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百年待ちの魔女

作者: 皐月うしこ

森の奥深くにある、その小さな店は不思議なもので溢れていた。

山猫の尻尾で作られた帽子、ラピスラズリを削った笛、竜の鱗で出来た簪、異国から流れ着いた瓶詰めの船。それらが乱雑に並べられた棚に囲まれて、この店の中央には主人が座る椅子がポツンとひとつ飾られていた。

誰もいない。

時間を忘れそうな穏やかな匂いが店内には漂っている。

その時「いらっしゃいませ」と控えめな声が聞こえてきた。

「魔女だ」

少年は、声になりかけた言葉を飲み込んで、部屋につながる扉から入ってきた店主を見つめていた。

内心の緊張が現実になってしまったのだろうか、深い海の底のような雰囲気を携えて、魔女はゆっくりと中央に飾られた椅子へ向かっている。途中にあるものなど、まるで興味がないように。透き通る青い空色の目で、真っ黒な夜を着て、煌めく月のような柔らかな髪が揺れている。

そして椅子に腰かけるなり、鈴のような声で魔女は一言「いやよ」と笑った。

「あ、あの」

言葉を発するよりも早くに、心臓がドキドキと早鐘を打っている。そんな少年がまだ何かを伝える前から、魔女は口を開いて呪文を唱えるように言葉を放ってくる。

「楽しみにしていた私の百年を盗んだんだもの。猛毒が体に回って苦しんだとしても、それは自業自得よ。天使のように真っ白な、あなたの大切な子は魔女の呪いにかかったの」

魔女の呪い。本当にそうかもしれない。あの子は苦しんでいる。だからここに来たのだ。

あの子は、百年に一度咲くという魔女の花を盗んだ。望んだ姿になれるという幻の花。

「他の何かになれるわけなんかないのに」

憧れが彼女を蝕んだ。

「なれるわよ」

唇を噛み締めてうつむいた少年に向かって、魔女は言う。

「あなたが戻る頃には彼女は猫になっているわ」

顔をあげた少年の目には驚きが滲んでいた。パクパクと口から吐き出した言葉を代弁するなら「信じられなかった。いや、信じたくなかった」といったところだろうか。

「ここにもう一輪あるの」

魔女が怪しい笑みで差し出してきたものを少年は掴む。

飛び出していくその背中に、迷いはどこにもなかった。


* * * * * *


魔女はポツンと一人、不思議な店の中にいた。

「彼も猫になる道を選んだかしら、それとも彼女を人間に戻すのかしら」

くすりと静かに笑う魔女の足元に一匹の猫がすり寄ってくる。月のように銀色の毛並みをした青い目の猫。魔女はそっと抱き上げて、猫の額にキスをする。

「また百年、待ってくれる?」

そう声をおとした魔女をなぐさめるように、猫はニャーと、優しく鳴いた。(完)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジックな情景が目の前に浮かぶような描写でした。 不思議な余韻が心地よいです。 「あの子」が望んで猫になったのだとしたら、元の姿に戻されてしまうのは残酷ですね。 [一言] 最後に登場…
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