113 - 第一歩
「随分と繁盛してるようだな」
「おかげさまでね。とはいえ、そろそろホウザの特需も終わりそうだ」
「あの焼失範囲から考えりゃ、ずいぶんと復興のペースは早かったなあ」
「大火、それも史上最大級――とはいえ、言ってしまえば火事だからな。火事現場への後処理それ自体はどの国にもマニュアルがある。サトサンガは軍も投入してそれを済ませたわけだ」
「そりゃあそうなんだろうが、何もない場所に人は住まねえだろ」
「何も無ければな。だがいっそあそこまで綺麗になくなると、新しく作り直しやすかったらしい。ホウザの水道系を抑えたのは豪商パタリロ、建築系は同じく豪商ヤーラカ。あの二つの豪商が利権を抑えたのもでかかったな、あっと言うまに上下水道完備の街並みになったし――そういう『楽』な環境に惹かれる人間は決して少なくなかった」
「まあ、だからといって貴族のお歴々が移住を始めたのには正直笑ったがな」
「笑っては失礼だろう。大切なお客様なのだぞ」
「そう言いつつ随分と悪い笑みをしてやがるな」
「儲かるからな」
「今度は真顔かよ……え、儲かるのが悪いのか?」
「いや。うちはその辺、問題ないんだが……いくつかの商会は、向こう一年がちょっと厳しいかも知れない」
「…………? というと?」
「ホウザの特需に甘えすぎてるんだよ。いつまでもホウザが俺たち、メーダーの商人を使ってくれるわけでもないのに、そこでしか儲けられないような商売をしてる連中がいる」
「それはまた……、短期的に見りゃ良いんだろうが」
「長期的に見れば手の込んだ自殺だな」
「忠告はしないのか?」
「半年前に大統領が演説で一度釘を刺した。その後もメーダー商人会で何度か議題にもなってるが……、そいつら、メーダー商人会に委任状を出すだけだからな」
「委任状って……。そいつら、もうメーダーでの商売は諦めてるんじゃねえのか? サトサンガ、ホウザだけで生きていくと決めたとか」
「そいつらがそうしたいと望むのは勝手だがね。メーダー商人会に所属している以上、サトサンガの商人会には参加出来ない。早々にこっちの商人会を抜けてサトサンガの商人会に転籍していれば、それこそウェイス商会とか、メーダーでは零細でもサトサンガで豪商になれる可能性はあったんだが。もう遅いだろうな……」
「今からでも転籍するっていうのは?」
「メーダーでの実績を全て捨てる覚悟をまず要求されるな。次にサトサンガで活動するための許可を商人会や政府に貰わなきゃならないし、税金の納付先もサトサンガになる。今はホウザ復興特措法でサトサンガがメーダーに対して関税を停止、その上で外洋貨物船に補助金まで出してるだろ? それがサトサンガの商人になると受けられなくなる。あと、メーダーだといわゆる『外洋法』で外洋船に保険がタダ同然で掛けられるし、船団の寄港地とかもメーダーが手続きを一括してやってくれる。多少の税はとられてもそれだけで、細かい手続きが必要無い。……ところが、サトサンガ商人会に所属すると、メーダーのそういう支援が全部無くなる。自動保険がないから遭難リスクに自主的な保険を掛けることになる、十倍くらいは掛かるだろうな。それに寄港地の設定も全部、それぞれの港と事前交渉だ。サトサンガはその辺の制度がないらしいから……、こっちは金だけじゃなく人脈面でもきついだろうな」
「…………、なるほど。今でもメーダー商人会の後ろ盾でホウザで儲けてる連中は、メーダーのそういうサポートがあるから儲けやすいわけか。サトサンガに移るとその辺がなくなって大変なことになると」
「移らなくても大変というのがこの話の肝でなあ。特措法がそろそろ解除される見込みなのさ。そうなりゃ関税は復活、それだけで儲け分は殆ど飛ぶ。『だからこそ』、早め早めにそれ以外の儲け筋を確保しておかないといかなかったんだ」
「……じゃあ、詰んでるって事か?」
「だから言っただろ。手の込んだ自殺だって」
◇
商人達の世間話にしっかりと聞き耳を立てつつ、メーダーへの入国手続きの順番待ち。
メーダーの出入国管理は厳重な部類で、しっかりと一人一人に名前や国籍を確認し、また入国目的も確認するほか、持ち物のチェックもある程度行われる。
僕はあいにくと普通の海外旅行をしたことがないけど、いわゆる入国管理局みたいなやつかなあと思う……いやでも検疫っぽいこともしてるからな。どうなのかな?
