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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
118/151

118 - 一方そのころ

 4月上弦2日。


 どうもメーダーに到着して以来、目覚めが悪いというか、目を醒ます度に身体が軽いような重いような感覚が拭えないなあと思う――良く眠れていないわけじゃあないのだ、しっかりと睡眠は取れている。

 なのに身体的にはなんか寝ても休息になっていないというか……。


 ベッドが狭いからとかの問題でもないんだよな。

 あと、最初の誤解が酷かったこともあって一応洋輔に確認を取ったけれど、僕が寝ている間にクートが何か……具体的には夜這いしているとか、そういう事も無し。念のための確認とはいえさすがに下衆の勘繰りだし自意識過剰だったかな……?


 ……まあ、割と感覚的には似てたからな。うん。気だるい感じが特に。

 ただ、これも洋輔に確認して貰った範囲で、特に寝起きしている時、普段と異なる点はないらしい。


 薄厚鎧(アクトリップ)で何らかの不具合が出ているかといえばそうでもなく、【これ】も関係して居なさそうだ。で、僕の睡眠中に特に普段と違う事が無いならば、結局は環境的な問題があるということになる。

 プラマナのマナが歪んでいる、みたいな感じで、この国は人の体調を歪める力でも働いてたりするのかな? ……いやあ、それじゃあ誰も暮らさないか。


「大丈夫か、アバイド。なんだか……少し、朝が辛そうだけれど」

「別に朝が苦手というわけでもない、つもりだったんだけれどね……」


 薄厚鎧(アクトリップ)が不具合を起こしていない以上、これが正常に動作した結果というのも……現状では否定できないなあ。けれど僕、別に徳久くんに朝が弱いとか寝起きが悪いとか、そういう印象は持った事が無いんだよね。さて?


「どうもメーダーに来てから体調が万全じゃないなあ……。最初は船酔いがずっと残ってるのかなあとも思ってたんだけれど。でも、大丈夫だよ。万全ではないというだけで、日常生活に支障は全く無いし……ね」

「そっか。……でも、無理はしないでよ。おれが言うのも変かもだけど……」

「ううん。ありがとう、嬉しいよ」


 とはいえ今は差し支えない範囲というだけだ、ずっと続くとなるとさすがに厄介だな……、メーダーにいる間だけでも結構めんどくさいし、メーダーから出てもずっととなるとやってられない。

 とはいえエリクシルもポワソンイクサルも既に服用はしているし、それで体力ゲージ的には満タンになってるはずなんだけど効果が無いんだよね……、本当に何だろう。

 何かに反応するデバフフィールドでも展開されてるのか、この国。


「でも、アバイドもそうなんだね」

「…………? 僕も、って?」

「メーダーに来ると調子が狂う人、ちらほら居るんだよ。たしか、魔法をもの凄く得意としてる人ほどなりやすいんだったっけ……?」

「……その話、結構有名だったりする?」

「どうだろう。あんまり有名じゃ無いと思うよ、父さんが毎回説明してたくらいだから」


 だよなあ……少なくとも常識ではないと。サムも知らないようだし。

 で、魔法に才能を持っていると調子を崩しやすい……?


 やっぱりプラマナが『マナの歪み』を抱えていたように、メーダーでも何かがあるのかな。だとするとアルガルヴェシアみたいな実験都市があることに……、おかしな話でもないか。

 妙に科学的に進んでいるし。どうもこれまでのいろいろな旅を通じてみてきた感じ、他国でも時々見る科学的な物ってメーダー産なんだよね。


 それに、プラマナのアルガルヴェシアはそもそもバードの大使館が発端だったと言う。

 この国、今のメーダー領には過去、ドアが存在していたのだから、同じような場所があって当然……か。

 ま、これが正解ならばそれほど恐れるまでもない。プラマナの時と同じように離脱すれば元に戻るだろう。戻らなかったらいよいよメーダーを大きく調べる必要があるけど……まあそれはその時考えれば良い。


「今にして思うと、父さんがそういう事に詳しかったのは……父さんの立場だったんだな」

「そうだね……」


 で。

 クートの父親、マート・ダイリンの詳細は昨日の段階で結論が出た。


 マート・ダイリン。

 メーダー国の任命する特別調査官――主に海外から『予定になく』訪れた貴賓や実力者を早期に捕捉し、その行動目的を探り出すという任務をこなしていた人物。


 このあたりの事情は、結局クートとも顔見知りだった六人の内、最年長のお爺さんが『皆には内緒にすること』ともう一つの条件を代償として、しっかりと教えてくれたのだった。

