105 * リリの日録
――これは、クラ国で発生したキヌサ、バンタ、ミズイ、そして古く尊き血やゴチエまでも巻き込んだ紛争について記述された日記の一部である。
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5月下弦30日。
ついにバンタが兵を挙げた。数は実戦闘員の数で四万。兵站まで考えればバンタのほぼ全戦力が集まっていると思う。
当然、本土防衛はほとんどしていないようなものだ。それでも守り切れると判断している……、正規兵以外にも防衛手段はあるからな。それこそ民兵とか、あるいは冒険者だとか。
この兵たちはゼビに向っているようだ。
そのゼビの兵力は四千さえ割り込むほどだと言う。四千と四万、これでは勝負にならないだろう。
ゼビがいつまでも強硬姿勢を取るならば一方的な蹂躙になるな……早めに折れれば、その分犠牲は少なく済むはずだ。ノ・ゼビはどう決断するだろうか? あるいは、決断するのはノ・ゼビではなく軍なのかもしれないけれど。
6月上弦1日。
ミズイで軍事演習が行うと発表があった。バンタの行動にぶつける形になっているから、あるいは別の名目にするかと思ったんだけど、普通に軍事演習として布告され、これはジワーを通ってこのキヌサにも情報が届いていた。何でだろうと思ったら、ジワーの近くで行うからということのようだ。どうせ物や金の動きでバレる、それで変に他勢力、特にバンタを刺激したくないのだろう。
四万と四万で真っ正面からの戦争なんてやってらんないだろうし。
で、これに対してジワーがもの凄い混乱状態にある。事前にこの軍事演習を行う事は知らされていなかったようだ。かといって兵を出さないわけには行かない、けれど兵を出すとバンタに隙を見せる、といったもどかしさだろうか?
臣従勢力の悲哀だな。頑張れ。
6月上弦3日。
バンタの将兵について続報が入った。
総大将はノ・バンタが幼い頃から信頼しているというヤウナ・マウラという人物で、名実ともに軍のトップがそのまま総大将として行動しているらしい。
先鋒の将はアグレス・ペトラルカ、女性ながら知勇のバランスが取れた万能型で、預かった兵力は一万二千。
次鋒の将はジャック・ワンダラ、将というより軍師に近い性質だと聞いている。ペトラルカに対する抑えや後詰めでもあるのかな? 兵力は一万だ。
本隊は一万八千。将は当然ヤウナ・マウラだけれど、本隊は四千、四千、一万に兵を分けているらしく、ヤウナ・マウラが直接指揮するのは実際には一万だけ。
残りの四千が二つについては、片方がポール・ジョーンズ、もう片方がディートリヒ・リブハウゼンが将となっている。
ポール・ジョーンズは特に武勇に優れているようだ、一方のディートリヒ・リブハウゼンは魔法使いとして有名だという。ジョーンズの四千は予備選録の側面もありそうだけど、今回は守りの盾としておいてるのかな? リブハウゼンの四千は全員魔法使いとかでもおかしくないかもしれない。
これはなかなか骨が折れそうだ。
6月上弦7日。
バンタがゼビに突入し、宣戦を布告。
ゼビの兵四千二百はアグレス・ペトラルカが率いる兵一万二千の前に紙のように破られ、四千二百を率いたノ・ゼビは戦死。といってもこれは儀式的な意味合いが強かったようで、ゼビの兵にも殆ど犠牲は出なかったという。
要するに、ノ・ゼビは最初から勝てないと解っていたから、自身の命と引き換えにゼビの後に注文を付けたのだろう。
結局、アグレス・ペトラルカはジャック・ワンダラと共にゼビ・ヴィレッジを占拠し、簡易城砦として戦力を再分配しているのだとか。
ゼビ以外にも攻め込む予定のようだ。
6月上弦9日。
ジワーで反乱が起き、この反乱を『たまたま』近くで軍事演習中だったミズイが鎮圧。ミズイの兵がジワー・ヴィレッジを占拠している。
これにより、ゼビとジワーにはそれぞれバンタ、ミズイという勢力が存在し、いよいよ一触即発の様相を見せはじめた。
キヌサもこれに対応せざるを得ないとして、ゼビとジワーとの境沿いに軍を配置している。
6月上弦11日。
ジワーに駐留していたミズイ軍の一部がキヌサ領に侵入。キヌサ軍はこれを六千の兵で撃退したと言う。
作戦の範疇にしてはあまりにも杜撰だし意味がなさ過ぎる。偶発的な出来事なのかもしれない。ミズイとしては頭が痛いだろうな、これでキヌサはミズイから攻め込まれる心配を始めるわけだから。
