110 - 季節は巡る
季節は巡る。
タイムリミットまであと18年となった2月下弦22日。
雪景色の広がるキヌサでは、カティ・ヤヤルドとの契約で定められていたエリート養成機関の創立準備が進む。
その機関の初代とりまとめ役は当然のようにハイゼさんで、僕も魔法に関連して参加すると言うことで教材を準備し始めている。
話し合いの結果、実際にその施設の運用が始まるのは4月上弦の早い段階ということになった。
また、これに生徒として参加する人物も既に内定していて、リーバル、ロニ、ガーランドさんの甥にあたるウィルヘルム・ガーランド、キヌサ・ヴィレッジに住む家庭からトーマ・シュラウ。以上の四人だ。
全員男の子なのはどうかな? とも思ったし、実際発言もしたんだけど、女性でありながら強く、女傑と呼ばれる一人であるカティ・ヤヤルド曰く、
『もちろん同世代の女の子を輪に入れる事は大事だと思うわ。女だって強くなれる、そう証明したいならば是非参加するべきよ。けれど無理強いして参加させるのは違うでしょう』
とのこと。
実際、キヌサ・ヴィレッジ内での反応を見ると、まだその養成機関がどのような形になるのかも見えていないこともあって、女子に限らず男子でも尻込みしている家庭が多かったしな……無理に参加させるのは変だというのは、至極真っ当な反応だった。
一方同時期、アカシャでも大きな動きがあった。
いよいよサムの王位継承が近付いたのだ。
今のアカシャの国王は退位の意向を示しており、また後継者としてはサムが既に去年の段階であらためて指定されている。
実際に王位を継承するためには煩雑な手続きや儀式を行わなければならないとはいえ、こればっかりは地道にやっていくしかないとサムも愚痴っていた。
尚、この儀式を始めたのが今月に入ってからとのことで、実際に王位が継承されるのは来年になるらしい。
そりゃ愚痴りたくもなるな……。
季節は尚巡り、冬が過ぎれば春が来る。
5月上弦6日、キヌサの養成施設は探り探りながら徐々にその英才教育を……とは行かなかった。
そりゃまあ、四歳児だもんな……。
とはいえ全く何もしていないかと言えばそうでもなく、遊びを介して既にいろいろな仕込みが始まっている。
また、この遊びの一環として『能力開示』。
ざっくりとそこから見える素質は、次の通り。
トーマはやや通常戦闘に偏っていて、魔法への適性が薄い。薄いだけで水準は満たして居ること、また人を導くタイプの才能をもっているから、未来は将になる感じだろう。
ウィルヘルムは逆に魔法への適性が高く、通常戦闘は苦手という典型的な魔法使いタイプの素質を持つ。体術は苦手でもなさそうなので、性格的な問題かな?
ロニは当然というか、魔法使いとして超特化した才能を持っていた。マジックもミスティックも極めて高い水準で使いこなせるようになるだろう――両親を見れば当然か。
リーバルはこれといって何か得意苦手があるのではなく、極めて広い範囲に一定の素質を持っている。かといってラウンズと表現できるほどでも無いため、一人で何でも出来るタイプではないけれど、それは将来領主となった時、決断の良い助けになるだろう。
この内容は纏めて提出した所、もの凄く呆れられた。
クラではそもそも『能力開示』が貴重だったらしい。貴重なりに使える者はいるんだけど……、まあ、だからこそ僕が使えることに深く追求されることは無かった。単に遠慮されただけと言われたら、うん。そうかも。
尚、この頃には既にウィルヘルムとロニが魔法で光を生み出す程度のことは出来ており、特にウィルヘルムは光の色を変えて遊んだり、ロニは光で絵を描くようなことをしたりととても将来有望だ。
ロニに関してはフランカやライアン、リーシャがそれを教え、僕もロニの前で似たような事をしているからそれを真似したり、そういう気付きがあったんだろうけど、ウィルヘルムは単純に個人の才能だというのが分かっているので、これが特に素晴らしい。
更に季節は巡り、収穫の秋を迎える10月下弦20日。
今年のクラはやや不作気味で、普段ならばぐっと安くなる穀物類はそれほど安くならず、多くの家庭を直撃……とはいえ、決定的な不作でも無いため、大規模な軍事行動を行おうとする勢力以外にとっては対応のしようがいくらでもある。
キヌサはそんな、『対応のしようがある』方の勢力で、練兵の頻度を落として兵糧を削り、民に向けてそれを解放するという御屋形様の采配は民衆から高い支持を得る。
一方、その逆に練兵を優先した結果、一周回って民衆から一定の支持を得た勢力もある。ミズイだ。
