第1話「目が覚めれば隣に」
朝起きて目が覚めた。
体が動かない。
意識だけが覚醒しているのがわかる。
僕はベッドに埋もれる体を起こそうとして、そして失敗した。
失敗した原因はいくつかある。
まずはベッド自体が非常に弾力に富んでいたこと。
長さ3メートルはある。
その寝具の中に沈み込むようにして寝ていたため、いつもとは勝手が違った。
次には、僕の体に年若い女の子がまとわりついていたこと。
当然のごとく裸体。
シーツが赤く染まっている。
どうやら処女らしい。
いや、この場合は処女だった、というべきか。
一つ誤解しないでほしいのだが、僕は彼女をどうこうした記憶がない。
完全な冤罪である。
ただ、それについて語ることは今は差し控えたい。
普段ならば向こう一週間は夢に見るような大事件だったとしても。
最後かつ最大の原因に比べればどうでもいいことだ。
起きるのに失敗した原因。
それは、僕の体が重さ150キロを超える脂肪の塊に変化していたことだ。
僕はピザデブになっていた。
体を起こすのに四苦八苦している僕の横でもぞもぞ気配がする。
女が目を覚ました。
嫉妬するほどの軽快さで身を起こす。
目をぱちくりさせてから僕をじっと見つめる。
「あ」
裸の自分に気が付いたのか、女の子は胸をかばうようにシーツを抱きしめた。
それから僕の顔色をうかがうように身を縮めて挨拶する。
「お、おはようございます」
「誰だおまえは?」
勘に触る声。
妙に高い。
これは僕の声じゃない。
たしかに僕の喉から発せられたのは感じるが、普段の僕のそれとは違っている。
「え?」
女の子は信じられない、といった表情で凍り付いた。
彼女の心境はわからない。
僕との関係も。
僕が今置かれている状況も。
目を合わせてから再び問いかける。
「誰だおまえは?」
「わ、わたしはメイジーです」
「知らんな」
「えっ」
「なぜここにいる?」
「そんな、だって、一晩相手をすれば学費の面倒をみてくれるって」
「そんなことは知らん」
僕は事実として知らない。
この体の持ち主であるウォーレンなら別だろうが。
彼はすっとぼけるつもりらしく、沈黙を保っている。
ずるい。
「なんで、そんなこと」
女の顔がくしゃっと乱れてゆがんだ。
ぽろぽろ涙を流す。
表情は絶望に染まっている。
せっかく可愛い子だったのに。
泣き顔はあまり見れたものではなかった。
「だましたの?」
「だますもなにも、最初からそんな話は知らない」
「うそつき!」
パァン!
頬に衝撃が走った。
どうやらビンタされたらしい。
と理解できたのは頬にヒリヒリとした感覚が走ってからだった。
僕は女の子に殴られたことがない。
だから、現実にそういうことがありえるということに驚いた。
もっとも、殴られると予想していても防げなかっただろう。
僕の体は重い。
頭はぼーっとしているし、前世と比べるとやたらと動きにくく感じる。
こうして女の子と会話していても、その内容がほとんど入ってこない。
考える体力さえないのだ。
150キロという体重は過酷である。
全身の血液が滞っているように感じられるし、身じろぎすることさえ困難だ。
「最低! 地獄に落ちろ!」
女の子は制服を胸に抱いて飛び出した。
少しだけ記憶が流れてくる。
彼女は同級生。
そして苦学生だった。
奨学金を得るための試験で失敗したことで、僕に声をかけてきたらしい。
なんとかして欲しかったのだろう。
気の毒な身の上である。
しかし、彼女は裸のまま飛び出してしまったが。
あれで家に帰る気なのか。
それとも部屋の外で着替えるのか。
どうでもいいか。
あまりにも異常すぎて気にするゆとりがない。
女の子のことよりも、僕だ。
僕の状況がやばい。
異世界転生でピザデブ憑依とか、ちょっと想像したこともないほどにやばい。
パソコンに飲み込まれたことは覚えている。
僕は異世界に転生した。
ここまではいい。
認めざるを得ない。
醜男に生まれてしまったことも、まあ、許容できる。
男は顔ではない。
男は財力である。
顔と金であれば迷わずに後者を取る。
僕はそういう人間だ。
そこに迷いはない。
だが、この太った体。
これは許せん。
なぜこんなになるまで放置しておいた。
両親は何をしているのだ。
ガキが太りだしたらエサを減らすのは常識。
それぐらいやっとけよ!
まだ80キロぐらいならぽっちゃりで済むが、150キロは笑えない。
生活困難というだけではない。
生命活動に支障が出るレベルではないか。
必死で立ち上がろうとする。
体を転がす。
ベッドから落ちる。
どしーん!
痛い!
痛いぞ!
150キロの肉塊が勢いよく床にぶつかったのだ。
そりゃあ痛い。
脂肪の鎧で軽減されているとはいえ、全身の重さは変わらない。
僕はぶよぶよした手を床について重力に立ち向かう。
しかし動けない。
みじめだ。
身を起こすのも困難なほどの肥満体。
これほどに悲惨なスタートをきった転生主人公が他にいただろうか。