表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
109/151

109 - 地球からのしらせ

 その日の朝、目を醒ました僕は胸元にふぁんという感触を覚え、眠たい目をこすりながらそれを確認する――と、そこに置かれていたのは一冊の大学ノートだった。

 地球ではいろいろな文具屋さん、なんならコンビニでも売っているような一般的な道具でも、この世界においては異質そのもの。


 僕の錬金術ならば容易に作れるとはいえど、さすがの僕でも眠ったまま錬金術を行使するには予め条件を指定しておくとか、そういう一手間が必要で、その一手間をした覚えは無い。

 ――要するに僕が作った物ではない。


 そしてノートの表紙には、とても見慣れた筆跡で、しかも日本語が書かれている。

 タイトルだろうか、『佳苗へ』と、大きくサインペンでまずは書かれ、その下には『洋輔・冬華・ソフィア』の連名――ただし筆跡は、全て同じ。

 間違い無い、これは洋輔の字だ。


 だとすると、左上に書かれた数字、17.08.03は、バージョンではなく年月日。

 2017年8月3日と言う事だろう。


「……ふぁあ」


 あくびを隠しもせず――まあ、長かったなとまずは思う。

 思ったよりも時間が掛かった。

 あくまでもそれは僕の主観であり、僕が地球からこの世界へと飛ばされたのは6月30日のはずだから、実際に一ヶ月そこそこで錬金術を応用まで習得した――具体的にはエッセンシアくらいは作れるくらい――であろう洋輔の学習速度には驚くし納得だ。

 冬華のフルサポートもあっただろうからな。


 というわけで時差を計算しよう。

 地球では現在2017年8月3日らしい。僕がこの世界にとばされたのはさきほども思考したとおり6月30日だから、地球時間では34日ほど経過している。


 一方、僕がこの世界に訪れた時、その日付は3月上弦3日、もしくは3月上弦4日といったあたりだ。この辺は絶対じゃ無いんだけど……、まあ、ちょっとした誤差は一旦置いといて、現在この世界の日付は『三度目の』6月上弦9日、つまりこの世界で僕は2年3ヶ月と少し生活しているわけだ。

 今のところ閏月も経験しておらず、一ヶ月は基本的に30日だから、2年3ヶ月とちょっと経過している。816日か、817日くらいってことだ。


 えーと……816割る34……が綺麗な数字になるな、24だ。

 つまりこの世界は地球と『24倍』の時差が付いている――こっちでの1日が地球での1時間。逆に地球の1日は、こっちの24日間に当たると。

 で、地球は今8月、つまり夏休みに入っている。僕が通っている中学校は今年度、夏休みが31日まであるはず。夏休み中に帰ろうとすると、地球の27日間……だから、こっちでは648日。2年弱ね……。


 次に僕がこの世界でやりたいことだけれど、地球が存在する世界の構造をできれば観測したい。その為には恐らく最果ての(コンティネンタル)祭壇(アルター)を作りだし、そこから確認する必要があるんだけど、それは錬金術がある程度の規模で行使される状況が無ければ作り出せない――そしてどうやら、僕はそれを作り出せない。これはたぶん僕が生体祭壇(バイオアルター)、魔王だからだろう。

 つまりその場所を産み出すためには、従来の方法だと錬金術師をある程度増やす必要があり、今、フランカやライアン、リーシャに教えては居るけれど、三人だけでは無理だろうし……、あと2年そこそこでそこまでたどり着けるかな?

 ちょっと厳しいと思う。


 それとは別にも、この世界に存在する『最果て』、占星術(リリック)についてもしっかり調べてあの『陰陽の国バード』という存在を探りたい――当然、その片割れである黒床の神子、陰陽の国ドアもまた。

 夢に追放されたとも表現される彼らは、『バード』の表現を信じるならば異界という場所にいるらしい。その場所はあるいは、最果ての祭壇に近しい性質を持っている可能性がある――だからこそ、その場所を目指すべきだし、直接その場所に行くことが出来ないにしても、その場所を作り出すに至った『月の魔法』と占星術は習得しておきたい。


 クタスタにメーダーといった未だ訪れたことの無い場所も当然行ってみたいし――特にメーダーにはかつてドアがあったのだ、その場所を探らない理由はないし、この世界の魔法構成する『魔力』『領域』と並べて表現される最後の一つ、『道具』の神髄がそこにあるかもしれない……、クタスタはともかく、メーダーは絶対に行かなければならないわけだ。


 2年では到底間に合わないだろうな。

 どれかを諦めるしか無い――ドアか、バードか、メーダーか。

 あるいは――地球への早期帰還それ自体か。


「ま」


 その辺は洋輔と相談して決めるべきだろう。

 思考はほどほどにしておいて、ノートを開いてみると、そこには今の僕をどう観測しているか、そして8月3日に至までの地球での対応や出来事が概ね記されていた。


 まず今の僕、つまり洋輔達からして見れば異世界にいる僕をどうやって観測しているか?

