10 - レベルの概念
『セタリア。今日は「階位開示」、というものを試してみたいんだ』
酒場での初仕事を終えた翌日。
営業時間外に掃除を済ませ、たところで、カウランさんはそう切り出してきた。
『…………?』
昨晩の盗み聞きは気付かれていないっぽいかな?
ならば知らないほうが自然だろう。
『この前やった「能力開示」は素質を表示するものだったけど、「階位開示」はその対象の力量を数字で表示するものでね。特に何も訓練を積んでいないならば、年齢と同じ数字が表示されるから、君が何歳なのかも解る。地味に君が何歳なのか、私たちは知らないからさ』
『…………?』
……年齢と同じ数字が表示される……か。
まあ、うん。
それは良いとしよう。
何も訓練を積んでいないならばと言う前提はどういう事なのか、といった所に疑問を強く持ってなんとかボディランゲージで意志疎通を試みる。
『レベルという数値はね、対象の力量を測るんだ。特に何かしらの訓練を積んでいたりして、「年齢不相応の力量」になると、その数値が上昇していくんだ。高ければ高いほど、何かしらの力量を持っているという意味になる』
解りきっていたことではあるけど、まあ、そんなもんだよな。
僕の奇妙な納得をどう受け取ったのか、カウランさんは側で作業をしていたスエラさんに視線を向けた。
『スエラ、ちょっといいかい』
『ええ。といっても、レベルもあまり見せびらかすものじゃないと思うわよ、私はね』
どうやら先に実演してくれるらしい。
カウランさんの手のひらに小さな青と緑の渦が纏わり付き、そのまま手をスエラさんに向けると、スエラさんと手のひらの渦が一瞬だけ繋がったのが見える。
そしてカウランさんは手のひらの向きを下へと向けると、床に光でその数字が投影された。
7216と。
…………。
7216?
『おや。スエラ、またレベルが下がったね』
『そりゃあね。交渉や取引、接客だとかの技能分は上がってると思うけれど、それ以上に動けなくなってるのよね。一時期は7600あったんだけど』
……しかも下がって、7216?
この世界のレベル、なんか桁が変だなやっぱり。
で、何も訓練をしていないと年齢が表示される……?
一体何をどう作ったらそんな訳の分からない魔法として完成するんだろう。
僕だからまだ『まあそういう魔法もありか……』とは思うけど、洋輔がここに居たら激怒して根本から作り直すんじゃないかな……。
『冒険者や騎士だとか、そういう能力至上主義の職業ではよく使われる指標があってね。500までは無いのと同じ。500で駆け出し、1000を越えれば駆け出し卒業でひよっこに。3000を越えてようやく一人前、5000を越えると中堅で、7000を越えれば国単位で第一人者を名乗れる。8000を越えるともはや国家の枠を越えた活躍をする伝説候補で、9000を越えれば生きた伝説……そんな感じかな。ちょっとわかりにくいだろうけれど』
ん……、んん?
3000で一人前、5000で中堅、7000で第一人者、8000を越えると伝説候補、9000を越えると伝説そのもの……。
偶然かな?
最初の異世界で習得した錬金術の品質値や等級と類似するような考え方をしているような気がする。
錬金術において、様々な道具には品質値という者が存在する。
その数値が高ければ高いほど、その道具の効果が強まったりするわけだ。
この品質値という概念には等級という概念も付属していて、等級とは品質値から算出できる。
具体的には0から999を九級品、1000から1999を八級品……と、1000ごとに等級は上がって行き、8000で一級品。9000を越えたものは須く特級品と呼ぶ形だ。
道具屋が『売り物として扱える』のは六級品から。七級品よりも下のものは、よほど珍しい品物でも無い限り、普通の店に置かれることは無い。逆に言えばそういう低品質のものを専門にした店とかもあったけど。
で、六級品とは即ち、3000から3999。
『一人前』となにか通じるものがある。
それ9000以上は特級品として、錬金術的に特別視されるんだけど、それもレベル的には『生きた伝説』と解釈される。
……うん。似てるな。
ただ――僕の錬金術は生き物をマテリアル、材料として認識できない。
で、僕が『品質値』を確かめるために使う道具の発動条件が『マテリアルとして認識すること』なので、僕は生き物の品質値を見ることが出来ないんだけど……。
ひょっとしたら、マテリアルとして認識できるようになったら、ここで言われている『レベル』と同じものが見えるのかもな。
そう思えるほどに、あまりにも数値の考え方が近すぎる。
覚えやすくていいけど、こうも似てるとなにか裏を探りたくなるな……でも裏を探るもなにも、実は錬金術の品質値表示の原理が実は解ってないっていう。
まあいいや。細かいことは時間があるときに考えよう。
『それで、セタリア。やってもいいかい』
『…………』
もちろん、と僕は頷いて答える。
ほんの僅かな、安堵の混じった笑みを浮かべて、カウランさんは同じ手順を踏み、僕のレベルを改めて床に投影した。
0、と。
『…………?』
『……ゼロ……、か……。珍しいとはいえ、時折は居るんだが……、珍しいな……』
『年齢が表示されていない時点で、何らかの力量を持っている……か、逆に、その力量を持っていないって事になるはずよね。そこに意味がある可能性の方が高いし、それはセタリアの素質、ラウンズにも関連すると思うわ』
…………。
いや、どうだろう。
実は『正しく年齢が表示されている』……んじゃ、ないか?
