112 - キヌサの結論
現在、キヌサと接して領を持つのは次の五勢力で、無理なく動員できると思われる兵力も添えるとこんな感じ。
北東、ミズイ。兵力五万八千。
東、ワア。兵力六千。
南、サト。兵力九千。
西、チュビ。兵力一万。
北西、バンタ。兵力六万三千。
で、この数字は所詮無理なく動員できる兵力であって、無理をすれば二割程度はかさ増しできるというのが三将の結論。
同時に、これは単に数字だけでみた話であって、実際には兵站の面でもう少し制約がかかるだろうというのがカティの言で、ハイゼさんもそれを認めている。
総合すると、先ほどの兵力とは『防衛決戦において動員できる数』。
じゃあ全面攻勢に出たとき、その数字はどう補整するべきだろうか?
答えを持っていたのはやはりというか、カティである。
「本来ならば六割程度で考えれば丁度いいはず。しかし今回は最悪を予想しなければならないこと……そして、正直に言えば『五勢力から攻め込まれるケースは最悪でも何でも無い』ことを考えれば、ここは素直に十割の兵力で攻めてきたと考えるべきです」
ごもっともだった。
一方、キヌサが現在持っている兵力は二万二千。
この中には特化集団があり、弓兵部隊が二千、魔法部隊が百かける五部隊。
残りの一万九千五百は通常の兵科で、基本的には槍と鎧が支給されている。
練兵の状態はかなり良く、現状では数以上にその働きを見せることが出来るだろう。
ただし、この二万二千という兵力は『無理をした』数字であり、本来キヌサが運用できる兵数は一万五千程度である。
七千ほど無理して徴兵しているけれど、正直この七千のうち半数でも失うと、キヌサという勢力はかなり先が辛くなる事に注意が必要である。
「敵の数はおよそ十五万。これに対して二万二千……。勝負にもならんな」
「防衛戦の利、地の利を使おうとしても、相手がそれに乗ってくれるとは限らぬからな。特にミズイとバンタは砦や陣屋といった普請を避けるだろう、それこそチュビやワアの側から攻め寄せてくる事もありうる」
「以前、ミズイとバンタが攻めてきたときはその点、戦場を限定できていた。それが今回はできない……相手の自由に攻められる……」
それだけではない。
「相手が軍事魔法を使ってくる可能性も考えないといけません。幸い、魔法に特化した部隊は一つでそれを妨害しうるのですが……」
「裏を返せば五方面に散らばらせなければならぬか」
「はい」
ま、もとよりその五百人は計算から外すようにと常々言われていたし、これに不満を漏らす将はいない。
とはいえプラスとして数えられる何かが一つも無いというのは、ちょっと、きついな。
「カティの部下でミズイに仕官している将に寝返らせることは出来ませんか?」
「将単体ならばそれほど難しくはない。だが横から弓を打つような真似は厳しいだろうな、兵はミズイの者だ。なかなか……な」
……そりゃそうだ。
「……一方向につきおよそ四千か。ミズイ・バンタ以外には抵抗程度は出来そうだが……」
「肝心のミズイとバンタに全く抵抗できぬ。戦争? 違うな、これはただ『通過するだけ』だ。半日さえ時は稼げまい」
つまり。
既に現時点で、キヌサが全勢力を敵に回す事はあまりにも非現実的である。
それが結論だ。
気まずい沈黙が場を支配する。
「…………。後先を考えないならば、どうとでもなるのだけれど――」
僕のつぶやきに、他の五人はそれぞれ反応し――けれど、何も言うことはしない。
ろくな事ではないと、これまでの付き合いで理解しているのだ。
それでも、この状況では聞かざるを得ない、と判断したのか。
シーリンさんが、言った。
「その方法は?」
「戦争になる前に一方的に虐殺してしまうか、あるいは戦争が起きた際に馬鹿げた規模の結界を用いて戦場を強制的に限定するか。前者は論外、後者は実現性があまりにも低い。……結界でなくてもいいならば、僕が多少は細工ができますけれど、おすすめはしません。以前僕はそれを『別の所』でやった結果、それはもう大災害がおきたので」
「大災害……?」
それはこの世界での話ではないけれど……魔神として動いた、二度目の異世界で作った『ピュアキネシスの壁』。それを使って鎖国する、まあ、極論だけれど結構有効だとは思う。
戦場を限定し、相手の戦力がどうやっても五千程度しか入れない状態にしておいて、かつそこをキリングスペースにしてしまえば一方的に数を討ち減らす事だって出来るだろう。
ただアレ、風も止めちゃうんだよな。
天候的な意味での大災害が起きることが必至で、キヌサ領内は大きく気候が崩れるだろう。
実用には耐えない。
「ま、どちらも『後先』が必要なキヌサにとっては使えない手だと、そういう事です」
「リリ・クルコウスの理不尽でも絶対に無理か」
「絶対とも言えませんけれど……かなり特殊な条件下でも、正直厳しいですよ。具体的にはバンタあたりに不死鳥が突然現れるとか、そういう特殊な条件です」
「なるほど、非現実的だな」
尚、この数年間、不死鳥はそれでもちらほら観測されている。
最新ではまたしてもクタスタに現れ、大水害があった地域に今度は風害をもたらしかけたとか……まあ、幸い大風害になるまえには討伐が出来たようで、その点はよかったとしか言いようがないのだけれど。
