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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 メーダーのアバイド
115/151

115 - 二言はない

 3月下弦29日。

 個人的なタイムリミットまではあと16年、キヌサ側のタイムリミット的にはあと2年。


 メーダーの玄関口、バジルシティに到着した翌日の朝。

 さすがにクートと二人でベッドで眠ってみると狭いかなとも思ったんだけど、今回メーダーに移動するために使ったブッシュベリー号の客室に置かれていたベッドよりもかなりのびのびと出来たあたり、人間意外と寝るのに場所は使わないものだ。


 まあ僕の場合、よっぽどの敵意が向けられない限りは蹴られても全く目が覚めないとか、そういう眠りの深さもあって、気にならなかっただけかもしれない。

 少なくとも海上の揺れる船よりかは眠りやすかったとは思う。

 身体が軽い感じがするのはそのせいだろうか?

 でもなんか重い感じもするんだよな……。


「あ、起きたか。おはよう、アバイド」

「おはよう……ふぁあ」


 あくびをしながら時計を確認、七時過ぎ。

 ちょっと寝坊気味なのは陸上での睡眠がその分快適だったからと考えよう。


「朝ご飯はトーストに目玉焼きをのせたやつだけど……食べられる?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして。すぐに焼けるから、食卓前に来てくれ」

「わかった」


 そそくさと去って行くクートに微妙な違和感……とも違うな、なにか遠慮みたいなものを感じたけれど、特に色別は反応がないし、あえてミスティックを使ってまで内心を探る必要も無い……よね、うん。


 ベッドから降りて軽く準備体操のように身体を動かす――違和感らしい違和感は無し、ま、大丈夫だろう。

 というわけでクートの部屋を後にしてダイニングキッチンの食卓前へ。


 クートはエプロンを着け、ガス台でフライパンを使って目玉焼きを焼き始めていた。

 一方、トーストはというとトースターで焼いている。

 ……トースター、あったのか……電気駆動っぽいな。昨晩は気づかなかったや。


 ちなみに昨日はクートと一緒にちょっと市場も回ってみたんだけど、これまでは殆ど見なかったような食材も普通に置かれていた。値段的にも決して高くはない……というか、安い。

 それでもトータルで見ると物価は平均的なので、なんで他国に回ってないのかなあとちょっと疑問ではある。


 マグロとか。

 一匹丸ごとからだけど。


 ……『丸ごと(それ)』が原因かもしれなかった。


 あとは『米粉』が売っていた。

 『米粉』。

 『米粉』である。

 ということはこの国、『お米』があるのではないかと思い問い合わせてみたところ、一応あるらしい。


 一応というのは、この国ではお米を炊いて食べる文化が一般的ではないからだ。

 小麦と同じで粉末状にして、それを色々と加工して食べるのが基本なのだとか。

 おかげで生春巻き用のライスペーパーもどきみたいなものも見つかっていたりする。


 あと、一般的にはお米を炊いて食べないと言うだけで、一部の地域はそうやって食べているところもある、らしい。

 久しぶりに食べたいなあ、お米。


「おまたせ、エッグトースト。サラダは温野菜だけれど……、これ、ドレッシングね。あと、デザートにいよかんを用意したけれど、食べられる? あんまり外国では食べないって聞いた事があるんだけど……」

「食べられる。大好物だよ。僕、なかなか他国でその好物を理解して貰えなくてさ……、いやあ、豪華な朝ご飯だ! いただきます!」

「はい、どうぞ」


 お米に思いをはせていたら朝ご飯が出てきたので、いざ実食。

 トーストはほどよくカリっと焼き上がり、表面に軽くバターを塗った上に目玉焼きを載せているようだ。

 目玉焼きは半熟よりちょっと硬い程度でこれが絶妙、黄身の部分を崩すととろりと僅かに染み渡る感じがグッド……、うん、クートは料理が得意なのか。


「おいしい……、クートって料理上手だね」

「褒められると嬉しいけど……いや、でも、昨晩のアバイドにはだいぶ敵わない程度だからな……」

「そう? 僕がこれと同じメニューを作っても、たぶんクートのほうが美味しく作れると思うけれど」

「あはは……お世辞でも嬉しいよ」


 尚、昨晩僕がガスコンロを使って作った料理はきんぴらゴボウや揚げ春巻き、春野菜のスープのすいとん。

 我ながらよく分からない組み合わせになったけれど、これは近いうちお米が食べられるかもしれない、と浮かれた結果である。


「ところで、クート。今日の予定は?」

「えっと、早速だけど墓とか棺桶の購入。棺桶の方は役場……安置所で紹介して貰えるから、墓石からだよ。名前も彫って貰わないと」

「ふむ」

「そういうアバイドはどうするんだ?」

「そうだねえ。工房と職人捜しは、まずクートの伝手を使おうと思ってるから、それまでは特に予定もないんだよね。メーダーは色々と……発見の多い国だから、見て回るのもありだけど――」


