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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
120/151

120 - 金で解決できるものと

「なるほど。また大きな内戦が起きる事がほぼ確定していて、それによって商人会の流通網の破綻が目に見えている――だからこそ工房を内側に持ちたいか。随分と大胆で欲張りな発想だが理には適う」


 通された部屋で一通り僕が事情を伝えると、おじさん改め、コージュ・コシンさんは深く頷きお茶に口を付けた。

 出されたお茶は緑茶でなかなか美味しい。


 とはいえこのノスタルジックな国の標準なのかといえばそうではなく、遠い異国、サトサンガのお得意様から珍しいお茶を貰ったからそれを折角だし飲もうと淹れてくれたのだった。


 緑茶を商品にしているサトサンガの商人というと、件の船でほんの短い期間一緒に行動したあの二人組を思い出すなあ……、元気に商売しているだろうか?

 あれから五年近くも経っているわけで、元気に商売を続けているならば今頃は結構大きな規模になっていてもおかしくはない。

 潰れてる可能性もそこそこあるけど……。


「もっとも、それの実現性は微妙だが。職人を招くことはあるいは可能だろうよ、それぞれの工房の次男坊だとか三男坊だとか、工房を継げない奴のなかでもやる気がある奴ってのはちらほら居る。キヌサ領主の読み通り――あるいはお前さんの読み通りにな。そういう連中を拾うことは難しいなりに不可能じゃあないだろうさ。だが職人だけでは意味が無い」

「工房ですよね」

「それもある」


 『も』……か。


「うちの工房、『新緑』にしたってそうだが、まあ、工房という建造物は中々特殊な機材がかなり多い。メーダー国内でも調達には時間がかかる、工房用の機材を作る専用の工房なんてものもあるが、生産が追いついてないんだ。で、それはただの一つだって妥協するわけにはいかない――職人のこだわりだとか、そういう意味じゃないぞ」

「となると環境的な問題ですか」

「ご明察。よくわかったな」

「勘です。……このセイバに到着したとき、大分空気が汚れている感じはしたんですが、工房が密集してあちこちで様々なものを作っているわりには害がかなり小さい。何らかの抑止装置が働いているわけで、裏を返せばそれがなければ人が住めない、なんて事もあるのかもしれない」

「まさにその通りさ。特殊な道具がなきゃ、工房一つだって自然環境を破壊し尽くすだろう。空を汚し、水を腐らせ、大地を犯して草木は失せる。人どころか虫や動物だって駄目だな。それが『ひとつめ』の問題だ」


 ひとつめ……、か。

 ということは。


「二つ目もお前さんにならば分かるんじゃないか、アバイド」

「『人』」

「正解」


 案の定。


 これは要するに、工房は職人一人で動かせるものではない、という意味だ。

 まあ、一人で動かしているような工房も探せばあるんだろうけれど……それは、特定の誰かのために一品一品をつくるようなものだろう。

 僕達が、キヌサが今求めているのは軍用で、大量とまでは言わずとも、一定の生産量は確保しておきたい。


 となると、職人一人でどうにかなるものではない――どんなに少なくても数十人から百人くらいの『人』が要る。

 それも、ある程度工房に置かれる装置の知識を持った『人』が。

 キヌサで実地習得させるというのは……、難しいのだろうな、メーダーはキヌサ……というより、他国とあまりにも違いすぎる。


 で、それは別の意味でも問題だ。

 メーダーの住環境は僕に言わせれば現代的で、上下水道に電気に都市ガスとやりたい放題できている。

 一方、キヌサでは下水道はあっても上水道はなく、電気や都市ガスも存在しない。


 メーダーが便利すぎるというだけなんだけど、メーダーでこれまで暮らしてきた人にとって、他国での生活はかなり不便なものになるだろう――職人一人ならばあるいは説得できるかもしれないけれど、百人単位で人を説得するのは難しいよなあ。

 そりゃあ感情を整理して誘導するとか、そういう方向ならばいくらでもやれるけれど、流石に信条に反するし。


「そして三つ目、電気の問題もある。機材の半数は電気を使っているからな……キヌサに限らず、クラに発電施設があるという話は寡聞にして聞かない。となると工房専用に発電設備を用意しなきゃならん。で、発電設備にも人が要る……。さて、これでもお前さんは招致が可能だと思うか?」