6月下弦16日。
ミズイとバンタの軍がそれぞれ集結を始めた。いよいよ決戦前夜、そんな空気が漂っている。キヌサ・ヴィレッジも、もはや安全とは言い切れなくなったかな……。
願わくばこのまま兵を退いて欲しいけど、そう上手くは行かないんだろうな。
6月下弦21日。
まさか17日から3日連続で大雨が降るとは……雨の中では軍事行動がまともに取れないと判断したのか、ミズイは動かなかった。キヌサ側は陣屋で体力を温存できたようだけど、ミズイは大丈夫だったのだろうか? 屋根もない場所では体力が結構削られるだろうに。
今日もまだ、雨が降り続いている。けれど流石に、そろそろ晴れちゃいそうだ……。
6月下弦22日。
キヌサ軍六千が詰める陣屋に対し、ミズイ軍三万二千が攻撃を開始した。
数の上で圧倒的に不利のキヌサは、陣屋をアップデートして数をごまかす作戦に出たようだ。ミズイはそれに攻めあぐねているらしい、これが吉と出るか凶と出るか……。
6月下弦23日。
ゼビ領からついにバンタの先鋒と次鋒がキヌサに攻め込んできた。弱り目に祟り目ということのようだ。
キヌサのゼビ方面にはまともな普請が無かったけれど、軍が配置されてからはそれなりに時間があったから、空堀を含めて簡易陣屋程度の準備は出来たらしい。
とはいえこちらも数は六千対二万二千。
数の前に押し切られるのは目前だろう。
6月下弦25日。
ゴチエは古く尊き血の意を受け、キヌサを守護することを宣言すると同時に十万の兵を挙げた。十万の兵は二手に分けられ、方やミズイ、方やバンタへと一気に攻め込んでいると言う。
これを受けキヌサと戦闘を始めていたミズイ、バンタの兵が大きく動揺し、この日、キヌサにおいて戦闘行動は殆ど無かった。
6月下弦26日。
バンタの本隊はゼビ領から引き払う素振りを見せていたのだけれど、ここでまさかの事態が発生。バンタの総大将、ヤウナ・マウラが病に倒れたらしい。生死は不明だけど、あまり状態は良くないという話は出てくる。少なくとも指揮が執れる状態ではないわけだ。
まさかの事態って本当にあるんだな……、いや想定してなかったよそれは。
おかげで大混乱に陥るバンタ軍はキヌサへの侵攻を急遽停止、先鋒のペトラルカ率いる一万二千を置いて残りは旧ゼビ領へと引き上げた。
またこの日、この動きに呼応するように、ミズイ側も突如撤退の動きを取る。こっちは既にゴチエの兵が迫っていたということもあるだろう、バンタと比べれば随分と堂々と、そして整然と帰っていった。
6月下弦27日。
またも大雨のこの日、バンタのペトラルカらもついに撤退。
キヌサは圧倒的な数の不利を、大半の偶然と古く尊き血やゴチエによる横槍によって跳ね返し、その兵力をあまり削られること無くこの決戦を終えた。
あまり削られること無く、とは言うけど、それでも被害はやっぱり出ている。
派兵していた合計一万二千の内、ある程度無事と表現できる状態で帰還したのは八千五百。
何らかの大きな怪我を負った者は千に及び、残り二千五百は失われた。
一万二千の二千五百……このたった一万二千で、あわせて八万もの兵を相手にしていたのだ、間違い無く大勝利だし損害もかぎりなく小さいのだけれど、絶対的な数でみればやっぱり多いし、敗戦に違いは無い。
御屋形様も気に病んだようで、治癒術士の手配をしたようだけど、全員は助からないだろうな。
6月下弦29日。
バンタ軍の総大将、ヤウナ・マウラの死去が正式に発表された。死因は直前に頭痛を訴えていたことから脳に関する病であるとは言われている。脳卒中か、あるいはくも膜下出血か。
この病死に対応出来なかったとして、軍部に所属していた治癒術士の数名が処断されかかったんだけど、ゴチエに対して戦力を減らしていられないと思い直したらしい。一線は越えなかったあたり、ノ・バンタは優秀な人物なのだろう。
一方、ミズイとゴチエはというと、戦端を開いていた。今のところゴチエの五万に対してミズイは二万、キヌサ戦に備えていたらしい兵站では二万が限界らしい。数的不利は間違い無いし、天候も暫くは安定しそうだからな。ミズイにとっては正念場だろう。
7月上弦4日。
バンタでもゴチエ軍との戦争が始まっていた。数はバンタの六万に対してゴチエは五万。
ただし、バンタの新しい総大将はジャック・ワンダラで、ワンダラの指揮に不満か不安を抱えている一部が指令無視を繰り返しているという。あれでは数の有利は誇れないだろう。
