114 - 豊かな生活
「ここがおれの住んでるところ」
「…………」
「……どうした?」
「ううん。僕はメーダーが初めてでね。なかなか……建物になれないというか」
「あー。海外って変な建物おおいって聞いた事あるなあ」
いや世界的に見ると変な建物はこっちだと思うけど……。
まあともあれ。
男の子に手を引かれて向った先は、また随分とノスタルジックでオリエンタルな家だった。
一階建ての一軒家。
この魔法大正義の世界においては珍しい……といってもこのメーダーでは一般的らしい木造建築で、屋根には瓦が使われている。
特段広くも狭くもなく、他の家屋と比べても特別どう特徴的ということもない。
それはつまり、男の子がスリを働かざるを得ない理由が致命的な貧しさではないことを意味している。少なくとも住環境に問題はないし、着ている衣服も品質値は平均値、汚れも殆ど無いしな。
「どうぞ、あがってよ」
「うん。おじゃまします」
靴は……、玄関で脱ぐタイプか。
いよいよ日本式というか、なんというか。この世界では初めてだな、家に上がるとき靴を脱ぐのって。屋形でさえ土足だったぞ。
通された客間にはふすまや障子によく似たものもあり、なんだか感覚が麻痺してきたぞ……。
また、室内の灯りは魔法ではなく電気をやはり使っているようで、使われている電球は白熱灯のようだ。
……LEDじゃなくてよかった。
「じゃあ早速だけれど」
「え、もう? ……じゃあちょっと、水浴びを」
「待って。まず間違い無くそれ誤解だから。僕の要件、そういう感じのものじゃないから」
「…………? でも、他にないだろ?」
「僕はまずお話を聞きたいんだよ。そのためにも名前を名乗ってくれるかな?」
「あ、うん。おれはクート・ダイリン」
さすがに名前までは日本式ではなかった。安心。
男の子の外見は黒髪、目の色も黒、肌の色もアジア系……と、色々と揃って居たからなあ……。
ま、メーダーで今のところ見かけている感じ、人種はものすごい混ざっているようだし、その辺は考えたら負けのような気がする。
「そういうえっと……、お兄さんは?」
「アバイド・ヴァーチュ。アバイドでいいよ」
「あ、海外の人っぽい名前だ」
「実際そうだし……ね」
「はは……えっと、それで? アバイドは、おれになにが聞きたいんだ? ……おれに施すなんて、よっぽどだろ?」
「施しの理由は気まぐれと偶然……かな。うん。聞きたいことはいくつかあるんだけれど、まず一つ目。なんで君は今すぐに、そんな大金が必要なの?」
「…………」
クートは少し黙り込み。
けれど、決意したように僕に向き直り、言う。
「……おれが生まれた時、母親が死んじゃっててさ。父さんが俺を一人で育ててくれたんだ。……でも、その父さんがついこの間、死んじゃったんだよ」
……残念ながら、嘘ではない。全て、真実か。
「父さんが蓄えを言付けてくれてたから、ちょっと生きていくくらいは出来る。その間に親戚になんとかお願いすれば、おれを引き取ってくれる、かもしれない。そうじゃなくても、その間に働き口を見つけられるかもしれないから、それはそこまで悲観してないんだ。でもさ、おれがそれに父さんが残したお金を使っちゃうと……、おれ、父さんに棺桶も買ってやれない。お墓だって高いんだ。……それが、金貨三十枚。今は役所の、安置所ってところで保管して貰ってるけど……それもタダじゃないから。そろそろ、限界で」
諦めるような笑みを浮かべて。
そして目尻には涙を浮かべて、クートは事情を伝えてくる。
メーダーは比較的、孤児対策が出来てる方だという話は聞いてるんだけど……条件が厳しいのかな? あるいはメーダーのその制度にも、何か裏があるのか。
無いほうがおかしいか。
「そっか。……事情は分かった。その上でさらに聞かせて貰うよ。クートはメーダーで生まれ育った、んだよね?」
「うん」
「メーダー国内のこと、どのくらい分かる? 僕にも色々と事情があってね。今は武具造りの工房を探しているんだけれど、そういう工房が多くあるような街とかが分かるかな」
