107 - モラトリアム
9月上弦13日。
ハイゼさんは無事、キヌサに帰還した。
ミズイ、バンタの二勢力から身を守りつつの移動だった事もその長期化の理由の一つではあったけれど、単にゴチエでの要件に時間が掛かったという側面もあったようで、帰還の挨拶も兼ねて御屋形様と、召集された三将格の前でノ・ゴチエとの会談内容が報告された。
曰く。
『ゴチエは今回の軍事行動は古く尊き血の要請に基づくものではなく、古く尊き血の安寧を維持し、また積極的にそれを広く知らしめるための行動の一環である』
『ミズイは古く尊き血に対して接触を始めており、古く尊き血に対する臣従の姿勢は我々ゴチエとしても望ましいものであるが、彼らは安寧では無く手元に古く尊き血を招くことを優先する行動を多く取っていた』
『バンタは古く尊き血に対し一定の敬意を払う素振りこそあれど、古く尊き血からの要請を聞き遂げることは少なく、その叛意は無くとも臣従の意志がないことは明白である』
『この二勢力は理由こそ異なれど、ゴチエが守るべき古く尊き血の安寧に対し、凪いだ水面に石を投げ入れようと試みる狼藉者である。よってゴチエは、これらを安寧のためにも早急に叩かねばならなかった』
『よって本来ならば、キヌサがこれら狼藉者の侵攻を受けるよりも前に、我々ゴチエはいち早く動いているのが正しい姿である』
『我々の行動が遅れたことにより、キヌサに住まう数千の民を犠牲としてしまったことはゴチエの落ち度であり、ノ・キヌサ殿は無論、キヌサの民全員に対して我々は責を負わねばならない』
『これはゴチエのみならず、古く尊き血も同様の見解である』
『よってゴチエはキヌサに対し、五年間に亘り、軍事的保護を行う事ととする』
という感じ。
どう考えても裏しかないようなゴチエ側の言い分だし、当然そのことに気づかないハイゼさんではない。
しっかりゴチエを出る時、軽く探ってくれたようなんだけど……。
「私が触れ回った範囲において、ではありますが。どうも、ノ・ゴチエ殿は真剣にその言を取ったようでした」
「…………」
もちろん、単に愚直だから、という話では無い。
裏に裏が重なって、最終的に表にひっくり返ってしまったと言うだけのことだろう。
「つまりは古く尊き血とゴチエの思惑が複雑……いや、煩雑なほどに絡み合い、どうしようも無いほどに重なっていると?」
「御意」
古く尊き血の思惑は安寧だとしよう。
ゴチエの思惑はそれに重なるだろうか?
……重なるんだろうな。
「大勢力だからこそ、大きな戦いも小さな戦いも頻繁にこなさざるをえない……その度に物も人も消耗する。それに嫌気が差している。他方、古く尊き血を守らねばならぬ以上、ゴチエは戦わなければならないし、ゴチエに守られる以上、古く尊き血も多少は手を貸さなければならない。末端では大勢力であるが故に余裕がある一方、古く尊き血やノ・ゴチエは強い厭戦感に囚われている――御屋形様とは話が合いそうですな」
『鷹の目』、ワッシャー・ホーマンが軽く事情を整理するように言えば、ハイゼさんは静かに頷いた。
それが答えで間違い無いと言いたげに。
「領土の民意と領主の真意がずれている。勢力が大きいからこそ、そのずれ幅はより大きく――民意をないがしろにすれば、勢力が大きいからこそ大きな歪みを生み出して、勢力そのものが瓦解しかねない。……ふむ。それはキヌサがこのまま成長した結果と近似していような」
御屋形様の独り言に、誰もが口を開かない。
その通りだと皆が分かっている――そして、それが『裏』の一つでもあるのだろうと思う。
古く尊き血とゴチエの思惑が重なり、キヌサを守ると結論した。
……最終的にそれが決まったのはノ・ゴチエ自身が、今のノ・キヌサをかつての己自身に重ねた、もしくは己が目指した姿に近いと幻想したからからなのではないか。
「裏の事情はともかく、ノ・ゴチエからの申し出は有り難い。五年の根拠は分からぬが、五年の猶予を我々は得た。古く尊き血を抱える勢力が虚言を用いることができるとも思えぬ、この時の間に軍の再編を行うとしよう」
そして御屋形様は結論を出す。
五年の時を無為に使う事は出来ない、と。
「新兵を含む練兵は当然として、どのような部隊が欲しい等。三将に意見は?」
「でしたらばまず、私から。遠距離戦に特化した部隊を持ちたいと考えております」
最初に意見を出したのはホーマンさん。
