108 - ヘッドハンティング
それは同年、10月上弦8日のこと。
ワアという勢力は規模的に言えば小勢力そのものである。
と同時に、この周囲としては特に、食糧供給に長けた勢力でもあり、酪農に関しては全ての勢力の中でもトップクラスという、なんとも歪な成長を遂げている。
だからなのか、ワアには大きな街が一つ、ワア・ヴィレッジとして存在するだけで、他は村というより集落程度の、極めて小さな集まりがあちこちに点在するという、珍しい光景があたりまえになっていた。
というわけでそんな集落の一つをハイゼさんとともに尋ねて、そこで新顔としてなんとか生活をしている彼女の家を訪ねれば、彼女、カティ・ヤヤルドは幸いにも在宅していた――幼い子供と、二人で。
カティ・ヤヤルドはやはり、怪我を負っていた。表面上は特に大きな怪我には見えないだろう、けれど一部の筋肉が断裂しているようで、力が入らない状態らしい。痛みも凄いだろうに、それを表に見せないあたりはさすが武人、女傑ということか……あるいは、そんな痛み寄りももっと辛いものがあるのか。
ともあれ、そんな彼女は僕や名前に見覚えも聞き覚えも無かったけれど、ハイゼさんを見れば一目で僕達がキヌサからの使者であることを察し、幼子を守るように位置取りつつ話を聞いてくれた。
聞いてくれたというか、話を聞きながら逃げる算段を付けていたというか。
ただ、僕達がカティ・ヤヤルドとリーバル・セイのどちらにも危害を与えるつもりが無い事は早めに理解してくれたようで、途中からは普通に話を聞いてくれたし、ハイゼさんも彼女の現状を踏まえ、一定の配慮をしながらのお話……つまりはキヌサへのスカウトを実施。
条件は、
『カティ・ヤヤルドとその同伴者に衣食住をキヌサが与え、対価としてカティ・ヤヤルドはキヌサに軍事的助言を行う』
『カティ・ヤヤルドが望み、かつそれが可能である状況にあるならば、キヌサはカティ・ヤヤルドが求めた勢力の再興を全面的に補助する』
の二つが前提条件としてハイゼさんが挙げた。
この時点でカティは幼子の正体が露見していると判断したようで、逆に条件を追加してきた。というのも、
『一つ、リーバルの素性をどこで知ったかを教えること』
『二つ、衣食住の上、リーバルの安全を確保すること』
『三つ、如何なる理由においても、例え私が死んでいたとしても再興は行われることを約束すること』
の三点で、ハイゼさんは即答でそのうち二つ目と三つ目は是とした。
一方、一つ目については僕が説明するべきだと当然の指摘を受けたので解答。
『カティさんがこの集落に身を寄せていることは本当に偶然です。元々の目的は余暇の散歩で、ミズイ・ヴィレッジで情報収集をした帰り道にこの集落を通り、その時にたまたまあなたを僕が直接見つけてしまった。怪我をされているとは言え、その動きはどうしても一般人とはやや異なりますから、それを違和感として少し観察していたら、髪型で誤魔化しているだけで、カティ・ヤヤルドさん本人だと気づいたのです。ミズイ側が死亡を確認出来なかった人物の中にその名前もありましたし、逃げ込む場所としては納得の場所でもあります』
これが前提。
『しかし観察を続けていると、あなたは幼子と共に居た。幼子の正体は分かりませんでしたが、カティさんは家庭を持っていなかったと聞いていますから実子ではない。一族の子供を連れて逃げたのだとしたらそれもおかしい、カティさんの血縁者はそもそもセイにだって居なかったのですから。となるとカティさんの知り合いの子供と言うことになりますが、それにしては気を遣いすぎている。そもそもセイに庇護を求めることだって、カティ・ヤヤルドの名前を出せば怪我をしていても可能だったはずです。それが出来ない理由があり、その理由こそがその子供だとしたら――「かつての主君の実子」、リーバル・セイが第一候補です。ノ・セイと一緒に処刑されたなんて話も聞いていますが、状況的にセイ・イキ連合に勝ち目はなかった。替え玉を用意する時間ならばあったはずですから。それに……いえ。なんでもありません』
究極的なことを言うのならば。
その子が本当にリーバル・セイ、張本人であるかどうかに、それほどの意味は無い。
リーバル・セイ本人ならば話はスムーズだ、僕が推測したとおりに動いたのだろう。