「比較的現実的な部類で言うならば、各勢力の実戦指揮官を暗殺するとかも手になります。ただ、時間稼ぎに過ぎないし、遅かれ早かれキヌサが犯人だとバレる。結局全面攻勢を買うだけです」
「となると……。うむ。無理だな」
ガーランドさんがそう結論を出し、シーリンさんとホーマンさんもそれに頷く。
ハイゼさんは残念そうに、カティは当然といった様子でそれに頷いて、僕も頷くことで全員の共通見解が完成。
「少なくとも冒険者ギルドを利用して、大々的に工房を設置することは不可能。それをした時点でキヌサは詰む」
「とはいえ工房が領内にないとなると、いずれ力を取り戻したミズイやバンタに手の打ちようが無くなるかも知れぬな」
「それだけではない。リリ・クルコウスはそれを実現したとき、『古く尊き血』がもめると見ていたな。何か状況に変化があったか?」
「まだ発表はされていませんが、アーレン家の正妻が懐妊しています。跡継ぎは年末にも産まる見込み。一方、セイレン家は跡継ぎ候補が夭折したのは記憶に新しく、この夭折にアーレン家が関わった可能性が僕が詳しく調べた限りでも……それなりに高いです。物証まではありませんが、使われた毒のルートをもう少し詰めればあるいは……」
「……ろくな事をせぬな、アーレンは。いや、被害者と加害者が『前回』と入れ替わっただけか……」
頷くことで――答えとする。
この二つの家、調べれば調べるほど、ほんっとうに仲が悪い。隙あらば暗殺しあっているほどだ、よくそれで家が保てているよな……。
古く尊き血の血って、こう、血統とか血脈じゃなくてそういう暗殺とかで流れる血のほうなんじゃないの? と思うほどに。
「すぐに何かが起きるわけではないですが、それほど遠くない内に、意趣返しはあるでしょう。数年内……に古く尊き血はまた大きく揉めると僕は見ています。その時、キヌサが他勢力からの侵攻に耐えきっているようならば、間違い無く頼られる。これまでも彼らが望み、けれど叶わなかった『最後の決戦』を行うために」
「その時キヌサがその状況にないならば……つまり、現状を維持している場合だが、その時はどうなる?」
「断定はしかねますが、アーレンかセイレンのどちらかは結局ゴチエを出るでしょう。その時ゴチエに次ぐであろう勢力に滑り込むと見ています。ミズイはやや頼りない……キヌサもその場合は選択肢には入っても、実質的には不可能とみるはず。となると、残るのは一つしかありません」
「ミスオーか」
ミスオー。
クラ国の辺境……まあ、辺境とは言ってもそれは中央から見た時で、立地条件的には外洋沿い。一応船便による貿易などでそこらの勢力よりかはよっぽど栄えている。
で、この勢力。動員できる兵力は十五万近くいるはずなのだ。
……ただ、辺境であることもあって、『我関せず』とクラの動向をあまり気にしていないというだけで。
「だが、ミスオーとゴチエで争うとなると……、随分と遠いな」
「いや、シーリン。遠いからこそ選ばれる可能性もある。ゴチエとミスオーそのものを戦わせるのではなく、周辺勢力に『どちらを古く尊き血として仰ぐか』と旗幟をはっきりさせる形で勢力を確定させ、最終的には綺麗に二分して大決戦……古く尊き血の考えそうなことだろう」
「……実現性が無い事も含めて、ね」
古く尊き血は自分の手で戦争をしていない。
だから実現できるかどうかを知らずに、ただ命じるだけだ。
だから、『最初からそれが出来てりゃ苦労しねえよ!』というような命令もきっとするだろう。
旗幟を明らかにしてクラ勢力を二分、大決戦なんていうのはまさにその一つだ。
それでもこのクラという国は、古く尊き血を切り捨てることが出来ない。
それは、クラという大陸が一つの国であるための要にして楔として――存在しなければこまる、人柱だから。
「その時も結局、周辺勢力と紛争が起きるな」
「幾ばくか条件はマシですよ。場合によってはバンタとの同盟も見えます」
「バンタと?」
「はい。バンタは古く尊き血の干渉を嫌っています。キヌサが古く尊き血を迎えると言えば当然敵対するでしょうが、古く尊き血を排除すると言えば協力の目は出てくる――ミズイに古く尊き血を押しつけるというのも『次善策』だったわけですから」
ただしバンタと組むためには、古く尊き血の両家を滅ぼす覚悟が必要だろう。
その代わり、キヌサはかなり安全になる――御屋形様は辛いな、決断が両極端にすぎる。
「なんとも、キヌサがとれる選択肢の狭い事か――いや。この程度で嘆いては、小勢力に怒鳴られような」
「怒鳴る気力もありますまいよ」
「ふむ」
全員が失笑をする中で、結局、この話し合いの内容はハイゼさんとガーランドさんが一緒に御屋形様に報告することになった。
どちらにせよリスクがあるならば、キヌサにとって比較的マシな方を御屋形様は選ぶだろう――つまりは、工房の設置は諦めるだろう。
「クルコウス。一つ確認をしておきたいが」
と。
場が纏まりかけたところで、カティが問いかけてくる。
「はい」
「古く尊き血が動くのはすぐ、ではないのだな?」
「断定は出来ません。その人達がどう考えるかは未知数な部分もあります。ただ、これまでの行動や状況的に、すぐ動く事は無いかと……」
「もう少し具体的に、どれほどは動かないと言えるか?」
「…………?」
さて?
