んで』いる。それを説明するのは……いや、待てよ、なにも結界に限らない。
ゲート型の空間転移とかでも実現は出来る、かもしれない。
「だとすると……」
空間が飛んでいる境を沿うように、槍の柄でラインを引いていく。
綺麗な円形……かな?
ぐるりと一周回って、最初にラインを引き始めた地点へと帰ってきた。
ただ、僕が敷いてきたラインは『左右』にはある程度続いて見えるけれど、正面の奥には見えない。
また、『左右』に見えるそのラインも、かなり手前の方で途切れて見えなくなっている……。
魔法で綿毛のようにふんわりとした感触の、緑色の強い灯りを円周の真上に産み出して、ラインに沿ってその光をどこまで認識できるかを確認……、うん、すぐに見えなくなるな。で、ラインから外側へと離れると光は案外見える、と。
光の下に戻り、光を消す。
次に槍を釣り竿に変換、リールは魔法も絡めた特別な道具として『ふぃん』と錬金。
本来は釣り糸ではなく裁縫用の糸などに付与する性質なんだけど、『魔力を込めると糸がその分増える』という延長効果で、消耗する魔力量がとても少ない上、集中力に依存する方の魔力だから実質無限に伸ばせる糸になる。
今回の釣り糸にはわざとらしいグラデーションをつけ、また長さの目安になるようにメモリも付けておいた。
あとは適当に重し代わりの疑似餌を付けて、『理想の動き』で釣り竿を振る――釣り糸はひゅんっ、とラインをまたいだ向こう側へと飛んでいき、しかしラインを越えたような越えていないような、そんな目と鼻の先に疑似餌はそのままぽとんと落ちた。
なるほど。
釣り竿などをまたふぁん、と錬金術で適当な棒に変換し、その棒に僕のミスティックで適当なテクニックを刻みつけ、円周から導き出した中心へと投げ入れる。
ひゅん、と普通にとんでいったそれを見て、ミスティック、『インディケート・スペシフィク』を有効化。
特定の対象の位置を知るというその魔法で、指定したのは先ほど僕が作った『テクニックが刻まれた棒』――、うん、反応あり。
ただし、反応は十二キロ先、正面方向。
と言う事は……、ライン上を円周の三十六分の一ほど歩いて、別の棒を作ってテクニックを付与、同じように投げ込んで追加で『インディケート・スペシフィク』――うん、これも十二キロ先。
ただし、一つ目の棒と二つ目の棒の距離がかなり離れている。
円周上から円の中心点に向けて投げているのにこうも距離が離れている。
そもそも、ライン……円の直径はおよそ五キロほど。
空に設置しておいた光も円周に遮られる位置に行くと見えなくなったことを考えると、この砂漠のギミックは、『直径五キロほどの柱状に何かが展開されている』『厳密には円柱では無く十六角以上の頂点を持った角柱』『各面は触れた面から十二キロ先の正面に一方的に空間を繋げている』――ってところ。
柱は無限に伸びているとも思えない反面、地中にもしっかりこの効果は展開されているようだから、この内側に入るのは至難の業だな……。
で、結果だけを見るならば結界に似ているけれど、結界とは別物だ。結界と比べてあまりにも膨大なリソースを使っているんだろうな、それにやっていることも高度だと思う。ただ、普通なら偽装結界でいいよねってなるだけで。
それを知らないで作ったのか? いや、偽装結界ではダメだという理由があったとしたらどうだろう。
実際。
結界ならば力業で破れるけれど、『空間接続』とでも言うべきか、この技術は力業で破ろうとすると空間そのものを引き裂く程度の力は最低でも必要だし、それでもまず足りないだろう。
これを破壊しようとすると……どうするべきなんだろうな。
『魔法破り』の指輪で吸収してしまうとか?
一時しのぎにはなるかもしれないけど、この『空間接続』っぽい魔法、自己修復機能がついてないって考えて良いのかな? ……駄目な気がする。
だとすると、魔法破りの性質を持たせた指輪で一気に全部を消すことができればそれでなんとかなっても、一時的に一部を消すとかだと、移動してる最中に空間接続が復活して身体が真っ二つなんていう大事件も起こりうるよね。
空間系の魔法を洋輔や冬華があまり研究しないのはそれが理由だし。ちょっとでも不安定になると大惨事になると。
その点光輪術を利用した逆説置換の疑似転移とかならば予め指定された範囲ですり替えるものだから安全なのだ。僕には使えないけど……。
うんまあ。
要するにこれ、僕だけでは突破できない。
位置的には陰陽の国ドアの中心地帯……、恐らく『黒床の神子』がいた祭壇はこの内側にあったんだろう。
で、咎を焦土化するにあたって逃がしてしまった――逃がしてしまったかもしれないという危惧から念入りに焼き討ちした後、半ば封印するかたちでこんなものを設置した、ってあたりかな?