一方、本人ではないのだとしても、ノ・セイの忠臣であるカティ・ヤヤルドがそう主張し、またキヌサがリーバル・セイであると認めれば、真実がどうであれ、そうであると扱われるし――それが既成事実となって、最終的には本人に成り代わるだろう。
このあたりはこの集落に移動する最中、他に話題も無かったし、また交渉で突かれる可能性も一応あるかな、と思ったので、ハイゼさんに対しては伝えてある。
尚、御屋形様は自分で気づき、その上で無視しているだろうというのが僕達の共通見解。まあ、一応ハイゼさんが話すことになったけど。
で、この辺の推理や決めつけも踏まえて交渉に当たった結果、さらにいくつかの附帯を含めることを条件として、カティさんはキヌサに仕官してくれることになった。
その附帯内容は次の通り。
一つ、リーバル・セイの素性は上層部以外には知らせないこと、その上で将来必要なスキルについて、教育を行う環境をキヌサが準備すること。
二つ、カティ・ヤヤルドとリーバル・セイの同居を認め、住居内の監視は行わないこと。
三つ、カティの子飼いで、カティらを逃がすために現在ミズイに不本意にも仕えている数名の将や将候補は殺さないと約束し、また彼らがキヌサへの臣従を求めたとき、キヌサがこれに応じること。
前二つは当然の要求だったので問題なし、三つ目についても現状、キヌサは慢性的な将の不足に悩んでいるわけで、これを断る理由がない。まあもちろん、首輪はそれぞれ別にかけることになるだろうけど、それはカティも同意してくれた。
一方、ちょっと困ったのが素性を知らせず、かつ必要なスキルを教育する環境という部分だ。
将来的には再興し、領主になることを望むならば、その素養を学べる場所は御屋形様の横こそが相応しいけれど、そんなところにその子を置いたら、『この子には何か秘密がありますよ』と言っているようなものだ。
解決策としては、いっそ御屋形様の養子にしてしまうという案が第一案。これはハイゼさんとカティさんが即答で拒否した。
ハイゼさん、つまりキヌサ側が拒否する理由は単純、それを実現したとき、ノ・キヌサの子供として扱うわけで、それはイコール、キヌサの後継者という意味を含めるから。
一方、カティさんが拒否する理由も同じで、リーバルにはノ・セイとしていずれセイを再興して貰いたいのに、ノ・キヌサとして仕立て上げられてはたまらないから。
このあたり、別々の立場から同じ危惧をしているのがなんとも神妙というか深刻というか……。
第二案は御屋形様の命の元、数人に英才教育を行う施設を設立し、そこに放り込む事。エリート養成という意味で今のキヌサに足りないものでもあるし、人数を絞ることでリーバルの素性が漏れる恐れも緩和できる。欠点としては一人のための教育では無いため、リーバル・セイの為だけに内容を調整することは難しいこと。
一方、この方法を取るならば、リーバル・セイにとっては素性的にも力量的にも信頼の出来るキヌサの友人を持つことが出来るし、将来的にノ・セイとしてセイを再興させたとき、とても大きな外交的繋がりになることを意味する。御屋形様が代替わりしても、その繋がりは維持されるだろう。
方向性としては第二案が落としどころという事になったのだけど、ハイゼさんにせよカティにせよ、じゃあ他にどこの子供を養成するのか、そして最も大事な『誰が教育するのか』という点に思い至り、まあそうだよなとも思う。
そしてその上で、結論は出ていた。
『キヌサの「担いの手」タンタウト・ガーランドには今年、二歳になる甥が居ましたよね。その子をキヌサ上層部の人間から。それと、僕と一緒にキヌサに駆け込んだ四人の最年少、ロニ。年齢的にもぴったりですし、将来的にはキヌサのために働くわけですから、参加させます。ロニの両親には僕から説得しますのでご安心を。あとは民間から一人適当に選び「将来自分の子供も」という夢を見せて、全部で四人。これで十分でしょう』
『教える側は誰が行うのだ』
『軍略面ではタンタウト・ガーランド。武勇面では「太刀風」ケン・シーリン。座学面ではハイゼさんがというのが理想でしょうね。カティさんにも当然参加して貰います、実戦経験を踏まえて、その実戦に至らせるまでの積み重ねはカティさんが最も効率的に教えられるはずです』
キヌサにはその当たりを理解している人間があまりにも少ないから……でもあるんだけど、ま、それはそれ。
