100 - 立場
「兵力六万を越えるか。恐ろしい数字だな。だが……、随分と我々キヌサは過大に評価されているらしい」
一通りの報告を終えると、御屋形様は僕にでは無く単に独り言としてそんな事を言う。
「リリ・クルコウスの報告が確かならば暫くミズイは捨て置いて良かろう。となると問題は他、隣接する勢力だが……兵力的にはこちらが圧倒している。三つ以上が連合しない限りは不可能だし、その三つの連合も現実的では無い。こちらから攻め込まない限りは問題なかろうな」
「どこかに攻め込みますか」
「そうして領土を得てまた少しずつ兵力を増やす。それが本来の形なのだろうが、性に合わん。それに大義もないでな。あちらから手を出してきて、それに押し返すという形ならばまだしもだ」
御屋形様らしいなあ……。
「気になる事がある。リリ・クルコウスに聞くのも妙な話ではあるが……。ミズイが警戒している軍隊規模の魔法とはどのようなものか?」
「異国……この場合はクラでさえ無いのですけれど、大規模な戦争で用いられる大きな魔法のことかと。僕も実際のそれを見たことは無いのですが……、資料からある程度の効果は導き出せています」
「再現は可能か」
「可能だとは思いますが……僕は反対です」
「ふむ。理由は?」
「御屋形様の信条に反するかと。例えば先にキヌサ領に侵攻したジワーの例で考えます。その場面で『魔法』を用い、ジワーを撃退すると考えましょう」
「うむ」
「ジワーが丸ごと消し飛びます」
「うむ?」
掛け値無く。
そして、文字通り。
「ジワーの軍がではありません。ジワーという勢力の大半が、物理的に消し飛びます。異国の戦争においては『敵軍の魔法を妨害する』し、『敵軍の魔法を軽減する』のが標準ですから、そこまで大きな結果は得られないことが大半なのですが……。この軍備が整っているキヌサでさえも、どころか僕が潜入して確かめた範囲ではありますが、かのミズイでさえも、その『妨害や軽減』のための魔法使いがいませんでした」
「そうだろうな、そのような魔法が存在することさえ知らぬ。それが無い状態でその魔法を受けるとどうなるのだ」
「先ほども言いましたが、ジワー程度の領土は吹き飛びます。周囲にも影響は当然ですが、その規模だって甚大でしょう」
「……五国大陸ではそのような魔法を戦争に使っていたのか? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃ無いので、最近では暗黙の諒解として使われていないようですよ」
「だろうな……」
僕が資料で読んだりした限り、もっともシンプルな『連結魔法/デストラクト・ゼア』という魔法でもその被害規模は一地方を丸ごと吹き飛ばして尚、余力あるほどとして、理論値は存在していた。
まあ、理論値と表現されるとおり、実際にはそこまで上手く行くことが無いはずだけど。
それは軍事魔法に対する妨害が容易で、更に軽減もそれほど難しくないことが原因だ。
軽減は別に連携していなくてもそれぞれ魔法使いが防御用の魔法を張ればそれだけである程度の減衰を起こすことが出来る。
で、妨害というのはその軍事魔法が『結構な数の複数人』で行使される点を利用するもので、この複数人の連動をほんの少しでも失敗させたり、失敗まではいかずともタイミングをズラしてやれば、それだけで軍事魔法の威力が激減するし、何もしなくてもちょっと失敗するだけでものすごく威力は弱まる。
相手が全く警戒していない状態ならば軍事魔法は恐ろしく突き刺さり、想像以上の戦果を見せるだろう。けれど相手が少しでも警戒していれば、これほど魔力の無駄遣いは無い。
数百人規模の魔法使いが魔力を殆どカラにして得られる攻撃力が矢の四本分とか、そういう事態も後期ではあったらしい。
「ふむ。確かにそれは扱いが難しいな。……しかし、それ以上に懸念することがあるな。私はその軍事魔法とやらの存在自体を知らなかったが、ミズイはそれを知っていた。いや、それはリリ・クルコウスの言う軍事魔法とは違い、単なる大規模な魔法として表現していただけという可能性もあるが。それでももしかしたら、その軍事魔法を手に入れつつあるか――そうでなくとも、目指しているのでは無いか?」
「あり得ない話とも言い切れません。六万の兵を動かせるのです。軍事魔法の行使は簡単なものならば百人ほどでもなんとかなる以上、準備をしていないというのは楽観でしょうね。ただ、使うとしても場面は選ぶでしょう」
「場面か」
「はい。他勢力からの批判や対策を気にしないで良い状況です。それは同時に、『自らが使う魔法を、自らの陣営でもしっかり無効化できる状態』と言い換えても構いません」
「『やり返されたときに対応出来るように』か。なるほどな。となると、ミズイは今のところ、まだその対策までは出来ていないと」