それに御屋形様は深く頷くと、しかし次に首を傾げた。
「遠距離戦か。となると選択肢は弓か、魔法かになるが……」
「弓で宜しいかと。軍単位で魔法を用いるとなると、その最適化は五年では到底足りますまい。魔法使いとしての育成は当然、他部隊との連携は慎重に慎重を重ねなければなりませぬ」
「そうさな。弓兵として特化させた部隊を……、三つは作るか。練兵はホーマンに任せる」
「ありがたき幸せ」
ふむ。
ちなみに一部隊当たり三百から五百人、三部隊で多くて千五百人。
一万程度の兵力の中の千五百……、まあ、妥当くらいかな。
確かに弓兵って強いんだけど、近接されたら壊滅待ったなしだし。
それを防ぐためには最低でも同数の防衛隊が欲しいからね。
「他は」
「騎兵の運用についてはどうなさるか」
「あれはなあ……。確かに扱いこなすことが出来れば他を圧倒しよう。歩兵では勝負にならんことは知っている。だが馬を用意するのも大変だし、なにより運用に様々な面で習熟度が要求される。難しかろうな」
「御意」
シーリンさんの提案をきっぱりと御屋形様は切って捨てる。
どうやら騎兵はロマン扱いされているようだ。
……まあどうやらもなにも、僕はこのキヌサで馬は馬車以外ではほとんど見ていないので、どうやっても無理だと思う。
「なれば、歩兵により良い装備を与えたく」
「ふむ……シーリンよ。つまり、それは買うという事では無いのだな」
「はっ。キヌサの軍から正式に援助を行い、軍用装備の制作を行う工房をキヌサ内に用意する――実現性の面では、これまでも調達している武器商を介して職人を呼び寄せる事は、困難ではあれど不可能ではないと見ております」
「良いだろう。追って必要な資金の概算を出せ。実際にはそれを見てから決めるが、とりあえずは前向きにそれを考えるとする」
「はっ」
で、装備を自領で作るべきだと改めて主張し、御屋形様もそれを認めた。
御屋形様としてはとりあえずは自領を補って、それでも余ったら多少は金の足しになるだろうとでも考えている感じかな?
初期投資の額面が酷い事になりそうだけど、まあ、なんとかなるんだろう。たぶん。
「タンタウト・ガーランドは特に何も無いか」
「……いえ。一つ、あるにはあるのですが……」
「らしくもない。歯切れが悪いな。構わぬ、申せ」
「…………。はっ。兵站管理の専門部隊の導入に関して提言させていただきたく」
「…………」
兵站。
ここで提案するあたり、さすがは『担いの手』か。
一番重要なのに誰も言わなかったからな……。
「兵站というものの管理は集約すればその効率性が飛躍的に上がるのです。先の侵攻におけるミズイやバンタの軍を思い出していただきたいのですが、ミズイは最低限の兵站管理を行っており、バンタは兵站管理を極めて強く意識していた。その結果……ミズイは『ひとつの軍』として行動せざるを得ず、バンタは『先鋒、次鋒、本隊』とその兵力を分けることが出来ていました。また、ゴチエへの対応時も、バンタは兵站をすぐさま整理できたのに対し、ミズイにはそれができなかった――その結果は我らの知るとおり。今は未だ兵力が一万ほどではありますが、将来のことも考えれば無いと損をし、あって当然というものになりましょう」
「その言は正しいな。どうしようも無いほどに。……ガーランド。兵站管理を任せても大丈夫か?」
「万全、ではありませぬが……。他に手がありませぬ故。ハイゼ殿、助太刀を頼めるか」
「私で役立てることならば。しかしこの件に関しては、私以上の適任もおりますが」
「適任?」
誰のことだ、という御屋形様の問いに、けれどハイゼさんは答えない。
目を閉じ、一度、二度と頷くだけだった。
「……リリ・クルコウスということか?」
「近いですな。しかし、否。リリ・クルコウス、目星は付けているのだろう?」
「…………」
どこで気づかれたのやら……、いやまあ、結構あからさまにアプローチはしてたからな。気づかれて当然か。
「旧セイの将に、カティ・ヤヤルドという女傑がいます。彼女は先のミズイとセイ・イキ連合の戦いにおいて生存しており――今はワア領の集落に身を寄せていることも分かっています。彼女はセイにおいて兵站管理にもある程度携わっていたとか」
「ほう。確かにその名は聞いた事があるな。特に知が買われていた人物だったか?」
