119 - 使命感
4月上弦9日。
定期便の馬車を使ったちょっとした旅程は、特にこれと言って問題もなく、決して快適ではないにしても不便もないような形で予定通りに四日で旅程を終えていた。
そんなこんなで辿り着いたセイバという街は、なるほど。確かに『工房がたくさんある街』で、『賑やかな街』である。
あちらこちらで聞こえる金属を叩く音。
そんな音に時折混じる、怒声のような指示の声。
大きな工房の屋根に生えた煙突からはもくもくと煙が出ていて、やや、というか結構、空気が悪い。
とはいえ、魔法か道具かまでは断定しかねるけれど、煙に限らず公害になりそうなものはかなり軽減されているようだ。
そこそこ混み合う東京の大通りの空気とそれほど変わらない程度というか。
それでも他の地域と比べればかなり酷い事は事実。
クートも何度か『あー、あー、』と声を出していた。煙のせいで喉がかゆいのかもしれない。
「アバイドは平気? 結構、喉に来るよね」
「このくらいなら我慢はできるよ」
とはいえ長居したいかと聞かれると微妙だけれど。
そこは言葉にせず、クートに視線を送ると、クートは一度頷いた。
「案内するよ。おれの親戚はセイバの街で『新緑』って工房をやってるんだ」
「新緑……」
色……を、名前に付ける感じかな?
いやでも、すぐ目の前の工房は『カルダウス』という名前だし、特に決まりってわけでもないのだろう。
クートの案内に任せてセイバの街を少し歩いて中央通りへ。
少しだけ歩いてから左に曲がって、街の西側へとやや歩き――そこに『新緑』の看板を掲げた工房が確かにあった。
広さは学校の体育館くらいかな?
他の工房と比べても特に大きいわけじゃないけど小さいわけでもない。
標準的、その一言に尽きるな……。
「…………、ふう。じゃあ、いくよ」
「うん」
僕のそんな所見とは関係の無いところで、心を整理してクートは工房の扉についている金具、いわゆるドアノッカーを使ってコンコン、と二度叩く。
この街の賑やかさ、というか煩さというか、その中でその音はあまりにも小さく、効果があるかどうかは甚だ疑問だ。
魔法か何かと関連付けてる様子もないしな。ただのドアノッカーでしょ、アレ。
「ねえ、――」
「ああもうクソ馬鹿親父! もう知らねえからな!」
ゴンッ、
「……って? ゴンッ?」
「――うん?」
えっと……。
そのことを指摘しようとした途端にドアが勢いよく開き、ゴンッと音を立て、ドアはクートの額を直撃。
思いもよらない一撃だったからか、あるいはよっぽど良いところに入ったのか、そのままクートは後ろへと倒れこんだ。
しっかり後ろに回って支えておく。
「なんだお前ら。ドアの前に立ってるとか不用心に過ぎんだろ……こう、ドアをノックするとかしてくれよ、オレが悪いみたいじゃねえか」
「いやノックはしてたけど……」
「…………」
ドアを開けて飛び出してきたその人物は不服そうに、けれど『あれ、いやでも、確かになんかこんこんと聞こえたような聞こえなかったような、いやそれはもしかしたら隣の工房で鉄を打っただけの音のような気もするし、でもそれにしては確かに木製の壁とか扉とかをドアノッカー的なもので叩いたような感じの音に似ていたような、でも確信はないしオレは悪くねえ……』ともの凄い速度で思考を回している。
「そこまで自覚しておいて『オレは悪くねえ』で締めるのはみっともないよ」
「初対面の子供に言われちゃオレとしても心中穏やかじゃねえけどそれ以前の問題として、なんでオレの内心を読み取ってるんだよお前。魔法使いじゃあるまいし」
ごめん魔法使いだ。
しかし……ふうん。
なんとなく雰囲気が似ているな、この人。
黒い髪に黒い目。目はきりっとしているけれど、鋭すぎるというほどでもない。
肌は日に焼け、褐色が強いけれど、衣服にちらほらと隠れるところを見るに、本来の肌はクートと殆ど同じ……かな?
