122 - ジュレン
4月下弦21日。
メーダー北部、アニスシティ。
大規模なガラス工房『ドンケルハイト』を抱えるその都市の規模は、これまで僕がメーダーで見てきた街の中ではむしろ小規模な部類で、人口は多くても千五百程度だろうか?
都市部の単純な広さで言えば半径七キロの円形に収まっているなど、決して大きな街とは言えないだろう。
とはいえそれは街としてみた場合。
実際にはこのアニスシティ、『ドンケルハイト』という工房をまず最初につくって、その周りに住居や必要施設を揃えたらこうなったって感じの構造になっている。
つまりは街ではないのだ、工房とその周辺施設、そんな表現が最も近しい。
「奇しくも――か」
「え?」
「なんでもないよ」
そんな街に到着し、馬車を降りてのつぶやきにヨウコウが反応したけれど、適当に誤魔化しておく。
奇しくも。
この街は、キヌサに設置したい街、そのものと言っても過言ではない。
とはいえ、半径七キロか……、滅茶苦茶無理すればまあ、なんとか一度くらいは行けると思うけど、実行した後倒れるだろうな。
倒れると分かっているならば対処も出来るし、問題ないと言えば無いんだけど。
「一応聞いておくと、ヨウコウ。この街の近くにかなり広い、開けた空間とかの心当たりはある?」
「かなり広い……って言うと、どのくらい?」
「この街が丸ごと何個も入るくらい」
「それならアニスシティの南に広がってる大砂漠くらいか……。あそこはメーダーの砂漠でも一番広いところだし」
「ふむ」
その砂漠は砂漠で調べなきゃいけないやつなんだよな、よくよく考えてみると。
陰陽の国ドアがあったはずの……場所。痕跡が残っている可能性は限りなく薄いだけで、まだ無いとは言い切れない。
となると、順番は砂漠の調査、アニスシティの複製、光輪術による取り込み、か。
「ヨウコウ、悪いんだけど宿を取っておいてくれるかな。僕とヨウコウの二部屋、お金はいくらでもあるから贅沢して良いよ。宿泊日数はとりあえず5日間」
「思ったより長居するのか?」
「長居するって言うか、調べたいことが少しあってね。ついでだからちょっと休憩も挟もうかなって」
「ふうん……ま、良いけど。その間オレは同行した方が良いよな?」
「別行動で大丈夫だよ。僕としても、ちょっとだけ街を離れるタイミングがあるからさ」
「街を離れるって……砂漠に行くつもりか?」
何も無いぞ、とヨウコウは言う。
行ってみないとわからないよ、と答えると、自由だけどな、と呆れた様子でヨウコウは宿を取りに行ってくれた。
その間に軽く周囲を確認、監視は無し……かな。
監視を誤魔化したのは僕だけど、諦めが良いな――もうちょっと追加で監視を付けてくるかとも思ったんだけど、引き際が良い。
よっぽど上の判断があったと見るべきか……洋輔についでに調べて貰っても良いけど、あっちが手を引いたならばこちらから手を打つこともあるまい。
で、別の意味でも周囲を確認。具体的には建物の種別とか。
木造建築が多いメーダーだけど、この街は結構岩造りが多く見える。砂漠が近いというのが理由かな? あるいは工房に付随して、必要な者を後から継ぎ足しやすいようにという意味か。
尚、この世界では木材と石材のどちらもある程度魔法で加工できる。
ただ、石材はその辺から適当に作れる一方、木材を魔法で確保する術は殆ど無い。
方法が一つも無いってわけでもないけど、そんな面倒な事をするならば石材や岩で良いよねとなりやすく、その結果建造物の大半は岩造りが占めている……というのが世界的な認識だ。
ただ、メーダーにおいては木造建築が目立つ。
これは木材が比較的安く手に入ることと、『魔法を使わない加工や運搬』を考えると木材の方がまだしも容易だからで、比較的簡単な部類の『魔法』でさえも珍しいこの国ならではの事情と言えるだろう。
……何が言いたいかというと、『メーダーにおいては木造建築が主流』なのに、このアニスシティに関しては『岩造りが多い』という事。
これはこの街の建物が、少なくとも初期段階では『魔法』で作られていたという事を示唆している。
「メーダーの魔法使い……か」
ただ、それはマジックやミスティック、ロジックといった、僕が既に知っているそれに依るものだろう。『道具』というリソースを用いた魔法は、まだ見えてこない。
……うーん。
気を抜いたつもりは無いんだけどな――『道具』は単体だと魔法にならないのか?
