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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
121/151

121 - ある種の福利厚生

「えっと……つまり?」


 クートに対して軽く事情を説明すると、クートは理解しきれなかったようで、小首を傾げて聞き返してきた。

 大雑把にもう一度答えるか。


「僕はクラに職人や工房を招くというのが目的でね。工房そのものはなんとか僕が用意して、人は奴隷商で揃える。問題の職人も、コージュさんの娘さん、ヨウコウ・コシンを招き入れる方向で調整が今のところ順調だ」

「うん……それはよかったな、って思うけど。奴隷商はどうかと思う」

「他に手も思いつかないしね」

「ふうん……それで? あんまりおれは関係なさそうだな、って思ったんだけど」

「そうだね。この先で、クートには選択肢がある」


 つまり、


「コージュさんはクートを養子として迎え入れても良いし、そうでなくとも保護者になってくれるそうだよ。セイバの工房、『新緑』で働くならばそれでもいいし、あるいは別にあてがあるならば、バジルシティで生活を続けつつ後見人だけ務めるという方法も不可能ではないって。だからこそ、クートには『コージュさんの保護を受ける』という選択肢がまず、一つ目だ」

「……バジルシティに帰るかどうかが選択肢じゃ無いんだ」

「うん。二つ目の選択肢は、いっそヨウコウと僕についてきちゃうってパターン――クラのキヌサ領に新設する工房の職人、責任者はヨウコウになるけれど、そのヨウコウとキヌサ領中枢との橋渡し役に近い役職が必要でね。もしついてくるなら、それをクートに頼もうかって思ってる」

「役職……」

「参考までに言うと、オレはクートとならばやりやすいな。もっとも他の人員が全部奴隷と考えると、オレたちについてくるのはそれほど勧められないか。クラは生活も不便らしいし」

「不便?」


 どういうこと、というクートの問いに、ふむ。


「下水道はあるけど上水道が無い。水を汲むためには魔法が使えないなら井戸を使わないとダメ。都市ガスが存在しない。火を使うときは薪とか炭でかまどを使う事になる。電気も存在しない。魔法で光を作れないなば蝋燭やランタンを使わないといけない――って所」

「うわあ……」


 それは辛いなあ、とクートは表情を歪めた。

 一方、この条件を訊いてもヨウコウはむしろ乗り気だった。

 理由は単純、そこがビジネスチャンスになるからで、メーダー、『新緑』との繋がりを利用してその手の設備投資を売りつけることができるかもしれない――と微妙に商人的な事を考えているらしい。


「おれは……その、確かにアバイドに恩もあるし。せっかく招いて貰ったならば付いていきたいっていうのも本音だけど、その環境で生きていける自信が無いなあ」

「クートが暮らす家だけでもその辺りを配備するのは? どうせ発電施設は作る、と言っていただろう、それを流用してやれば電気くらいは付くんじゃないか」

「そうだね、ヨウコウ。灯りは……、用意する電力量がそれなりに大きいから、問題ないかな。ただ、ガスとか水道はちょっと厳しいんだよね」

「オレなりの考えを言わせて貰うならな。そのあたりは無理をしてでも揃えた方が良いぞ」


 ……うん?


「確認するけど、キヌサって場所において、メーダーの一般的な生活水準って馬鹿高いんだよな?」

「うん。それは間違い無いね」

「その上でキヌサに新設する工房とそこで働く連中が住む街をメーダーの水準で作れば、クラの皆は度肝を抜かれるだろうな。その上で『そういう楽な生活がそこならば出来る』と知る――つまり、工房で働きたいと自ら売り込みに来るだろう。もちろん知識的な問題もあるし、使える奴はほんの僅か……つーかまずゼロだろうけど、将来的には『あそこで暮らすためにはこういう仕事ができなきゃいけない、だからそれについて学んでおく』って奴も出てくるだろ」


 ……なるほど。

 ごもっとも――そして真っ当な意見だ。


「良い生活ができる、良い職場としての……福利厚生か。ふうん」

「フクリコーセー?」

「って何?」

「いや、通じないなら良いよ」


 専門職になるからこそ、他の場所より質の良い暮らしを。

 そこで暮らすためにはそこで働けなければならず、そこで働くためには知識が必要……うん、地球上でもちらほらとあったな、こういうの。

 それに最初の異世界における学校も近いか。


 ただまあ、そうするとなるとインフラをどうするかって話なんだけど。

 ……随分前にコロニー艦を迎えたときにでっち上げた拠点、あれを流用するか?