「工房……? 最寄りだとルバーブかな。ちょっと遠くてもいいなら、セイバ。そこで良いなら、おれ、ちょっとだけ案内もできるよ。……というか、そこにおれの親戚がいるから都合が良いって話なんだけど」
そしてラッキーにも利害の一致も出来そうだ。
真偽判定でも嘘はない。本人がその『親戚』をそれほど頼りに出来ないだろうと考えていることを除けば。
『ちょっと遠くても』というのが理由だろうな、遠いこともあって親戚付き合いはそれほど無かったのだろう。それでも多少の案内ができるあたり、一応の交友はあったようだ。
「セイバまではどうやって移動して、どのくらい時間が掛かるかわかる?」
「馬車の定期便なら、片道で四日くらい。飛行船……は、使う方が遅くなると思う。バジルシティからの直航便がないし、セイバの最寄りから結局馬車で戻らなきゃいけないから。歩きだと……十日はかかるんじゃないかな。間にいくらでも休憩所はあるけど」
「馬車で片道四日か……」
定期便もあるのか。ならばそれほど身構える必要も無い。
物事何から始まるかはわからないものだ――目指す工房はまず、セイバにするとしよう。
「ありがとう、クート。とりあえずここまでのお話に対価として金貨三十枚は今払うけど、それとは別に少し交渉しても良いかな」
「え、あ、うん。……って、本当に金貨が出てきた……、え、いいの? 本当に? 返さないぞ?」
「いいよ。正当……、かどうかは分からないけど、ま、こっちのお願いを聞いて貰った報酬だと思って」
「……うん。ありがとう。その善意に、甘えるよ」
これで墓が作れるよ、と。
クートは、寂しげに笑って言う。
強いなあ――心が強い。
だからこそとても危うくも見える。
変に希望を与えない方がよかった……なんて後悔は、したくないものだ。
「交渉……ってのは、何だ?」
「ちょっとでも案内が出来るならば、セイバでの案内をお願いしようと思ってね。セイバへの馬車代とか、宿代とかは全部僕が出す。クートもセイバの親戚に用事があるなら丁度いいでしょ?」
「……いいのか? 結構、高いぞ?」
「良いよ、そのくらいはね。ただ、交渉はまだ終わってないよ。僕は今、宿無しでね。適当な宿屋を借りるつもりだったんだけれど、クートが良いなら、この家に泊めさせてくれないかな」
「そりゃ、構わないけど……元々おれと父さんで暮らしてたから、部屋数的には丁度いいし。でも、宿屋じゃないからもてなしはできないよ。風呂だって狭いし」
「うん。その辺は大丈夫。当然、泊まらせてもらうんだから、その分クートにお金も払うよ」
「あ……、うん。…………。ありがとう」
どういたしまして。
「けど、すぐに行かないで良いのか? 用事……なんだよな?」
「そりゃあね。いつまでものんびりはしていられないのも本当だ。けど、猶予は結構ある……来年の4月頃までに帰れれば、それで十分早く済むって程度の用事だ。それに船で移動してたせいで、ちょっと休憩を入れたいし……ね」
「…………、」
「どうせ休憩で何日かは休むんだ。だからクートはしっかりと、お父さんを弔ってよ」
「……うん。…………。はは、初対面の子に……しかも、最初はおれがスリなんてしようとしたのに。ここまで手厚く、してくれるなんて。神様はおれを見捨てたとおもったけれど……でも、助けてくれる人も居るんだな」
捨てる神あれば拾う神あり……みたいな感じか。
その場合、僕は過去、別の異世界で魔神と呼ばれていた事もあるので、これはちょっと……よろしくない神様な気もするけれど、まあ、いいや。
「でも、ごめん。できるかぎり急ぐけど、弔うとなると、どうやっても一弦はかかると思う。本当にそれでもいいのか?」
「構わないよ。その間ちゃんと泊めてくれるならね」
「……うん。ありがとう」
「それは僕の台詞だよ」
追加で金貨を取り出して、と。
一日あたり金貨二枚くらいでいいかな?