で。
『政治は座学、軍略・武勇はキヌサの将。軍の準備や政との関係性は私か。確かにそれは理想的ではあろう。だがそれでは不足だ。魔法についても良い教師を用意して貰いたい。必ずしも領主が扱える必要は無いが、それがどのような事を可能とし、どのような事を苦手とするのかを理解させるためにも』
当然それに行き着いてしまう。
……指輪を外せば、そのあたりはライアンやフランカがもの凄く得意なんだけれど、そういうわけにも行かない。
かといってキヌサには魔法のエキスパートがそれほど多くは無く、その少ないエキスパート達で勢力の中枢に上り詰めている者が実はいないのが実情だった。
結果、可及的速やかに『まともに』魔法を教えることの出来る人材を登用する事、それにはカティも協力することが決まる。
当面はカティが苦手ながら教えようかという話にもなったのだけれど、
『いや。それには及ばぬ。リリ・クルコウス、働いて貰うが』
『僕だって魔法を習得してから二年も経ってないんですが……』
『その僅かな時でそれほど使いこなしているならば問題はあるまい。最低限の基礎や、出来る事、出来ない事を教える。それだけならば可能であろう』
と丸め込まれて僕がやることに。
キヌサにあとどのくらい滞在するかも実は決めてないんだけど……まあ、その時は頷くしか無かったし、その後サムと相談した結果、五年くらいはむしろクラという特殊な環境に身を置いた方が、「僕」がアカシャ・サトサンガ・プラマナでおこした事件のほとぼりも冷めて丁度いいのでは無いか、などと明に暗に『働け』と言われたので、まあ、そうすることにする。
とはいえ五年はどうだろう。
僕の『成長しない身体』も、一年や二年ならばそれほどの違和感が無くても、五年間ずっと子供のままというのは……、怪しまれるよなあ……。
衣服や髪型である程度誤魔化すか。成長や老化をしないというだけで、髪や爪は伸びるし。
それに普段から接することが出来る範囲なら、多少は心理誘導もできるしね。
話を戻そう。
ともあれ、これらの条件を踏まえてカティが登用に応じると決まったことで、カティとリーバルはそのまま僕達と一緒に集落を出て、翌日にはキヌサ・ヴィレッジに帰着。
そのまま御屋形様と謁見を行い、カティとの取り決めを聞いた上で御屋形様は全て事後報告ながらこれを承諾。
と同時にカティはその場で正式にキヌサの将となり、当面は三将と同格として扱われることになった。つまりは僕と同じだ、という説明がハイゼさんから入ると、『え、あなたそんなに偉かったの?』といった視線がきたけれど黙殺した。
カティの怪我に関してはこの会談の直後、予めハイゼさんが手配していた治癒術士によって完治。折角だからと治癒術士の魔法も観測してみたけど……、あれは集中力をリソースとする魔法における『リザレクション』と根本的な方向が違うようだ。
一長一短なんだろうけど。
それに覚える気も無い、ポーションで良い。
で、カティらにも拠点として屋敷が与えられ、これは僕たち五人が住んでいる屋敷の隣に。将来的には学友になる相手だ、家が隣というのは良い。
尚、おこぼれ的な形にはなったけれど、この決定で地味に得をしたのがリーシャだった。リーシャは当面、リーバルの面倒を見る保育係という仕事をカティから与えられたのである。
家も隣だし、何かあったらすぐにやりとりが出来る事、年齢的にはちょっと乳母というには若すぎるけれど、ロニの面倒をみていた事で子供慣れをしていたことが理由に挙げられていたけれど、恐らく将来的にリーバルの知古としたいという所もあったんだろう。
カティの内心でリーシャに対する評価は極めて高いというのも理由の一つになるかもしれない。
あと、リーバル・セイの名前について。
今後、彼は当面『リーバル』とだけ呼ばれる事になる。
クラにおいてリーバルという名前がメジャーで、街に一人や二人くらいは同じ読みをする人物がいるのだ。読みが同じだけでちょっと綴りは違うけど、その辺は言葉にする範囲では分からない所でもある。
セイ、というファミリーネームは、カティがいずれ本人に明かすことになるのだろう。それはきっと大分先の話だし、そのフルネームを知ったのはキヌサでも三将格と御屋形様のみである――フランカたちにも教えるつもりは今のところ無い。
◇
――そして時は、流れゆく。