 コロニー艦の場所に工房を置けば……、いや、却下だ。この方法だと後々のメンテナンスが利かない。


 となると。


「ヨウコウ。ちょっと質問」

「なんだ?」

「『工房が一つだけある』、そこそこ大きい街って思い当たる?」

「うーん。アニスシティとか? ガラス製品最大手工房の『ドンケルハイト』があるはず」

「でも、アニスシティって遠い……ような?」

「陸路だとな。川伝いに海に一度出て、そこから高速船を使えば七日とかからない」


 ふむ。クートも知ってる程度には大きな街と。

 で、船便を使えばそれほど時間もかからない……か。


「となると問題は僕がどこまで頑張れるかだけれど……」


 ……街の規模次第だな。

 あるいは一度無理をすればなんとかなる程度かも知れないし、どうしようもないかもしれない。その辺は現地を実際に見ないといけないか……。


「ま、行くしか無いか。ヨウコウ、悪いんだけどアニスシティまでの足を確保して貰っても良いかな。ヨウコウにも付いてきて貰いたいんだよね。設置する工房施設の確認もしたいし」

「うん……? まあ、良いけどよ。クートはどうする」

「おれは……」


 クートは、少し目を細めて。

 軽く、首を横に振った。


「おれは工房で働けるほど器用じゃ無いって、自覚があるから。アバイドに付いていった方がいいのかもしれないとは思うんだ。ただ……、クラの生活がそこまで不便なら、それはそれで困るし」

「街全体がどうなるかどうかは現状僕にも未知数だけれど、最低でもクートとヨウコウが暮らす家くらいはメーダーの水準に合わせるよ」

「うん……」


 まあ。


「今すぐに答えを出す必要は無いよ、クート。一旦僕はヨウコウとアニスシティに行ってくるけど、少なくともその後一度、セイバに戻ってくる。七日で行って、向こうでちょっとやることをやって、また七日で帰ってくるって考えると……一弦と少しくらいかかるか。その間、とりあえずはこの工房でコージュさんと一緒に生活してみるといい。それでなんとかなりそうならばセイバに留まるもよし、どうも上手く行かないようなら僕達についてきてみるもよし。選択肢は多く持っておいたほうがいいよ」

「……そうだな。うん。そうさせて貰うよ」


 じゃ、方針はそれでいいか。


「てことは、アニスシティまではオレとアバイドの二人旅か。海までの川下りは『新緑』の船便をいつでも使えるし、高速船の予約を入れてくるよ。少しこの街で落ち着いてからにするか? それとも、できる限り早く?」

「任せるよ。とはいえ無駄に時間は掛けたくないけれど」

「オレはどっちかというと急ぎたいからなー。じゃあ可能な限り早いのを抑えてくるから、アバイド。悪いがいつでも出られるように準備しといてくれ」

「うん。お願いするね、ヨウコウ」


 言うなりヨウコウは素早く部屋から出て行った。

 よっぽど早くこの街を出たいようだ……。


「……それにしても、ヨウコウ姉ちゃん。かわんないなあ」

「昔もあんな感じだったの?」

「ハッキリは覚えてないけどね。おじさんよりかは、まだ記憶に残ってるよ。遊んでくれた……、くれた……? まあ、くれたし」


 なるほど、それは大きな差か。

 遊んでくれるかどうかって、子供にとってはとても大きいことだし、想い出や印象に強く反映されても自然だ。

 ……まあ、クートの望んだ遊びにはならなかったと見るけど。


「ねえ、アバイド。クラってどんなところ?」

「そうだねえ。常に半分くらいで内戦が起きていたり、内戦が表向きは無くても間者の出入りが激しくてそれを摘発するのが忙しかったりする国かな……そのくせに、不思議と自然が多くて穏やかだ。ほとんどは良い人だし、だからこそなんで内戦ばっかりやってるのかなあなんて思うようなところ」

「ははは……なんか行きたいような行きたくないような。内戦かあ」

「そういう意味でも――しっかりと考えておいてね。クートが来てくれるとすると、クートの住居はキヌサの重要施設だ。戦火からはかなり遠い、比較的安全な場所だけれど、キヌサが崩れるような事があれば戦火は届いてしまうってリスクはあるし、直接戦火が届かないにしても、そういう話はかなり身近になると思う」