 ……ま、それは後でも出来るし。

 たぶん今はこちらの優先が正解だろう。


「――もし邪魔じゃなかったらだけれど、クートに付いていって良いかな?」

「おれに? ……別に、俺は良いけど。墓石のほうはともかく、その後の安置所は……、その、死体を置いてるところだからさ、ちょっと、アレだと思うよ」

「そうだろうね。けれど一応ついて行かせてよ」

「好奇心……? か?」

「いや流石に死体には興味がわかないかな……」


 じゃあどうして、そんな表情で返されたので、変に隠さずに言う。


「クートがいきなりお金を持っていったら、盗みを疑われるんじゃないかなって思ってね」

「あー……うん。実際おれ、スリもしたからなあ……いや、最初の相手がアバイドで、ごくごく普通に大失敗したけど……」


 あれで初犯だったのか……、これがまた、嘘じゃないんだもんな……。

 将来有望と言えないこともないけど、スリの才能って有望視してもいいのだろうか?

 使い方次第では化ける……? のかな……?


「そういうときに、僕が払ったって証明できれば変に怪しまれることもないでしょ」

「……ごめん。助かる、ありがとう」

「ありがとうはこちらの台詞でもあるかな。結局、まだこのバジルシティを僕はよくわかってないからね――特にその手のお店って裏通りにありそうだし、そのあたりの探索も兼ねてるようなものだよ」

「あはは。優しいな」

「ところが優しさとは別の目論見もあってね」

「……と言うと?」

「裏道とか路地裏には出るからね」

「…………。えっと……、出るって、幽霊とか、そういう?」


 信心深いなあ、感心。

 でもそうじゃない。

 というかメーダー、幽霊の概念あるのか……地味に少数派なんだよな、この世界だと。


「いかにもっていみでは出そうだけど、そうじゃないよ。僕が期待してるのは、猫だ」

「はあ。…………。猫?」

「うん。この街、野良猫の気配はそこそこするんだけど、なかなか表通りは人通りも多くて出てこないみたいだからさ」

「野良猫の気配って……」


 この正しい反応、随分振りだな。四年ぶりくらい……?


「アバイドは猫派なのか」

「そうだよ。バリッバリの猫派。犬も嫌いじゃないんだけどね……」

「犬? って、あの犬か?」

「…………? うん?」


 猫派に対して……犬じゃないの?


「メーダーには犬、殆どいないんだよ。随分前になんか、犬を感染源にした凶悪な病気が猛威を振るったらしくてね……その頃までは家で犬を飼ったりする家庭もあったって聞いてるけど、最近は大きな施設とか、権力者とか。あとは動物園にいるくらいなんだよ」


 へえ……、犬が感染源となると、……狂犬病かな?

 ……犬が動物園に居る光景ってどうなんだろう。なんか妙に好奇心がそそられるんだけど。


「って、じゃあ猫派の反対はメーダーだと何になるの?」

(たぬき)だよ」

「…………」


 たぬ……き……?

 狸って狂犬病のキャリアになる動物じゃなかったっけ……あれ? 勘違いかな……。

 まあ、きつねよりかは安全……なのか……。


「その反応、やっぱり外国と感覚は違うのか」

「猫派の反対は大概犬派だからね。狸は……、狐もだけど、それほどメジャーではないなあ」

「きつね? って、コンコンってやつ? それもまた珍しい生き物の名前だね」


 珍しい?