ともあれ。
クラのポートマツサを出向した外洋客船、『ブッシュベリー号』に乗って移動すること三日ほど、メーダー、外洋の玄関口でもあるらしいバジルシティという港に到着し、現在、僕はそこで入国管理の順番待ちをしているのだった。
僕以外にも三十人くらいが待っていて、入国管理の窓口は三つ。これが結構時間が掛かるのだから、世間話に意識が向ってしまうのも仕方が無いこと……だよね? 多分。
まあ、ようやく順番が来たので窓口へ。
「ようこそ、メーダーへ。お名前と国籍を。もし持っているならば、身分証も提示して下さい」
「クラ国キヌサ領出身。アバイド・ヴァーチュです。これが身分証になるのかな……、領主様から頂いたものなのですが」
御屋形様から貰った親書……とは別に、御屋形様が『身分証』として持たせてくれた指輪を渡すと、受付さんは少し意外そうに、けれどすぐに元の表情にもどって頷いた。
「拝見します。照合クリア。ご協力に感謝します。アバイド・ヴァーチュさん」
「どういたしまして」
結構強制力の強いタイプの身分証だったようだ。
しかし照合って……、冒険者の依頼プレートみたいな仕組みかな?
御屋形様、そのあたりは説明してくれてないんだよね。ハイゼさんも同席してたけど何も言わなかったあたり、僕が知らないだけで常識なのかも知れない。
尚、今回はそんな照合が出来る程度には正当な方法で作られた身分で行動することになる。
リリ・クルコウスとしてメーダーに派遣されるのだからそう名乗るべきか、それともこれまで活動する国をかえる度に名前を変えた方に習って適当な偽名を名乗るかは悩みどころだったのだけれど、
『リリ・クルコウスが出国した――という情報が漏れるリスクは大きい。できれば今回の行動、リリ・クルコウスではない誰かのものだとした方が良いかと』
というホーマンさんの意見にシーリンさんとカティが同調したこともあって、その場で偽名を使う事が確定。
好きに名乗れと言われたので、今回はアバイド・ヴァーチュという名前にしてみた。
ちなみに『リリ・クルコウス』の元ネタが担任の緒方さゆり先生だった割りに、おもったよりかは名前の言霊に行動が歪められることはなかったかな?
とも思ってたんだけど、冷静に考えてみると錬金術をフランカ達三人に教えていたり、またキヌサでのエリート養成がまともに動き始めてからはロニやリーバルを含めた四人組相手に魔法や単純な座学を教えていたりと、行動が歪んだというよりごく自然に、『あたりまえ』のこととして他人にものごとを教えていたことに気づいたわけで。
やっぱり名前は細心の注意を払うべきだろう。
そして今回メーダーでやらなければならないこと――職人探しと交渉――、そしてやりたいこと――魔法のリソースとしての『道具』の調査――を踏まえ、オールマイティな才覚、かつ無難にものごとを納める事に長けつつも、生徒会役員に選ばれるなど人望にも厚いクラスメイトで友人の佐藤徳久くんから名前を拝借することに。
ヴァーチュが『徳』で、アバイドは恒『久』だ。
確か。
「さて、次に今回はどのような要件でメーダーに?」
「人捜しとお勉強って感じです。観光は……どうかな? する余裕があったらしたいんだけれど。おすすめスポット、あります?」
「そうですねえ。クラの方々に人気なのは、ヤーラカの塔でしょうか」
「ヤーラカの塔……?」
「ええ。メーダーにある建築物の中でも特に高層建築でして。展望台もありますよ。詳しい事は観光事務局などで聞いてみて下さいね」
「はい。ありがとうございます」
「以上で手続きは完了です。目的が果たされますよう」
と、手続きはあっさり終了。
他の人よりものすごくさくさく進んだな……、十分くらいはかかってる人が多かったんだけど、二分もかからなかったぞ。
……身分証の指輪が利いたのだろうか?
あとでサムに聞いてみようっと。
で、ヤーラカの塔ね……。
ヤーラカってさっきの商人達が世間話に出してたよな、豪商の名前として。建築系だっけ? ということはその豪商が建てたのか、あるいは豪商の拠点になっているのかって所か。
塔という建築物がこの世界では少ないこともあるし、ちょっと気になるな。
観光目的ではないけど、ちょっと探ってみても良いかもしれない。
そんな内心はさておいて、入国管理を抜けていざ建物の外へと出る。
メーダーはバジルシティの街並みはどんなのかな――
「おっ……と……?」
――と、開幕で既に想定外だった。
なんていうんだっけこれ。
モダンとかゴシックとか、そういう感じの、けれどそれとは全く違った言い方……小学校の社会かなにかで出てきたような、えっと、レトロ……じゃなくて、そう、『はいから』、ハイカラだ。
他国と建築様式を似せているけど、根本的なところでその違いがあるというか……和の建築物を無理矢理洋風に改装した感じというか。
なんかそんな街並みである。
ただ、所々には街灯があり、それらの街灯は電気仕掛けに見える。
他にもお店の看板がネオンとは違うだろうけど、なんか色つきの電球看板だったり、なんとも地球上の感覚を持つ僕としては違和感を強く感じる空間になっている。
大正時代の東京ってこんな感じだったのかな?
