第4話「決意のダイエット」
「ウォーレン様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
入室してすぐに声をかけられた。
僕を待っていたらしい。
食事の用意がある。
食欲をそそる匂いのただ中で、メイド長が僕に頭を下げている。
若い。
僕と同い年らしい。
15歳か。
朱をさした唇がグロスで輝いている。
活動的なショートヘア。
短いスカート。
形のい胸。
体型はすらりと引き締まっており、健康的な太ももが男の目線を引く。
これで処女じゃないとか。
死ね。
ウォーレンは死ぬべきだった。
こんないい女と酒池肉林の毎日だと?
ふざけるな。
なんだこの格差社会は!
僕は童貞なのだぞ!?
落ち着け、僕。
なにはともあれ、ウォーレンの記憶を引き出す。
セックスの記憶ではない。
そちらは鍵をかけられたかのように封印されている。
封印は強固である。
童貞には刺激がきつすぎるということか。
いや、それはいい。
メイドのことだ。
彼女の名はジーナというらしい。
メイド長だけあって、ジーナは多岐にわたる技能を持っている。
料理、掃除、洗濯はいわずもがな。
仕入れも護衛もできる。
部下の教育もこなす。
夜のお供さえばっちこい。
命じられれば他の男と寝ることだっていとわない。
スペックだけで言えば満点。
ただし、忘れてはならないことが一つある。
彼女は僕のメイドだということだ。
僕を育てたメイドだ。
僕をこんな醜い体に育ててくれやがった、ありがたいメイド長なのだ。
油断すれば殺される。
僕は気を引き締め、巨体を揺らして椅子に座る。
大きな椅子だ。
僕のサイズに合わせてあるらしく、座り心地も完璧。
目の前のテーブルには湯気の立つ料理の数々。
胸がむかつくほどの品が並んでいる。
テーブルに並んだ料理はどれもこれもカロリーが高い。
揚げパン、揚げ芋、ビーフシチュー、ジャム、バター、生クリームの乗った菓子パン、魚のパイ包み、サーモンの燻製、豆と野菜のオリーブ炒め、たっぷりのコンソメ、ベーコンとソーセージのピザ、エッグベネディクト、果物の山盛り、などなど。
夕食でもきついメニューだ。
これを食っていたのか。
ほんとかよ。
おいウォーレン。
かついでるんじゃないだろうな。
この量が人の胃袋に収まるとは思えないのだが。
いくら150キロの巨体といえども限度はあるだろう。
ウォーレンは鼻で笑って返答した。
記憶が流れてくる。
マジか。
どうやらマジらしい。
彼はこの量を3食平らげる。
しかもおやつも取ってしまうそうだ。
ありえない。
なんて環境に優しくない男なんだ。
僕はげんなりしながら朝食のメニューをより分けた。
基準は栄養価が高く、カロリーの低いもの。
サーモンの燻製と野菜炒めとコンソメスープ、あとは果物あたりか。
ひとまずこれでいい。
午後までは十分に持つ量だ。
「後は下げろ。以後出さなくていい」
僕がそう命じると、料理を用意したジーナは眉をひそめて問いかけた。
「何か問題が?」
「僕はやせるための決意を固めたのだ」
ジーナは猫のように瞳を大きくひらいて驚いた。
「そんな、ぼっちゃまは十分やせておられます」
「嘘をつけ」
「事実です。それに、せっかく作った料理ですし、やせるのは明日からでも」
「黙れ、カス」
ガッ!
と僕はフォークをテーブルに突き刺しながらジーナをにらみつけた。
「目ん玉くりぬくぞ阿諛追従しか知らないメスガキが」
憎悪を込めてつぶやくと、ジーナは目に見えてひるんだ。
「僕はやせるといったのだ。何か文句があるのか?」
「い、いえ、失礼しました」
普段はクールなメイド長がおそれおののいている。
機嫌を損ねたと判断したらしい。
まったくその通り。
僕は人の足をひっぱる種類の人間が大嫌いだ。
ダイエットをはじめると、無駄になる食材がもったいないという輩がいる。
在庫を全て食べてからでも遅くはないとほざく。
バカが。
一生やってろ。
減量は食べ物を捨てるところからはじまるのだ。
そこに例外はない。
僕は前世でこの手の議論にキレてくる連中を山ほど見た。
彼らは健康だった。
仮に太ってはいても、食いすぎで死にかけた経験などないのだろう。
太れば弱る。
心肺に負担がかかる。
それで健康を維持できるはずがない。
残すのはもったいない。
それはいい。
立派なことだ。
しかし、人に強要するなよ。
自分の中だけでやれ。
僕が病気になって死んだとしても、彼らは笑うだけだ。
責任を取ることはない。
むしろいいことをしたと誇らしげに胸を張るのが善意ある部外者というもの。
そんな意見に耳を貸すのはバカのすることだ。
しかしこのメイド、あまりにも忠誠心が低すぎるのではないか?
僕が太ってもかまわないと言わんばかりの態度。
料理を下げろという命令に対する口答え。
まともな部下といえるのか?
僕がこんな肉体になっているのには、このメイドにも原因がある。
そのように思われる。
少なくとも前世の僕の家に、僕に口答えをするような使用人はいなかった。
民主主義国家の日本でさえそうだ。
組織というのは上下関係がなければ成り立たない。
ましてや、封建主義の世界で。
侯爵家の後継者らしいこの僕に口答えをするとは。
ありえない。
なめられすぎである。
ジーナの反応は常軌を逸していると判断する。
僕はウォーレンに解雇の打診をした。
首を切るべきかと問いかける。
しかし、答えは否。
彼女は有能であるらしい。
常にウォーレンの意をくんでちやほやしてくれるそうだ。
ならば非は僕にある。
そう見ることもできるだろう。
おべっかを使い倒すカスはいらないが、忠実であれば別だ。
僕が変われば彼女も変わる。
忠実な部下とはそういうものである。
とはいえ、今の関係は最悪。
いきなり人が変わったのだから当たり前だ。
寄り添う必要があるだろう。
部下とのコミュニケーションをとらなければ。