第1話「白い教室とパソコン」
教室にいたはずだった。
いや、いまも教室にいるのかもしれない。
よくわからない。
机や椅子やパソコンはそのままだ。
少なくとも形だけは。
たとえクラスメートがいなくても。
世界から色が消えても。
級友達のおしゃべりの声が聞こえなくなっても、場所だけは教室だった。
真っ白に染まった床と壁と天井が目に入る。
石灰でできたような白。
白。
白。
白。
どこを見ても色がない。
ここは情報室。
東校舎の端にあるパソコンの扱いに慣れるための教室だ。
僕はここで授業の課題を終えて。
余った時間で、暇つぶしにネット小説を読んでいた。
そこまではいい。
目当ての小説を読み進めて最終話をクリックした。
次の瞬間にクラスメートが消えた。
パソコンに飲み込まれた。
そうとしか思えない消え方だった。
クラスメート達はモニタに勢いよく吸い込まれ、僕も同様に飲み込まれた。
気が付くと、僕は色の消えた情報室にいた。
周りには誰もいない。
気配もない。
音も。
気が狂うほどに静かだ。
純白の世界の中で、パソコンの画面だけが色鮮やかに輝いている。
キャラクターメイキング。
真っ赤な文字。
大フォント。
画面を埋め尽くすほどの存在感。
右上にはタイマー表示があって、59:24と表示されている。
一秒ごとに右上の数字が減っていく。
なにかまずいことが起きている。
そう思う。
状況の異常さにまで頭はまわらない。
僕はただ、制限時間らしきものが減っていくことにおびえていた。
僕は狂ってしまったのだろうか。
ありそうだ。
昨日はあまり寝ていないし。
暑いし。
水分を取っていない。
水筒を家に忘れた。
体育の後だから疲れている。
単に寝落ちして夢を見ているのかも。
夢ならいい。
でも、僕の心は覚めている。
減り続ける制限時間に背中を押されるようにして、
僕はマウスでキャラクターメイキングの文字をクリックした。
切り替わった画面には、次のように書かれていた。
あなたたちはクラスごと異世界転生をします。
初期ポイントは100です。
なくなると死にます。
1年で2ポイント減ります。
あなたが死ぬと他のクラスメートのポイントが2増えます。
あなたが殺されると、殺害者のポイントが10増えます。
初期ポイントを能力値に割り振ってください。
頭がおかしくなる。
理解できない。
状況がわからない。
次の画面へ、と表示されたボタンをクリックしていいのか?
その前に確認するべきことがあるんじゃないか?
僕は深呼吸を繰り返した。
難しいテストで解答を迫られている時のような気分だ。
ゆっくりと思考がまとまる。
考えが冴えてくる。
わかることを一つずつまとめて、すぐに次の問題へと移らねば。
泣きわめくのは後でいい。
今はこれを。
現状を理解しなければ。
あなたたちはクラスごと異世界転生をします。
初期ポイントは100です。
なくなると死にます。
1年で2ポイント減ります。
あなたが死ぬと他のクラスメートのポイントが2増えます。
あなたが殺されると、殺害者のポイントが10増えます。
初期ポイントを能力値に割り振ってください。
初期ポイントが100。
1年で2ポイントが減るのなら寿命は50年。
何もなければそれでいい。
しかし、クラスごと異世界転生とはどういう意味だ。
僕たちはどこにかに飛ばされる?
おそらくそうだ。
安全ではない場所なのだろう。
それを乗り切るために初期ポイントのいくらかを使えということだ。
ネット小説における神様転生であればチート技能をもらえる。
チート技能がなければ転生先で生きるのは難しい。
そして、チート技能はタダではない。
値段がついている。
僕たちに与えられた寿命は50年。
それを使って生き抜くための力を買えということか。
僕は制限時間に目を向けた。
56:31。
あと50分。
能力を選ぶのに時間を使いたい。
すぐに次に進まねば。
あなたが死ぬと他のクラスメートのポイントが2増えます。
この文章には裏の意味がある。
仲間が死ねば死ぬほどポイントが増えるのだろう。
クラスメートの誰かが死ねば、たぶん僕のポイントが2つ増えるのだ。
あなたが殺されると、殺害者のポイントが10増えます。
この一文はクラスメート同士の殺し合いを奨励しているように読める。
他の解釈はない。
初期ポイントは戦闘力に振るべきか。
それとも、別の力で身を守るべきか。
判断がつかない。
いまは。
次に進めばわかるだろう。
僕は『次の画面へ』の文字をクリックした。