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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
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11 - 最初に取り戻すべきは

 ギルドハウスで保護されてから七日。

 この世界というか、少なくともこのアカシャという国には週の概念が無いため、そこで区切りを感じるのは僕が地球の常識を引きずっているからだけど、ともかく七日が過ぎたところで初めて、僕はお給料を貰った。


 初給料はアカシャ金貨一枚。

 この額は少なく感じるところもあるけれど、七日の内、初日は仕事らしい仕事をせず、二日目は説明をされる事が殆どだったから、実際に仕事を始めたのが三日目から。

 さらに、三日目からもフルタイムでは働けていないこと、そして衣食住の全てをギルドハウス側から提供して貰っていることも踏まえなければならない。


 それになにより、魔法の入門書もここで貰った。

 これも買うとそれなりどころではなく高いため、むしろ貰いすぎなのだろう。


 で。


『いいかい、セタリア。それは君が働いて得たお金だ、君の自由に使って良いけれど、あまり無駄遣いはしちゃいけないよ。欲しいものがあるならば、そのための貯金も時には大事だからさ』


 というカウランさんの助言に従って、貯金――するわけもなく。

 初給料と一緒にもらった一日のお休みを使って、僕は町の道具屋さんを訪ねたのだった。


 からんからん、と鈴を鳴らして扉を開けると、なにやら見覚えのある男性が『らっしゃい』と無愛想に言う。

 …………。

 そっか、偽金被害に遭ったホークさんもお店がどうとか言っていたし、この店がホークさんの店だったのか。


『ん……お前、セタリアか。お使いか? 俺が出した依頼になにか動きが出た、とか……』

『…………、』


 僕は首を振って金貨を一枚差し出す。

 すると、


『ああ、給料が出たと。それで買い物したいんだな』


 よかった、しっかりと読み取ってくれた。

 もちろん金貨一枚で購入できるものはかなり限られる以上、作りたい物の材料を片っ端から買うなんてことは不可能だ。

 それを踏まえて、まず僕が最初に作るべきは何だろうか?


 例えば。青のエッセンシア凝固体、賢者の石を作っておけば、体力面でダウンすることは無くなるし、多少の怪我は無視できるようになる。ただし使い放題というわけではないし、むしろ使いきりの道具として考えると最初に作るべきものではない。


 赤を含めたエッセンシア鼎立凝固体があれば、完成品の二重化という効果を使って僕は無尽蔵に『もの』を増やせる。可能な限り早い段階で作りたい道具の一つだ。けれど、鼎立凝固体というのがネックになる。コストが重いのだ、金貨一枚では少々厳しい。


 ならば緑のエッセンシア凝固体、豊穣の石と、緑のエッセンシアであるクイングリンはどうだろう。この二つを作れば無尽蔵に『薬草』を増やすことが出来る。で、『薬草』があればいくらでもエッセンシアに関連する道具を作れるようになる。鼎立凝固体までは発展させることが出来なくても、陰陽だったり単独の凝固体ならば調達し放題になるから、これで妥協するべきか?


 答えは否。

 僕が最初に作るべきものはただ一つ、そして僕が買わなければならないものもただ一つ。


 その名を、『フルテオソフィマテリアル』と言う。


 それは神智術に関連する『あらゆるもの』と同質である――という効果を持った品であり、それ単体では何の役にも立ちはしない。

 神智術と共に使うとしたって、いくつかの神智術の難易度を下げる程度の効果だろう。

 しかしそこに錬金術が絡むと話がガラッと変わる。


『…………? いや、まあ、欲しいというなら売るけどな。……お前が使うのか?』


 こくりと頷くと、、僕がカウンターに持っていったものを数え、


『銀貨九十八枚と銅貨九十枚だ。…………。買い物上手だな……』


 と、妙に感心された。

 ともあれ金貨一枚で支払い、銀貨一枚と銅貨十枚がお釣りとして帰ってくる。


 購入したものは布袋に入れて、お邪魔しました、と店を去る。

 去り際に一応、『まいど。また来いよ』と言う当たり、無愛想でも商人は商人なんだなあと妙な感心をしてしまった。


 ギルドハウスまでの微妙な距離の間に、僕は袋の中身――即ち、『板ガラス』『黒インク』『銀の板』『ひも』『七冊の白紙の本』『七つの賽子』『白紙のカード二十二枚』をしっかりとマテリアルとして認識。

 布袋のの内側にピュアキネシス――魔力の塊――を二重に広げ、その隙間に真空を用意することで音を遮断した上で、錬金術を実行。


 真空の壁があるため、音はしない。

 ただ、袋の重さが大分変わった。成功したようだ、『フルテオソフィマテリアル』の完成っと。


 ピュアキネシスは一旦解除し、僕は今身につけている、効果のないただの黒縁眼鏡を袋に追加で投入、もう一度ピュアキネシスで防音をでっちあげつつ、自分の魂に刻まれている領域を参照。