 いや、狐は結構アカシャとかにも居たような……。


「きつねも昔、犬とは違う病気の感染源になってたらしくて。それで……」


 ああうん。

 エキノコックスは怖いものな……。


 アカシャの猫狩りとかもそうだったけれど、この世界、わりと動物の生息範囲が偏ってるっぽい。


「なんかこの国の動物園にも試しに行ってみたいなあ……」

「あはは。それならばセイバの隣街にあるから、ついでに寄っていけると思う」

「それは良いことを聞いたね」


 ま、実際近付いてから考えるとしよう。


「ごちそうさま。美味しかったよ」

「ありがとう。……今からだと、まだ石屋も役場も開いてないか。少し食休みして、十時頃に行こう」

「そうだね。それまでの間はどうする?」

「おれは洗濯済ませちゃおうかなって。アバイドのも洗っちゃって良いかな?」

「うん。任せちゃって良い?」

「もちろん。このくらい、率先してやらせて貰うよ」


 で、洗濯は完全にクートに任せてしまう事に。

 どうやらクートは魔法を扱えないようだ。

 魔力(オド)の絶対量が多いっぽいし、素質はありそうなんだけど……この国だと、魔法なんて使えなくても電化製品やら都市ガスやらで結構どうとでもなるからな。

 魔法という面倒なものを敢えて習得する必要も無いって事だと思う――だとしてもちょっと勿体ないけれど。プラマナ生まれだったら結構いい線いってそうだし。


 洗濯の後、物干しに干すところは手伝い、時間的には未だ猶予があったので、この街の簡単な地図をクートの覚えている範囲で描いて貰い、簡単に目的地を説明して貰うことに。


 まず、今僕が居るこのクートの家はバジルシティの北部住宅街の東部にあたる。

 サトサンガのハインほどあからさまではないけれど、区画毎に結構偏りはあるようで、この住宅街には住宅以外が殆ど無く、また商業街には商業系の施設以外は殆ど無いらしい。


 で、メインストリートの北側はその八割ほどが住宅街、残る二割に商業街。

 メインストリートを挟んで南側は商業街や港に関連する施設、あとは行政機関もここにあたあるようで、メーダー中央銀行支店、メーダー冒険者ギルド、メーダー情報ギルド、メーダー商人会本部などはここにある。


 今日の目的地はまず墓石を売っている石屋、これはメインストリートの南側、かつ最西端にあるから、バジルシティの正反対側で、想像通りちょっと裏手側にあるらしい。

 その次に目指すのは安置所で、これは行政系……なんだけど、これは石屋から距離がそれほど離れていないそうだ。商売的には先に安置所があって、そのあと石屋ができたんだろうな。

 あとはお墓それ自体の場所だけど、これは北部、住宅街のさらに北。町外れにある住民墓地に作ることになるようだ。メーダー式の弔いでは土葬が基本だそうだから、今回もそうなるのだろう。


「……ふむ。どーりて、猫の気配が偏ってるわけだなあ」

「そう? なのか? 結構、あちこちで野良猫はみる感じだけど……」

「メインストリートより北側にはあんまり居ないんだよ。この周囲にも五匹くらいしか居ないし……、その五匹も野良猫かどうかは怪しいか。メーダーって飼い猫、一般的かな?」

「一般的かどうかはともかく、『ああ、猫飼ってるんだ』って人は見るよ」


 それは一般的と言って良さそうだ。

 てことは、いよいよこの近くにいる五匹は全部飼い猫かもな……。


「あと、この地図だと……だいたいこの辺に、妙に猫が集まってる感じなんだけど。何があるか知ってる?」

「んっと……、漁港? じゃないな、それは反対側だし。南部の商業と行政の境目あたり……、で、猫が集まりそうな場所……あったかな?」

「ふむ。心当たりがないか……」

「うん。ごめん、役に立てなくて」

「いやいや」


 つまりそこに猫が集まっていること自体が異常事態という説もあるけど、そこに猫を餌付けしている人が居るなんて可能性もある。だとすると僕と仲良しになれるだろう。

 猫好きに悪い人は居な――


「あ。」


 ――い、と、あれ?

 ぽん、と手を叩いてクートは僕を見てくる。

 ただしちょっと困っている様子だ。


「何か心当たりがあった?」

「…………。あったんだけど……えっと、知りたい?」

「うん。仲良しになれるかもしれないからね」

「…………。えっと、やっぱり知らない方が良いと思うよ?」

「え? なんで?」


 嘘……じゃないのか。

 なんでだろう、と答えを待っていると、数秒粘り、けれどクートは諦めたように目を知らして言った。


「そこ、保健所かも……」


 と。

 保健所。

 保健所?


「保健所……って?」

「えっと……。増えすぎた動物とかを、こう、……その……」

「ああ。一定期間収容して、引き取り手がいなかったら殺処分する的なところ?」

「うん」


 …………。


「よし。潰そう」

「満面の笑みで言う言葉じゃなくない!?」

「猫を捕まえあまつさえ殺処分するなんて万死……いや百万回は地獄に堕とさないと僕の気が晴れないよ。だから潰そう」

「『だから』じゃないよね!?」


    ◇


 クートが熱心に諦めさせようとしてきたので、潰すのは勘弁し、代わりに全ての鍵を強制的に解錠、囚われていた猫を逃がすだけで済ませておいた。


 今日のところはクートに免じてこれで勘弁しておいてやる。

 でも次は潰す。

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