117 - 黎明からの譲渡品
『マート・ダイリン……? さて、聞き覚えはないな』
とりあえず直球でサムに聞いてみると、サムはすぐに『遠隔音声伝達』で返事をくれた。
流石に無茶振りが過ぎたようで、この反応。
だよなあ。
『だが状況を聞くに、「その辺にいる一般人の一人」とは言えまいな。各種ギルドに関してはまだしも、商人会にまで顔が利くというのは異常だ。その上で退役軍人の線はない、メーダーの退役軍人で、しかもそれほど顔が利くとなれば俺が知らないわけがない』
ふむ。
となると同じ退役……もとい、何らかの現役を引退のだとしたら、冒険者とか?
そんな思考を読んだと言うより、そう思考するのが自然だったからか、サムは言葉を続けていた。
『引退した冒険者と考えるのも微妙だろうな。得てして冒険者は情報ギルドと協力関係にはあるがそれ以上に踏み込むことはない。互いに互いを利用しても、それより先には期待しない。貴様自身もうそうだろうし、貴様の知る冒険者を考えてみて貰うと分かるだろうが、どこも情報ギルドとビジネス以上の付き合いがないだろう?』
……言われて見ればその通り。
なるほどなあ、現役時代にビジネス以上の付き合いがないなら、引退した後はそれ以上に接点は失われるか。
『それは慣習などという曖昧なものが原因でそうなっているのではない。合法組織としての冒険者ギルドと非合法組織としての情報ギルド――そういう線引きがあるからこそ、この二つはそうやって身を分けている。商人会にしてもそれは似ていてな、基本は冒険者ギルドを利用するが、法に触れる可能性の高いものは情報ギルドに持ち込むように使い分けている。分かりやすいところならば不死鳥を含むレア素材や魔物の死体は冒険者ギルドだが、商品としての人間は情報ギルドって所だな』
へえ……、しっかり区分があったのか。
ぶっちゃけただの情報専門店みたいに感じてたんだけど……情報ギルドからも冒険者ギルドに依頼はあったし。その辺は情報ギルドに持ち込まれたけど、冒険者ギルドの法が効率的で、かつ法にもほとんど触れないからと言う理由でたらい回しにしてただけなのかもな。
で、今の話を総合すると、その三つに顔が利きうるのって商人会……か?
でも商人会って、特定の冒険者や情報ギルドの人員に対して顔が利くことはあっても、ギルド全体に顔を利かせる程にはならないと思うんだよね……よっぽどの大御所ならばあり得るけど、そうだとしたらやっぱり『サムが知らない』のがおかしいし。
……全部否定されてしまった。
ということは、この三つとは違った四つ目と言う事になる。
『消去法だな。冒険者ギルドの人間ではない。情報ギルドの人間ではない。そして商人会の人間でもない――ならば単純、残るのはメーダー国政府の人間だ。とはいえ表舞台に立てばその名前は嫌でも流れてくるものだし、俺には見覚えも聞き覚えもない事を踏まえれば、メーダー国政府の、「裏側」の人間だろう』
サムの結論に同感、と宙を眺める。
政府関係者、それも表側ではなく裏側の人間。
恐らく――
『まあ貴様のことだ、きちんとその先も思考は働くだろうが……そう毎回「遠隔音声伝達」で返事が出せる状況に今、俺がないからな、先に答えておく。やれやれ国王にももう少し個人的な時間が欲しいものだ……はあ。愚痴ったところで行くぞ。政府関係者で裏側といえばまず間者が思い浮かぶが今回は薄いな。各種ギルドにあまりにも顔が利きすぎている。だが情報収集専門の人員としてならばあり得る、薄いなりに否定はできん。次に始末人、国にとっての敵や不要な者、有害な者などを始末する汚れ仕事をする一派だが論外だ、顔を知られた時点で失格だろう。まあそれはアカシャ規準の考え方で、メーダーは別の考え方をしている可能性もあるがこれは否定して良い』
――ふむ。
『同様の理由で監視官の線も薄いが、本命ではない、という程度だ。監視官であることを表向きは隠しつつ、それとなく察させた上で「私はあなたを監視しています。」と脅しをかける手法は俺もやる。あるいは監視ではなく内偵官という可能性もあるが同じだな。というわけでいい加減本命に触れるが、恐らく「裏側の外交官」にあたる人物だろう』
裏側の外交官ね。
『人の動き、物の動き、金の動き。この三つを同時に監視しつつ、異国からの珍客に瞬時に対し、対処する役割――なにせ貴様の居るその街、バジルシティは入国管理の街でもあるはずだ。「本来そこに居るはずのない誰か」に対応する係。あるいは「非公式な訪問」に対応する係。その兼任かもな。それをするためには各ギルドと商人の協力が必須だ。恐らく一人ではあるまいな、複数人でチームを組んでいるはず。そこで何らかのトラブルに対処しようとして失敗し殺された、と、俺ならそう結論する。俺でも現場にいればいくらか調べ方は思いつく、貴様ならばより容易だろう。犯人の特定をするかどうかは……、貴様が判断した方が良かろうな。まず間違い無く、その当たりを探れば貴様自身も目を付けられる。貴様はそれで良いだろうが、貴様と行動を共にしているその息子、クート・ダイリンとやらも場合によっては処理対象になるぞ』
このあたりの機微はサムの方が詳しいか……。命令下す方だし。
ま、検算するだけしておいて、犯人については放置かな?
