116 - そろそろ薄厚鎧と【これ】にも本腰を
さすがに。
墓石は日本でよく見るタイプではなく、海外でよく使われているような、プレートを寝かせるようなタイプだった。
とはいえ使われる石材が御影石だったので、これまた少し奇妙な感覚を生むけれど……まあともあれ。
クートは墓石を購入し、その墓石にクートの父親、マート・ダイリンの名前を石屋で刻印して貰い、またその場で墓に関する手続きも済ませて、書類を手にして戻ってきた。
このあたりを詳しく聞くのは憚られるので聞き耳を立てた範囲だと、どうやら安置所にそれを提出すると、遺体の運び入れなどもしてくれるそうだ。
「お待たせ。次に行こう」
「わかった」
というわけで次に向ったのは行政施設、安置所。
亡くなった人の遺体を一時的に低温保存してくれる場所で、一弦までならば無料。
それを越えた場合だと日割りで使用料が掛かり、クートの場合は既に二弦ほど預けていたらしい。
クートのように、お墓を用意できるまで預けておく……という人は結構居るようで、それほど手続きに時間が掛かるようなことも、また不審がられるようなこともなかった。
まあ……この場に訪れるのは大概の場合で親族だし、それを不審がるというのも道義的に良くないとか、そういうのがあるのかもしれないな。
で、クートは石屋で受け取った書類を提出しつつ、行政側から勧められた業者で棺桶を購入。それなりにお値段は張るけれど、最期の寝床だ、少しは心地の良いものにしてやりたいとクートなりに考えたらしい。
納棺などの儀式的なことも職員がやってくれるそうで、それをクートは近くで見ていた。やはりその目には涙が溜まっていて、親思いなんだなあと思う――あるいは、それはただ将来を不安視しているだけなのかも知れないけれど、それでも。
納棺も終えて、墓地へと運ぶ――これも職員が専用の荷車で行い、いざ到着したその墓地は結構な大規模だった。ちらほらと墓参りをしている人の姿も見られるあたり、メーダーにおいて墓参りは特別な事というわけでもないそうだ。
石屋で予め抑えられていたらしいエリアに埋葬が行われている頃に丁度石屋が墓石を持ってきて、石屋の人も一緒に協力して最後に綺麗に整えると、皆で黙祷を捧げ、最後に花を供えて――これで、一通りは終わったらしい。
「辛いだろうけれど――頑張れよ、クート」
去り際にそう、安置所の職員の一人がクートの肩を叩く。
クートは一度頷いて、その場にしゃがみ込んだ――それを見て、皆が一瞬動きを止め、けれど改めて去って行く。
慰めるほうが、却って辛くなると考えたのだろう。それは正解だ。
墓地にしゃがみ込むクートを、傍観しつつ。
僕はその場で、ただ、待つ。
自分の意志で、自分の足で立ち上がるのが……一番良いのだから。
「…………、」
……けれど。
今は確かに他人事でいられるけれど……もしも、僕がクートのような立場になった時、僕はどう反応するのだろう?
僕の家族や、僕にとって大切な人が死んだ時……僕はそれを受け容れることが出来るのだろうか。
どうも僕には、想像出来ない。
それを受け容れている自分も、あるいは受け容れることが出来ない自分も。
けれど僕の行動は予想できる。
そうならないように全力を尽くしてしまうのだろう。
全力を。文字通り、出来る事全てを、してしまうのだろう――地球で誰もが信じないような術を使ってでも、身近な人全てを守ろうとするのだろうな。
――そして洋輔は、それを手伝ってくれてしまうのだろう。それが悪い結末を呼ぶと分かっていても、きっと僕のお願いを断り切れない。
で、一緒に僕と破滅する。
だから僕には想像できないのだ、身近な誰かの死へのリアクションが。
その前に僕は、洋輔と一緒に破滅し、死んでいるだろうから。
「……ごめんな。おれなんかのために、時間を掛けさせちゃって」
「…………」
「もう平気」
結局。
そうやってクートが立ち上がり、少し赤く腫れた目を僕に向けてきたのは、一時間ほどは経った頃だった。
「クートは強いね」
「……強い? おれが?」
「うん。少なくとも僕なんかよりかは、よっぽど……ね」
しっかりと身近な人の死を受け容れている。
その上でしっかりと立ち上がることが出来ている――それは義務感からかもしれないけれど、それでも、僕よりかはずっとずっと強い。
僕だったらずっと立ち上がることは出来ないだろう――死を全力で回避させ、それを無理矢理にでも成立させるのだろう。たとえそれで世界が歪むとしてもお構いなしに。
僕はそういう自己中心的なやつなのだ。
【だから僕はここに居るのか】
ふと。