ミズイはまだその勢力としての力の殆どが取り戻せていない。だからこそ普通に考えれば回復を優先し、練兵は最低限に留めて広く民の為の政策をとるべき――というのが普通の考え方だったので、その方針が分かった時点でキヌサではよっぽど大規模な軍事行動を準備しているのでは無いかと三将格を集めて緊急の会議を行ったりもしたんだけど、ミズイの意図を真っ先に読み取ったのはカティだった。
『どうやらミズイでは、人口のバランスが崩れているようですね。先の戦争で親を失った子供が多すぎるのでしょう。練兵の頻度を落とすのでは無く、新兵を募集してまで練兵を優先した……兵糧を民に解放するとはいっても有償です、それを買うためのお金が掛かります。ですが練兵という形で雇われている限り、そこに参加する者達には食糧が配られる。つまりは飢えない――もちろん危険も伴いますが、飢えて死ぬ時期を「先送り」できる。その機会をノ・ミズイは与えた』
そしてそれが支持に繋がった。
余裕のある勢力と余裕のない勢力の決定的な違いだろう。
まあもっとも、カティはこうも続けた。
『短期的に見れば満点です。ノ・ミズイは求心力をより強め、軍を精強ならしめるのですから。しかし長期的に見れば失格ですね――働き盛り、学び盛りの者達が軍に固定される以上、街の機能は落ちて行きますし、一年の時間差を経て出生率は大きく下がる。勢力として先細りゆき、機能不全をおこす。健全化には時を要しますね』
そしてそれをノ・ミズイは覚悟してやっているのだろう、とも。
余裕のある勢力には選択肢があり――余裕のない勢力には、選択肢がない。
結局、カティの言葉はまず正しいだろうけれど、一応探りは入れておくべきだとその時の会合では結論が出たので、翌日僕が直接確認してきたところ、概ねカティの言うとおりに進んでいること、そしてカティの想定よりも更に、ミズイの現状は良くないこともわかった。
というのも、出生率が既に、かなり酷い事になっていた。ここから更に割り込むと、ちょっと勢力としての未来が見えにくいほどに。
なのにそれを確定させるような行動を取らざるをえなかった――ということなのだろう。
つまり、ミズイはいずれ自壊する。
年を重ね、またも季節は巡る。
タイムリミットまであと17年の春、4月上弦2日。
最初に『識者の物差し』を使いこなしたのはやはりというか、ライアンだった。
『表しの虫眼鏡』もコレに伴いバージョンアップ、補正値などの表示も出来るようすると同時に、それの作り方……マテリアルも、一応は提示しておいた。
もっとも、それを作るためには魔法をマテリアルにしなければならないので、ちょっとライアン達には厳しいのだけれど。
で、ライアンが『銀の腕』と『識者の物差し』にある程度慣れた後、最初にやったことはというと、魔法譲渡書の制作である。
具体的にはマナ干渉に関する一連の魔法のベースで、それをまずは僕に習得させ、ロニに習得させる際には調整しようという魂胆だったらしい。
事実それは大正解だったと言えるだろう、何せ僕でも、マナ干渉の魔法の行使にはまだ至れていない。いやなんか、ふわっとした感覚はあるんだけど、うまいこと掴めていないというか……、マジックで発動したら魔力が減るし、ミスティックで発動したら領域を使ってるしで、発動してるはずなんだけど、いまいち効果の適応法が分からない感じだ。
ま、練習を続ければいつかは成功するような気もするので、ちょっと長い目で見てもらうことにする。
また、この殆ど直後、リーシャがクイングリン、豊穣の石を錬金術で生成することに成功。これで僕がいなくても薬草を供給できるようになったわけだ。
それは大きな契機だし、フランカとライアンはキヌサ・ヴィレッジで雑貨屋を作ろうか、などと言う話をしていた。ポーションを売るのはちょっと……、と思ったら、錬金術でしか作れないものは売らず、錬金術を使って加工した物を売る目的だという。
実際金属と宝石があれば豪華な指輪がリーシャには簡単に作れるし、大きい家具はフランカが得意だ。そういう使い方ならば問題も無いだろう。
善は急げともいうので御屋形様からの営業許可を貰い、キヌサ・ヴィレッジの市場通りの空き店舗を買い上げ、そこで雑貨屋を始めることがその日のうちに決定。
当面はライアンとフランカの二人がその雑貨屋を運用し、ロニがある程度育ったらリーシャはそちらに合流するかな。あるいはカティに合流するか……。
まだまだ季節は巡り、同年12月下弦28日。
諸般の儀式が遅れた結果、かなりぎりぎりになってはしまったけれど、この日、アカシャにおいて新国王、ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャが即位した。前国王は以降、王族の一人としては扱われるけれど、実質的な権力はその全てを失う旨もその場で明かされたという。