「恐らく」
大規模な魔法を受ければ被害が大きくなるという表現をあの時、ノ・ミズイは使っていたし。
「ふむ……。冗談交じりに聞かせて貰うが、リリ・クルコウスにならば行使か妨害のどちらかはできるか?」
「どちらかというのは一人で、ということでしょうか」
「そうだ」
「防御ならばあるいは可能かも知れませんが、行使と妨害は厳しいです。一人で軍事魔法を発動することそれ自体は応用として存在していましたが……」
発動の基本はロジックなんだよな。
それをマジックに変換して一人で軍事魔法を行使する、なんてことは概念的に存在しうるけど、僕の力量ではちょっと……厳しいだろう。
どうしてもやれと言われたなら、かなり難しくてもミスティックに変換する方を選ぶ。
領域ならば余裕はあるし、大量のミスティックを発動するだけならばなんとでもなる――それを上手く一つの魔法に纏める方法が無ければ意味は無いけど、錬金術による大魔法化という手段が使えることが既に解っているので、こっちの線ならば実現性はかなり高い。
一方で妨害はとなると、マナ干渉が出来ればとても簡単らしい。
できない場合は結構苦労し、マナの動きを強引に引っかき回す必要があるんだけれど、これがまた特殊な形の魔法だ。習得が難しい。
で、僕の場合は防衛魔法も重ねれば大概は防ぎ切れちゃうだろうし――そしてその方が相手としても衝撃を受けるだろうし――、あえて習得しようとはしてなかったりする。
ただしマナ干渉についてはライアンから少しずつ教えて貰っている。何かと便利そうだし。
「あまり期待は出来ぬか」
「はい」
「……キヌサの軍に参加している魔法使いの数は知っているか?」
「確か、実用圏内が二百名ほど、育成対象も同数で、戦力としては期待出来ないのが四百ほどでしたか」
「そうだ。最後の四百は無理として、残りの四百で軍事魔法を習得させるのはどうだ」
「不可能とは言いません。キヌサの軍備増強にも繋がるでしょう。しかし……」
「反対か」
「はい」
「理由は」
「キヌサがそれに手をだせば、他の勢力もそれに手を出します。収拾が付かなくなる恐れもある。ミズイでさえもそれを恐れているのがその根拠です」
「なるほどな」
だからこそ。
恐らくクラの内戦において、軍事魔法というのは概念としては存在してもそれだけなのだろう。
もし使われるようになるとしても、最初に使うのはキヌサやミズイではない。
ジワーのような小さな勢力が追い詰められた結果、それに手を出すという形だと思う。
「追い詰められた――と言えばだ、ミズイはイキやセイを目指すと言ったな」
「はい。まず間違い無くセイかと」
「それは偽装で、実際にはこちらに来ると言うことは?」
「考えなくて良いでしょう。今の段階ではキヌサに喧嘩を吹っかける意味がありませんよ。現状のミズイの戦力では『キヌサ攻略をする場合、多大に犠牲は出るが最終的に勝利できる』であって、それは一時的に国力を大きく落とす事を意味します。ましてやミズイとキヌサを繋ぐのがジワー領だけではあまりにも心許ない。簡単に分断されて、結局キヌサが再独立……なんてことになれば、ミズイは兵力と求心力をいたずらに失うだけで終わります」
「つまりミズイが仕掛けてくるとしたら、キヌサから見てジワーの両隣が先か」
「そうなります。とはいえ、それをした時点でキヌサに攻め込んでくる気があるという表明にもなるので――ミズイはここで選択を迫られるかと。つまり、『キヌサを正面から叩き潰せる兵力を用意できるまで放置する』か、『キヌサにバレないようこっそりと道を整備しておき、奇襲を謀る』か」
「奇襲を選んでくれると楽なのだがな」
ごもっともだ。
奇襲といっても軍単位となればさすがに気付く余地があるし、奇襲は確かに効果的だけど、どうしても兵力に制限が掛かる。
各個撃破もあるいは可能かも知れない。
一方で正面から叩き潰せる兵力を用意されたら、その時は本当に困る。
なにせまともにやってもキヌサに勝ち目が無いのだから――まともにやらないならば手はあるけれど。
「となるとミズイはセイを飲み込むか。イキも連鎖的に持って行かれるとなると……、ふむ。流石に勢力としてあまりに巨大化する……が、まだ大丈夫だな」
「はい」
「ご苦労。ハイゼにも報告はしたのだったな。三将には私から直接伝えよう、恐らくはその後軍議を召集することになろう。リリ・クルコウスも今後は可能な限り参加せよ」
「かしこまりました」
そして実質的に三将と同等で扱うからそのつもりで、そんなニュアンスのことを言われてちょっとどうしたものかなあと思う。
もうちょっとラフな関係でありたいんだけど……、ま、一宿一飯というレベルでは無い恩も……、あるのか……?
