111 - 単純明快
3月下弦18日。
三将格による定例会合。
「予算がな」
当たり障りの無い形で会合が終わりそうになり、特に何かあるか、と御屋形様が発言を許可してくれたので、兵用の武具を制作する工房はどうなったのか、と聞いてみた。
それへの解答が、先ほどの言葉であり。
「ようするに金が足りん」
という言葉に繋がっている。
ちなみに、答えたのは御屋形様なのでこれがまた深刻だ。
「たしか担当は『太刀風』ケン・シーリンでしたよね。もう少し詳しく聞かせてくれませんか」
「詳しくもなにも、そのままだな。……クラ商人会に打診はしたのだ。職人の紹介と工房の製作、それらを行うことが可能か。また、可能ならばいくらほどかかるかと。我々が望むレベルの一式となると、初期費用でクラ金貨三百万枚は越えるだろうと答えが来てな」
「三百万って……」
参考までに、アカシャが国家予算として毎年計上している額が、アカシャ金貨百二十万枚ほど。これに特殊な式典が決まっているときとかはさらに載せられるけれど、二百万枚を超える事は即位式典の前後くらいだという。
ただし、今述べた国家予算というのは厳密には大きく間違いでもある。
というのも、それの正確な呼び方は『平時予算』で、主に王族が関連する行事の運営費と王族の生活費、及び王族の使用人らへの給金の総額にすぎないのだ。
つまり『何が何でも確保される額』がそれであって、政治的な布告や実際に政策を執り行ったりするためにはその為に別枠で予算が計上されるし、また軍隊に関しても完全に別枠で予算が管理されている。
なのでこの世界で『国家予算』と表現を使う時は認識に注意が必要だったりする――地球のそれとは全く規準が異なるからね。
じゃあ地球準拠、というか現代日本準拠で全てをひっくるめた意味での国家予算はどのくらいなのかというと、アカシャだと金貨千六百万枚ほど。
参考までに、お昼ご飯の定食一人前が銀貨四枚くらいで、麦酒や葡萄酒は一杯で銀貨二枚くらい。
それぞれ似たような品物を東京で飲み食いしようとすると、ご飯は八百円、お酒は四百円くらい……かな? お酒はもうちょっとするかもしれないけど、ここは計算の単純化も踏まえてあえて四百円としよう。
銀貨一枚は銅貨百枚と等価で、また銀貨百枚は金貨一枚と等価である。
八百円が銀貨四枚=銅貨四百枚、つまり日本円の半分で銅貨と等価なのだから、金貨から計算するならばまず二倍にして、さらに一万倍すると日本円換算が出来る。
で、これで計算するとアカシャの国家予算は三千二百億円程度。
結構感覚的にも近いかな?
じゃあクラの物価はどうなのか……というと、実はアカシャと比べるとほぼ等価値だ。
初期投資に必要だとされた金貨三百万枚は、同じ計算をすると六百億円。
さすがに随分とぼったくられているという印象だけど、専門職を引き抜くこと、また専門的な施設を揃えなければならないこと、流通ルートまでを確立することとかを考えると、まあまあ妥当な数字にも見えてくるな……。
ただまあ、あくまでもよくよく考えれば妥当に見えると言うだけで、キヌサにとってそんな金額は『はいわかりました』と支払える額面ではない。
具体的には去年、キヌサが計上した日本的な意味での『国家予算』が金貨三十万枚に留まるのだ。
その十年分をぽんと支払えるわけがない。
「僕がこれまで古く尊き血に献金した総額でも、精々金貨七十万枚程度――」
「程度?」
「――ですから、三百万枚はちょっと高いですね……」
「待て。リリ・クルコウス。いつの間にそんな大金を動かしていたのだ」
「ご安心ください、御屋形様。キヌサのお金には手を付けていません。全部個人的なお金なので」
「いや待て。個人でそうそう持てる額じゃ無いぞ。何をしでかしたんだ」
「…………」
実はこのお金。
多少は錬金術で水増ししているけれど……ほんとうにちょっとだけで、八割以上は本物の、普通に流通していたお金だったりする。
錬金術は容易く経済を破壊する。
だからこそ、これはきちんと気を遣ったのだ。
「……まあ。今更なので白状しますけど、お休みを頂いて散歩をしたついでに色々な勢力に探りを入れているのはご存じですよね。その時ちょっとずつ金庫からお金を抜いてきています」
「…………。聞くのが怖いのだが……ええと、ミズイからはどのくらい盗ったのかな?」
「都合二十二万枚くらいかな?」
「…………」
もうちょっと多いかも知れないけれど。
「なあハイゼ。どう思う」
「さて。出所が何処で、またどのようなものだったとしても、古く尊き血は献金時の名義以外に興味はありますまい。ミズイの金庫から消えた分が古く尊き血の下に送られたならば、もはやそれは古く尊き血のものですから……」
「献金方法もあの手この手で切り替えていますから、足もつきにくいです。ご安心を、キヌサに迷惑は掛けません」
「かけられてたまるか……」
御屋形様の本音がぽろっと出た。
そして同感といった様子の顔が並んでいる。
ただ独り、カティを除いて。
「近頃のミズイの苦境には資金不足の一面もあると聞くが……」
「ゴチエがキヌサを守ると約束した期間は五年。その約束は四年前ですからあと一年ほど――猶予が終わった時、いきなり攻め込まれては困るでしょう。ミズイにせよバンタにせよ、どちらかが完全に復活したらそれだけで、キヌサはかなり分の悪い勝負をしなければなりません」
「……バンタからは都合どの程度盗ったのだ?」
「二十万枚ほどになるかと」
