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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
12/151

12 - 魔法に躓き誰かに躓き

 まずは一言で表現しよう。

 甘かった。

 と。


「…………」


 錬金術で生み出せる道具のなかでもかなり理不尽な域であろうこの便利な眼鏡に付与された効果を適切に使えば、いや、適切どころか適当でも使っておけば、たかだか百五十ページ程度の入門書なんて丸暗記どころか丸々記録することは容易だったし、実際書いてある事はしっかり時間認知間隔の変更までしてしっかり読み込むこと、二十五回。


 これはダメだ。

 ぜんっぜん進まん。


 いや書いてある事は解るのだ、そして文脈だってきちんと読めるし、この入門書が魔法の中でも『マジック』の部分をやってくれているのだというのもよく分かる。

 入門に便利な『魔力の光』を発動できる丸暗記用の詠唱文言、何らかの理由で詠唱が困難な場合は図形動作でも発動できるように図形とそれの使い方が解りやすくイラストで表現されている。


 実際、詠唱用の文言は『読めるけど喋れない』今の僕にとってあまり意味は無いとは言え、図形動作による発動を行うための図形はやや複雑ながらある程度の誤差は許容されるし、そもそも眼鏡の『理想の動き』と『情報保存』で完璧にその図形を再現できる以上、僕にとってはとても簡単なものだった。

 事実、僕の周りには今、七つの『魔力の光』が展開されている。


 そう。

 発動も出来るのだ。


 じゃあ何が解らないのかというと、『魔力の光』ではない別の魔法についてだ。

 百二十ページ目には『魔力の光が発動できるようになったならば入門から初歩へと進むべき』『初歩はここまでの詠唱や図形を解釈し己で生み出すもの』とされていて、その上で参考になるようにか、『要素を意味する図形と詠唱発音の一例』も書いてある。

 書いてあるんだけど、図形はどう使えば別の魔法になるのかがまるで解らん。使い方とかその凡例がないし。


 とりあえず、『魔力の光』だけは完璧に発動できるようになった。

 それだけでも良かったと言うことにしよう。


 尚、『魔力の光』とは魔力で生み出す光源で、光る強さや継続時間の調整が図形でも詠唱でも可能となっている。

 そして『魔力の光』の発動に用いる図形は概ね五つのブロックから構成されていて、そのブロックの組み合わせを変えたり細部を変えたりすることで調整ができる以上、そこら辺を弄ることでたぶん『初歩』の魔法が作れるんだろうけど……。


 少なくとも五つのブロックのどこかに置き換えるのは意味が無かった。

 付け加えても『魔力の光』が発動するだけでこちらも効果無し。

 じゃあ実は、意味が無かったというのも『僕が認識できていないだけで何らかの効果は発動していたのか』と思うとそれもあり得ない。

 だって『魔力の光』を発動するときにだって見える魔力の渦が見えないし、なにより発動時に『消費した』という感覚が全くないんだよね。

 要は、完膚なきまでに不発している、と自覚できてしまう。


 だからまるで解らない。


 ……図形動作での発動は諦めた方が良いのかなあ。

 詠唱用の文言と図形の間に相互性もないし――例えば、詠唱の文言を丸々図形に変換でき、逆も変換できるならば受動翻訳の魔法で読めるはず、という意味での断定だから、ひょっとしたらもの凄く応用的に可能なのかも知れないけど……期待薄だよな。

 それぞれの要素を意味する詠唱発音だって一つの意味に対して複数種提示されてるし。


 そう考えると詠唱でも初歩から難しいのかな?

 どう組み合わせるかセンスを問われるとか?

 ……ますます僕向きじゃ無い気がしてきた。


 まあいいや。

 地球から見ての異世界であるこの世界、から見てもなおも異世界である別の異世界で習得した魔法は当然のように発動できたし、どうしても必要ならばそっちで誤魔化そう。

 ただ、僕に才能が無いだけならば『代用』をしてもバレないかもしれないけど、全世界的にマジックの習得難易度が難しい……って話だとすると、代用が怪しまれるよね。

 その辺はちょっと探るべきだろう。

 問題は図形動作による発動を嗜んでる人がどの程度居るか、だけど……。


 入門書を読む限り、図形動作による発動にはメリット以上にデメリットが大きい。

 そりゃ、図形を完成寸前の状態で置いといて、必要に応じて最後の一本線を置くだとか、複数の紙で跨いで書いておき、普段はバラバラに持って必要なときにきちんと繋げて図形を成立させるだとか、そもそも別の魔法によってその図形を表示することで発動に持って行けるだとか、そういうメリットは確かにある。