『こんな所か。……そうだ、一つこちらからも報告がある。シャルを覚えてるな? シャルロット・ザ・イレイサーだ。今度シャルは冒険者を引退する事になった』
うん?
引退?
古の黎明的にも欠かせない人材だと思うけど……いやまあ、古の黎明的なことを言うならばそもそもシャルがその一人だと言うことは公になっていないわけで、冒険者を引退したとしても、古の黎明への参加は別か……。
『黎明に籍は残すが、暫くは動けまいな』
…………?
怪我ならばサムが治せるだろう。精神的なダメージ……も考慮しないで良いよね?
ということは……、ふうん。
『シャルは引退に伴って称号を返上するそうだ。持ったままで良いと言ったんだが……、ま、引退後も称号を持ったままという冒険者は少ないからな。そういう例外にあるとシャルの行動が縛られると判断したようだ。結界は貴様も習得したんだろう? ザ・オディールとしての貴様にザ・イレイサー"アカシャ"の称号任命権を投げておくから、貴様の名前のどれかに付与しておけ。……複数の名義で「フレーム」に自分を何度も登録したのは結局、貴様以外にはいないようだからな』
あれ、そうなの?
結構素で出来たんだけど……、薄厚鎧の副作用かもしれないな。
『以上だ。また何かあれば適当に連絡を寄越せ。俺もそうする』
というわけで全て聞き終えたので、
「シャルに伝えておいて。『おめでとう、男の子か女の子かが分かったら教えてよ、お祝いの品を贈りたいからさ』ってね」
伝言は伝言でお願いしておくことに。
怪我ではないのに動けないとなると妊娠というのが真っ先に思い浮かぶからね。
シャルに子供か。サムの子供……じゃあないだろうな。
冒険者を引退するのは、普通の家庭を持ちたいからと言う意味も強いのだろう。
サムから訂正の連絡が入らないあたり、その読みも間違っていなかったようだ。
で、ザ・オディール"アカシャ"として承認印を作り出し、称号の付与手続き……オッケー、成功。
というわけで、今名乗っているアバイド・ヴァーチュにザ・イレイサー"アカシャ"を付与。使うかどうかは微妙だけれど……まあ、あって困るものでもあるまい。
こっちから名乗らなければそんなドマイナーな称号を参照することもないし、万が一参照されて気づかれても言い逃れはいくらでもできる。
「…………? アバイド、今、何か……話してた……?」
「うん? ちょっと独り言はしてたよ。起こしちゃったかな」
「いや……ふぁあ。ごめん、ねてた」
「謝ることでもないでしょう。ここは君の家なんだから」
「まあね」
そして微妙に僕の言葉を聞かれたようだ。
もっとも寝ぼけ眼で言葉が断片的に聞こえた……程度のようだから、とりあえずはセーフと考えておく。
バレても別に構わないけど……相手の特定は出来ないわけだし。
「少し昼寝したからかな、ちょっと腹が空いちゃった。アバイドも何か食べないか?」
「そうだね。今日は僕が作ろうか?」
「いや、おれがやるよ。他国にあるかどうかわかんないけど、メーダーにはヤキトリって料理があってさ。おれ、好きなんだよね」
ヤキトリ……ヤキトリってあのヤキトリか?