 神智術と光輪術の組み合わせによる『道具効果の解析データベース』から、『便利な眼鏡』を参照し、そのページを別の領域にコピー、『フルテオソフィマテリアル』にコピーした方の道具情報を代入(たたきこみ)、一時的に『フルテオソフィマテリアル』を『便利な眼鏡という道具の解析結果』と同一視。

 さらに黒縁眼鏡と一緒にマテリアルとして認識して、もう一度錬金術。


 やはり音はしない……けれどまた重さが変わった。

 袋の中を確認したなら、先ほどまでと見た目上では一切変わらない眼鏡が一つ入っている。それだけだ。


 取り出して装着し、決まった魔力のパターンを流し入れる――様々な『機能拡張』、『色別』『品質値表示』『表示固定』『遠見』『補正値表示』『情報保存』『剛柔剣表示』『理想の動き』『時間認知間隔変更』『理想の裏返し』『反響測位』などなど、本来眼鏡が所有していた機能が復旧したことを無事に確認。

 ただし、これは予想していた範囲だけど、地球上で記録していた『表示固定』や『情報保存』などのデータは全て失われている。まあ実際、あの時かけていた眼鏡を復活させたのでは無く、あの時かけていた眼鏡と同じ効果を持った眼鏡を新しく作ったんだから当然だろう。


 というわけで、これこそが僕が最初に作った『フルテオソフィマテリアル』を利用した『眼鏡の機能復旧法』だ。

 洋輔が一緒に転移してくれていればこんな面倒は無かったんだけどね。

 結果的には、洋輔と喧嘩して作り直せないなんて事態が起きた時用に神智術でバックアップを取っておいたのが正解でしかなかった。洋輔と離ればなれになるとは正直思って無かったけど。


 尚、最初に作る道具をこの眼鏡に定めた理由はというと、最も錬金術的な恩恵があり、同時に錬金術外でも恩恵を受けることが出来るからだ。


 たとえば錬金術的には、品質値・補正値・固有値という錬金術的にとても重要な数字を簡単に見ることが出来るようになる。

 これで道具の品質を調べる……のもまあ一つの効果だけど、それ以上に大きいのは『品質値が存在しない道具』をとても簡単に見つけられるようになることで、即ち、実はその辺に結構生えている錬金術的な『薬草』を見分けられる。

 そして『薬草』は最初に三株から五株ほどあれば、クイングリンと豊穣の石を作る事が出来、どんなに雑に作っても百株、実際には数千株単位の薬草を生成でき、これでエッセンシアの類いをほぼ自由に使えるようになる。


 鼎立凝固体の作成にはもう一手間掛かるためまだ作れない――とはいえ、陰陽凝固体までならば全部作れるし、これは錬金術的に『完成品を二重にする』という効果の『重の奇石』や『天の魔石』『地の魔石』『人の魔石』による完成品の品質値操作は言わずもがな、錬金術ではなく道具として使う事で『賢者の石』による体力回復、『揮毒の石』によるあらゆる毒の無効化といった機能も使えるようになる。とりあえずにしてはやりすぎなくらいだ。

 尚、鼎立凝固体が完成すると、『それを消費せずに錬金術に効果を及ぼせる』ため、さらにやりたい放題になるので、早めに鼎立凝固体を作れるよう環境を整える。


 で、ここまででも十分でたらめな事を言っているという自覚はあるんだけど、ここまでは『錬金術師としての僕』が、『錬金術に関連して獲得するメリット』だ。

 それ以外の部分を見ていくと、『理想の動き』と『時間認知間隔変更』、『剛柔剣表示』に『色別』、『遠見』あたりが特に大きい。


 『色別』は問答無用で敵対・中立・味方をそれぞれ赤・緑・青の三原色で表示してくれるもので、改善版として『色別・虹』という七段階評価にしたものや、『色別・数値』という二百五十六段階で評価するものもある。

 これで相手のスタンスを聞くまでも無く一目で理解出来るわけだ。


 『遠見』は光学的なズームを行えるという機能。単体で使うならば精々数十倍が限界かもしれないけど、他の機能と組み合わせることで数万倍『程度』ならば『制御』の意識さえ必要なく、それほどまでに遠くを鮮明かつ克明に見ることが出来る。

 当然『色別』と一緒に発動すれば、裸眼では米粒程度の『何か』でさえもしっかりとそのディティールを見つつ敵か味方か中立かを判別できるわけだ。


 『剛柔剣(ベクトラベル)表示』は洋輔の才能というか感覚というか、あらゆるものの動きを『矢印』として感じ取るという、五感と同列にある第六以降のその感覚を、無理矢理視覚に落とし込んで再現するというもので、有効にしている間、僕は視界にあるものの動く軌跡を矢印として、その速度を矢印の大きさで見ることが出来る。

