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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
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101 - ひとりめ

 ふぁん、と。

 聞き慣れた音が遠くで聞こえたので、作業を中断して共用スペースのダイニングへ。


 ダイニングではフランカが小瓶を手に取り、空中に透かして中身を見るような仕草を取っていた。


「リリ、これ……」

「最初はフランカだったか。おめでとう」


 というわけで。

 三人の中で一番最初に錬金術を成功させたのは、フランカだった。

 ついでなので眼鏡で品質値をチェック、901。

 初めてで、しかも追加マテリアルも無しだからな……。


「いやあ。コツコツ続けてみるものね……」

「というか、本当に出来るんだな、それ」

「私達も手を抜いてるつもりは無いんだけど……」


 というわけで現在の日付。

 4月上弦8日である。


 実に二ヶ月を超える時間を費やした格好になるけれど、『まとも』な方法では無い以上、これでも早いほうのような気がする。

 この間も洋輔からのリアクションもないあたり、時差は思ったよりも大きいようだ。


「ちなみにこの液体、何に使えるのかしら」

「水と薬草から作れるものはポーションが基本形。それも実際、ポーションだね。品質にもよるけど、ちょっとした怪我を治せる道具だ」

「へえ。どのくらいの質かしら?」

「下から数えて一番目。九級品、品質値は901……錬金術的に品質や品質値っていうのは重要でね。等級は一番下が0から1000刻みで九級品、八級品って上がっていくんだ。8000から8999までの一級品を越えて、9000を越えるとあとは全部特級品って括りになる。一般的には六級品が合格点、三級品で高級品、二級品だとかなりの高級品、一級品は滅多に手に入らないもの。特級品はよっぽどの巡り合わせが必要……と考えられていたよ」

「その1000刻みの考え方、冒険者ギルドのレベルと戦力分析に似てるな」

「そうなんだよね」


 ライアンも似たような事を考えたらしい。

 一方、フランカはちょっと不満顔だ。


「つまりこの、901っていう品質値のポーションはもの凄く品質が悪い感じよね?」

「そうだね。それでもちょっとした擦り傷くらいなら一瞬で治ると思うけど、そのくらいかな。特級品とかになると大概の傷は瞬時に治してくれるんだよね」

「そう。やっぱり成功したけど、失敗に近いのね」

「そうでもないよ。僕だって最初に作ったポーションは散々なものだったし……それで、品質値を上げる方法だけど、完成品をより具体的にイメージしたり、マテリアルを増やしたりすることが必要だね」

「ふうん」


 ふぁん、と。

 再びフランカが錬金術を行使、マテリアルは薬草と今し方作ったポーション。

 錬金濃縮術……、を、満たしていたようだ。

 そんな応用概念を知っているわけでも無いだろうけど、直感的に思いついたのだろうし、そういう気付きが錬金術にとっては何より重要になるのだから良い事だと思う。


「これでどう?」

「品質値は1202。ちょっと上がったよ」

「コスパが悪いわね……」

「というか当然のように二度目も成功させたけど、そう簡単にいくのか?」

「そうでもないわライアン。今の、成功するまでに五回くらいはチャレンジしてるもの」

「あ、そうか……」


 ……そのあたりはほとんど未知の領域というか、覚えてないというか。

 僕とて毎回成功させていたわけじゃないんだけど、『学校』に行くようになってからは失敗自体がほとんど無かったからな……マテリアルのミスによるスカは、あれも成功の一種だったし。