「あまり現実的ではないですね。現実的ではないだけで、全くの不可能だとも思いませんが、可能だとは言いがたい」

「そうさな」


 言外に諦めろとコージュさんは頷く――ごもっともだ。

 けれど諦めるわけにも行かない。

 御屋形様の正体やルーツが何であれ、今のままではキヌサが詰む。


 それに。

 現実的ではないだけで、手段がないわけでもない――


「一応、ダメ元でお聞きしますが。『新緑』の皆さんをお招きすることは出来ませんよね」

「さすがに無理だな……。話を聞く限りアバイド……というよりキヌサか、キヌサが望んでいるのは軍用品だろう? 『新緑』は残念ながら軍用品を作った事が無い。それに今の顧客に迷惑を掛けてまで、ノウハウもなければコネもない、ましてや不便であることが分かっている場所に遷るメリットを提示出来るか?」


 首を横に振る――そう、どうやっても釣り合わない。

 取引にすらなりゃしない、そんな事は聞く前から分かっている。


「かといってあまり大々的に探すわけにも行かないんですよね……」

「ん……ああ、キヌサが変に動いているとは思われたくないか」

「隠せる範囲では、ですが。他勢力から妙な警戒を買うのも馬鹿らしいですから」

「違いない――だがなあ。悪いことは言わないから、どうやっても無理だとノ・キヌサに報告した方が良いぞ。別の手段を考えるには早い方が良い」

「同感です――が、尋常の手段に拘らないならば、なんとかできるかもしれない以上、粘らないといけません」

「…………?」

「電気と工房に用いる機材に関しては解決策が思いつかないこともないんですよ」

「……何?」


 電気はインフィニエの杯でどうとでもなる。鼎立凝固体が使える今、それの作成コストは考えないで良い。

 工房に用いる機材だって、光輪術で一度スキャンしてしまえば錬金術で作るのも容易だ。


 無論この方法を取る場合、本来の生産方法とは全く異なり工房用の機材導入を全て自己完結することもあって、修理用のパーツ調達ができないとかの問題もあるんだけれど――それも錬金術が解決できる。

 何もワールドコールである必要が無い。

 白露草や白露液でも十分だろう。


 そして白露草や白露液という『道具の破損を修復する道具』ならば、既にキヌサの三人が全員作れるし――ワールドコールもそうそう沢山は作れないと言うだけで、フランカが既に作れる状態ではある。

 念を入れるならば僕がキヌサを将来的に離れるときにワールドコールを作り置きしておけば、数世代分くらいは持つ。数世代先のことはその時代の人達が考えれば良い――さすがにその頃になれば機材も型落ちしてるだろうし、交換してもいいだろうからね。


「ただ、人は確かに難しいなあ……。職人さん一人をスカウトするだけならばまだしも、作業員ですか。軍事産業になりますから繁忙期は常に稼働させたいし、となると三交代で三倍人数は欲しいし……、三百人、ある程度メーダーの常識を持つ人をスカウトする……いや無理じゃないかな……」

「まあ、無理だろう」

「となると、闇市で買いますか」

「うん……うん?」


 メーダーに闇市、奴隷商がある事は知っている。

 そこでメーダー出身の奴隷を三百人……余裕を持って五百人くらい買って帰るか。後はキヌサ領内にその奴隷達の街と工房をでっちあげて、そこで生産させる。

 軌道に乗せるまで時間は掛かるだろうけど……、他に良策も思いつかないし。


「第一世代は闇市の奴隷商でなんとかする。第二世代からは今、仮運用しているエリート養成施設の廉価版のような施設をつくって技術習得をさせる……、だめだな、第二世代には間に合わないか。ならば第二世代も買ってくるしかない……、第三世代からは半数くらい自前で準備して、もう半数を買ってくる。割合をちょっとずつキヌサ側に傾けて行く感じで、とりあえず運用は利きそうですね」

「何を怖いことを言ってるんだ、お前さんは。奴隷を買うというのも大概だが……そんな大量の購入、できるわけがない」

「闇市という場所は、お金があるところにはとことん媚びる場所ですからね。商品の数的には問題ないでしょう、価格的な意味だとこちらの予算をややはみ出る可能性はありますが……、ちらっと相場を確認した範囲なら、大きく外れることもないかな」


 工房の機材にかかるお金がゼロになる事を考えれば、差し引きゼロ……くらいにはできるだろう。

 予算的には問題ない。

 商品の数的にも多分大丈夫だ。


「だから。問題になるとしたら外聞ですね――『キヌサが異国から奴隷を買いあさっている』という外聞、これはやはり大きく目立ってしまうし悪評も付く。……その辺も解決策が無くは、ないか……」

