104 - プランB
5月下弦20日。
20時、キヌサ・ヴィレッジ、屋形内の一室に、僕とハイゼさん、ガーランドさんは改めて揃っていた。
「まずは無事を喜ぼうか」
「ありがとうございます。得られた情報は、こちらの通りで」
と言うわけで、第二回間者働きの成果報告会だ。
事前にハイゼさんとガーランドさんに伝えてあることもあれば、今日ここで話すのが初めてのこともいくつかある。
本来ならばリスト化してペーパーを渡した方が解りやすいんだけど……ま、そんな業務報告をする間者というのもどうかと思うので、基本は口頭報告に加え、光輪術でスキャンし錬金術で出力した物を補足資料とする。
「まず、ミズイの強気の理由ですが。少々変則的なバンタと同盟で間違い無いとあえて断定させていただきます」
提出する資料はバンタ側で獲得した、ノ・バンタとノ・ミズイのサインのある資料……と、ミズイ側で獲得した同じ内容が書かれた資料だ。
バンタで獲得した物とミズイで獲得した物のサインはそれぞれ微妙に異なっていて、きちんと署名交換をしたのだろうと受け取ることが出来る。
「これはもちろん原本ではなく複製になりますが」
「うむ。…………。ま、納得よな」
ハイゼさんの感想に、ガーランドさんは静かに頷くことで同意した。
「だが、それは戦力的、戦略的な納得だ。感情的には奇妙だし、奇怪でもある。ノ・バンタとノ・ミズイには接点が無かろう」
「確かに。その点については何か補足があるか、リリ・クルコウス」
「はい。この密約の成立には、旧チワカの貴種が動いていたことが解っています」
追加で差し出すのは、ミズイでスキャンした書類束。
旧チワカ領はミズイによって滅ぼされ、その際ノ・チワカは死んでいるのだけど、その息子、リバフ・チワカが生きており、ミズイの臣としてその人脈を利用し、才覚を発揮していた。
立場的には外様にあたるんだけれど、このチワカの貴種は様々な意味で『自分の価値』を理解しており、情報・人脈・名前・身体などを最大限利用した結果、今となってはミズイの臣のなかでもかなりの上位……というか、実質的な外様の頂点に立っているあたり、実力社会で生きぬく術を上手いこと身に付けていたんだなあと思う。
ちなみに今年で十七歳になったらしい。
チワカが滅んだのが五年前なので、十二歳の頃から身体の価値とかを理解していたのかと呆れもするけれど、まあ、これはチワカには当時、闇市があった事が原因だろうな。
「リバフ・チワカは今のノ・バンタと、一応は遠い血縁関係にあるようです。リバフ・チワカの母親の父方の祖父が、ノ・バンタの母方の父と兄弟だったとか」
「そう聞くとほぼほぼ他人だが……。繋がりがある事は、なるほど。納得だ。しかし独断で密約まで持っていったと言うことか?」
「いえ。突き詰めればノ・ミズイの決断です。リバフ・チワカはその血縁関係である事をそれとなく聞いていたようですが、具体的な根拠が無かった。一方でミズイにはその記録が残っていた。リバフ・チワカがそれなりを越えて『使える』と解った時点で、その血縁関係を証明し、それを利用してノ・バンタと接触させた」
「その頃から同盟を模索していたと?」
「いいえ」
その当たりは状況証拠、になってしまうけれど。
一応、読み解くヒントはいくつかあった。
「この段階はどちらかというと足止めでしょう。当時のミズイはまだ兵力三万程度でした。その時点ではまだノ・バンタと接していなかったとはいえ、ミズイにとっての次に攻略する相手がトマヤ。一方、トマヤと国境を接するロシマヤはちょうどバンタに臣従し、併合を望んでいましたから、ミズイがトマヤを取るとバンタと国境を接することになるかもしれない。そこで攻め込まれては厄介だ、だからその足止めをリバフ・チワカに任せた――このあたりは『こう考えれば辻褄が合う』というだけで、残念ながら物的証拠はリバフ・チワカとノ・バンタとの文通の一部しかないのですが……」
「え、あるのか?」
「はい。これも複製品ですが」
「リリ・クルコウスは間者としてはでたらめも良いところだな……いや、盗んでくるだけならば未だ解るが、複製品をそうそう大量に作ってくると言うのはどうなのだ」
企業秘密と言うことで。
で。
ノ・バンタと、ノ・ミズイはお互いに探りを進め、同盟あるいは密約という形を目指した。いや、目指したのはミズイが先か。
「ミズイがトマヤを併合する直前には、バンタとミズイの外交関係は確立され、相互不可侵で纏まったとみて良いかと。ただ、その後の密約を結ぶにあたってはバンタ側がミズイの規模を不足とみていたようでして。だからこそ、その後の行動に続いたと思われます」
「セイとイキの併合か」
「はい」
セイとイキを併合したことでミズイという勢力はバンタに並ばないまでも、ほんの少し下程度までには上り詰めた。
そこまで育ったならば盟を結ぶに値する――という言質は、リバフ・チワカが握っていたようだ。
「ふむ……、古く尊き血をミズイが取る。バンタはそれを援助する。……規模的には逆が正しいようにも見えるが」
「ノ・バンタはどうも、古く尊き血を嫌っているというか恐れているというか、できるかぎり触れたくない、といった様子なのですが……。その理由までは分かりませんでした。お二人はなにかご存じですか?」
「旧体制への反発だろうな。バンタ付近は特に、旧体制時代に痛めつけられた地域だ。ノ・バンタがというより、バンタの民が反発しているのだろう」
ふうん……?