ゴチエもそれに気づいているからか、特に慌てた様子もない。
7月上弦10日。
ミズイ・ゴチエの戦いが終結した。
ミズイの兵二万はゴチエの五万に対し最後まで抵抗し、ゴチエは八千ほどを消耗して撤退を選択。
一方、ミズイは最初の二万から予備選力として送られた分も含め、都合三万五千の内二万三千を損失した。戦力の逐一投入はやはりダメってことなのだろう。
ミズイはこれで大きく兵を失った、暫くは内政に専念せざるを得ないだろうな。
7月上弦14日。
バンタ・ゴチエの戦いも終結した。
いや、終結したのはもうちょっと前と言っても良いのかも……。
ともあれ、ゴチエの五万の兵は五千ほどを消耗し撤退。バンタはなんとか領土を守り切るも、やはり総大将の力が弱かったこともあって、六万いたはずの兵は今日の段階で四万を切っているという。
二万近い損失、というだけでも青ざめるはずだけど、それ以上に軍事的な序列の乱れがここにきて表面化している。これを上手く治めるまで軍を動かすことをノ・バンタは躊躇うだろう、躊躇わないのだとしたら軍はさらに数を減らすに違いない。
7月下弦18日。
酒場にご飯を食べに行ったところで興味深い世間話がされていた。
今回の一連の行動……つまりはバンタの挙兵とミズイの連動に伴うゼビ・ジワーの消滅と、キヌサへの侵攻、その後背を突いた古く尊き血とゴチエの横槍による、ゴチエとバンタ、あるいはミズイの戦争において、最も得をしたのは一体何処だろうか、というものだ。
例えば軍事面で見たとき、バンタは一人負けだ。病死とは言え総大将が失われ、それによってキヌサを攻めきることが出来ず、しかもゴチエとの戦争においても大敗を喫した。これを立て直すのはかなりの時を要するだろう。
とはいえバンタは何も得なかったのかといえばそうでもなく、旧ゼビ領をしっかりと占拠している。ゼビ領はそこまで広くは無いけれど狭くもなく、鉱石資源を持っている。バンタならば国力の底上げに十分活用できるはずで、軍事的な面での問題はあれど、しっかりと得るものはあったという考え方が出来る。
じゃあ次に酷い目をみたのはどこかと言えばミズイで、こちらはどうにも上手く行かない、そんな感じだ。対キヌサに最適化した兵站が結果敵にゴチエからの侵攻という事態への対応に大きな制限を課し、その結果戦力の逐一投入をせざるを得ず、本来以上の犠牲をそこに強いてしまった。
失われた兵力の補充に苦労するのは当然として、それ以外の面でもノ・ミズイは求心力の低下に直面するだろう。
一応得るものとしてジワー領を完全併合したけれど、元々従属していたのだ。プラスになる部分はそれほど大きくない。
ならば得をしたという観点ならばどうだろうか?
キヌサは合計して八万という大軍に毅然と対応し、たった二千五百の犠牲で領土の全てを守り切った。それは褒められることだけれど、得たのは『見事耐えきって見せた』という賞賛だけであり、全兵力の二割を越える消耗を糊塗できるほどではない。
古く尊き血やゴチエが動かなければ、今頃キヌサという勢力は残っていなかっただろう。
そのゴチエはというと、ミズイ、バンタとの戦いで兵力を消耗したのは事実だけれど、目下最も鬱陶しかったバンタを大きくたたきのめすことが出来たし、最近成長著しいミズイも叩くことができた。また、キヌサをミズイとバンタがほぼ同時に攻め込んできたのが偶然だとは誰も信じていないし、この二つの勢力が後ろで結んでいたとなれば、本格的な共闘を始める前に叩くことが出来たという事がとても大きい。
で、ゴチエを動かした古く尊き血にしても、より強い庇護を受けることが出来るのだ。己は何も失う事無く。
そう考えれば、この一連の戦いで勝者は目に見えている。古く尊き血だ。
過程はともかく、結論については僕もそう思う。
本当に。
◆
これを記述したとされる人物は、当時キヌサに庇護されていた少年、リリ・クルコウス。
彼は単なる日記としてこれを書いたようだが、その内容は同時期にキヌサで書かれたと判明している日記の大半と比べあまりにも『事実』に近すぎるとして、後世において多く指摘されている。
また、この手記が改めて研究されることで、後に発生する古く尊き血に関する事件にどの程度キヌサという勢力が関わっていたのかがあれこれと考察されることになるのだけれど、それはまだ――大分先の話である。




