表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/120

第1話「目が覚めれば隣に」

 朝起きて目が覚めた。

 体が動かない。

 意識だけが覚醒しているのがわかる。


 僕はベッドに埋もれる体を起こそうとして、そして失敗した。


 失敗した原因はいくつかある。


 まずはベッド自体が非常に弾力に富んでいたこと。

 長さ3メートルはある。

 その寝具の中に沈み込むようにして寝ていたため、いつもとは勝手が違った。


 次には、僕の体に年若い女の子がまとわりついていたこと。

 当然のごとく裸体。

 シーツが赤く染まっている。

 どうやら処女らしい。

 いや、この場合は処女だった、というべきか。


 一つ誤解しないでほしいのだが、僕は彼女をどうこうした記憶がない。

 完全な冤罪である。

 ただ、それについて語ることは今は差し控えたい。

 普段ならば向こう一週間は夢に見るような大事件だったとしても。

 最後かつ最大の原因に比べればどうでもいいことだ。


 起きるのに失敗した原因。

 それは、僕の体が重さ150キロを超える脂肪の塊に変化していたことだ。


 

 僕はピザデブになっていた。



 体を起こすのに四苦八苦している僕の横でもぞもぞ気配がする。

 女が目を覚ました。

 嫉妬するほどの軽快さで身を起こす。

 目をぱちくりさせてから僕をじっと見つめる。


「あ」


 裸の自分に気が付いたのか、女の子は胸をかばうようにシーツを抱きしめた。

 それから僕の顔色をうかがうように身を縮めて挨拶する。


「お、おはようございます」

「誰だおまえは?」


 勘に触る声。

 妙に高い。

 これは僕の声じゃない。

 

 たしかに僕の喉から発せられたのは感じるが、普段の僕のそれとは違っている。


「え?」


 女の子は信じられない、といった表情で凍り付いた。


 彼女の心境はわからない。

 僕との関係も。

 僕が今置かれている状況も。


 目を合わせてから再び問いかける。


「誰だおまえは?」

「わ、わたしはメイジーです」

「知らんな」

「えっ」

「なぜここにいる?」

「そんな、だって、一晩相手をすれば学費の面倒をみてくれるって」

「そんなことは知らん」


 僕は事実として知らない。

 この体の持ち主であるウォーレンなら別だろうが。

 彼はすっとぼけるつもりらしく、沈黙を保っている。

 ずるい。


「なんで、そんなこと」


 女の顔がくしゃっと乱れてゆがんだ。

 ぽろぽろ涙を流す。

 表情は絶望に染まっている。

 

 せっかく可愛い子だったのに。

 泣き顔はあまり見れたものではなかった。


「だましたの?」

「だますもなにも、最初からそんな話は知らない」

「うそつき!」


 パァン!


 頬に衝撃が走った。


 どうやらビンタされたらしい。

 と理解できたのは頬にヒリヒリとした感覚が走ってからだった。

 僕は女の子に殴られたことがない。

 だから、現実にそういうことがありえるということに驚いた。


 もっとも、殴られると予想していても防げなかっただろう。

 僕の体は重い。

 頭はぼーっとしているし、前世と比べるとやたらと動きにくく感じる。


 こうして女の子と会話していても、その内容がほとんど入ってこない。

 考える体力さえないのだ。

 150キロという体重は過酷である。

 全身の血液が滞っているように感じられるし、身じろぎすることさえ困難だ。


「最低! 地獄に落ちろ!」


 女の子は制服を胸に抱いて飛び出した。


 少しだけ記憶が流れてくる。

 彼女は同級生。

 そして苦学生だった。

 奨学金を得るための試験で失敗したことで、僕に声をかけてきたらしい。

 なんとかして欲しかったのだろう。

 気の毒な身の上である。


 しかし、彼女は裸のまま飛び出してしまったが。

 あれで家に帰る気なのか。

 それとも部屋の外で着替えるのか。

 どうでもいいか。

 あまりにも異常すぎて気にするゆとりがない。


 女の子のことよりも、僕だ。

 僕の状況がやばい。

 異世界転生でピザデブ憑依とか、ちょっと想像したこともないほどにやばい。


 パソコンに飲み込まれたことは覚えている。

 僕は異世界に転生した。

 ここまではいい。

 認めざるを得ない。

 醜男に生まれてしまったことも、まあ、許容できる。


 男は顔ではない。

 男は財力である。

 顔と金であれば迷わずに後者を取る。

 僕はそういう人間だ。

 そこに迷いはない。


 だが、この太った体。

 これは許せん。

 なぜこんなになるまで放置しておいた。


 両親は何をしているのだ。

 ガキが太りだしたらエサを減らすのは常識。

 それぐらいやっとけよ!


 まだ80キロぐらいならぽっちゃりで済むが、150キロは笑えない。

 生活困難というだけではない。

 生命活動に支障が出るレベルではないか。


 必死で立ち上がろうとする。

 体を転がす。

 ベッドから落ちる。


 どしーん!


 痛い!

 痛いぞ!

 150キロの肉塊が勢いよく床にぶつかったのだ。

 そりゃあ痛い。

 脂肪の鎧で軽減されているとはいえ、全身の重さは変わらない。

 

 僕はぶよぶよした手を床について重力に立ち向かう。

 しかし動けない。

 みじめだ。

 身を起こすのも困難なほどの肥満体。

 これほどに悲惨なスタートをきった転生主人公が他にいただろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