いや大正時代の東京ってどんな感じだったんだろう……。
江戸時代の江戸なら渡鶴で『再現』して見たことが何度かあるんだけど、近代化して以降って実はそれほど見てないんだよね。
そんな事を思いつつも、ちょっと歩いてみる。
「時代は電化! 電気で動く便利な道具、電化製品を置いてるよっ! 一家に一台、洗濯機はどうだい!」
「次発の飛行船への乗船券は今日の十八時に販売終了だ! 首都へ一番早く着く、飛行船の利用はこちらからな!」
「写本、写本はいかがかな! うちは早くて安いよ、ぜひ使っておくれ!」
うん、やっぱり違和感しかないよこの街。いや国か?
メーダーって国が異質だって話はこれまでの噂から明に暗に聞いていたし、入管施設に入る前、船の甲板からちらっと見た範囲でも『あれえ……?』とか思ってはいたんだけど、こうやって歩いてみるといよいよ、認識にギャップが出来ると言うか。
テーマパークに時々ある『昔の街並みを再現コーナー』が貫かれてる感じ。
電気や電化製品はこの際許すとして、となれば飛行船とか写本もまあ許せるとして、なにが違和感の原因かといえば単純明快。建築様式だ。
これまで僕が回ってきたアカシャ、サトサンガ、プラマナ、そしてクラは、そりゃあ多かれ少なかれ特徴はあったし、ゴシック系からルネサンス系、バロック系とかが微妙なバランスで混じり合っていたんだけど、この国の建築様式は『日本的』、オリエンタルな感じがする。
百歩譲ってそれを特徴とするならクラじゃない?
島国じゃないけど似たような事をしていて戦国時代やってるんだし。
クラの街並みはもろに洋風、ゴシック基調なんだよね……。
「…………」
ま、このギャップに意味が無いことも殆ど確信に近いので、慣れるまでの問題か。
早めに慣れておかないとな……まてよ、ヤーラカの塔ってエッフェル塔的なものだと思ってたけど、この調子だと東京タワー的なものが出てくるんじゃない?
…………。
その時は見なかったフリをして別の街へ行こう。
そんな決意をしつつ歩いていると、そこそこ混み合う道ということもあってか、どん、と、子供とぶつかってしまった。
「おっと。ごめんよ」
「いえ……ああ」
男の子は謝ってそのまますり抜けていこうとしたので首根っこを掴んで引っ張り上げ、ぐえ、と息を漏らした所で男の子の手からは指輪がこぼれ落ちた。
油断も隙もありゃしないな……。
「ぶつかったことは仕方ないけど、物取りはよくないな」
「ぐぐぐ……」
ぐぐぐ?
ああ、首が絞まってるのか。
適当に離して指輪を拾うと、その男の子はけほけほとその場で咳き込んでいる。
こんな様子を見ても周囲の人々の動きにはそれほど影響がない――つまりは日常茶飯事。
治安は決して良いとはいえないようだ。悪いというわけでもないようだけど……。
「おれと大差無いのに、どっからそんな力……」
「そんな事を聞くよりも、何か言うことがあるんじゃない?」
「……お金ください」
……いや、そうじゃなくて。
この子が特別変なのか、それともメーダー全体がこんな感じなのか……?
「あ、違う。えっと。なにも一方的にくれっていうんじゃなくて……。やれっていうなら何でもするからさ! どうしても今、おれ、お金が必要で……」
「ふうん……何でも、か」
……まあいいや。
どうせ目星もあてもなかった。
こういうトラブルから広げていくのも考え方の一つだろう。
「じゃあちょっと、僕に協力して貰おうかな。その範囲を決めるためにも先に聞くけど、君は今、いくらくらい欲しいの?」
「え……? 意外と乗り気……?」
「いや要らないなら良いけど」
「ごめんなさい。要ります。欲しいです。ほんっとうに何でもするので……えっと、貰えるならいくらでもってのが本心だけど、まずは金貨三十枚くらい急いでなんとかしなきゃいけなくて……その、色々と一方的で悪いんだけど! 本当に! 下さい!」
金貨三十枚……、まあまあの額ではあるな。
借金か?
いや子供が借金をできる国だとも思えない。
となると、何か緊急の出費があるって所か……。
「いいよ」
「だよな、ダメ……、…………、え? 『いいよ』って言った?」
「うん」
「うんって……えっと……、金貨三十枚だぞ?」
「何でもしてくれるんでしょ。ならばそのくらいは出すよ。そのためにも、まずは君が住んでるところに案内してよ」
「…………、」
男の子は困惑がちに。
けれど『この機会は逃せない』という結論だけは先に出ているようで、渋々といった様子で頷くと、こっちだよ、と、赤面しながらも僕の手を引くようにして歩き出した。
…………。
なんか誤解されてる気がする……。