一弦だから三十枚と、弔うとなれば棺桶とお墓以外にもかかるお金がちらほらあるはず。
その予備費も含めて、金貨百枚ほどを追加でクートに渡す。
「一弦分の宿泊費と予備費。先に渡しておくよ」
「……お兄さんは――アバイドは、本当にそれでいいのか? 見ず知らずのおれなんかのために、こんな大金を出しちゃっても」
「見ず知らずだったのはついさっきまでの話だよ。もうお互いに名前も知ってるんだから。それになにも、ただ僕がお金を払うだけじゃない。クートから対価も貰っているしね。だから、僕に不満はないよ」
「…………。恩人に言うのもアレだけど。変わり者だな」
「良く言われるよ」
金貨はそれでもしっかりと受け取り、クートは表情を少し緩ませた。
「でも、貰ってばかりはやっぱりおれの性にも合わないし、父さんも『他人任せで弔われてもうれしくないぞ』ってあの世で言ってるかもしれない。だからさ……アバイド、おれと一緒の時は、おれになんでも言ってくれよ。本当になんでもするからさ」
ふむ。特に急ぎのお願いはないのだけど……、却って不安に思わせてしまうのも嫌だな。
何か適当なお願い……ああ、丁度いいのがあるや。
「セイバまでの馬車とかは一段落した後に一緒に手配に行くとして……、この家の水場周りの説明と、寝床の準備だけは先にお願いしてもいいかな」
勝手に人の家の部屋を漁るのは失礼だし、まして勝手に寝床を使うのは失礼を通り越して無礼だろう。
……と思ったんだけど、あれ?
クートはきょとんとしている。
「水場? って?」
「……あれ?」
ない……って事は無いよね?
風呂場は狭いとか……待てよ。風呂場。風呂場って言ってたな、そういえば。
「えっと……、お風呂場と、お手洗いは?」
「それならあるよ。えっと……、口で説明するより、付いてきてくれた方がはやいな。ちょっといいか?」
「うん」
というわけで、色々と家の事情を案内して貰う。
まず今僕達がいる部屋は客間というより居間だったようで、普段使いの部屋なのだそうだ。
そんな居間にある襖を開けると、その先がダイニングになっていて、食事はこっちでとるのらしい。そんなダイニングからはキッチンが直通だから、厳密にはダイニングキッチンかな。
…………。
いや、待て。キッチンが随分となんか……思ってたのと違うんだけど。
シンク台があるし、なんか蛇口っぽいものもある……。
「そういえば海外だと珍しいんだっけ、水道って」
「……そうだね、下水道の方は結構見るんだけど。上水道は今日初めて見るよ」
「海外の人達って水、どうしてるんだ?」
「井戸とか。魔法が使える人はそれで済ませてるよ」
「へえ……不便そうだな……」
説明をして貰ったところ、蛇口っぽいものは本当に蛇口だった。仕組みはこっちのほうが流石に原始的かなと思ったらそうでもない。学校にあるような蛇口と大差無いな……。
で、捻れば勝手に水が出てくることも同じく。
尚、この蛇口に限らず、上水道から流れる水は浄化水で、飲食にも適するようだ。
また、調理に使うガス台もしっかりガス台だった。竈ではない。
「え……? 海外って火で調理しないのか?」
「いや調理はするんだけど、ガスじゃないんだよね。薪とか、炭とか、例によって魔法で火をおこして使うんだよ」
「……つくづく不便そうだな……」
というよりメーダーが便利すぎるというか……。
なんか嫌な予感がし始めるも、案内は続行して貰い、廊下に出てちょっと歩いた先の扉の前でクートが立ち止まる。
「ここがトイレ。……なんか海外と違うかも知れないから一応中も見ておくか」
扉を開けて中を見ると、うん、見覚えがあると言えば見覚えがある、けれどそれはこの世界ではない感じのトイレがあった。いわゆるごくごく一般的な洋式の水洗式トイレだ。ウォシュレットはさすがに無いけど……。
どっかに見覚えのあるメーカー名とか入ってないよね?
