第2話「絶体絶命の窮地」
全身から嫌な汗がどばどば流れている。
痛さと重さと暑苦しさ。
ほとばしる不快感。
これほどつらい思いをした経験は前世で一度もない。
苦行すぎて現実逃避してしまうレベルだ。
誰か僕を助けてくれないだろうか。
なんてかわいそうな僕。
しくしく。
自分で自分をあわれむ。
おそらく他人は僕をあわれんではくれないだろうから。
なにせ女としっぽりやった翌日の朝のことだ。
腹上死というのは単なる笑い話であって、断じて悲劇ではない。
若ハゲと同じだ。
当事者にとってのみ深刻な、滑稽な話なのだ。
男なら誰だって笑う。
僕だって笑う。
しかし信じてくれ。
僕は昨日まで童貞だったのだ。
童貞喪失は大事件。
童貞喪失は異世界転生と並び立つほどのできごとと言っていい。
あれは大事なものなのだ。
僕はショックで身を震わせた。
犯されてまわされて孕まされた時のような気分だ。
つらい。
悲しい。
はじめては僕を愛してくれる人とがよかったのに。
美少女の処女にささげると決めていたのに。
どうして行きずりの女と。
しかも行為中の記憶がないというのが輪をかけて悲惨すぎる。
……いや、これはノーカンだ。
記憶がないからノーカン。
セックスした美味しい思い出がないのに童貞を失ってたまるか。
触っても入れてもいない。
おっぱいも吸っていない。
キスさえ未経験。
僕は清い体だ。
そう決めた。
反論はいっさい認めん。
今思えば、我ながらもったいないことをした。
せっかく裸の女の子がいたのに、それを楽しむ余裕さえなかった。
もっとエロい目で見ればよかった。
視姦するには絶好のシチュエーションだったのに。
僕はなにをやっているんだ。
時よ戻れ。
輝いていたあの場所へ。
裸の女の子が隣にいた、人生の絶頂期へ。
いや、まてまて。
あれが人生の絶頂とか。
あまりにも悲しすぎる。
僕のこれからの人生には美味しいことがあるはずだ。
初デートで手をつないでドキドキするのだ。
膝枕をしてもらうのだ。
エッチもできるはずなのだ。
頭がぱーになっている。
体力がなくなれば知力も共に失う。
妄想はほどほどに。
生きることは戦うこと。
僕は現実逃避を切り上げて、この肥満体を使って重力に立ち向かう。
立つ。
ベッドを支えにして立つ。
必死である。
立っているだけでつらい。
生まれたての小鹿のように足が震えている。
歩こうとする。
こける。
3歳児並のバランス感覚だ。
心臓がいたい。
ドッドッドッ、と、自分でも聞こえるぐらいに鼓動が爆発している。
僕は地面に倒れ込み、汗を流してうめいた。
これ、やばいんじゃないか?
原因はなんだ。
これほど苦しいのは異常だと思う。
いくら体が太っているにせよ、昨日まではこの体で生活していたはず。
僕には歩くことさえできない。
これはどういうことだ。
憑依した体に適応できていない。
それが一番ありそうだ。
肉体が変われば全ての前提が変わる。
そのまま使うのは難しい。
むしろ生きているだけで感謝すべきだと、そういう話かもしれない。
もしくは、ステータス設定で体力を落としたからか。
30まで落とすと生命が危険とあった。
80でもやばいのか。
100から80になるぐらいは問題ない。
僕はそう思っていた。
しかし、この体が備えているなけなしの力から。
加えてさらに2割を減らすという意味なのだとしたら。
それは。
かなりまずい。
命に関わる事態だ。
ただでさえ棺桶に片足をつっこんでいるような不健康体である。
体重150キロは命に関わるデブと言っていい。
肥満は死に至る病。
僕はその重病患者であり、生きるのに精一杯というデブなのだ。
生と死を彷徨っている終末肥満体の僕が。
そこから2割も体力を失えば。
どうなる?
いつお迎えが来てもおかしくない。
僕は焦りを感じた。
身近に迫った死の気配に汗がとめどなく流れ落ちる。
体が冷たい。
心臓がズキズキと痛い。
胸に圧迫感がある。
なんとかしなければ。
モンスターと戦って死ぬのならともかく。
転生直後に心筋梗塞で死ぬなんて、あまりにも無様すぎて笑えない。
とにかく、立てない。
体力80のせいか。
80でこれなら、30まで下げれば命が危ないというのもうなずける。
というか、現状がやばい。
死にかけだ。
心臓が痛いんですけどこれ。
確か、健康に関わるスキルもいくつか取ったはずなのに。
それでもだめなのか。
にわかには思い出せないが。
取得したスキルの中に、基礎体力や血管強化というものがあったはず。
あれに効果はないのか。
僕は祈りを込めて念じた。
基礎体力。
基礎体力。
基礎体力。
基礎体力!
発動しろ、という思いを込めて強く念じると、頭に直接情報が流れ込んだ。
スキル 基礎体力
詳細説明
体力を30底上げします
効果は永続します
発動すると失われます
発動しますか?
はい
いいえ