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CYBER HIGH SCHOOL GIAL   作者: とむ
1/1

「流星は闇夜を駆ける」

 初めまして、とむと申します。ここでは何もかもが初めてなので、若干緊張気味です。

 今回、自分が大好きなサイバーパンクと、女性主人公がヒーローアクションし、更に学園モノの要素(あくまで要素)を混ぜた話が書きたいと思い、書いた次第です。世間の流行とか完全に無視した自己満足度の非常に高い作品ですが、もし宜しければ、読んでやって下さると嬉しいです。

 第一話  「流星は闇夜を駆ける」



  TOKYO警視庁捜査一課  午前八時


  クマダ警部補はデスク上に浮かぶ空中3Dディスプレイに映るニュースサイトのページを眺め、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。彼が不機嫌そうな表情を浮かべる事など、いつもの事であるが、ここ最近はいつも以上に表情が険しい。それは他の同僚達にも分かっていた。同室内の刑事達は、咄嗟に用事を思い出しては部屋を退室したり、また別の者は一生懸命に書類整理等の事務作業に没頭したりして、極力彼に触れないようにしていた。触らぬ神に祟りなし、である。…約一名を除き。


「あ、また『メアリー』っすか~。いや~スゴイっすねぇ~また記事の一面トップを飾ってますよぉ~!」


 やや間延びした、呑気で大きな声と間抜けな口調が、室内に響き渡る。(あっ…)(この、バカ野郎が!)といった、同室内の刑事達の、ごく小さな声が、ヒソヒソと飛び交うが、大声の主――タザキ巡査には、まるで聞こえていない様子であった。と同時に、ディスプレイを見ていたクマダの表情が、

また一層険しくなったが、タザキには察しがつかない。周囲の剣呑な空気をよそに、またベラベラと大声で話す。


「お、今度はシナガワの暴走族を一晩で壊滅っすか!まさに漫画やアクション映画のヒーローそのものっすよねえ~。たった一人で悪党集団を成敗!いやぁ、いるんですねえこんなの!」


 タザキの遠慮の無い大声に、もはや声を掛けようとする者はいない。皆一様に、己の業務に徹している。触れてはいけない神が(或いは邪神の類か)もう一人増えた。そしてもう一人の神――クマダの表情が、また見る見る内に険しくなっていく。よく見ると、血管さえ浮かんでいる。もう怒りの爆発は寸前だろう。同室内の刑事達は、皆覚悟を決めた。


「しっかし、こういうのがもっと増えてくれると有難いんすけどねぇ~。何せ、こっちの仕事が大いに軽くなるわけですからねぇ、ははははは」


 プツン。皆、聞こえたわけではないが、確かにクマダの堪忍袋の緒が切れた音を聞いた気がした。空気を読まずにベラベラと一方的にしゃべっていたタザキですら「へっ…?」と、しゃべるのを止めていた。


「バァッカヤロォォォォォォォォォォッッッ!」


 ドン!と机を力一杯叩き、クマダは怒りに任せて大絶叫した。多分、この大声は室内のみならず。警視庁のビル外にも響いたのではないか。それ程の怒号であった。


「さっきから聞いてりゃベラベラと!何だその態度は!仕事が軽くなる?手前ェそれでも刑事かッ!いいか、刑事ってのはだなぁ…」


 (あぁ、また始まった、警部補の刑事魂とやらの説教が…)同室内の刑事達は腹を括ってはいたつもりであるが、いざ説教が始まると、やはり辛いものがある。毎日毎日、同じ事を怒りに任せて話されると、それは辛くなってくるものである。クマダは優秀と言えば優秀な刑事であるが、聊か頑固で、少し古い考え方を持つ中年刑事だ。曲がった事が嫌い過ぎて上司にも食って掛かる事も少なくないため、勤務態度が悪いと判断されているらしく、恐らく出世はもう望めないだろう。ノンキャリア刑事として、ずっと現場で働き続ける事になるだろう。彼の熱意と刑事という職務に掛ける想いは買うが、もう少し年相応に落ち着いてはくれまいか、と思われているのが彼、クマダ警部補であった。

 そして当初の呑気な雰囲気はどこへやら、すっかりシュンとしてクマダの説教を聞き入っているタザキもタザキだ。彼は刑事課に所属して約一年か。彼の勤務態度も、決してそこまで悪いものでは無い、与えられた仕事はちゃんとこなすし、真面目といえば真面目だ。だが、絶望的なまでに空気が読めない困った一面がある。そして、思ったことはつい口に出るのだろう、何の考えも無しに口にするものだから、周囲に余計な軋轢を生む事も少なくない。彼の場合、言えばその場でちゃんと謝るから、一応その場はその時は丸く収まるのだが、翌日にはまた同じ態度を見せるので、やはり周囲からは若干腫れもの扱いされている。自分の思ったことを租借せずすぐに口に出す悪癖は、ひょっとしたら一生治らないのかもしれない。そう考えれば、毎日毎日懲りもせずにクマダから同じ内容の説教を喰らうのも納得がいく。いい加減学習してほしい所なのだが、もはや無理な望みなのかもしれない。しかし、それで被害を被るのは周囲の同僚達だ。もはや日常茶飯事となった怒りの説教を喰らう光景は、もう見飽きた。というか、最初から煩わしい。いつから捜査一課は、朝から怒号の飛び交う五月蠅い場所になったのだろう。この最中に精神安定剤を飲む、気の弱い同僚も現れ始めた程だ。