……入ってなかった。
「水はそのレバーを引くと流れる仕組みになってる。水は勝手に溜まるから、おいといて大丈夫だからな」
「うん……便利だね、メーダー」
「……海外、不便だな」
そして次はトイレの横にあたる所の扉。
開けるとそこは脱衣所になっていて、洗濯台も置かれている。
よかった、洗濯機じゃない……と安心したけど、『一家に一台洗濯機』とか、普通に街で売ってたな……。
ともあれ脱衣所の億側には磨りガラスの扉があり、その先がお風呂場になっている。
「風呂、狭いだろ?」
「確かに海外と比べれば、大分コンパクトだね。でも……。ねえ、もしかしてあの蛇口、お湯が出たりする?」
「そりゃ風呂だもん。当然だろ?」
当然だよなあ。
うん、僕もこの見た目の風呂場に入ったら絶対にお湯が出ると思うよ。
……現代的とは言うまいけれど、一昔前の戸建ての家にある普通のお風呂場って感じ。
この風呂釜、たぶんだけれどバランス釜だよね……追い炊きができるやつ。
メーダーの『道具』って魔法的な道具じゃないかなーって期待してたんだけど、これ、ただの科学なんじゃ……?
「次は部屋……なんだけど……」
「うん?」
「いや。この家、おれの部屋と父さんの部屋にしかベッドがないんだ。……かといって、父さんの部屋はちょっと、縁起が悪いしな。おれの部屋でいいか?」
「僕は気にしないけれど、クートは大丈夫なの?」
「おれは別に、居間でごろ寝でも大丈夫だよ」
「いやあ……」
ともあれクートの部屋に案内され、中を見てみる……と、よかった、ここは海外とそれほど変わりが無い。灯りが電気というくらいだろうか。
ベッドは一つ、大人用かな? クート用としては少し大きいくらいだ。
「んー。一緒に寝ちゃおうか。ベッドがこれだけ大きければ、僕達の大きさなら大丈夫でしょ。それにその方が都合も良いよ」
「え……あ、うん。わかった」
床で寝ると身体を痛めるし。
かといって布団を新しく用意させるのも悪いし、ベッドの大きさにも余裕がある。
これなら二人で一緒に寝ても大丈夫だろう、ちょっと狭さは感じるかな?
でもまあ、身体を痛めさせるよりかは僕にとっても心がそれほど痛まないし、都合は良い。
クートもおずおずと頷いている。
「ちなみに、隣の部屋がクートのお父さんの部屋?」
「そうだよ。一通りの整理はしてあるんだけど、まだ終わってないんだ」
「そっか。じゃ、その部屋には入らないようにするよ」
「ごめんな」
「いやいや。泊めて貰う僕の方こそだよ」
これで当面の宿は確保完了、将来的な案内役もゲット。
「そうだ。クート、ご飯はどうする?」
「どうもこうも、おれが準備するつもりだったけど……? 何か、リクエストか?」
「いやあ、折角だからお手伝いしようかと思って。というのが名目、ガス台を使ってみたいというのが本音」
「なるほど。別にガス台に限らず、この家のものでもおれでも、好きに使ってくれよ」
「そう? じゃあ、そうさせて貰おうかな――」
情けは人のためならずってね。