ていうか……、この人、
「で、何見てんだよ」
「いえ。言葉遣いが男性的だったので、ちょっと気づくのに遅れました」
「あん? オレが男みたいで色気もないって、喧嘩うってんのかてめえ」
「まさか。そもそも魅力に性別は関係ありませんよ。個人的なことを言うならば僕はお姉さんみたいな強気な方のほうが好みですし……っていうか僕の周り、あれ……? 割とお姉さんみたいな過激派が多くない……?」
「いやそれは知らねえけど……」
ソフィアは微妙だけど冬華、ナタリア先輩、クロットさんと洋輔のお母さんとか。
……こうやって考えると多いってワケでもないな、クラスメイトの子たちは結構嫋やかというか、優しい子が多いし。渡辺さんが凜々しい部類だけど、過激ではない。
ましてや皆方部長とかは過激の方向性が違ったしな。
「で、結局何者だよてめえ。そっちの子供の連れ……だよな? うん? ていうか……この子供、どっかで見たことが……あるような……?」
「馬鹿娘が。そもそもの問題として扉をぶつけた事を謝らんか」
今度は、ごつん、と。
制裁の拳がお姉さんの後頭部を直撃すると、お姉さんは「ふんっ」とその場で腕を組み、一方殴った側である髭を蓄えた男性はもの凄く痛そうに拳を抱えた。
殴った方が痛がってるようじゃ制裁にならなよなあ……。
「いきなり殴りかかってくる親父にはいわれたくねえ」
「いやお前が人に扉をぶつけたから殴ったんだよ」
「親父に殴られる理由がねえって言ってるんだよ。この子供に殴られる理由なら……、まあ、うん。あるけどな! オレが悪かったよ! でもそれは子供に直接言うべきで、親父に言ったってしょうがねえだろ!」
「それはそうだな」
「だろ?」
そして丸め込まれているあたり単純なのだろうか……?
じゃなくて。
「あの。つかぬ事をお聞きしますが、この子のこと、知らない感じですか?」
「いやなんとなく見覚えはあるんだよなオレ。親父は?」
「ん? ……ああ。…………。…………? あれ? クートか?」
合ってるけどずいぶんと間があったような……?
「クート? って……、あー、なんか親戚のちみっこにそんなやつが居たような……」
「いたような、じゃなくて居るんだよ。お前の従弟だ。とはいえ、最近は手紙くらいのやり取りしかしてなかったからなあ……」
「最後に会ったのはいつぶりなんだよ親父は」
「4年……くらいか?」
「4年前……は、オレも覚えてるような気もするんだが……」
そして二人して首を傾げて考え始めている。
話を聞いている限りこの二人は親子で、クートの親戚で間違い無いのだろう。
すくなくとも親子という部分に疑いはないかな、性格がよく似ている。それは指摘したら怒りそうだからお口にチャック。
「過去を思い出して貰うのも大切なんですが……その、できれば頭を打ったクートを寝かす場所とかを提供していただきたいんですけど。ご親戚、なんですよね? 僕もクートから『セイバの新緑という工房に親戚がいる』としか聞いてないんですけれど」
「ああ、そりゃそうだ。すまん。おい馬鹿娘、休憩所は開いてるか?」
「馬鹿が余計だ大馬鹿親父。休憩所は掃除中だからな、開いてるぜ」
「そうか。じゃあ運んでくれ。あと大馬鹿親父というのはどうだろうな激馬鹿娘」
「激馬鹿って何だよ頭悪いなあこれだから極馬鹿親父は」
「ほう良い度胸をして」
「黙らっしゃい」
すぱんっ、と。
無意識にピュアキネシスでハリセンを生成しながら親子を同時に叩き付けていた――身体が勝手に動いたというか、なんというか、突っ込まねばならぬという使命感に駆られたというか……。
「お姉さん。クートを運んで休ませてあげて下さい。お姉さんがドアのノックに気づかずドアを勢いよく開けた結果なんですから」
「はい……」
しおらしくお姉さんが行動を開始した。
よろしい。とりあえずハリセン効果はあったようだ。
「それとおじさん。僕はアバイド・ヴァーチュと言います。諸事情があって工房を探していたんですが、そんな中でクートとつい最近バジルシティで出会い、紹介して貰う形で来ました」
「あ、そうだったのか……うん? じゃあ何故クートもここに来た? 特に手紙は受け取っていないが」
「クートの父親、マート・ダイリンさんがひと月ほど前に亡くなったことはご存じですか?」
「……何?」
この反応。
どうやら、知らなかったらしい。
「冗談にしては悪質だな」
「現実はより悪辣です。マートさんは殺害されました。表向き犯人は不明ですが、僕も一緒に調べたことで一つの回答は出ています。また、マートさんが亡くなったことでクートは現状、保護者が居ない状況です。『あまり接点はだめもとで』と一大決心をして、藁にも縋る思いでこの街に来た――というのが僕達の状況です。何か質問は?」
「いくつかあるが、まず一つ重要な事を聞かせて貰う。お前は何者だ?」
「アバイド・ヴァーチュです」
「名前の話じゃない。立場の話をしている」
「クラ国の外交官……になるはずです。キヌサ領貴族アイラム・ノ・キヌサより、戦装備の生産を行う職人並びに工房の招致を命じられています。これで宜しいですか?」
「……クラ。外交官……お前のような子供が? クートと大して変わらない歳にしか見えないが……」
ふむ。
指輪を取り出し、見せる。
「これが領主様から頂いた身分証なのですが……これで通じますか?」
「瑠璃金の指飾り……って、本物かよ……」
……この指輪って、そんな名前の道具だったのか。
そして一目であっさり納得されるって、どんな道具なんだコレ。
「照会とかしないでいいんですか?」
「ん……ああ、入管とかならばそういう罰当たりなことも出来るだろうが、生憎と俺は職人でね。できるわけがない」
罰当たり……?