 答えは単純、渡鶴を使っている。渡鶴は僕の存在を認識できない状態にあるけれど、僕との間の『関連付け』は解除されていないようで、冬華とソフィアの協力を得たことで洋輔は渡鶴内に『この世界』を疑似再現――再現というか『表現』させているという。

 この世界そのものを直接観測しているわけではなく、渡鶴が表現する世界を覗く事で観測しているようだ。


 なので今の僕の状況については多分理解出来ている他、渡鶴を酷使するようだけれど、表現/再現させているこの世界に居る僕の心の声も渡鶴にアウトプットさせて確認しているとか。ただし20倍以上の時差がある事も合って全てが全てを聞き取れているわけではない点、また所詮は再現からの確認だから正確性の保証が無い点が書かれている。

 裏を返せば正確性の保証は無いけれど、今、僕の行動は二十四時間内心まで含めて丸見え……ってことだよね? あれ? これすごいプライバシーの侵害じゃない?


 と思ったら、この渡鶴へのアクセスは冬華には遠慮して貰い、洋輔だけでやっているそうで。

 ならいいや。

 どうせ使い魔の契約をしている以上、地球上ではお互い内心の隠し事もその気になれば貫通して読み取れるし、そもそも全ての感覚まで共有できちゃう間柄だし。

 ノーパン生活を観測されていると思うとなんとも奇妙な気分だけど、こっちの世界ではこれが普通という慣れがもう出てきちゃってて、奇妙な気分ではあっても恥ずかしいわけじゃ無いんだよな……。


 で、地球の近況について。

 6月30日の時点で呪文(スペル)は発動し――なかった。

 いや、発動が中途半端だった、のほうが近いか。理極点からの現実改変はその効果を見られているんだけど、随分と中途半端な感じになっているらしい。

 重要な所だと、クロットさんや日比生さん、日お姉さんとの関係がふわっとしているようだ。原因についてはソフィア曰く、『僕本人』がそこにいないからで、呪文はもっと素早く一気に世界中を書き換えるはずなのに、その書き換えるための媒体としての僕がいないもんだからその速度がどうしようもなくのろのろだという可能性が高いそうで。


 で、それはそれで仕方が無いし、また僕が地球上からまた失踪したなんて事になるといよいよ喫茶店(パステル)は当然、それ以外からも『疑いの目』を向けられることは必至だ。

 それ以前の問題として僕の両親が悲しみ、また洋輔の両親や冬華の両親としてのクロットさんと夏樹さんも要らない気を回してきて、それが結果的に呪文(スペル)の効果を打ち消す恐れさえあったため、やむを得ず冬華が僕の部屋に残っていた髪の毛や、渡鶴に登録していた遺伝子情報などを参照し、『渡来佳苗』の身体を作成。

 その身体には洋輔が『洋輔の知る渡来佳苗』としての役割を持った偽造人格(イミテーション)を、イミテーションの自覚を与えた上で載せ、活動させているという。『偽物の僕』として行動する僕だから、その再現度はなかなか良いらしい。


 ――ただまあ、『なかなか良い』の程度で留まるし、実際の僕が行使していた錬金術を偽物の僕には扱えないことや、魔法は使えてもその練度が明らかに低いこと、錬金術を使えない=眼鏡の効果もまともに扱えないなどの状態から酷くスペックが落ちていた。

 そのことに気づいた『偽物の僕』はその整合性を取るためにとりあえず左腕を折ることで部活動を長期に亘ってお休みしているという。

 ただし、学校には普通に通っていて、体育の授業こそできていないものの、ある程度の学生生活は送っているようだ。また、部活をまともに出来ない揺り返しじゃないけれど、生徒会役員としての活動を頑張っているらしく、近頃『偽物の僕』が一緒に行動している……つまりよく一緒につるんだり遊んだりしているのは、郁也くん、咲くん、葵くん、昌くん、徳久くんといったあたりで、時々四方木くんも巻き込んでいるとか。


 実に僕らしいな……実際、洋輔から見たものとはいえ、殆ど僕本人と行動が同じ筈だけど。僕でもその状況ならば『適当な理由を付けて部活を休む』し、その適当な理由で無理が無くかつ説明をそれほどしなくても理解して貰えるものはなんだろうと考えたら腕を折るだろう。右利きだから左腕、まあ、この辺はその時の気分だろうけど。


 あとはちょっとした学校生活……というか友人関係での誤差というかなんというか、まあ僕本人ならば回避していたであろう行為が些細な範疇ではあるけれど確かに、郁也くん、昌くん、咲くん、徳久くん、葵くん、涼太くんとそれぞれあったそうだ。

 洋輔自身としても想定外の『動作』で、そんなつもりは無かったんだけどと謝ってきている。まあ謝られたところで『僕本人』は全く関係していない以上別に良いんだけど、一応状況は確認しておかないと齟齬が出るな。


