第0話 憧れの勇者
【勇者】それはどんな敵にも臆することなく立ち向かい戦う勇気ある者。
そんな勇者に憧れる少年アルベルクは実はマゾだった!?
これは、攻撃を物ともせず(防御もせず)立ち向かう勇者に憧れる少年の物語である。
ここは人や亜人、獣人、妖精、魔族等が住む世界「ネルスタリア」。
この世界にはとある伝承が伝わっている。
かつてネルスタリアは魔王の手によって闇に呑まれつつあった。その危機を救ったのは【勇者の剣】を手にいかなる攻撃を物ともせず、勇敢に立ち向かった勇者であった。勇者は果敢にも魔王に立ち向かったが魔王を討つことはできず、【勇者の剣】の力で魔王を封印し、ネルスタリアは三百年もの間の平和を手に入れた。
しかし、三百年の時を経て、封印が弱まったことにより、魔王の復活を目論む魔族達によって、魔王の封印が解かれようとしていた。
魔族の活動が活発になったことにより、ダスカリム王国は魔王の復活の前兆と判断し、伝承に伝わるの勇者の子孫を探すべく勇者選別の儀を行う事を公表した。
そんな中、ダルスカリム王国から遥か東に位置する田舎の村イースロン。農作物を主な収入としており、村には小さな教会があった。
村の教会に住む8才の少年アルベルク。彼も勇者に憧れており、12才になったら王都で行わる勇者選別の儀の日を待ち望んでいた。
「・・・アル!」
誰かが僕を呼んでる声が聞こえる・・・。
「・・・きて・・・アル!」
聞いたことが無い声だ・・・何かを言ってるようだけど、断片的にしか聞き取れない・・・。
「・・・ないで!・・・お願い・・・!」
なんだろう・・・とても悲しげな声だ・・・。
「・・・きて・・・アル、起きて!!」
体を揺さぶられているような感覚に意識がだんだんと覚醒していく。まだ寝ぼけている目をこすりながら辺りを見渡す。どうやら村の外れにある大木にもたれかかって寝ていたようだ。
「またこんなところで寝て!ちゃんとべんきょーしないと、お姉ちゃんに怒られるんだから!」
「夢・・・?」
「まーだ寝ぼけてるの?」
「あ、ミリア。おはよぉ~。」
一緒に教会に住んでるミリア。ツインテールにした綺麗な金髪と尖った耳が特徴的だ。たしかハーフエルフって言ってたっけ。
「おはよ~・・・じゃないわよ!まったくもぉー!ぽかぽかしててお昼寝したくなっちゃうけど、お昼寝はべんきょーが終わった後って言ってるでしょ!」
「分かったよ。じゃあ、先戻ってて。あとで行くから・・・」
夢で聞いた悲しげな声が気になったため、そう告げて意識を手放そうとすると
「だ か ら!起きておべんきょーしなさいってば!!この前もそういって夕飯の時間になっても戻って来なかったでしょ!あの時お姉ちゃんに怒られたの忘れたの?」
「うっ」
痛いところをつかれた、あの時はゴブリンとか魔物に連れ去られたんじゃないかって大騒ぎになったらしく、お腹を空かせて教会に戻ると涙目で怒るルー姉に朝まで説教されたんだった。もちろんご飯も食べずにね。
しかも、今度同じような事をしたら3日間ご飯抜きだらね!と言われた。3日間ご飯抜きだと剣の練習にも影響がでてしまう。
「まったく・・・そんなに眠いなら、夜に剣のお稽古するのやめればいいのに」
「そういう訳にもいかないよ。勇者になるために必要なことだし。何よりお父さんが剣術は反復練習が大事なんだって言ってたし」
「ふーん。そういうものなの。まぁ、いいわ。ほら、さっさと行くわよ!剣もいいけど、読み書きできない勇者なんて旅すらできないんだから!」
ミリアがいう勇者になるためのべんきょー(文字の読み書き)。正直苦手なため、剣術だけ勇者になるために必要だと思うけれども、そんなことを言ったらミリアだけじゃなくてルー姉にも怒られるから、大人しくここは従っておこう。
「それじゃ、お姉ちゃんが見にくる前に急いで部屋に戻るわよ!」
「うん。わかった。それじゃあ、行こっか。」
歩きながら【勇者】について考える。
【勇者】それは僕の憧れであると同時に、家族との絆。
お父さんとお母さんは勇者の末裔らしくて、お父さんは村の自警団で「勇気を持って人々を守るために戦うのが誇りなんだ」ってよく話をしてくれて、剣の稽古をつけてくれた。
お母さんは稽古で泥だらけで帰ってくる僕とお父さんに呆れながらも、暖かくて美味しい料理で迎えてくれたり、ケガをした時に治癒魔法で治療しながら「アル。守るっていう事はね、守る側からしたら自分が傷ついても大事な人を守れればいいやって考えてるかもしれないけれど、守られる側からしたら大切な人が傷だらけになったり、本当は辛いのに何でもないフリをしてるのを見るのも心配だし、辛いことなの。だから、アルが守りたい大切な人にはそんな思いさせちゃダメだからね?」と教えてくれた。