そりゃ僕の身体的な年齢は十三歳になるわけだけど、この世界に転移してきてからは数日だ。
で、今回は転生では無く転移だった。
僕のこの身体がこの世界において生成されたのは数日前だから、『ゼロ歳』。
うん、なんか正しい挙動に見えてきた。
『…………、』
『ああ、いや。セタリアが珍しい才能を持っていると言うだけで、変じゃあない。気にしないで大丈夫だよ』
『そうよ。むしろその珍しい才能を誇って、何ができるのかを確かめていくべきね』
そんな思考は無事に読まれなかったようで、ちょっとずれた方向のフォローを受けたんだけど。
それよりもラウンズとか、そのあたりの説明をして欲しいな……。
なんて頃合いの事だった。
『キーパー。失礼』
と、閉じた酒場に入ってきたのは冒険者らしき一人の男性。
……というか見覚えがあるなこの人。
ユーイルさんだっけ?
魔法毒が云々って言われていた人だろう。
『ユーイルか。……随分と顔色が良いな。善くなったのか?』
『有り難くも、魔法毒はどこかに消えてしまっているそうでして』
『へえ……となると、ユーイル達が仕留め損ねた奴は誰かが倒したかな?』
『…………、』
どうでしょうね、とユーイルさんは表情で答えた。
悔しそうに見えるのは、実際、悔しいと感じているからだろう。
『とにかく、これが例の詳報です』
『うん』
カウランさんは数枚……いや、十数枚の紙束を受け取ると、そのまま懐にしまい込む。
詳報……って、そういえば提出するようにって言ってたやつか。
『治癒術士の手配に感謝します。他の二人も今治療を受けてますが、どちらも近日復帰できそうです』
『そりゃよかった。……が、近日か。ということはタリスとカミタも治癒術士にやってもらったのかな?』
『ええ。かなり掛かりましたが。おかげでちょっと、生活が厳しい』
『なるほど。つまり当座の資金を調達したいと。依頼の斡旋依頼だね』
『はい。しくじった上で虫の良いことを言っていますが、お願いできますか』
『もちろん』
カウランさんはあっさりと、ユーイルさんに答える。
『ただし一つ条件がある』
『条件?』
『ああ。ちょっと今、この子にレベル周りを説明している最中でね。ユーイルに「階位開示」をかけて、この子にその数字を見せたい。構わないかな?』
『はあ……えっと、別に俺たちはレベルを隠しても無いんで、どうぞお好きにという感じですけど……』
そうなの?
スエラさんに視線を向けると、スエラさんは肩をすくめる。
『冒険者でも中堅以上になれば、自身の力をある程度見せておくのよ。そうすることで指名依頼がくる可能性もあるし、冒険者の中でも「強い」わけだから、駆け出しの冒険者とかは下手に出るでしょう? 上下関係をレベルで明示できる分、物事がスムーズになるわけ。他にもほら、色町とかでより良い……っと、今のは無し。セタリアにはまだ早いわね……』
最後の一節はともかく、なるほどね。
明示的に数字で考えられる分、冒険者内部での上下関係がはっきりするのはでかいな。
直接何かをするわけじゃ無くても気を遣って貰えるというか……要するに小学三年生が中学二年生には逆らいにくいとか、そういう抑止が産まれると。
……学校に喩えると急にしょぼくなるような。
『じゃ、やらせて貰うよ』
『はい』
かうしてカウランさんが『階位開示』をユーイルさんに行使。
床に投影された数字は……っと、6722。
スエラさんには及ばないけど、錬金術的には三級品とかなりの高級度合いで、なかなか強い冒険者であることが判明した。
常識で考えれば同じくらいの力量でパーティを組むはずだし、だとするとユーイルさんたちが敗北した魔物はよっぽど強いんだろうな……。
『ふむ。少し上がっているね』
『本当に少しですけど。……そんなんだからしくじったのか』
反省しないといけませんね、とユーイルさんが言うと、そうだね、とカウランさんは頷き、僕に視線を向けた。
『ちなみにだ、セタリア。数字だけで見ればスエラはユーイルよりも強いわけだけれど、実際に戦えば間違い無くユーイルが勝つよ』
『…………?』
そして数字で大きければ必ずしも強いわけじゃない……と。
もちろん、無視のできない数字の差ってのもあるんだろうけど、ユーイルさんとスエラさんの間の差は500くらい。
コンディション次第では入れ替わる可能性がある、という表現じゃあ無いんだよな。
『今見たレベルは、「総合レベル」と言ってね。その人物の全ての力量を纏めた数字が出ているんだ。ユーイルは6722という数字の大半が戦闘技能だけれど、スエラは半分くらいになる』
ああ、そういう事か。
戦闘系の技能だけで考えるとユーイルさんが圧倒的に数字が大きいと。
『さて、ユーイルの協力に感謝しよう。当座の資金はどのくらいほしいのかな。お礼と言っちゃなんだけど、まだボードに出していないお得な依頼を優先して斡旋してあげるとも』
『それは有り難い。……アカシャ金貨六千。なんとかなりますか?』
おや。
当座の資金にしては高いような……?