心根から、そんな言葉を漏らしてしまったのは、未だ完成していない薄厚鎧の隙を突いてしまったのだろうけれど――
「…………? そこに居るのがどうしたんだ?」
「ううん」
――それを聞いたクートは、何事もなかったかのように首を傾げてこちらを見ていた。
……ふうん。
「一度帰ろう。……少し、つかれた」
「そうだね。そうしよう」
というわけで。
こうして改めて、クートの家に帰る。
その道中で、僕は考える。
先ほどの僕の言葉は――薄厚鎧で取り繕い切れなかった言葉であると同時に、僕が未だに正体を掴みかねている、【これ】という技術でもある。名前が分からないので【これ】扱いしてるけど、たぶん何かしらの名前はあるだろう。
で、【これ】が何なのかは分からない。
ただ、【これ】は僕がこの世界に来た瞬間から、使えることは本能的に悟っていた。
もっとも、詳しい発動条件は不明。
効果もよくわかっていないし、何を消費して発動しているのか……あるいは何も消費していないのか、その辺でさえもわからない。
ただ――漠然と分かっている範囲だと、【これ】は僕が偽りなく、そして取り繕わない言葉によって発動する。
効果は【これ】を介して発した言葉に概ね即しているから、真言や言霊に近しい何かだと思われる――ただし魔法かどうかは今のところ不明。
僕が【これ】を使った相手はこれまでに数人居るけれど、特殊な反応を示したのはディル翁一人だけ。そのディル翁にしても、【これ】を詳しくは知らないようだった――ただ、何か心当たりはあったのかな。
ディル翁が特別な反応をしたってことも踏まえて、この世界の魔法の一種って可能性も高いんだけれど……マジック、ロジック、ミスティック、テクニック、そしてパニックに月の魔法、占星術までを含めても、なんか該当しないというか。
他にも形があるのかも知れない。
この期に及んで知らない魔法って……とは思うけど、もし【これ】が本当に魔法の一種なのだとしたら、僕がこの世界で使えるようになった最初の魔法こそが【これ】なんだよね。ややこしい。
いずれは【これ】も研究したいけど……解析は洋輔に任せた方が確実だろう、当面僕は時々使ってちょっと試してみる程度で良いはずだ。
妙なところで暴発しないように薄厚鎧の完成も急がないと。
ちなみに【これ】が謎の技術であるのと逆に、薄厚鎧は僕自身が切り拓いている複合系の技術であって魔法ではない。
とはいえ誰にでも使えるわけではなく、『真偽判定』の発展系と錬金術による『理想の再現』をフル活用したものなので、まあ、尋常な技術とも言えない。
効果は『その舞台に相応しい演者として己を再定義する』もの。
その効果から分かる様に、本来は演劇部の部員として舞台で役者をする時より自然に、そしてより手軽に本格的な演技をできるように行うことを目的としたもの……なんだけど、まだ未完成の代物だ。
とはいえそのおかげで、異世界においてそれを上手いこと利用できているとも言えるんだけど。
具体的にはこの世界において、僕は原則『誰でもない誰か』という役を演じることで、ある程度行動をこの世界で浮きすぎないように調整しているのだ。
……まあ、元はと言えばアカシャに全くと言っても良いほど猫が居なかったので、もう一つの僕にとっての興奮対象である『血』に意識が傾くことが目に見えていて、洋輔が居ないことでストッパーも居ないから自分を抑えきれず、通り魔とかをしかねない自分を自覚していたから、無理矢理適応することで封じたっていうのが真相なんだけどね。
自制心が最後の最後できかなくなることくらいは、僕自身がよくよく自覚している。
……だからこそ、薄厚鎧の隙を突いてそんな通り魔としての一面が出ないように調整しなきゃいけないし、完成させないといけない。
正体を掴みかねている【これ】も大概怖いけど、それよりよっぽど、抑えがきかなくなった僕自身がしでかすと分かってる事のほうが怖いしね……。
丁度思考が終わったところでクートの家に到着。
クートは「ただいま」と小さな声で呟いて、一瞬宙を眺め、軽く頭を振ると僕に振り返る。
その表情は、少し吹っ切れたような様子だった。
……一瞬眺めたその空中に、クートは何を視たのだろう。
「出発は早くても明日でいいかな。おれ、もうすこしだけ……」
「もちろん」
「ごめん。ありがとう」
そう言ってクートは、リビングに座り、そのまま横になると、だらけた様子で微笑んだ。
一段落。そんな様子だけれど、その微笑にはなにか、不安を感じる――いや、危うさを感じる。
変な方向に向かなきゃ良いんだけど。
……そのくらいは僕が補整するべきか?