あるいは黒床の神子がいた神殿そのものを、現在進行形でこの内側に隠しているのか。けれどその場合、異界という表現がやや違ったニュアンスになってしまう……。
それでもその線をとるならば、この世界の内側、この空間接続の内部に、別の世界を作り出しているって解釈かな? 内側と考えると微妙にニュアンスは違うけど、『上書きするように』と考えれば……、どうだろう。
あながち間違いでもないと思うけど、しっくり来ないんだよな……。
……渡鶴で再現観測、できるかな? 微妙な線じゃない?
けれど他に手が思いつかないっていう……、他に選択肢が思いつかない以上、洋輔に任せるしか無いんだけど……。
なんか負けた気がするのが気に入らない。
単に気に入らないというだけで、それ以上の何物でも無いんだけど……。
「にしても、これほどとなると――」
何の魔法を使って実現しているんだろう。
マジックやミスティックで実現できるとは正直思えない――軍事魔法の要領でやったとしても、ここまで完璧な空間接続ができるとは信じがたい。
空間接続は。
僕と洋輔、ソフィアと冬華の四人が全力を挙げても尚、実現できなかったのだから――呪文による書き換えを利用したものだって、理論上は可能ってだけで実現したことは結局無いし。
そりゃまあ、僕達が習得していた一連の技術がそもそも空間接続に向いてなかったと言われればそれだけだし、実際ソフィアも『それに特化した技術形態もありそう』みたいなことを言ってたからな……、この世界の何らかの魔法がそれに該当しているというだけの事かも知れない。
あの吟遊詩人、占星術士がやっていたことも、見ようによっては空間への干渉だし――あれはどちらかというと時間とか因果とか、その辺に干渉してそうだけど。
時間に干渉する者があるならば、空間に干渉するものがあってもおかしくは無い……。
占星術に並ぶような技術となればやっぱり月の魔法かな?
そう考えるとある種の自然ではあるのだ、この中に黒床の神子たちがいたあの神殿のようなものがあったとして――月の魔法による緊急避難を行った、それによって外界からの侵入を拒むこの空間接続が実現したとか。
この空間接続によって閉ざされた内部に、ドアの黒床がある可能性――やっぱり否定は仕切れないんだよな、けれど肯定も難しい。
ドアだけではなくバードが巻き添えを食らった、という事実がある以上、ドアだけが閉じ込められているとは思えない……となると、その部分とは別だと考えるのが良いのか?
空間接続はドアが時間稼ぎに展開したもので、その時間稼ぎをしている間に現実世界から逃亡を謀った。それによって異界にドアの黒床の神子に連なる者達は逃げ込み、それに引きずられる形でバードも異界へと閉じ込められた……、とか。
だとしたら第二の咎、ドアを攻め滅ぼしたとき、この空間接続はあった事になる。それについて一切記録が無いのはおかしい……、こんなあからさまに怪しいものがあったなら、真っ先に記述するだろう。そりゃオフレコなんだろうけど、だとしてもだ。
ならばさらに順番が逆と考えたらどうだろう?
第二の咎、ドアが逃げるための時間稼ぎに空間接続を施したのでは無く――ドアが『逃亡した後』、ドアを滅ぼした側である全世界の勢力が、黒床の神子を取り逃した事を隠蔽するために、空間接続を施した、とか。
この線は割とアリだな……、いや、空間接続をじゃあどうやって実現したんだ、って疑問が出来ちゃうんだけど、軍事魔法程度では無理でも、『世界規模』で共同した魔法でならばあるいは可能なのでは無いか。
だとしたらこの魔法を統括した人間は、それこそ魔導師なんて言葉では生ぬるい。賢者とさえ――賢者。賢者ね。
「…………」
咎には罰を、そして禊を――か。
サトサンガにあった湖底神殿や地底神殿。
あれを規準に咎に対する禊を計算していたけれど、どうやら間違いだったかな――この空間接続のほうが禊の規模的には正しいのかな。
サトサンガの神殿も結局、聖竜になにか関係してそうだ、ってことくらいしか分かってないわけだし。
だめだな、謎ばかりが増えていく。
空間接続で閉ざされた内部を洋輔が観測しきってくれたならば、少しだけ話は進むんだけど……。
……洋輔が渡鶴を使っても解らないならば、僕でも無理だろうし。
時間をかけて調べるにしたって、特にアプローチも思いつかないんだよね……。
「今のところは、任せとくしかないかぁ……」
結局。
結論はそれから変わること無く、僕はアニスシティへと戻るのだった。
◆
「ギルドマスター。碌でもない報告が入りました。報告したく有りませんし、聞きたくも無いでしょうが、聞いて貰います」
「そこまで念を入れるとなると大事だね。なんだい、大統領閣下が暗殺でもされたかい? それともクタスタなりアカシャが攻め込んできた?」
「北部砂漠空間途絶地帯に何者かが侵入を試みた形跡があると報告が」
「…………」
「『何者か』の数や特徴は不明。半日ほどで結局は諦めて去ったようですが……、その半日間、空間途絶地帯の観測部は侵入を試みていることにすら気付けなかったと口を揃えています」
「トップチームのチームアップと派遣を急いで。大統領には私から話をつける。報酬は後で計算するけど、最優先で対処させて。最上級の強制命令だよ。空間途絶地帯を万が一にでも侵されたら、最悪の事態になりかねない――」