『その様子だと武器か防具をロストしたか』
『お恥ずかしい話ながら。分相応の武具を揃え直すとなると、そこそこかかると武具屋で言われまして』
『だろうね。それにしくじって武具を失う事は珍しくも無いさ、恥じることでも無い。命があるだけマシだしね。適当な何件かを持ってくるから、少し待っていてくれ』
『はい』
カウランさんはここを任せたよ、と言外に告げつつ奥へと戻る。
ふうん……依頼の斡旋は仕事の一つとして説明されていたけれど、こうも贔屓をすると他の冒険者から反発を生むよね。
それを考えても尚、こうした方が良いというのがカウランさんの判断……、いや。
あるいは『前』に受けていた、『しくじった』という冒険の付帯条件に何かあったのかな?
あるいは、6722というレベルはやっぱり高い方で、それなりの特別扱いをしても特に文句が無い、とか……。
『……そうだ。セタリアと言ったね。差し支えなければ、君のレベルも教えてくれないかな』
『…………、』
『うん?』
『ごめんなさいね、ユーイル。この子、喋れないのよ』
『……それは、また。こちらこそすまない』
……前回は具合悪そうだったもんな。
あの時は僕が喋れない事に気付かなかったか。
そして別に、僕のレベルも知られたところで何一つ問題が無い部類……、なのかな、どうなんだろう。珍しいだけなら問題は無いはず……。
『…………、…………?』
スエラさんに任せよう。
良いと思うなら教えて上げて下さい、そんな事をボディランゲージで伝えようと試みると、なんとか通じたようだ。
ただ、スエラさんは少し考える素振りを見せて。
『まあ、ユーイル達ならば滅多なことも無いでしょう。ただし他言無用でお願いしたいわ』
『他言無用。というと、年齢ではなかった?』
『ええ。ゼロだったの』
『…………、レベルゼロ……とは、また。随分と珍しい才能のようだ』
…………?
あれ?
『ユーイル、何か知っている事があるのかしら?』
微妙なニュアンスを同じく拾ったようでスエラさんが問いかけると、ユーイルさんはこくりと頷き、口を開いた。
『二年ほど前になりますが、アカシャとサトサンガの冒険者ギルドで大連合で当たった事件があったのは記憶に新しいですよね。あれに「そよ風の木苺」四人も参加したんですが、そこでチームアップしたサトサンガ側の「鈍色の狼」というパーティに、レベルゼロの冒険者がいまして、少しお近づきになったんです』
鈍色の狼……、なんだかとてもまともな名前に聞こえるぞ……。
じゃなくて、アライアンス?
だいたいどういうことなのかはわかるけど、そんな大規模で何をやったんだ……?
『今でも時々やりとりはしていますけど、あの冒険者は色々と悩んでましたよ。なにせ自分の成長を数字で読み取れない。強くなったのか弱くなったのかさえも解らない、ってね』
ユーイルさんはそう言って、僕に視線を向けてきた。
興味深そうな、そんな視線で。
『セタリアくん。君が将来どんな道に行くのかは知りませんが、その才能はプラスにもなり得るんです。その理由を自分で考えてみると、いいかもしれませんね』
『良いことを言うじゃない』
『偶には先輩風を吹かせたいってだけですよ』
レベルがゼロであることのメリット……か。
ぱっと思いつくのは……、レベルに依存した魔法とか?
……あるのかな?