そんなお父さんとお母さんが大好きで、僕の誇りだ。
けれど3年前の夜。突然村に魔物の襲撃があって、自警団のお父さんと治癒魔法が使えるお母さんは村の皆と一緒に戦ったけれども、凶悪な魔物との戦いで死んでしまったとルー姉が教えてくれた。
その凶悪な魔物は偶然遠征帰りで近くで野営をしていた王国軍の精鋭である【銀の騎士団】によって討伐されたらしい。
この襲撃の時にミリアとルー姉のお父さんとお母さんも含む村の大人の大半は魔物に殺されてしまったらしい。
あの時の事はまったく記憶がない。ルー姉はショックで思い出せないんだと思うって言ってた。
「アル・・・?大丈夫?」
ミリアが心配した顔で僕を覗いていた。ただ、顔がとても近いのである。
「うわ!だ、大丈夫だよ!ちょっと昔のことを思い出していただけ!」
「それって、あの夜の事・・・?」
「・・・うん。あの時の事やっぱり思い出せなくて・・・」
「・・・・・」
「だ、大丈夫だって!ほら、早く帰って勇者になるための勉強しよ!」
ミリアのお父さんとお母さんもあの襲撃で死んじゃって、悲しいはずなのに心配してくれる・・・僕なんかよりしっかりしてる。
「アル・・・。わ、私とアルは・・・何があってもか、家族だから!!」
「・・・ミリア。ありがとう」
頬が熱くなるのが分かる。例え魔物や魔族が攻めてきても、誇りにかけてミリアは・・・大事な家族は絶対に守ると心に誓う。
「私は家族に入れてくれないの?」
突然聞こえた悲しげな声に反応して、振り返るとサラサラの長い金髪が目に入った。
「ルー姉!」「お姉ちゃん!」
「も、もちろんルー姉も大事な家族だよ!」
「う、うん!お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだから当たり前でしょ!」
「アル・・・!・・・ミリア!ッギュー!」
「ル、ルー姉・・・く、くるじぃ・・・」「お・・・お姉ちゃん・・・い、息が・・・」
突然のルー姉の登場に二人して焦って答えた結果、逆に取ってつけたような返答になってしまったが、そんなことは気にせずに感極まったのか僕達二人をギューと自分で効果音を発しながら抱きしめてくる。何が苦しいかと言うと大きい胸に顔が沈められて呼吸ができないのだ。どうやらミリアも同じ状態の様で手をジタバタさせている。
「ご、ごめんなさい!二人とも、大丈夫?」
「・・・うん、平気」「だ、大丈夫よ!お姉ちゃん泣かないで!」
苦しさから解放されて呼吸を整えながらミリアが涙目のルー姉にフォローを入れている。
ルー姉の髪は腰の辺りまであるミリアと同じ綺麗な金色の髪が風に靡いて髪からいい匂いがする。
「そう。良かった!」
満面の笑みである。守りたいこの笑顔。
「それはそうと、部屋にいないと思ったら、まーた二人して勉強もしないで遊んで!」
・・・泣いてたかと思ったら、今度は怒り始めた。まぁ、部屋を抜け出して昼寝でもしてたら怒るのも当たり前かと納得する。
「ち、ちがうのお姉ちゃん!私はアルがまた部屋から抜け出してないかなって気になって、見に行ったら部屋にアルが居なくて、連れ戻しに来たの!」
ミリアが口早に答える。ちなみに教会の子供部屋は男女で分かれていて、ミリアはわざわざこっちの部屋まで見に来たって訳だ。
「でも、私が司教からお使いで村長の家に行く途中にいつもの大木をみたらおアルの隣でミリアも昼寝してるを見たわよ?」
「ひぇっ!!う、うそ!」
考えてみると村の外れで昼寝していた訳だからこっちまで探しに来ないと、普通見えないのであるが、どうやってみたんだルー姉・・・。
「で、でも!そんな遠くから見れるわけないじゃない!一緒に寝てたっていう証拠には」
「遠視魔法使って見たのよ。」
「ならな・・・え?」
ミリアの時間が止まったかのように、彼女は固まっている。
「ずいぶん仲良さそうに寝たたわね。アルの膝を枕替わりにしてたし。」
「ミ、ミリア・・・大丈夫・・・?僕、別に気にしてないし、膝ぐらいだったらいつでも枕にしていいよ!」
心配になり、顔を覗き込む。すると止まっていたミリアの時間が動きだし、徐々に顔が真っ赤になっていく。
「------------------!!!!」
その日、彼女の声にならない悲痛な叫びが村に響いたのであった。