 尚、ここで提示されたもう一つの条件は僕の国籍を開示すること。

 ようするにその最年長のお爺さんもマート・ダイリンと同じ立場にあるチームメイトで、僕という『予定にない妙な子供』を捕捉し、行動に不審がないかと一応港に到着した時点からいろいろな方法で監視していたそうだけど、初っぱなクートと遭遇し、またクートに対して殆ど一方的な施しをしたりするあたり、別に悪人でもないだろうから――と、教えてくれたようだ。


 正直それでは安全保障上の問題があるんだけど、当然、僕としては都合が良かったので話に乗った。クラ出身のアバイド・ヴァーチュ――実際、その存在保証はクラ、キヌサの領主が直々にやっていることもあって、それほど奇妙がられる事もなかった。

 尚、目的については聞かれていない。とはいえそれは、クートとの会話を断片的に聞かれてたからかなあ、とも思うけど……話を戻そう。


 マート・ダイリンの正体はそれで良いとして、クートにそれが知らされていなかったのは、『親族にも秘匿しなければならない』という制約があったからだ。

 じゃあ肝心の『誰に殺されたのか』という点について、そのお爺さんは明言を避けたけれど、クタスタの結構な有名人だそうで……その人の唐突な来訪に対応したマートさんは、そこでその人に殺されたというのが真相だったらしい。


 もっと詳しい事は洋輔に検証して貰えばすぐにわかるけど、クートの葛藤は現状与えられたその真実で自己解決できたようだし、これ以上積極的に警戒を買いたくないのもあるので、検証は頼まないことにした。

 真偽判定的には……まあ、もう一つくらい裏はありそうかな?


 ま、それはそれ、閑話休題としよう。


 朝ご飯を食べ終えたところで。


「それじゃあクート。今日は馬車を押さえに行く、でいいよね」

「うん。おれは大丈夫。……でも、本当に良いのか? おれの分まで払ってもらっちゃっても……」

「そんな額でもないからね。大丈夫」


 まあ僕の前では、額面は『あるかないか』のどっちかで、数字の大きさに関係ないからというのが全てなんだけど。


「ちなみにセイバって、どんな街?」

「うーん。工房の多い街の典型的な形っていうのかな……賑やかと言えば賑やかなんだ。ただ、バジルシティはちょっと色が違うけどね」

「へえ……それはそれで楽しみだな」

「……うん」


 楽しみ。

 というより不安が勝ってるな、クートは。


「なるようになるよ、クート」

「うん……そうだと、良いんだけど。なんだか上手く行きすぎているようなきがしてさ……そろそろ、失敗をするかなって。なんか、そんな不安があって……」

「なるほどね。じゃあそんなクートに僕なりの解釈を一つ教えておこうかな」

「解釈?」

「うん」


 僕はクートの頬を指でつついて、悪戯っぽく戯けて言う。


「誰かの成功が誰かの失敗とは限らない――成功と失敗は必ずしも表裏じゃない。上り坂と下り坂とは違ってね」


    ◆


 そんな会話がバジルシティで行われていた頃。

 メーダー国の首都、ルイボスタウン――メーダー冒険者ギルド本部の一室。


「それでアカシャの解答は」

「『回答は差し控える』の一点張りです」

「そう……」


 長い金髪を束ねた、豪華な衣服を纏った女が一人、質素な椅子に座り報告を聞いている。

 女に報告を告げるその男は、短い黒髪をしているが――その先端だけが僅かに白い。


「アカシャの冒険者ギルドとの関係はそこまで悪く無いはずなんだけれどね。それでも回答してくれないとなると、君の読みが正しかったかな?」

「…………」


 女の自嘲気味な問いに、男は答えず――ただ、目を細めた。


「ザ・イレイサー"アカシャ"の引退に伴う称号の返上。返上された称号は試練を与える者(ザ・オディール)に裁量が委ねられた――ほとんど直後、試練を与える者(ザ・オディール)の名義でザ・イレイサーの称号がアバイド・ヴァーチュに付与されたと。この時点でアバイド・ヴァーチュという冒険者が改めて冒険者ギルドのフレームに登録されているけれど……、まあ、ザ・イレイサー、消し去る者なんていう称号を獲得しうるほどだからなあ、これまでの冒険の形跡を一つも残してなかっただけ、そういう可能性は認める。認めて良いよね?」

「百歩どころか十万歩ほどは譲ることになりますが」

「うん。問題はその先だ」

「はい」


 男は一枚の紙をテーブルから手に取る――そして、読み上げる。


「アバイド・ヴァーチュ。クラ国、キヌサ領出身。キヌサ領主、アイラム・ノ・キヌサによる第二種外交官として身分保障あり、年齢は13歳。――今年の3月下弦28日、メーダーに入国。入国管理局による簡易聴取において、入国目的は『人捜しとお勉強、余裕があったら観光も』。具体的に探している人物は不明」