「品質値はすぐに見られるようになるの?」

「道具を使えばね。ただ、その道具を使うためには『マテリアルの認識』と『錬金術の実行』を切り分けて行えるようにならないといけないから、当面は無理」

「ま、そうそう簡単な話でも無いか……」


 レンズを毎回作り直す程度の手間はどうでも良いけど、品質値を表示するだけのつもりで錬金術を発動してしまったりすると大変なことになるし。

 なのでここは結構、強めに制限を掛けるべきなのだ。


「それで、その切り分けはどうやったらできるようになるのかしら」

「錬金術でスカ……失敗が滅多に起きなくなったら、その後二つ条件を僕が出す。それをクリアしたら、大丈夫と見做すよ」

「つまりはもうちょっと基礎を積めって事ね」

「うん」


 面倒だろうけど、錬金術師なんてそんなものである。


「俺たちにもなんかヒントが欲しいんだが……」

「ヒントをあげたいのは山々なんだけど……。フランカはもう解ってくれると思うけど、その感覚、説明のしようが無いでしょ」

「そうね……。これ、勘で偶然ピタッと嵌まるのを待つしかない感じだわ……」


 というわけでノーヒント。

 なあにまだたったの二ヶ月そこそこだ、フランカでもかなり早い部類だし、焦る必要全くない。


「話を変えるけれど。リリ、御屋形様の様子はどう?」

「どうもこうも、僕も驚くほど普段通りだよ。あの人、もの凄く図太いね」

「そう……」


 ……と、リーシャが問いかけてきたのは、とある転機をつい最近、このキヌサが迎えたからである。

 いや、それを迎えたのはキヌサだけではない……というか、このクラという国全体なんだけど。


 それは2月下弦18日のこと。

 ミズイは兵力三万を以てセイに侵攻開始、セイの全兵力が八千に満たないこともあり、始まる前から殆ど勝負が付いているような状態ではあるものの、セイは兵力六千を割いてこれに対応。


 ミズイの兵の露払い部隊を兼ねた先鋒八千とセイの本隊六千が接触、実際に戦闘が始まったのは2月下弦21日の事で、この日の戦闘は可も無く不可も無く、双方共に大損害はなかった。

 翌日もミズイ側は本隊の到着を優先して無理責めをせず、またセイも無理に攻め込むことは無かったため損害はお互いに最小限で済ませ――戦場が大きく動いたのは、結局2月下弦24日。


 この日、ミズイの本隊二万二千が合流。

 結果、三万対六千という絶望的な戦力差をセイは突きつけられた。


 ――が、ここでセイの策略が発動。

 ミズイの本隊が到着するとその背後から唐突に八千の兵が現れた――その兵はイキのもので、ここに至ってセイとイキの軍事同盟がようやく発覚し、これにより兵力はミズイの三万に対してセイ六千、イキ八千の合計一万四千。


 これでも兵力差は倍あったのだけど、イキがまさか手を出してくるとは想像だにしていなかったのか、ミズイの兵は大きく動揺、また背後からの奇襲はこれがとても上手く行き、倍の兵力を上手く生かすことが出来ず、理想的な挟撃が炸裂――結局この日の戦闘が終わった時点で、ミズイの兵力は二万を大きく割る一万七千。

 ……とはいえ、セイ側、イキ側にも損害は相応に出しており、セイは三千、イキも六千程に兵力を減らし、合計で九千と、やはりミズイの兵力と倍近い差は残ってしまった。


 また、ミズイは万単位の後詰めが期待出来るのに対し、セイとイキにはそれがない。

 しかも挟撃という戦術的有利を押し通すには数が不足し、結局は一万七千対九千という数的不利を抱えつつ戦わざるを得ないなど、ミズイの有利は変わらない。


 更に2月下弦25日から荒天が続き、これにより軍事行動が停滞――折角ミズイに走っていた動揺はこの荒天の間に解消されており、戦争行動が再開した2月下弦30日、ミズイは殆ど兵力を消耗せず、一方的にセイとイキの兵力を削り、翌3月上弦1日の時点でミズイの兵力一万六千に対し、セイ・イキ連合の兵力は五千にまで減っていた。

 それどころか、ミズイが後詰めを送ったという報が戦場には流れており、もはやセイ・イキに勝ち目は無いことは明白となる始末。


 そしてこの日、ミズイ一万六千とセイ・イキ連合の五千が衝突。

 当然その結果は言うまでも無く、セイ・イキ連合は大敗を喫し兵力を失い、ミズイは一万五千の兵を残したまま侵攻を再開……。


 3月上弦2日、しかしここで意表を突くような事が起きる。

 というのも、キヌサ・ヴィレッジに一人の特使が訪れたのだ。


 その特使は御屋形様と一対一の会談を望み、これに対し御屋形様とハイゼさんは三将格を別室に待機させることを条件とした上で是とし、三将格、即ち三将にハイゼさんと僕の五人が待機した上で、会談は行われ……たんだけど、十分もしないうちに御屋形様が待機中の僕達の部屋を訪れ、


『リリ・クルコウス。ついてこい』


 とピンポイントに僕を呼び出し。

 三将にせよハイゼさんにせよ、当然ぼくもまた困惑している中で会談の場に引っ張り出された僕に、特使は改めて名乗りをあげた。


 ヤンカ・ロータス。


 特使として訪れた彼は現在イキを治めているバーダ・ノ・イキの腹心で、今回のセイ・イキ連合が仕掛けている一つの策略をキヌサに知らせに来たのだという。

 で、何故特使がこのキヌサに派遣されたのかというと、その策略を取るに当たって、セイ・イキ連合は政治的な味方が欲しかったのだという――それも相応に、つまりミズイに対抗しうるだけの力を持つ味方が。


 ではそんな政治的な味方がほしくなるような策略とは何か?