「…………。お前は……、なんというか、いや、役割としては正しいんだろうが。人としては間違っているな」

「物事は見方次第ですよ。奴隷を買いあさるといえばそりゃあ悪いことかもしれませんが、奴隷を解放して回っているとなれば善行でしょう」

「解放ねえ」

「闇市を襲撃して奴隷を解放、身分の保障を条件にキヌサへと連れ帰る。まあ、そこまで難しい事はありませんね。問題はその後キヌサとメーダーの闇市側で大戦争になりそうなことですが、メーダーの闇市が表立って行動できるとは思えない。余裕が残っていたとしても、キヌサに刺客を送るくらいでしょう。だからその余力も無くす程度に叩いておく……いや、そうすると第二世代がだめか……」


 それに刺客が送られてくる可能性が少しでも残るのはあまりよろしくない。

 つまり襲撃という選択肢を採るのは、難しい。


「仕方ない。結果も買いますか」

「は?」

「現実としては闇市から人を買う。けれど表向き、闇市が襲撃されたことにしてもらうんです。キヌサは『闇市を襲撃して解放した奴隷』、闇市は『キヌサに襲撃されたという状況と金銭』を得るとか――うん、交渉次第では十分釣り合いそうです」

「……お前さんはいったいどんな人生を歩んできたら、その歳でそうエグいことを考えつくかね」

「僕よりももっとエグいことを考えつく子供と僕は会ったことがありますよ。結構前になりますが」

「へえ。その変人の名前は?」

「ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャ」

「…………。あー。なんも言えねえ」


 そしてサムの名声はメーダーでも強く轟いているらしい。

 コージュさんは深い納得を示すように何度も頷いた。


「……って、待てよ。アカシャの国王ユアンはまだ若いとはいえ、もう青年だろう。『子供』という表現がつかえるのは甘く見て三年、実際は五年くらいだろう? ……五年前のお前さんって、それこそ、幼児だろうに」

「最近の幼児はすごいんですよ」


 いや、本当に。

 ロニ達が全力で暴れたら千人単位の軍でも鎮圧できるかどうか……。


「半分は冗談ですけどね」

「半分ね。…………。人。物。その二つを用意できたとしても、職人はどうする?」

「そうなんですよね――奴隷を扱う事になりますから、その点も説明しなきゃいけない。もちろんその分だけ、設備は最新鋭のものを用意したりとか、そういう利点は準備するつもりですけれど、なかなか口説き落とすには時間と偶然が必要かな」

「……やるつもりか」

「不可能だと分かりきっていればまだしも、そうじゃないならば諦める理由もありませんからね」


 というより解決策が分かっているのだから、諦めるとかそういう段階ではない。

 お茶をもう一口飲んだところで、扉がノックされる。


「入るぞ」

「どうした、馬鹿娘」

「馬鹿親父に用事はねえよ。クートが目を醒ましたんだけど、そっちの要件が終わったなら合流してやれねえか、アバイド」

「そうだね。そうしよう。丁度話も一段落したし――いや、してないや。一段落したのは僕の方だけだった」


 あぶないあぶない。


「コージュさん。この後クートはどうなりますか?」

「ん……、どうなると効かれてもな。クートがうちを頼ってくるのは自然な話だし、マートが死んだとなれば後ろ盾……保護者は確かに必要だろう。それがうちでいいならばうちで引き取るとも。だが……ふむ。おい馬鹿娘」

「なんだよ馬鹿親父」

「アバイドがな。クラのキヌサという領内に新しく工房を開きたいそうだ。軍事関係の品物に特化させた物だな」

「へえ。工房をねえ……ハコは?」

「用意できるんだと。電気もな」

「ならヒトはどうなんだ」

「目処は立ったようだぞ。奴隷だが」

「ふうん」


 …………?

 どういうことだ、この会話。

 いや、会話そのものはただの確認だけど……なんだろう、この二人が抱いている感情は。


「行くか?」

「良いのか?」

「どうせ『新緑』を継ぐ気が無いんだろう」

「まあな。ここじゃオレの作りたい物が作れねえ――そもそもメーダーじゃ売れねえって言われると何も言えねえんだが。へえ。アバイド、ちょっとオレにも話を聞かせてくれよ。オレは馬鹿親父と違って、品質を高めていくと言うより大量生産系にロマンを感じててさ。新しく工房を開くしかねえなって考えてた所なんだよ」


 えっと……あれ?

 ひょっとして職人問題、あっさり解決しちゃう感じ?

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