ま、それはそれ。
周辺からこちらを見る目が無い事を確認してから、眼鏡に仕込んだ重力操作で無重力状態に変更してしっかりジャンプ、そのままふんわりと空へと飛んで行く。
ある程度の高さから街を見下ろし、全景を確認……、うん、『街』として全体をマテリアルに認識でき……るな、大丈夫だ。
配管とかもうまいこと認識できていると良いんだけど。
一度認識を切って、また重力操作を調整して自由落下し、地面にほどほど近付いたところで適度に減速、しっかり着地。
周囲の様子を再確認、特に誰も気にした様子は無い。
この様子なら空間整理がなくても大丈夫だったかな?
やらずに後悔するよりやって徒労を嘆く方がマシだし、やらないと言う選択肢もないんだけど。
後、この街には残念ながら猫が居ないらしい。
野良猫が来るにしては他の街から遠すぎるからなあ。かといって野生で猫が生息している範囲でもないようだ。砂漠が近いなら砂猫とかなら居るかとも思ったんだけど、砂漠も『近い』だけで面しているわけでは無いからなあ……。
仕方が無いので我慢だな、我慢。
そんな決意を丁度固めたところで、
「アバイド、宿は取ったぞ」
とナイスタイミングにヨウコウが戻ってくると、僕に片方の鍵を渡してきた。
「そこにある大きい宿で、セミダブルの部屋を二つ、隣り合うように取っておいた」
「分かった。ありがとうね」
「どういたしまして。で、この後の予定は?」
「砂漠での調べ事に一日か二日は使いたいな。その後僕の用件を砂漠で済ませるんだけど、用件を済ませるときはアバイドにも同行してもらいたい。砂漠っていっても、入ってすぐの所だけど、お願いできる?」
「同行って……オレはそれでもいいが、用件の内容は聞いても良いか?」
少し考えてから……頷く。
知らせないわけにも行かないんだけど、どう説明したものか。
「僕がとある魔法を使いたいんだけど、それを使うためには結構広い場所が必要なんだ。で、その広い場所として砂漠を使う事にした。ここまではいい?」
「ああ」
「で、その魔法を使うと多分反動で僕は倒れちゃうから、僕を回収して宿に運んで欲しいっていう主旨なんだけど……」
「反動で倒れる……? どんな魔法を使うつもりだ」
「説明するより、その時見てもらった方が早いよ。誰かに危害を与える類いの魔法じゃ無い事は約束する」
「ふうん……」
少し。
ヨウコウは考えて、けれど一度、深く頷く。
「まあ、良いだろ。わかった、オレの出番がきたら呼んでくれ。それまでは自由って事で良いんだな?」
「そうだね。早くても一日、実際には二日かかってもおかしくないから、適当に宿を拠点にゆっくりするなり、探索するなり自由にしておいて。当座の資金はこれを使えば良い」
金貨入りのお財布を投げ渡す。
その中身を見るなりヨウコウは一瞬表情を凍らせた。それほどの大金ってわけじゃないんだけど……まあ、それでも金貨千枚は入ってるからな……。
さて。
このまま砂漠に向ってしまうというのも考えたんだけど、いったんは宿に向い、フロントで僕の顔を認識しておいて貰う事に。
といっても軽く挨拶するだけでこれは完了し、用意された三階の部屋に到着。
「こっちの部屋が私。そっちがアバイドだ」
「本当に隣だね」
「だろ。何かあったら書き置きでも扉の隙間から投げ入れておいてくれよ」
「わかった。また後でね」
「ん」
ぱたん、と扉を閉じて中に入っていったヨウコウはさておき、僕も一旦部屋にはいって設備を確認。
ベッドはセミダブル、まあまあ普通。トイレとお風呂付きの、ビジネスホテルに近いシティホテルというかなんというか。
もっと贅沢してもいいといったのに、割と慎ましいのがヨウコウらしさか。
単に彼女の場合、『自分の欲求』以外には頓着しないってだけかもしれないけれど。
それはある種の職人気質なのかな?