 軍事魔法の解禁である。


 で、御屋形様は既にそこまでは話を聞いていて、その判断を下すためにも僕にも改めて説明をさせたわけだ。

 その上で御屋形様は僕に対して、軍事魔法の行使によって現状がどの程度覆せるのか、そもそも軍事魔法の行使それ自体が現実的なのかどうかなどを聞いてきた。


『軍事魔法の何を使おうとしているのか、にもよりますが、ミズイは軍事魔法に対する解答をまだ得ていないはず。一回目では十分に効果が現れるでしょう。二回目も恐らくは、多少は威力を弱められても、ある程度の効果は見込んで良いかと。つまり二回までならば使える切り札として用いるわけですが、一度目でミズイの兵力を一掃し、二度目でミズイの領土を削る。こうすることで、現状のミズイという勢力を半壊させる程度ならば事実、可能かと。行使が現実的かどうかに関しては、セイ・イキ連合を調べたことが無いのでなんとも言えませぬ』


 無論、ここでは正確な解答を欲しがっていたようなので、しっかりと僕も解答した。

 当然、デメリットの部分も。


『しかしながら御屋形様。軍事魔法をノーガードの相手に放った場合、それによる被害は甚大極まります。現在のミズイとセイ・イキが戦闘を行っている場所でそれを行使したとすると……、旧チワカ領がまるごと焦土と化します。当然そこで生活をしている者達も丸ごと巻き込みますし、再建にはかなりの時を要しましょうな』


 要は、軍事行動では済まなくなる。

 いくら攻め込まれ、窮鼠猫を噛むという形で放たれるものだとしても、それの正当化は難しいだろう。

 政治的な味方を欲しがっているというのは、結局、セイ・イキ連合もそれを自覚しているからである。


『なにとぞ、我らに救いを頂けませぬか』

『リリ・クルコウス。もう一つ確認だ。例えばセイ・イキがキヌサに対して軍事魔法を放ったとして、それはどの程度の被害になる?』

『我々にはありませぬ。軍事魔法への対策は済ませております故』


 断ることで敵対するとしても問題は無い。

 あるいは味方することで他勢力を丸ごと敵に回しても、軍事魔法で一気に片付けられる事は無い。

 だからこそ、ここは御屋形様が自由に結論を出すべきだ――そんなメッセージを当然受け取ったようで、御屋形様は結論を出した。


『我々は特使と会談をしたが、話題に軍事魔法は出なかった。ということにするとしようか』


 味方をしない。

 結論を受けて、特使、ヤンカ・ロータスは酷く失望した様子を浮かべつつ、結局その後すぐに去って行った。

 キヌサがダメならば別の勢力を探すしか無いわけだ――そんな内容も含めてあらためて三将やハイゼさんと情報を共有すると、三将はそれぞれに御屋形様の結論を賞賛した。

 滅びかけている勢力を味方して、得るものが全方位からの敵意では割に合わないし、逆にその勢力の味方をしないと表明することで滅びかけの勢力が放つ軍事魔法の標的に成り得たとしても、それへの対抗が可能だと理解しているからである。


 一方で、御屋形様は強かな一面をやはり見せており、今回の特使との会談において軍事魔法の話題は出なかったと言う事にした点も踏まえていくつかの取り決めが行われた。

 つまり御屋形様は軍事魔法の行使という可能性をミズイに伝えたりはしないし、それを実行したとしても、率先して叩くことはしないという意思表示でもある。

 ぎりぎりの妥協点と言えるだろう。


 で、現実としてその後はどうなったかというと、結局セイ・イキは軍事魔法の行使に至らなかった。

 3月上弦14日、ノ・セイは討ち死にし、セイ領はミズイ領に併合される。

 更に同月28日、僅かな抵抗を払いつつイキ領もミズイによって併合され、ついにセイ、イキの両国は勢力として消滅したのである。


 もしも御屋形様が軍事魔法に政治的な味方をしていれば、この二つの勢力はまだ残っていただろう。

 他勢力とはいえ、勢力の存亡を分かつような判断。

 それはかなり重たいはずだ――けれど、御屋形様は動じなかった。


 図太いと表現したのは、それが理由だ。

 それでいい。

 人間としてはともかく、勢力の長としては正しい判断だ。


 明日は我が身と身構えてもおかしくは無いんだけれど……このあたりは、サムにも似ている。


「けれど……。セイにせよイキにせよ、本当に軍事魔法だけでひっくり返せるつもりだったのかしら?」

「それは僕も疑問なんだよ。……何か、もしかしたら更に奥の手があったのかもしれないね」


 ま。

 今更考察したって意味は無いのだろうけれど。

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