「それでザ・イレイサー"アカシャ"の称号が付与されたのが3月下弦29日――ね。どう考えてもこれ、メーダーで受け取ってるよね」

「はい。しかし……クラの人間、それも第二種外交官という身分保障を持つような人間がです、なぜアカシャ冒険者ギルドからその称号を付与されたのか。ましてや、そもそもそのアカシャ冒険者ギルドのザ・イレイサーの付与裁量を与えられたザ・オディールがいつの間に我が国、メーダーへと入っていたのか……」

「入管は何て答えてるの?」

「少なくとも過去五年間に亘って、アカシャのザ・オディールがメーダーに入国した記録はないと」


 報告を聞けば聞くほどに女の表情は笑みに近付いてゆく――それが機嫌が良いからではないことを知っていた男は、頭を下げた。


「君が謝っても意味が無いわ」

「はい。なんで謝らなきゃいけないんだって内心では思ってます」

「そういう所をしっかり口にするのが君の良いところだけど、君、私以外の上司だったらとっくに左遷されてるよね」

「俺みたいな奴じゃないと手元に置けないギルドマスターにはお似合いです」

「ごもっとも」


 ――女の身分はザ・ギルドマスター"メーダー"、そして男の身分はザ・セカンド"メーダー"。

 そんな二人の居るこの部屋こそは、ルイボスタウンの冒険者ギルド本部、その最深部――本部長の職務室である。


「軽口を叩いても結論は出ないね。で、今、そのザ・イレイサーは何をしてるのか。動きは掴めてるのかい?」

「はい。そもそも、特に隠す素振りがありません。バジルシティから入国した後、バジルシティでダイリンの息子と遭遇。どうやら一悶着有ったようですが、その後ダイリンの息子に一方的な援助を行ったようです」

「ダイリン……ああ、この前死んだ特別調査官の息子か。一方的な援助の内容は分かってる?」

「少なくともメーダー金貨二百枚ほど。父親を弔うための一連の費用全額に、当面の宿としてダイリンの実家を借りるという名目も加えてその額です。また、金銭的なもの以外では、ダイリンの息子に父親の職業が何であったか、そして誰が父親を殺したのかというあたりを一緒に探っていたようですね」

「あー……ダイリンは優秀だったからね。息子にも伝えてなかったのか。……ふうん。一方的に援助を行うなんて、よっぽどの物好きか。だとしても13歳の子供にあっさり『突き止められる』ような隠し方じゃないだろうに……」

「それが現地の監視官によると、まるで心を読むかのような話術を使うとか」

「心を読むなんてそんなのミスティックの領域でしょ」

「…………」


 メーダーの冒険者ギルドは、全ての冒険者ギルドが利用しているシステム――通称『メインフレーム』を運用、管理しているとはいえど、今回の事態に気づいたのは『たまたま』としか言いようがないし、この時点では渡来佳苗(アバイド)自身も、そしてユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャも、気づかれたと言う事に気づけなかった。


「…………」

「…………」

「可能だね」

「はい。『領域不全』の症状があるようですから……」

「……『領域不全』がそうも明確に起きるって、すごい才能だね。冒険者でもトップ格……なんで今までその名前が出てこなかったのやら。でさ、思ったんだけど、紛うことなく鬼札だよね、それ。よくもまあそんな鬼札をクラが、いや、クラならばまだしも、その中の一勢力が切ることができたものだ」

「同意します」


 ここで一段落したとお互いに見たのだろう。

 女、ギルドマスターは言った。


「アバイド・ヴァーチュに監視を敷くのは前提条件だよ。彼が『誰を探していたのか』も改めてを調べるべきだね。メーダーに潜り込んだザ・オディールはそこから探すとしよう――痕跡を消されている可能性はあるけれど、メーダーの人間ではないなら『消しきれない』はずだ。……本当なら手っ取り早く聞きたいけれど、第二種外交官だからね。手荒なまねは出来ないな」

「はい。情報ギルドにも協力を要請したいのですが」

「ああ、そうしてくれ。私の名前を使って良い。ただし……」

「ただし?」

「直接的な監視はできる限り避けたいね。気づかれて対処されると面倒事になりかねないし」

「そうですね。では、数で押しますか」

「うん」


 かくしてアバイドへの監視は激増し。

 ……しかし、一弦と経たない間に、その全員がアバイドを見失ったという報告を受け、この二人は対応の甘さを痛感するのだが、それはまた少しだけ後の話だ。

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