「はい。セイ・イキ連合の時点では、一人でも多くの戦力が必要とされたため、前線に駆り出されましたが――本来は後方において軍を補助する、兵站と軍略の双方を兼ね、また本拠における最後の守りとしての役割も果たしていた人物です」
「なるほど。しかしワアに身を寄せているとなると、登用は難しいであろう」
「いえ。あくまでも身を寄せているだけであって――身分を隠し、戦災から逃げてきたという体をとっているだけです、ワアの将にはなっていません」
そしてワアはそれに気づいていない。
暗に示すまでも無く、他の皆はそれに気づいたらしい。
条件次第では登用できるかもしれない、そんな希望の視線を浮かべるガーランドさん――に対して、ハイゼさんや御屋形様は難しそうな表情を浮かべている。
「ワアに仕えるでもないならば、尚更難しそうだと思うがな。ましてやセイ・イキの両国は一度我々に助けを求め、それを我々は拒絶している。そのことを恨んでもいよう」
「確かにノ・イキやノ・セイは恨みましょう。しかしカティ・ヤヤルド、彼女に関しては心配ありませぬ。そもそも彼女は『キヌサは動かぬ』と結論を出していたはずです」
軍師として――キヌサが動くはずがない、その理由がわかっていたはずだ。
「それに今の彼女は、決して環境的に恵まれても居ません。名前を出すことも、己の本性を出す事も出来ず、ただ生活のために日々を費やしているのですから」
「……そこには一つ疑問があるぞ、リリ・クルコウス。真にカティ・ヤヤルドであるならば、それこそワアに使えれば良いだろう。ワアは拒絶するまい?」
「ハイゼさんの言うとおりです。しかしながら、今の彼女にはそれが出来ぬ理由が二つもあります。一つは怪我。戦争において彼女は無傷では無かった。怪我を追い、恐らく今、彼女の戦闘能力は本来の水準に全く届かない状態です」
戦働きをするのは難しい――治癒術士を頼るにも、お金がかかりすぎる。
「金が掛かるとはいえ、それこそワアに属せばノ・ワアが連れてくるだろうに」
「はい。しかしもう一つの理由が少々厄介です。というのも、彼女は今、とある大事なものを守らなければならない状況にあります」
「大事なもの?」
頷く。
「セイの貴種――先の戦争で亡くなったノ・セイの実の息子、リーバル・セイ。今年で二歳になったはずです」
「……セイの貴種が残っていたのか。いや、まて。リリ・クルコウスは何故、それを知り得たのだ?」
「先月、お休みを頂いたとき、散歩がてらミズイ・ヴィレッジの状況を探ってきていたのですが、」
「待て。散歩か?」
「はい。散歩です。とはいえ行きの段階でも、そしてミズイ・ヴィレッジでも新しい発見がありませんでした。そこで帰り道はちょっと遠回りをしてきたのですけれど、その遠回りがワアを経由していたのです。そしてワアのとある集落に立ち寄った――だからこそ、これを知り得ました」
「散歩……、散歩で他勢力に、そうも簡単に忍び込むか……」
誰が何と言おうと散歩である。
事実メインは猫探しだったし。
ついでになにか軍事的な兆候が見えたら注意しておこう、その程度には考えていたけどね。
なんか皆頭を抱えてしまっているけど……。
「……まあ、その発見の過程は釈然としないが。なるほどな。キヌサとしてリーバル・セイを守ることも条件に含めれば、カティ・ヤヤルドの登用は叶うか」
「あるいはそれで渋られたとしても、将来的なセイとしての再興を条件とすれば十分に勝算があります。とはいえ僕の言葉だけで証明し説得する事は到底無理ですから、三将のどなたか、もしくはハイゼさんにも同行していただく必要があります」
「三将がワアに行けば警戒されような。ハイゼ、頼めるか」
「御意。リリ・クルコウス、日程などはこの後調整を」
「はい。わかりました」
これでよし。
「……ところで。リリ・クルコウスよ。これまでも時折『お休み』をして、屋敷でゆっくりしているだけの日もあれば、自由奔放にどこかへと出かけている日もあったが、まさか屋敷に居ない日は毎回ミズイにでも行っていたのか?」
「まさか。バンタにもちゃんと行ってますし、遠い所だとズイに行ったりしてますね。ズイだとさすがに日帰りだと探れる範囲が小さいのですが」
「…………。リリ・クルコウスがキヌサを頼ってくれたことは、真実、キヌサにとって何よりの幸いだったのだな……」
結局、この後はカティ・ヤヤルドの待遇などを取り決め、一度解散することになり。
キヌサは、五年の猶予の使い方を、こうして決めた。