「…………」
こめかみを押さえてカティが黙り込んだ。
怒りたいけど怒るに怒れない、そんな感情が湧き出ているのが分かる。
「やったことは決して褒められたことではないが……。あくまでも個人としての献金に拘っていたのは、それが理由か、リリ・クルコウス」
「はい、御屋形様。いざとなったら僕一人を切り捨てるだけで、古く尊き血は抑えるのを手伝ってくれますよ。彼らも献金の資金源が怪しいことは百も承知で受け取っているわけですから――それと同じように、献金のルートとなっている商人会も、冒険者ギルドも同じです。彼らはマージンを取っていますからね」
「やれやれ……。どうもリリ・クルコウスの独断専行は法にも道徳にも悖るな。その分劇的な効果は出るし――実際、それがなければ今頃、ミズイとバンタは勢力として一定の立ち直りをしていたか」
あと一年で庇護が無くなる。
工房の設置はそれまでには間に合わない――けれど、やらないわけにも行くまい。
「それで御屋形様、工房は諦めるおつもりですか?」
「諦めたくは無いがな、無い袖は振れぬよ。リリ・クルコウスが三百万枚どことなく調達するというのも非現実的だ。何か手はあるか?」
「単に一括払いを諦めるというのは?」
「既に打診したが色よい返事は貰えなんだよ」
そりゃそうだよな。そんな事も試していないとは思えない。
「ならば……商人会に少し脅しをかけますか?」
「それで工房を無理矢理作ったとして、商人会の敵意を買うようでは辛かろうな」
「ごもっともです」
「何が言いたい」
「商人会に頼むから高くつくのです。冒険者ギルドに頼みましょう」
僕の提案に、皆がきょとんと首を傾げる。
意図を計りかねる、そんな様子で。
「商人会に頼めば一級の職人を紹介してくれることは間違いありませんし、必要な工房の施設の作成までしてくれるでしょう。その分金貨三百万枚などという馬鹿げた額面が提示されたわけですが、これは正当な対価だと僕も思います」
「ギルドならば安く済むと?」
「いえ。安く済まさせるというのがより正確ですね。冒険者ギルドに対して依頼を二件出します。一件目は『依頼人の元で働く軍用装備制作の職人を探す』、二件目は『軍用装備制作を行っている施設に侵入し設備の詳細一覧を提出する』。職人探しは成功報酬で職人一人あたり金貨五万枚、最大五人で二十五万枚。装備制作施設の詳細一覧も成功報酬で、金貨十万枚くらいで十分でしょう――あわせてたったの三十五万枚です。これに実際に雇う職人への給金を上乗せすればいい」
「……問題はすぐに思いつく範囲で三つあるな。一つ、それで紹介される職人の質が保証できないだろう?」
「ある程度は以来内部で条件は付けられます。最低限使える程度の職人を引っ張ってこいという指示で考えれば難しくもありません。また、商人会に頼んだときはかならず一級の職人を連れてくるという点も、冒険者に頼めば二級、三級が混じることがあっても、超一級を引いてくる可能性も十分にあるでしょう」
「そうそう都合良く行くか?」
「職人にも師弟関係があると聞きます。『早く師匠から工房を受け継ぎたい』、『早く師匠に認められて自分の工房を作りたい』、そういう職人は多い。そんな工房内の心情を『知っている冒険者』は依頼をすぐに受けてくれます、そういった冒険者からの紹介を重点的に見れば大当たりは引きやすいかと」
そして何も、初回から大当たりを引かなければならないわけではない。
五人ほどを雇い、同じ環境の工房を五つ、並列して作る――五人に競わせる。
ひとりで一級の職人が武具を制作するならば、品質はきっと安定するだろう。しかし完成形はきっと、それほど変わらない。
けれど五人の二級、三級の職人が競い合うように武具を作るならば。品質が安定するまで時を要するだろう、けれど研鑽が起きる分、最終的には一級の職人よりも良いものを作ることができるようになる。
「ま、時間がかかりますが。雇い入れてから三年は試運転、そこから更に三年かけてようやく程度ですか。それでも六年です――現実的な金額で、現実的な品質を確保し得ます」
「なるほど。ならば二つ目の問題だ。装備製作施設はどうやって再現する? 商人会を頼るならばそこでも別口で金がかかるぞ」
「工房を置いてから五年間、完成品の八割を無償で商人会に渡す――あたりで、折り合いは付くでしょう」
「八割……いや、それだと殆ど手元に……、」
「こっちは五人です。完成品の量『五倍の八割』をタダでばらまいても『一人分』はまるまる浮きます。試運転とならしをしている間のうちの大半である五年間は、もっとも品質の良い者が作った完成品だけ手元に置いて残りを商人会に譲るのです、実はそれほど痛くもありません」
「なんだか騙すような契約だな、それは」
「騙すまでもない。あちらも最初から『そうだ』と理解して契約してくれますよ。なんなら書面に、『品質の低い者から順に八割』と明記しても、商人会としてはリターンがある」
大口の取引。
それも大量の同一規格――品質がばらけた、アウトレット品とはいえ、海外に輸出する分にはそれほど問題にならない。
クラ商人会はシビアなようでその実、結構この手の投機的なものを好むと言うか……厳密には商人会がというより、商人会の一人が『逆張り』の形で張ってくれるってだけなんだけど、重要なのは形として成り立つということだ。
そのあたりも細かく説明してみると、今度は全員が額に手を当ててやれやれと首を振った。
あれ?