「瑠璃金の指飾り。四百年くらい前、当時のメーダーがクラの真血の一族に、結婚祝いとして作って贈った道具だ。当時のメーダーが作りうる最高級の道具……として、少なくとも『一つ目』は作られた。その後、複製品が九つ――だから、全部で十個ある。その指輪はその複製品のほうだろうな、リングの裏側に番号が無かったか?」
「あるにはありますけど……、51ですよ?」
「五つ目だから『5』、複製品だからの『1』だ」
へえ……そういう番号管理をしてるのか、メーダー。
じゃなくて、真血の一族?
また、聞き覚えのない単語だな……。
「そういう歴史的な道具はそう簡単に偽造できない。その指輪も瑠璃金という特殊な材質でな、まともに加工できない素材の筆頭だ。だからそれは複製品として五つ目に、当時のメーダーで作られた本物としての複製品だろうよ。それを照会するのは当時の職人に対する侮辱だし――先人に対して罰当たりな事だ」
「ふうん……?」
「が、それはそうといよいよわからんな。なぜ瑠璃金の指飾りをクラの一領主が持ってやがる?」
「さあ……僕も詳しい事は知りませんから。そもそもクラ、内戦が多すぎるんですよ。百年に一回くらい勢力図もガラッと変わってますし」
「あー……まあそうだな。それを持っていた、ってことは、真血の一族に連なるのかね、そのキヌサの領主とやらは」
そう考えるのが妥当だろう。
けれどそのワード、なんか微妙に知らないぞ。
「真血の一族って、何ですか?」
「ん……? ああ、職人的にはこっちのほうがしっくりくるんだが。そうだな、一般的な呼称じゃねえか。クラでも通じるかどうかはわからんが、『古く尊き血』とか」
古く尊き血……、御屋形様が?
「御屋形様はアイラム・ノ・キヌサと言うのです。アーレン、セイレンと関係が無いはずなんですが……」
「ノ・キヌサはクラの称号だったよな? 領主を示す『ノ』に領地の名前が続く。ならばそれとは別に元来の姓があるはずだ。表向き生き残っている古く尊き血がアーレンとセイレンだとして、裏には貴種がだいたい残っているもんだ。身分を偽っていてもおかしくはない」
まあ……それは同意するけれど。
御屋形様が古く尊き血の貴種ね……、そんな素振りは見せなかった――と言えば、嘘になるな。
積極的には古く尊き血に関わりたくないという様子だったけど、それは己のルーツがそこにあると知られると厄介だったからなんじゃないか?
領主にしては珍しく戦を嫌ったのも、それによって勢力として力を持てば持つほど向こうの方から接触してくる可能性が上がるから――と。
だとすると、一度は古く尊き血を招く決断をしかけたのも、別の意図が見えてくるし、今回僕を派遣してまで職人を確保して戦への準備を最優先としたのも、キヌサを守るため……とはまた違った意図が出てくる。
具体的には――頼ってくるかもしれない古く尊き血を正面から排除するための、武力確保。
まあ、現状では憶測にすぎないけれど。
根拠が指輪だけでは弱すぎる。
「ま、タチの悪い冗談みたいだが、とにかく起きていることを俺としても知りたいし、お前さんも俺と話すことにはメリットを感じてくれるだろう。中に静かな部屋がある、そこで話すというのはどうだ」
「はい。お願いします」
頷けば、おじさんも頷き返して「ついてこい」、と歩き出す。
僕はそれに付いていく――前に、一度だけ周囲に視線を飛ばした。
「…………」
なんか視線が増えてるんだよなあ……。
鬱陶しいけど――ま、今のところは放置か……、直接探ってくるようなら排除しよう。
◇
それと洋輔。
渡鶴でちょこっと調べておいてよ、アイラム・ノ・キヌサって人物のルーツ。