その辺の資料は無かったんだよな……、重要資料扱いされていたってことになるけれど、そこまで隠す事か?
実際ハイゼさんやガーランドさんは事情を知っているようだし。
ということは、この二人の認識はまだ甘いのか……何かもっと裏があるのか。
ま、追々何らかの形で確認するとしよう。
「それでだ、リリ・クルコウス。先に聞こう。ミズイ、もしくはバンタにおいて我々キヌサに関する作戦は作られていたか?」
「答えは、はい、なのですが。いいえ、です」
「どっちだ、それは」
「ミズイでもバンタでも、それぞれにキヌサ侵攻計画が立てられた形跡は確かにありました。ただしどちらも実現性が低いとして廃案にしています。ミズイからしてみればジワーを完全に併合して道を安全にするのが先ですし、バンタに至ってはゼビという壁もあります。兵力的にもそれほど余裕はない――だから無理ということです。以前ミズイがちょっかいを出してきた時も、その本質はジワーへの脅しだったようですね」
ガーランドさんが頷いたのを見て、話を進める。
「そして今、バンタ・ミズイの密約が締結されたことを受けて、バンタはゼビへの侵攻計画を練っています。捻出する兵力は四万を想定しているそうです」
「…………」
ゼビの兵力はどんなに多く甘く見積もっても、六千。
どう考えてもオーバーキルだ。
もちろん、兵力に差があればその分だけ消耗は小さくなるし、なによりこうも数の差をつければ勝手にゼビが折れるかもしれない。
それを狙っているのは真実だろう。
ただ、その先がある。
「よもやと思って一応探りを入れておきましたが、案の定、ミズイで同時期に大規模な軍事訓練が行われる予定のようです。これにはジワーにも参加を促しており、ジワー・ミズイの領境界付近で行うと」
「……そうか。大規模というと、兵力は解るか?」
「四万。ただし、ジワーは含めていません」
ミズイとバンタは同時に四万ずつの兵力を集め、移動させようとしている。
片やゼビに、片やジワーに。
ゼビとジワーはどちらもキヌサの隣であるから――もはやその意図は明白だ。
「バンタの四万、ミズイの四万。単純に合計するならば、八万の兵が、キヌサを攻める可能性が高いと言わざるを得ません」
「八万……」
キヌサの兵力は一万二千から僅かに増えて一万三千。
装備の質では圧倒しているとしても、数の理論がどうしようもなく大きすぎる。
「勝てるか、ガーランド」
「……真っ向勝負は」
無理だ、とハイゼさんの問いに、ガーランドさんは首を横に振る。
「絡め手を取るにしても、流石に数が数。指揮系統の違いを突くにしても兵力差がありすぎる。絶対に勝てぬとは言わぬが……。よほどの奇跡が起きねば無理だな」
「……そうか。それでも諦めるわけにはいかぬ。奇跡を起こす、その程度の意気は必要だろうな」
その通り。
ただし――起こすのは奇跡である必要も無い。
「報告は以上か?」
「間者働きとしては」
「うむ。…………。つまり、他に何かがあると」
「はい。……個人的な、勝手な行動ではありますが」
一通の封筒を取り出し、ハイゼさんとガーランドさんの前に置く。
金箔で縁取られたその封筒に書かれた宛先は『リリ・クルコウス』、差出人に記述はない。
この封筒は。
クラという国において、特別な意味を持つ。
「――何故、そのようなものがある」
「キヌサに身を寄せてからそれほど経っていない頃からです。いざという時に向けて、個人的に古く尊き血へと献金をしています。あくまでも個人的な献金なので額面は其程多くありませんが」
「…………、」
プランB。
古く尊き血の確保。
その過程で獲得した物だ。
これまでに僕が古く尊き血にあてた送金額はクラ金貨二万枚と少し。
勢力単位からの献金から見れば微々たる物でも――決して無視は出来ない数字になった。
だから古く尊き血は、僕にこの封筒を寄越してきたってわけだ。
『金箔の封筒』は、クラにおいて古く尊き血と呼ばれる者達に、『行動をおねだり』をできる特別なもの。
もちろん古く尊き血は自分で軍事力を持たない。
だからおねだりできる行動は、その大半が政治的なものに留まるし、その政治的なものにしたってそこまで大きな行動は本来、難しい。
ただ――いくつかの条件が重なれば、政治的な行動が大きく出来るし、あるいは軍事力だって動かせる。