「リリ・クルコウスは……、なんだろうな。悪魔の手先か?」
「なぜ……ですか?」
「いや。商人会の内情を利用する所までは思いつかなんだという話だ。……なるほどな、逆張りか。だがその場合、生産が著しく失敗に終わった時に恨みを買うな」
全く儲けが出ないかと言えば、よっぽど酷くても『手痛い赤字』程度で済むというのがこの場合は丁度いい。
恨みは買うけどそれ以上ではない――商人がどうしようもなく行き詰まるほどではない。その時はその時、多少キヌサとして援助してやれば深刻な事態は避けることが出来る。
「リスク回避の策まであるか……。まあ、よい。三つ目の問題だ。冒険者ギルドに依頼をすると言うが、クラ冒険者ギルドとキヌサはそれほど連携がとれていないぞ。どうする」
「そもそもクラ国内の冒険者ギルドに依頼するのはおすすめしません。その職人の『師匠』の工房と妙な因縁が結ばれること、商売敵として師匠側が潰しにかかるかのうせいもあります。依頼するならば海外の冒険者ギルドです――連携なんて最初から期待もしていない。問題にはなりませんね」
「なるほど。先ほどの言を訂正しよう。悪魔の手先では無いな、リリ・クルコウスは悪魔そのものだ。甘言を駆使して人を堕落させようとする所もそっくりだ――利益を与えてくるのもな。だからこそ問うが、それを実行したとき、我々が直面する代償は何になると見ている?」
……流石というか。
このくらい頭が回らなきゃ、そりゃ勢力の長なんてやってられないのだろうけれど。
その通り、この方法を取る場合、支払わなければならない代償がいくつか出てくる。
「一つ目の代償は、公に軍備増強を指し示すことです。キヌサの周辺国は当然脅威に感じるでしょうし、となれば『工房が軌道に乗る前に無理をしてでも叩くべし』――まあ、マズ間違い無く、周辺国が連合を組んででもキヌサを荒らしに来るでしょう」
「…………。それが一つ目か……。他は?」
「一つ目の代償を乗り切ったとき、キヌサは膨大な戦力を抱えることになります。招いてもいない来賓が押し寄せてくるでしょう。ただし、半分だけ」
「…………」
古く尊き血は。
旧体制崩壊後、アーレン、セイレンの二つの家系を除き、断絶している。
そして、この二つの家系は――とてもとても、仲が悪い。
招いてもいない来賓のアーレンかセイレンか、どちらがこちらに来るかは分からないけれど――まず間違い無く、『どちらか片方』だけが来る。
そして、ゴチエに残った『もう片方』と争いを始めるだろう。
「軍備を整え連合軍を撃破したのち壮大な内輪もめに参加するか。軍備を整えず現行の戦力を維持して領土を堅持するか。僕には、どちらがマシなのか、まるで判断がつきません――御屋形様に全ての判断を任せるのでは無く、委ねたい。御屋形様の決定に、僕は全力を尽くして応えます」
ガーランドさんも、ホーマンさんも、シーリンさんも、ハイゼさんも、そしてカティも。
僕の言葉に対して一度ずつ頷き、御屋形様に視線を送る。
御屋形様は、暫し宙を眺めて……絞り出すように、答えた。
「『一つ目の代償』を乗り切る算段がつくかどうかだな。6月下弦の定例会合までに、三将格の総力を持って検討せよ。……乗り切れる可能性があるならば、キヌサは――」
戦わなければならない、と。