「…………」


 そしてそれらはメーダーで暮らす限り、きっと縁遠いものとして一生を終えることが出来ることだ。


 僕が見てきた範囲で。

 クートという人物は、その手のものに耐性が薄い。

 きっと慣れるまでには時間が掛かるし、慣れる頃には心が荒む。


 その点、ヨウコウは大丈夫だ。

 彼女は良くも悪くも自分の欲求に素直だし、そのために他の犠牲はそれほど厭わない。

 事故を起こせば謝るくらいの常識は持っているけれど、自分の欲求の結果その事故が起きると解っていても、欲求を優先するタイプ――僕に似ているのだろう。


「アニスシティから帰ってきたら、改めて聞くけれど。その時、クラに来ないという選択を取るにしても、かならずしも『新緑』やバジルシティにしか選択肢が無いわけじゃ無い――ってことは、覚えておいてね。もしもクートが望むならば、アカシャに顔が利く知り合いがちらほらといるから、そっちにも送れる」

「……うん。ありがとう」


 どういたしまして、と握手を交わして――きっとクートは、既に一つの方向性は持ってるな、と感じる。

 その上で、一弦少しという期間でしっかりと考えるつもりのようだ。


 僕に足りないものをクートは持っている。

 それは少しだけ、羨ましかった。


    ◆


「……見失った?」

「はい。現場から報告がありました」


「ふうん。……へえ。全員が全員、一気に見失ったってこと?」

「その問いへの解答は、『はい』であり、『いいえ』です。そもそも厳密に、いつ頃から監視が解けていたのかも解答が出せません」


「何があったのか、端的に説明してみて欲しいんだけど」

「アバイド・ヴァーチュの監視をしているつもりで、いつの間にか別の監視役を監視していた。魔法や道具の対象が遷されたというだけの話ではありません。技術による単純な監視でさえも、いつの間にか別人を監視していたとか――しかも、『別人を監視している』と自覚していない様子です」


「……干渉があったと見るべきだよね。まず間違い無く魔法的干渉だ」

「同感ですが……、いくら魔法であろうとも、魔法の対象を入れ替える、それも術者に認識をさせず。これでも難しいはず――ましてや魔法の外、道具や技術によるそれにさえ適応するとなると、実現性に疑問が浮かびます」


「だからこそだよ。魔法を使わずにこんなことができると思うかい? というか思うなら、是非とも習得してくれない?」

「無理です」


「やれやれ。……しかし、となると今、アバイド・ヴァーチュがどこに居るのかは不明なのか」

「はい。いつ頃から『対象』がズレていたのかも分かりません、現状ではどことも断定しかねます」


「じゃあ勘で良いよ。どの辺にいると思う?」

「相手の目的がわからない以上、勘も働きません。まあ多分、まだメーダーにいるとは思うんですが」


「そうだね。それでさえも怪しいものだ――厄介な。アバイド・ヴァーチュ、アバイド・ザ・イレイサー。消し去る者(ザ・イレイサー)の称号を与えられるだけの『何か』は確かにあるのか。……数で押したのは失敗だったかな? 相手側に気づかせてしまった」

「質でも気づかれていたでしょう。時期がずれるだけです――まあ、その時期のずれで得られたものもあったかもしれませんが、そんな『たられば』に意味は無い」


「その通りだとも。……そうだね、できることをやるとしよう。出国者名簿の監視」

「既にその手配は済ませました。人員をかなり割くことになりますが、やむを得ません」


「貿易系の監視はどうだい? 手が届くかな?」

「無理をすれば届かせることはできますが、転んだときに付く手がなくなります。推奨しません」


「そうだね。転ばぬ先の杖もないことだ、万が一転んだ時のために庇う手は必要か。……うーん。でも全く手を打たないわけにもいかないなあ」

「商人会を動かしますか?」


「……最終手段だね、それは」

「はい。これも推奨しません。既に我々は『失敗』し『敗北』した。それを受け容れ、今はこれ以上の不利益を被らないように気を遣うべきかと」


「そうだね……それが正しい選択だろうけれど、ソレとは別としてキミ個人の考えは?」

「どうやってもめんどくさい事になるから見なかったことにしたい」


「ぶっちゃけたね。……けれど、それは難しいかも知れないよ」

「はい?」


「アバイド・ヴァーチュがこのまま、我々の想定外の方法で『帰ってくれる』とは限らない。監視をつけたこっちに、それとなく脅しに来てもおかしくは無いって事――」

「……周辺地域の早期防衛部隊を固めます」


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