と、思考が及んだとき。
ふぁん、と。
意識の外で錬金術が発動し、ベッドの上に一冊のノートが落ちてきた。
どうやら洋輔の方で何か動きがあったようだ――拾いつつベッドに横になり、まずは表紙を確認。そこには『報告』とだけ、見慣れた洋輔の筆跡で書かれていた。
表紙をめくって中身を確認――そこに記されていたのは、御屋形様こと『アイラム・ノ・キヌサ』を再現機、渡鶴によって観測した結果を纏めたものだった。
◇
アイラム・ノ・キヌサ。別名、アイラム・カーザフ。
カーザフ家は過去存在した古く尊き血の一つ、『ジュレン家』に仕えていた家系を本流とし、その功績から今のキヌサ領を与えられ、当時の次男がカーザフという家系を分家する形でノ・キヌサとなった。
本家にあたるカーザフ家そのものは、『古く尊き血』、ジュレン家が滅ぼされた際に共に滅んでいるが、この二つの滅びには微妙なタイムラグがあり、ジュレン家が滅ぼされる寸前、当時のジュレン家当主は己の滅びを目の当たりにして、これまでよく仕えてくれた――と、先祖代々手にしていた『瑠璃金の指飾り』の一つをカーザフ家に譲渡し、直後ジュレン家が滅亡、カーザフ家も当時のノ・キヌサに『瑠璃金の指飾り』と書状を送りつけた直後に滅亡している。
その書状に書かれていたのは、ジュレン家を守り切ることが出来なかったカーザフ家にこれを持つ資格は無い、そしてそれはノ・キヌサとして分家しているとはいえ、苦境にあって援護しなかったノ・キヌサにも言えることだという批難と、それでも今、カーザフ家の象徴とでも言うべきその指輪を持って良いのはノ・キヌサだけだとし、一時的に預けるから、より相応しい相手に渡せ――という旨。
以降、ノ・キヌサの一族はジュレン、カーザフ両家の生き残り――そうでなくとも貴種などが居ないかを探しに探し、今も探している。
そしてもし見つける事ができたならば、キヌサ領の総力を挙げてその人物を奉ろうとも――ただ、それはもはや絶望的だという自覚もあり、今の時代、つまりアイラム・ノ・キヌサは、既にジュレンもカーザフも諦めていたし、本来ならばそれを咎める役割だったはずの人物も何も言わなかった。
ちなみにその人物とは何を隠そうハイゼさんで、ハイゼさんの本名はハイゼ・ポルトスと言い、ポルトスという家系もジュレンに仕えていた家系にルーツがあるらしい。
要するに御屋形様はジュレンという古く尊き血そのものではなく、それに仕えていた家系であって、キヌサという領地は本来、ジュレンが緊急時に避難する場所として作られていたという背景と、現実的にはそれが上手く行かず、ジュレンは滅び、またカーザフ本家やポルトス家も滅んでしまっていたから、今のキヌサがある。
今のキヌサが戦闘を好まない癖に軍備はそれなりにしっかりとしていて、そのしっかりとした軍備をそれでも出来れば捨てたいと考え、他の古く尊き血からの干渉を嫌いながらも古く尊き血への干渉そのものは選択肢から排除しない――なんていう、勢力として迷走している理由は、だからこういったルーツにある、と。
洋輔はそう断定した上で、渡鶴を用いていくつかさらに調べ事もしてくれたようだ。
ジュレン家を直接的に滅ぼした人物や、間接的にそうなるように仕向けた勢力。
そしてそれらの証拠になり得るものが残っている場所――注意として、あくまでも渡鶴が再現した世界ではそこにあったというだけで、今僕がいる本当の意味でのこの世界でも実在するとは限らないこと。基本的には無視できる誤差だけど、流石に世界を跨いでの観測となれば、揺らぎが大きくなる……というのが洋輔の読みのようだ。
あとはこれらの情報に真実味をより強くするため、つまりは御屋形様たちにこの真相を伝える場合、相手に信じて貰うための特別な鍵になりうるものとして、過去、御屋形様達が経験した事のなかでも当時者しか本来は知り得ないような事件などのあらましが何点か。
こういう脇から締めていくというか、しっかり外堀を埋めていくのが洋輔らしいよな。僕だったら真綿で首を絞める方を選ぶだろう。どっちにしろ人でなしという気もするけど今更だしな。
で、最後のページにはこうも書いてある。
『ドアという国の再現も済ませておいた。再現上での正確な位置情報を添えておく』
添えられたのは地図ではなくいくつかの文字と数字。
これは……なるほど、指定された場所からの方角と距離で表現しているのか。こっちのほうが確かに正確だな。
「ありがとう」
普通には届くはずの無い声だけれど、きっと洋輔ならば聞いているだろうから。
まずはお礼を口に出して、僕はそのノートを錬金術でふぁん、と消す。
大学ノートという異物の存在は見つかると厄介だし、この世界にも翻訳系の魔法がある以上、やむを得ない処置だ。
中身は全部眼鏡に『情報保存』した以上、問題も無いから――ね。
で。
正確な位置がわかった以上、砂漠探索は一日あれば十分かな?