クートの横に座り、僕も休憩を取りつつ少し思案する。
「おれの父さんはさ」
「うん?」
「結構、お人好しで……他人を助けて、助けられて。そんな人だった」
持ちつ持たれつ……ね。
「情報ギルドとか、冒険者ギルドとか、商人会とか。いろんな所に顔を出して、いろんな所とやりとりをして……。今にして思えば、だから、変だったんだろうな。おれはおれの父さんが、結局どんな仕事をしていたのかさえ知らないんだよ」
…………?
ギルドに商人会とやりとりがあるのに、仕事内容が分からない?
そのくせお人好しで、他人を助けて助けられて……って、それは……、たしかに変な感じだな。
「父さんが死んだって話も……、最初にそれを伝えてくれたのは情報ギルドの人だった。その時おれは信じられなくてさ、まさか、父さんに限って……なんて思った。けれど次に商人会の人が来て、似たような事を伝えてきて……皆しておれを騙そうとしてるな、なんて怒りもした。……だから、冒険者ギルドの人が父さんの遺体を連れて帰ってきてくれたとき、おれはわけがわからなくなって――でも、皆がおれを支えてくれた」
……これもまた、きっと、ありふれた死の一つ。
たまたま僕の目についた、ただそれだけの――特別なことは何もないはずの死の一つ。
そのはずなのに。
なんだろうな……この奇妙な違和感は。
「支えてくれたことは嬉しいよ。でもおれ……、それ以上に、なんか怖いんだ。父さんが何者だったのかを知らないまま、知れないまま、いつかはそんな事を気にすることも無くなっちゃうのかなあって――」
「…………」
「――おれの父さんは何者だったんだろう。おれの父さんは……どうして」
ああ。
これか。
これが正体か。
「どうして殺されたんだろう」
クートは『誰に殺されたのか』を、それとなく察しているのだ。
あるいは教えられていたのか……ただ、『なんで殺されたのか』が分かっていない。
それが奇妙で、些細な、けれど確かな違和感として僕には見えたのだろう。
「……殺された?」
一応確認を取ると、クートは頷く。
「情報ギルドの人も、商人会の人も、冒険者ギルドの人も、皆そう言ってたし……死因も、胸を刺されたからだって。安置所で、教えて貰った」
……それぞれがそれぞれに、殺されたと言う事だけを伝えてきた?
隠しきれないと判断したからだろう、それは犯人の事かも知れないし、あるいはそれ以外の所かも知れない。
案外犯人はもうとっくに捕まってるのかもな……その上で、クートには秘密にしなければならない相手だったと考えるとどうだろう?
クートの父親の立場も、見えてくるかも知れない。
「けれど」
クートは言う。
「知らないままのほうが……良いのかな。皆にとってその方が良いならば、おれが我慢するだけでいいならば、そうしたほうがいいのかなとも思って。どうしようかなって――そう考えてたんだけれど。さっき玄関で、『けれど、何も変わらない』と思ったんだ」
けれど、何も変わらない。
「だから、おれは――」
相反する二つの言葉が重なって聞こえて――けれど、その先の言葉は中々紡がれず。
代わりに、すぅ、すぅ、と――規則的な、寝息が聞こえてくる。
寝てしまったようだ。
マート・ダイリン……か。聞き覚えは当然だけれど無い。
意味があるとも思えないけど、一応サムに問い合わせてみよう。
「……おやすみ」
クートは諦めかけている。
それはきっと、それで自然なのだろうけれど――それでも、僕との間に縁が出来た事に違いない。
少しお節介をしてみよう。
もちろん、『情けは人のためならず』なのだけれどね。