「どうした?」
「いえ」
「そうか……。ま、下がって良いぞ」
「はっ。失礼します」
ま、報告は終わったので謁見の間から一度辞して、そのままハイゼさんの居る方へ。
二つ隣の部屋なので、すぐに到着。
「失礼します。ハイゼさん、少しお時間を頂いても?」
「構わないが、どうした?」
「各勢力の情報を記した情報などがないかなあと。多少古くても構わないのですが」
「ふむ。あまり詳細なものは残念だが無いな……ざっくりと当時の御庭番が調べたものはあるのだが、御庭番はどちらかと言えば守りの手駒。あまり敵地に関しては調べられていないのだ」
納得。
「それでも良いなら、そちらの棚にある。自由に見ると良い」
「ありがたく……と、鍵が掛かってるな」
「ああ、すまない。ええと――」
「開けちゃって良いですか?」
「うん? 構わないが、鍵は今、」
『解錠』。
開いたので中の資料を確保。
「…………」
「僕は戸締まりが特に得意な部類でして。大概の鍵は自由に開け閉めできるんですよ」
「御庭番としてはもちろんだが、色々とリリ・クルコウスの前では防犯というものを考え直さねばならぬな……」
「仲間の家を荒らすようなことはしませんって……」
「そうか? …………。本当に?」
「本当です」
野良猫を嗾けたりはするけれど、別にそれは解錠や施錠に関係することじゃないし。
うん。
ともあれ保管されていた資料から、比較的新しいクラの勢力に関する情報をざっと眺める。
この資料が作られた段階ではミズイはまだ小さいな、今のキヌサよりちょっと大きい程度か。そこからミズイは一気に大きくなっている……、ふむ。
眼鏡に情報保存していた最新に近い地図と照らし合わせてミズイがどうやって今の形になったのかを導き出しつつ、いくつか不自然な点を見つける――桶狭間の戦いじゃあるまいけれど、殆ど負け確定の相手に大金星を少なくとも一度あげていることになってしまう。
そこは恐らく――
「そういえば、ミズイから帰ってくるついでに、ミズイの間者が使っていたと思われる隠れ家をキヌサで発見しました。例の怪異の気配から結構近かったこと、僕がミズイで盗み聞きした話にも怪異が出ていた事から、やはりあの時の怪異はミズイが作った物かもしれません」
「ミズイが怪異に手を出しているか。……ふむ」
「まだ決定的な証拠が無いので、御屋形様には伝えていませんが」
「そうさな。それが良かろう。だが詳しくは調べておきたいものだ」
意訳。
詳しく調べてこい。
「そうですね」
「手は足りるか?」
「今のところ別命もありませんので。ただ、場合によっては牢獄を使う事になるので、また手配をお願いするかも知れません」
「……またあれをするのか」
「いえ今度は別の手段を取ります。拠点の規模からして人数も少ないでしょうから、普通に監視ができればそれで構いません」
「ふむ。そういう事ならば手配はすぐに出来るな。必要になったら言ってくれ」
「はい」
他に伝達を忘れていることはないかな……、大丈夫か。
「資料、ありがとうございました。元に戻しておきますね」
「うん? なんだ、持っていかないのか」
「拠点に居る四人は、僕の役目に巻き込みたくないですからね」
「――ふむ」
こちらも意訳。
巻き込んだらその時は覚えとけよ。
「お互いに立場は尊重するとしよう。それがキヌサの、そしてリリ・クルコウスの利益にもなるだろうからな」
「そうですね。そうしてくれると嬉しいです」