 さらにいつの間にか習得していた『剛柔剣(ベクトラベル)(アザー)』という発展系により、多少ならばその矢印に干渉する事も出来るようになっていた。これも洋輔がもつオリジナルと比べれば劣化しまくっていて別物だ。

 ただし僕のこれは、『色別』や『遠見』といった他の機能と共立できるため、たとえばその動きが僕にとって有害かどうかを瞬間的に察知したり、逆に僕が投げる物の機動をこまかく制御したりすることができるようになっている。


 で、それらを手伝うのが『理想の動き』『時間認知間隔変更』。

 『時間認知間隔変更』は、時間の流れに『倍率』を設定することで、その倍率に沿った速度で時間を認知するというものだ。たとえば百倍にしてやれば、僕は一秒を百秒として認知し、その分思考や行動を増やせる。とはいえ、五倍くらいならばまだしも、それ以上の数値で倍率を掛けると身体がまずついてこないどころか、身体の感覚が変に暴走して神経がやられることがちらほらとある。


 そこで『理想の動き』の出番だ。

 なんかふわっとした名前だけど、まさしくそれは『理想の動き』というものを強制的に再現するという効果で、『僕が思い描いた理想通りに身体を動かす』というのが基本的な使い方になる。ここで思い描く理想が具体的であればあるほどに、その動きは僕の思ったとおりになるし、漠然であっても大体思ったとおりの結果を出せる。

 たとえばバック宙を理想の動きとしたとき、しっかりとイメージをしてからやればその通りになるし、全くイメージせずにしてもとりあえずバック宙にはなるんだけど、なんか二回転だったりひねりが入ったりしたりもする。

 あとは料理とかで適応すると、完成品を指定するとその場にある調理器具、その場にある素材で可能な限りその完成品に近づけて、しかもとても美味しく作ってくれたり。

 自分で明示的に制限を掛けないと『熱は魔法で』『水も魔法で』とかやることもあるから、自宅とかで使う時は気をつける必要があるんだけど……。


 ともかく。

 『時間認知間隔変更』中は『理想の動き』を介して身体を動かせば、たとえばそれが極端な――百万倍とかの――倍率に指定していても、しっかりその倍率に合わせて呼吸などを身体がしてくれるので、神経がやられることはない。

 ただしこれらの道具がサポートしてくれるのはあくまでも認知間隔の変更や行動上の理想化であって、百倍速く思考できても百倍速く身体が動くわけでは無いので注意。

 まあ、百倍の制御時間はあるんだけど。


 さて、さらにこれらの道具に『強制表示』という機能が、この眼鏡には付いている。

 特定の条件を満たした時、事前に指定された機能を実行するというもので、これによって僕は僕に当たりそうな攻撃が放たれた瞬間、つまり『赤い矢印が僕に当たる』という事実が発生した瞬間に、自動で時間認知感覚と理想の動き、色別と剛柔剣表示が合わさったものが発動、危険を伝えつつ回避行動を選べる状態になるわけだ。


 地球上ではついに、結局は車に轢かれかけた子供を助けたときとか、イラっとした洋輔が不意打ちをしてきたとき、あとは盗聴器や盗撮カメラに反応して発動した事がある程度の微妙な活躍だったけど、こういった『冒険者』が一般化しているような世界ではあって損が無い……というか、とても便利に活躍するだろう。


 たった一つの道具を復旧するだけでこれほど大量の効果を得られるし、他にもピンポイントだったりで使う機能が付与してあるのだ。そりゃ眼鏡に依存もするよ。

 次回が無いに越したことは無いとは言え、次からは『一週間』も手間取らないように、もっと簡単に復旧できる手段を考えておこうっと。


 尚、道具屋さんからギルドハウスまでの間に薬草は一株も生えていなかった。

 ちょっと残念だけど、町の外には広大な草原がある。すぐに必要数は見つかるだろう。

 ただいまっとギルドハウスの裏口から入る。

 折角だしこの場でちょっと試したいこともあるしね。


『おや、セタリア。おかえり。もう外は良いのかい?』

『…………、…………?』

『そうだね。お休みなんだから、部屋でゆっくり読書をするのもいいね』


 カウランさんは苦笑しつつ、ゆっくりしておきなよ、と僕に言ってくれた。

 折角なので色別、結果は……緑。

 敵では無いけど味方でもない。


 そしてカウランさんは眼鏡の機能に気付いていない。

 時間認知間隔の変更により獲得した余地で真偽判定をがっつりかけても、全く違和感は持たれていないようだ。

 カウランさんに気付けないなら、他の人でもよほどのことがなければ大丈夫かな?


 一定の指標を得つつ、僕は頭を下げて三階の自室へと戻る。


 眼鏡の機能は取り戻せた。

 次はこの世界の魔法を学んでみよう。

 『表示固定』に『情報保存』も絡めれば、入門くらいはすぐに習得できるでしょ。

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