 あるんだけど、入門レベルでもそこそこ複雑だし、それらのメリットって詠唱なら『詠唱破棄』という形でさくっと解決できることなんだよね。あえてやる意味がない。


 ……この辺がそもそも先入観で、根本から理解を間違ってるって線もあるな。

 ううむ。


 あとでカウランさんに話を聞く必要がある。

 あとムギさんにも。

 確かスエラさんだかカウランさんが、ムギさんは図形動作による魔法を嗜んでるとか口走ったことがあったはずだ。


『…………、』


 ぱたん、と。

 入門書を閉じて、僕はベッドにそのまま倒れ込むように横になる。


 話を聞くためにもこの世界の言語の習得は急務。

 材料は揃っていて、眼鏡もある以上、片言で良いならば『発音表』は作れる……、けど、それだと多分、『詠唱』が成立しない。

 つまり、真面目に語学習得をする必要がある……。


 七日の日数で「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「おやすみ」「さようなら」「またね」あたりは覚えた……? いや、たぶん覚えられたと思うんだけど、それ以外は全然なあ……。


 文法的にはすごく日本語的だから、単語と発音の置き換えだけで大丈夫……と思ったのは今も昔。裏を返せば日本語的な言葉の柔軟性というか『曖昧性』が強く、とにかく覚えにくい。

 ナチュラルに方言が飛び交っているというか……、同じ意味の別の単語が軽く見積もっても六つくらいあるというか。

 さっきあげた「おはよう」も、受動翻訳では全部『おはよう』だけど、発音と表記が共に六種類ずつ確認出来てしまっている単語の一つだ。


 英語ベースならなあ。

 まだ覚えやすかったのだけど。

 ……そうでもないか、英語の訛は日本語以上にえげつないしな。


 ちなみに文字はアルファベット……というか、サンスクリットみたいな感じかな?

 日本人的には梵字という表現のほうが解りやすいかも知れない。お寺とかにある記号みたいなニュアンスで。

 ただ、あくまでも外見上なんとなく似てるだけで、そもそものサンスクリットとも当然別物だ。

 僕が知ってるサンスクリットと比べれば、やや書きやすくなってる、と思う。

 とはいえ母音字が十二個くらいあるし、子音字も二十は越えてるっぽいんだよね。

 ただ、特殊な固有名詞専用の字っぽいのもあるし……これ、漢字に互換するような文字があるかもしれない。


 そこも含めて、魔法のために言葉の習得を早めなければ。

 何かそれをサポートしてくれるような道具があったかなあ……覚えに無いんだけど。

 となると結局は、自力か。


 がんばろ。

 こんな早期で諦めていたら顔向けが出来ない。

 折角一人で異世界なのだ、帰ったら洋輔くらいにはドヤ顔を決めたいし。


 そう決めて、僕はベッドを降りつつ意識を切り替え、着替えを持って湯浴み場へ。

 他の人が使っていないことを確認してから、湯浴み場の湯船に浸かりこむ。

 身体を温めるという行為は、不思議と身体や頭をリフレッシュしてくれるんだよね。

 気持ちが良くて何よりだ。


 少し長風呂になったけれど、二十分ほどの入浴を終えて脱衣所に戻り、タオルで身体をふいたらズボンとシャツをざっと着て、髪の毛もタオルで拭い……うん?

 足音?

 カウランさん……にしては重いな。


 足音は水場の扉の前で一度止まり、扉が普通に開けられた。

 そして中へと入ってくると、髪の毛の水気をふいている脱衣所の扉もばしっと普通に開かれ、僕とその人の視線が合う。


『…………?』

『…………?』


 そしてお互いに首を傾げる。


 身長は……百七十には届かない、程度かな。

 肩の辺りまで伸ばした金色の髪、透き通るような碧い眼。

 色白な肌、端整な顔立ち。

 にも関わらず、纏うのは重厚極まるフルプレート・アーマー、斜めに背負っている大剣はその刀身だけで身長に匹敵するだろう。

 そんな装備をした、けれど歴とした女性――だ。


 冒険者……だよね、だとしたらギルドハウスの空き部屋を貸し出したのかな?

 あり得る話だ。


『えっと……、あなたは何者ですか?』


 女性は僕に問いかけてくる。

 何でここに知らない奴が、そんなニュアンスで。

 どちらかというと僕の方が『何でここに知らない奴が』という感じだけど……。


『…………、…………?』

『いえ、喋ってくれないと解らないかなー……』

『…………、』


 僕が喋れない事を知らない……?

 カウランさんが空き部屋を冒険者に貸したなら、僕のことは説明するよね。

 となると部外者?