「バンタとミズイが兵を動かした時点で、これを使って古く尊き血にキヌサの苦境を説明し、キヌサを守って欲しい旨をねだります。本来ならば軍事力を持たないはずですが、今、古く尊き血を抱えているのはゴチエで、ゴチエはバンタを強く警戒しているという前提がある。そのバンタがミズイと水面下で組んでいるという証拠を添えて渡せば、古く尊き血はそれも含めてゴチエに渡し、ゴチエはバンタとミズイの兵が半数ずつこちらに向って進軍を始めた時点で嬉々として兵を動かすと見ています」
「なるほど。バンタとミズイは兵をある程度……場合によっては全てを戻さねばならぬか」
で、その『いくつかの条件』を今回の場合は満たしている。
古く尊き血にとってだけではなく、それを庇護する勢力にとっても大きなメリットがあること。そして、そのメリットを無視したとき、多大なデメリットが発生すること――だ。
キヌサを守るということは、同時にバンタとミズイの兵力を削り、場合によっては勢力も削れるかも知れない。単に削るだけではなく、キヌサへと攻め込んだところを後ろから削るのだから、かなり楽な戦いになるだろう。
一方、キヌサを守らなかった場合……無視した場合、多大なデメリットとして、バンタとミズイは共同作戦という経験を積み、場合によってはキヌサを飲み込み勢力としてさらに一段階成長する可能性がある。
今のバンタとミズイの同盟を相手取るだけでもかなり面倒な事になるというのに、これ以上の成長をさせる前に止める手立てがあり、しかもそれで恩まで売れるのだから、基本的には思い通りに行動してくれるだろう。
「あっぱれよな。リリ・クルコウスの独断によって、キヌサは今回の危機を乗り切るであろう。その方法には問題が無いとは言いがたいが、それがなければ今ごろキヌサは詰んでいた」
と。
その声は、隣の部屋からあげられている。
……まあ、気配はあったし、他の二人だって知ってただろう。
ただ一応、名目上は三人の内密な会談なので、『気づいていないふり』をしていただけで。
しかし事が大きくなった以上――御屋形様の干渉は当然だ。
扉を開けて入ってきた御屋形様に、僕達は同時に頭を深々と下げた。
「良い。……さて。その策には、しかし問題が残っているな。確かに此度はゴチエにとって、バンタとミズイの後背を突くことができる機会に違いない。だからこそより大きな戦果を手にするために、ゴチエはぎりぎりまでそれを隠すだろうさ――奇襲に拘るだろうさ。ジワーやゼビが踏み潰された後、キヌサに手を掛けた丁度その時に後ろから襲いかかるのが、ゴチエにとっての最善だ。要するに、我々も、キヌサも、少なくとも一戦は交える必要があろう」
ごもっとも。
そして恐らく、それは一戦では済まない。
バンタとミズイはタイミングを合わせて、同時に侵攻してくるだろうけど――きっと別方向から、別々に攻撃してくるだろう。少なくとも密約という形を取っている間は、攻め込む前に合流したりはしないだろうから。
つまりは、最低二戦。
ゴチエの動きの速度次第では、そこに加えてさらに数戦、ということもあり得るだろう。
「リリ・クルコウスがこの問題への解答を用意していないとも思えぬ。大人しく言ってしまえ。それが我々キヌサのためになることは解っているからな」
「…………。余り褒められた事では無いのですが。たとえば、相手が四万の軍だとします。だとしたらとある一つの課題を与えることで、場合によってはその軍そのものを瓦解させうる――特にミズイは崩しやすいとみています。バンタも全くの無反応では居られないでしょう」
「その手とは?」
「総大将の暗殺」
大軍であるからこそ、その指揮権を握る者を喪失した時、間違い無く兵は揺れる。
場合によっては指揮権を奪い合うように、勝手に内輪で戦闘を始める、などということだってあり得るだろう。
そこまで上手く行かずとも、兵の動揺は間違い無く誘えるし、将の統率も数段落ちる――例え数では負けていても、連携の無い四万とは結局、数百から三千程度が沢山居るだけだ。
「言うは易く行うは難し――いや。リリ・クルコウスならば行えるか。これほどの諜報活動をこうも素早く、人知れずに行えるのだ」
頷けば、御屋形様はほう、とため息をついた。
「危険が大きいとはいえど、場合によっては指示を出さざるをえんな。可能な限り回避できるよう励んでくれよ、ハイゼ、ガーランド」
「はっ」
「御意」