僕が疑問を持ったことに気づいてか気づかずか、起き抜けたところでクートは竹串らしきものの束を取り出し、そのままキッチンへと歩いて行った。
キッチンには冷蔵庫に限りなく近いものがあり、というか実際電気で動いているあたりほぼ冷蔵庫なんだけど、そこから取り出されたのは鶏肉の塊。
クートはそれを一口程度の大きさに切ると、妙に手慣れた手つきで串打ちを行い、淡々とあの『ヤキトリ』を作り始めている。
しっかり大きさとかも整えているあたり作りなれてるなこれ……。
「父さんも好きだったんだ。あるいは父さんの好きがおれにも移ったかもな」
「食生活は家族に似るらしいからね」
「そうなんだ?」
そりゃまあ、同じ食事を取ることが殆どだしそうなるだろう。
曖昧ながら肯定はしておき、待つこと三十分ほど。
美味しそうなヤキトリが、全部で二十本ほどお皿に載ってテーブルにやってきた。
飲み物にはオレンジジュースらしきもの、なかなか良い組み合わせだ。
「おいしそう。いただきます」
「うん。いただきます」
ちなみに全て味付けは塩。
タレはなあ。さすがにこの世界でもお店にあるかどうか……。
照り焼き風のタレ、あんまり見ないんだよね。
尚、ヤキトリのデキは完璧。
きっちり火を通しつつも焦げず、ほどよく油が切れてサッパリと、けれど味を損なわない程度の鳥の脂はしっとりとしている他、塩の量も絶妙だ。
いよいよご飯が食べたくなってきたぞ……。
「そうだ。こんなに美味しいヤキトリを食べながらする話でもないような気がするけれど、一つ確認してもいいかな、クート」
「うん? 良いけれど、なにを?」
「クートのお父さんがどんなことをしていたのか。ちゃんと知りたい?」
「…………、」
ヤキトリの串をぽろりと落としかけて――けれどすぐに力を入れ直したからか、すこしズレるだけで済んだそれを一度お皿に戻し、クートは一度うつむいた。
そして数秒の沈黙の後、うん、と頷く。
「じゃあ、この街を出発するのはそれを探った後にしようか」
「……いいのか? 時間が……かかるかもしれないぞ?」
「それほど時間も掛からないと思うよ。すぐに分かるとも思って無いけどね――それに」
知りたいことを知れないまま、ふわふわとした気持ちのままで過ごすのは……きっと大きなストレスになる。
僕だからそうなのかもしれないけれど、ま、大概の人はそうだろう。多分。
それに今回の場合。
そもそも、僕自身もそれが気になってしまったのだから――どうせ調べる事にはなるし、その上でクートの協力を得られた方が手っ取り早い。
「なんかおれ、助けて貰ってばかりだなあ……」
「今はそれで良いんだよ。で、いずれ余裕が出来たら誰か他の人を助ければ、きっとそれは良い連鎖になる」
「……うん」
裏を返せば悪意の連鎖も起きるのだけれど……それはそれ。
本人も決意したところで、さて、と考える。
国家の裏側、恐らくは外交官に近い立場だった。
冒険者ギルドや情報ギルド、商人会に尋ねたところでまともに答えてはくれないだろう。
かといって国家にそのまま聞くわけにもいかないし……。
「クートのお父さんの知り合いって、今、どのくらい思いつくかな?」
「えっと……おれともそれなりに面識がある人だと、六人くらい。少ないよな?」
「いや、六人も居れば上等だ。住んでいる場所はわかるかな」
「そこまでは、ちょっと。でもその六人がどこで働いてるのかくらいは分かるから、会いに行こうと思えばいけると思う」
オッケー、質問の意図も伝わっている。
決して鈍いわけじゃない、クートなりの打算も計算にある程度入れて良さそうだ。
「じゃあ、その六人の中で一番若い人が一番最初かな」
「若い人?」
「うん。それが一番自然だからね」
若い相手のほうが子供にしてみれば話しかけやすいし、大概は若い方が立場も低い。
最初からトップを仕留める方法は今回、六人の中に『トップ』が居るとは限らないので除外し、妥当に下からしっかり締め上げていく方法を取ることにする。
期間は……そうだな。
敵対を買わないためにある程度注意しながら動くとして……七日くらいかな。
「ふう。ごちそうさま。おいしかったよ」
「そう? 口に合って良かった」
その後ヤキトリはしっかり二人で完食し、今日から行動するか、とクートは聞いてきたけれど、今日は止めておくことにする。
クートだってまだ整理がしきれていないはずだ、急いては事をし損じるとも言うし……まあ、そもそも弔いが行われたという情報が回るまで少し待った方がやりやすいというのもある。
「今日はゆっくりお休みをするべきだよ」
「……うん」
◆
「ザ・マスター。妙な報告がフレーム管理担当から」
「妙な報告? ふわっとしているなあ。報告は分かりやすく丁寧にしてもらいたいけれど」
「それを俺にしか言わないからふわっとした報告が相次ぐんですよ」
「いやそれ、君が他の子たちに言い聞かせてくれれば良いんじゃないかい?」
「嫌ですよめんどくさい」
「…………」
「で、報告ですけれど」
「うん」
「バジルシティで猫の暴動が起きたとか」
「その報告、フレーム管理担当の管轄から大分離れてない?」