即位式典には諸外国から来賓を招いており、サトサンガからは現政権の重鎮、プラマナからは聖王の一族、クタスタからは王族、メーダーからは大統領、そして最後にクラからは古く尊き血の一つ、アーレン家の当主、ディ・アーレンという各国家のトップ格はもちろん、冒険者ギルド・商人ギルド・情報ギルドといった大きなギルドは各国単位で代表を送ったし、それとは別口で招待された者達も多くとても盛大に行われたそうだ。
ちなみに冒険者を引退したヘレンさんもこの式典には参加したとか。
で、この時アカシャの新国王ユアンは十六歳。といっても今年はもう終わるので、すぐに十七歳の王様ということになるわけだけれど、新国王として見れば歴代でも別に若すぎると言うほどでも無いらしい。
アカシャ国内では混乱の素振りも無いそうだ。
ただ一つだけ話題を攫ったこととして、この即位式典には『二匹の猫』が参列していて、アカシャと猫の関係はあまりにも有名である事も含め、大分意外がられたのだとか。
二匹とも元気そうで毛並も良かったと言う報告もある。偉いぞサム。ミユちゃんとヨシくんも元気そうで何よりだ。とはいえそろそろ会いたいな……、だいぶ大きくなったかな? どうだろう。
大きくなったと言えばサムも、もう十六歳だもんなあ。いやもうすぐ十七歳か。僕が知っているサムの姿って、僕と殆ど年齢が同じくらいの頃のそれっきりで、それ以来は会ってないものだから、改めて会ったら『誰?』ってなるかもしれない。
サムの側は僕を一目で分かるだろうけど。ちょっと髪型変えただけだし。
かくしてまたも年を重ね、タイムリミットまで16年。
3月上弦8日、『ついに』と言うべきか、あるいは『やっと』と言うべきか、小規模ながら自然が錬金術の影響を受けた結果としての『迷宮』の発生を確認。
同日中に制圧してみたけれど当然祭壇は無し、また、迷宮としての質も低く、まあ、ぶっちゃけた話ただ唐突に階段があるだけで、それ以外に特徴のないものだった。
最初なのだから仕方が無いとは思うけど、この調子だと最果ての祭壇を産み出せる規模までは遠いなあ……。
あと、未だに『魔物』の発生は見られていない。
まあこっちはあの迷宮の規模からして、よくて超小動物……具体的にはねずみとかそのあたりくらいが限度だから、気づきにくいってのもあるかもしれないけど。
時間制限はあと16年……間に合うかな、今のままでは無理だろう。もう少し錬金術を広げる必要がある……、どうしようかな。
ロニらの生徒四人組に教えてしまおうか、けれどそうすると場所が固まるし……。
そういう意味でも、そろそろメーダーに目を向けるべきなのかも知れない。
そんなロニたちは今年で六歳。自らの足で飛び跳ね、走り周り、世界が急激に広がり始めた頃合い。
ロニ達四人組は仲も良く、一緒に遊んでいるところを見るとほっこりする。
まあ、その鬼ごっこの中では、簡単なものとはいえど問答無用に魔法が飛び交っていたり、タッチに会わせて身体を半身に退いたり飛んだりと妙な体術が当然のように出ていたりするあたりはさすがエリート……とも、いやだとしてもやり過ぎじゃないかなとも思うけれど。
尚、彼らはまだまともに武器を持ったことがない。
これはガーランドさんの方針で、
『幼い頃に武器を持てば妙な癖が付くし、身体にも大きな負担が掛かる。何よりその武器に特化してしまう――それは勿体ない。じっくりと芯を作り上げ、全ての武器を自然と扱える状態を意図して作り出せるならば、それが一番良いだろう』
というもの。
ま、一人の戦士として大成する目的……つまり冒険者だとか、そういうものになるのであればむしろそれは利点なのだろうけれど、勢力の軍を率いる将としては、それ以上にあらゆるものに通じていた方が優位だと言われればごもっともだ。
こうして年月は季節と共に移ろい、人々は成長したり、老いを受け容れ。
そんな中でただ一人、僕だけは変わることはなく――なんだか周りに取り残されているような、そんな感覚も時々覚えていて。
まあ、完全エッセンシアなんてものを自分で作り、そして服用することで自らその不老に手を出した以上……そんな感傷、自業自得でしかないのだけれど。
それでも、
「にゃあ」
と、また一匹、別れを告げにきた猫の額と喉元を撫でては、おつかれさま、と送り出す。
そう遠くないうちに……僕は人間を相手に、同じ事をするのだろうか。
それはなんだか――
◇
猫を見送り、ふと思う。
そういえばまだ軍の装備を供給する工房が出来てないんだけど。
さすがに遅くない?