 いや、勝手に侵入してきたにしては堂々としすぎている。

 それにこの人、僕の気配を察知してこっちを確認しに来たって感じの動きだったし……。


『……うーん。ちょっと事情がわかんないなー。カウランに聞くか』


 そう言って女性はくるりと回れ右、すたすたと水場から出て行った。


 カウランさんを当たり前のように呼び捨て……か。

 女性の年齢はわかりにくいからなあ。けれどスエラさんやムギさんよりかは若いだろう。

 未だ見ぬハルクさん以外にもギルドハウスに縁のある人が居たのかな……、まてよ、まさか……、あの人がハルクさん……?


 いやでも、ハルクって男性的な名前じゃない?

 ……いや、それこそ先入観か。


 髪を拭き終えたら眼鏡をしっかりかけ直し、僕もカウランさんが居るはずの一階……、いや、二階に居るのか。

 家長室(キーパールーム)の扉が開いているし、なんだか気配も集まっている。


『――から、あの男の子は誰なの? まさかカウラン、私が出てる間に息子を……産んだ……?』

『なぜそうなる。セタリアは私の息子では無いよ。大体私は男だからね、子供を産むことは出来ない』

『あ、そっか。そうだったわ。じゃあ……愛人に産ませた?』

『だからなぜそうなる。お前がこのギルドハウスを離れている僅か一ヶ月と一弦程度の時間で、産まれた子供があんなに大きくなるわけがないだろう』

『あ、そっか。それもそうよ。じゃあ……隠し子?』

『それは最初に否定したよね。違うよ。セタリアは「法令上の規定に基づいて」、ギルドハウスで保護した孤児だ。失語症を患っていてね、喋ったり文字を書いたりすることは出来ないけれど、こっちの言っている事はしっかりと理解してくれるし、知恵もある。もっとも、知識の部分がずいぶんと偏っているが……っと』


 話がそこまでついたところで、ようやく僕に気付いたらしい。

 カウランさんは僕に苦笑を浮かべ、肩をすくめた。


『セタリア。紹介が前後してしまったね。彼女がハルクだ。君を引き取ったときに言っていた、君の前に私が保護した子だよ。それとハルク。重ねて説明するが、彼はセタリアだ。喋る事ができないから名前は仮称だが、ギルドハウスとして保護した孤児だ。ほらハルク、挨拶しなさい』

『あ、はい。えっと、私はハルク。結構前に野垂れ死にかけていたところをカウランに拾って貰って、冒険者の剣士として活動しています。冒険者歴は四年ちょっとね、今年で十九歳よ。よろしくね』

『…………、』


 十九歳か。

 いやそうじゃなくて、剣士?

 その武器で?


 まあ、たしかに『剣』だけど……、その大きさの剣を振り回すような戦闘スタイルって、あんまり剣士とは言わないような気がするんだけど……。


『……えっと、私何か変なこと言った? 大丈夫? 引かれてない? 沈黙されてるんだけど……』

『だからな、ハルク。セタリアは喋る事が出来ない』

『…………』


 あとなんかこの人、割と人の話を聞かないタイプか……?


『そっかそっか、重ねてごめんね。いやあ、けれどそうなると、あなたも三階に住んでるのよね? 私もそうよ、これからは仲良くしましょう!』

『…………、』


 こくりと頷くと、満足げにハルクさんはそれはもう、がっしりと肩を叩いて部屋を出ていった。

 どうやらそのまま三階に向かったようだ。


『悪いね、セタリア。ハルクの奴はあれで腕は立つし、冒険者としての素質には恵まれすぎているくらいなんだ。決して悪意や悪気は無い筈なんだけど、どうにも一般人としての素質に嫌われている……いや、はっきり言うと、早い段階から冒険者として特化して育ったせいか、一般的に物を見るのが途方も無く苦手なんだよ』


 褒めているんだか貶しているんだか……。


『ちなみにハルクは、レベルだけで見ればこのギルドハウスでの最強格だ。もしもセタリアが剣術を学びたいというならば、彼女に頼めば間違いは無いだろう』


 いや間違いしか無いと思うけど。

 あんな大剣を僕が振り回せるとでも?

 僕のそんなニュアンスの表情に、しかしカウランさんは言葉を続けることで答えとしたのだった。


『今日はたまたま「大剣」を持っていただけなんだ。ハルクは「剣」というカテゴリならば、どのようなものでも扱いきれてしまう才能がある。魔法(テクニック)も含めてだからこそ、きっとセタリアのためになるよ。ちょっと人としては変わっているかも知れないけれど、慣れれば……まあ、ただの変人だと解ってくれると思う』

『…………』


 いや。

 それはフォローになってないような。

 でも魔法の一種類、テクニックという技術形態は気になるし……ね。

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