 また、多少不自然になった点として、猫からそれほど『偽物の僕』は好かれていないらしい。それでも十分会話出来ているというあたり『僕』の身体それ自体にある程度猫に好かれるところがあるのかな、どうだろう。まあその辺の研究はしてもいいししなくても良いし、暇ならば洋輔が勝手に調べるだろう。


 で。

 これらを踏まえて、洋輔とソフィア、冬華が鼎談し、一つの結論を出した。


 というのも僕の不在を取り繕う形で偽物の僕を作り出し、地球上はとりあえず何事も無かったかのように呪文が中途半端に適応された状態で回っている、これは正直、かなりよろしくない。

 それは僕や洋輔、冬華が居る側の地球(アース)だけの話ではなく、ソフィアの居る地球(テラ)でも問題で、これらを一気に解消するべきだというのが三人の結論で、それを実現するためには、呪文(スペル)の効果を拡大し、より大規模に世界を書き換えるか、もしくは別の方法を取る必要がある。

 で、別の方法として提案された案の中に実現が可能そうなものは残念ながら見いだす事が出来ず、結局は呪文の効果拡大が結論になるんだけど、『現実改変』による都合の悪いことの書き換えでは限度があるから――と言うことで、三人は次に行うべきだと三人で決めたという方法を僕に対して提案し、その方法もノートに記している。


 認識を書き換えるのでは無く、認識を『巻き戻す』。


 敢えてオンラインゲームで喩えよう。

 今まではプレイヤー事に個別の処置を行った上で、サーバー上の処理を変更し、一部の仕様を変更するという処置を呪文(スペル)によって行おうとしていた。

 それを今度は、『サーバー上の状態を指定した時期に巻き戻す』――ロールバックという、オンラインゲームの運営的にはとても避けたい対応を取ろうというようなものである。


 実現性についてはむしろ従来の呪文(スペル)よりかは楽。

 地球が存在する世界そのものに対して、指定した日付へと『世界の認識を巻き戻し』、世界による『修復』が施されるのを待つだけで良い。

 そしてその時期を、洋輔達は『2017年6月3日』の『土曜日』としている。

 根拠はターニングポイントとなった昌くんの弟、晶くんが事故に遭う前のお休み――って事らしい。


 尚、この方法を取る際、6月3日からその行使を行う日までに死んだり産まれたりしたものは全て6月3日の状態に『戻り』、またその呪文(スペル)の行使に直接関与した人物以外の記憶もまた、6月3日の状態にまで『差し戻される』。

 ただし、これを12月に行使すると、12月の地球で6月3日の状態が再現され、すぐさま気候など自然も6月3日の状態に修正されるはずだけど、長くて数分程度、『12月の地球で6月の意識を持つ人物』が現れる可能性があり、そうすると『季節が反転した』ように観測されてしまう恐れがある。

 なのでできる限り気候は近い時期が良いそうだ、具体的には行使は『2018年の6月3日』で、その結果として『2017年の6月3日』に戻したいとのこと。


 まあ……その辺の検証は折角そっちにあるんだから渡鶴を使って、もうちょっと詳細にやれば良いんじゃ無い、というのが僕からの回答の一つではあるけれど、もしその通りにやるのであれば、地球上では304日……実際には地球上で呪文の整理もしなきゃいけないだろうから数日は早く帰還している必要があるから、300日で計算しよう。


 地球上で300日の猶予がある。

 この世界は地球の24倍の時差があるから、7200日。

 1年が360日として考えれば、20年――実際には閏月で多少ズレるだろうけど、それでも19年ほどこの世界で活動する猶予がある感じかな?


 ……19年って、僕が地球上で生きている時間の五割増し近いんだけど、まあそれは考えないことにして、それだけあればやりたい殆どのことは出来る――よね。

 クラ、というかキヌサであと4年足止めされても、尚15年も残っているし、その15年だって最大値。もっと早くに全てが終われば、その分早めに地球に帰れば良いだけのこと。


 ま、『あと19年あるから』と余裕を持っていられるのは最初の間だけで、最終的には『もう1年しか無いんだけどこれ間に合うか……?』ってなってる可能性もあるけど、それはそれ。


「制限時間がハッキリ見えただけでも大前進――っと」


 この辺の内心も読み取っているだろうし大丈夫だとは思うけど、ふぁん、とノートをもう一冊作り、そこに今考えたことを記述した上で、洋輔と僕以外には開けることが出来ないように封印しておく。


 僕にとっては最大20年弱でも、洋輔にとっても精々300日弱。

 どうしても洋輔が我慢できないならば、いっそ冬華と一緒に自由に暴れてしまっても良いのだ――究極的には、全て巻き戻す(ロールバックする)のだから。


 けれど洋輔はたぶんそれをしないだろうな――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