「セイレン家とアーレン家のこれまでの行動通りに、今回も似たような決断を下すならば……ですが、セイレン家はアーレン家に『報復』をしたがるはず。その報復とはつまり『やられたことをやり返す』ですから、アーレン家の子供が産まれ、三歳になったころに暗殺を仕掛ける……というのが、現状の見立てです。その前の年には準備を始めるでしょうし、アーレン家もそれに対応しようとするはずですから、緊張が表面化するのは三年後。かつ、取り返しの付かない事態に至るのが四年後……かな? 断定はできませんが」
「そうか。三年はとりあえずあるのだな?」
まあ……、あるといえばあるのかな。
曖昧に頷くと、カティは本題を口にした。
「ならば二年。二年以内に職人と工房を確保できないか」
「というと」
ガーランドさんが聞くと、カティは一度頷いてから凛という。
「古く尊き血の内輪もめが始まった後、なし崩しで商人会が管理する流通網が崩れる可能性が高いと見ます。そうなると装備の新規調達がやや厳しい――大量生産能力までは期待しないにしても、部隊長格用の専用装備は自領内で生産できる状態が望ましい。大規模に工房を作り、職人を雇うとなると敵視を買うにしても、たとえば極秘裏に一人の職人と一つの工房を作る程度ならば、それほどの敵視にはなりますまい」
「それは……まあ、そうだが。都合良くみつけるのが大変だろう」
「普通なればそうでしょう。しかし……リリ・クルコウスにならば、あるいは可能では無いか」
視線が。
ざっと、僕に集まる。
いや、だいぶ無茶振りを食らってると思うんだけど……。
まあこれまで結構、好き放題にやってきたからなあ。身から出た錆か……。
「職人を探すとしたらメーダーだと思いますが、僕にはメーダーに知古が居ませんし、メーダーの地理をよく知りません。二年は……結構、ぎりぎりになるかもしれませんよ」
「けれど可能か」
「不可能とは言いませんが、可能とも言えませんね……絶対の責任を持てません。それに――それで二年間、たとえば僕がキヌサを離れるとなると、間者対策をどうするかという問題も再燃します。ハイゼさんやガーランドさんには毎回報告していますが、ひっきりなしに来てるんです。一年に二十人くらいは」
まあそれって、意固地になってどんどん送ってきているとある勢力が原因で、殆どの勢力はキヌサ・ヴィレッジに間者を送ることは諦めてくれているのだけれど。
それでも隙を見せればその間にやってくるだろう。
「間者に関しては、今ならば都合が良いのだ、クルコウス」
「…………? というと」
「リーバル達の実地訓練に使えるだろう?」
…………。
確かに……、今のリーバル達四人組ならば、ある程度は間者のあぶり出しもできるか……?
もちろん子供四人だけに任せるのはリスクしか無いけど、今だって『子供一人』に任せているようなものだし、それに今は文字通りに『子供一人』で対応してるけれど、リーバルたちの後ろにはカティたちが付く。
それも考えれば……アリだ。
「……ハイゼさん。全員で報告しに行きましょう。御屋形様の判断一つで、さらに考えなければならないことが多そうです」
「そうさな。そうしよう」
◇
そして御屋形様は、カティの案を採った。
時は3月下弦22日――御屋形様からの親書を受け取り、僕はこうして、メーダーへと向うことになる。