 そして説教が約一時間程続いた後、捜査一課に連絡が入った。


『緊急連絡!ウエノにて銀行強盗が発生!直ちに現場へ急行せよ!』


 事件の知らせを受け、周囲に緊張が走る。TOKYOに事件など日常茶飯事だが、それで気が緩む事など無い。一課の面々は連絡を受けたとほぼ同時に素早く準備を整え、部屋を出ていく。


「チッ…事件だ、説教はまだ終わらねぇからな!」


「了解っす!」


 クマダとタザキも気持ちを切り替え、出動の準備を整えて現場へ向かう。彼等の表情もまた、緊張に引き締まった緊張感のあるものになっている。私情を慎み、犯罪から市民を守る事が、彼らの使命なのだ。


(オレが物心ついた時、世界のあらゆる所にテロが起きていたのは、おぼろげながらに覚えている。オレが九歳の頃に世界規模の大戦争が起き、そして十五歳の頃に戦争は終わった。

 オレの国、日本は戦争に勝った側だとの事だが、日本中のあらゆる所が戦火に巻き込まれ、ボロボロになっていた。オレが生まれたここ、TOKYOもそうだった。オレの青春は戦争と、戦後の復興に費やされた。オレが全てを救った訳では無いが、オレが知る全ての人々が共に手を取り合い、今の繁栄を手にいてる事が出来た。あの頃には常に緊張があった。そして復興を必ず果たすという使命感があった。それがあの当時の皆にあったからこそ、今があると確信している。

 今の若い奴らには、それがあるだろうか?生まれ、物心がついた時にはオレ達が築き上げた繁栄が普通にあり、それをあるがままに享受して、今がある。だからタザキの様な、あっけらかんとした奴が出てくるのではないか?戦争がまたあればいい、等とはオレは思わん。戦争なんぞまっぴら御免だ。だが、あの当時のギリギリの環境というのが、今の時代には必要なのではないか?だから、平気で犯罪を犯す不届き者が生まれてくる。その犯罪を、恐らく面白半分であろう気持ちでヒーローを気取りながら解決する変な輩も生まれてくるんだ。

 …全く、今時の若い奴らは、なっとらん!)


 現場へ向かいながら、クマダは心の中で呟いていた。


(銀行強盗かぁ。今回は『メアリー』は来るのかなぁ。…尤も、俺は見た事ないんだけどねぇ。一度でいいから見てみたいなぁ。どんな人物なんだろう?…おっといけね、あんまこんな事考えてると、クマダさんにドヤされるぞ。…でも一度、会ってみたいなぁ…)


 現場へ向かいながら、タザキは心の中で呟いていた。



           ☆



 ????? 午前十時三十分


『…ドクター…、…ドクター。』


『…あぁもう、うるさいなあ。今は授業中なんだぞ。何の用?』


『ウエノで銀行強盗があったみたい。早く行って事件を解決しないと』


『…キミ。今の時間、我が校の誰がウエノの銀行なんぞに行くのかね』


『確実に誰も行かないと思う』


『そうだろう。そもそも、我が校はこの日本屈指のお嬢様学校だぞ?銀行に用事があるような庶民なぞいる訳無いのは分かるだろう。…いるとすればワタシ位なものだが、しかし現にワタシはここにいる。だから、行く必要なんて無い』


『だけど、人質とか、困ってる人が…』


『良いかね?我々は確かに正義の味方的な行動を行ってはいる。しかしだ、それは我が校に関わる事件にのみ限っての行動だ。何故だか分かるね?』


『生徒会長のお目こぼしの範囲内だから?』


『ぐっ…まぁ、それもそうだが、お前一人では身に余る、という理由もある。そもそも、TOKYO一つとっても非常に広い。それが日本全土になれば尚更、ましてや世界になれば、それは途方もない規模になる。事件の数だって大小合わせりゃ千や万じゃあ済まない。億単位の事件の数と、国家レベルの規模にまで発展する。それをお前は一人で全て解決する気かね?』


『いくらボクでも無理』


『そうだろう。自慢ではあるが、このワタシが全身全霊を込めて作り上げたお前は確かに強い。だから、お前の視点から見れば、大抵のものは弱く見えるだろう。だが、私達人間からすれば、例えば警察機構一つとっても、かなりの強さをもっている。大抵の事は、彼等に任せておけば良いんだ。繰り返すが、お前は強い。しかし、世界を前にすれば、いかにお前とてちっぽけな存在に過ぎない。一人で何とでもなる程、世界は狭くないんだ。だからお前は、お前の出来る範囲で出来る事をすればいい』


『…あ、事件が解決したみたい。本当だ、ドクターの言った通り』


『な、言った通りだろう?さ、分かったら通信切るぞ。こっちはそれどころじゃ…』


「はい、じゃあここを安心院さん。…安心院さん、聞いてますか?」


「は、はいっ!」『ほら言わんこっちゃない!通信切るからな!』「え、えーと、酸化現象とは即ち…」


『…ドクターも大変だなぁ。まぁいいや、こっちもお勉強、お勉強っと。さーて、今日はどこに行こうかなー♪』




           ★ 




 ニュースサイト・サニーズ編集部 午後十五時三十分


「…で、結局『メアリー』はこの強盗事件には出現しなかった、という事かね」


 でっぷりとした腹を突き出し、タキモト編集長は浅く椅子に腰かけながら、ライターのカギムラに話し掛けた。


「…はい。ずっと張ってはいたんですが、結局事件は警視庁の刑事が解決してしまい…」


 カギムラはしどろもどろとした様子で、編集長に返答した。


「言い訳はいい。引き続き『メアリー』が出そうな事件の取材に行きたまえ」


「は、はいッ」


「次週の新刊、『メアリー』特集を組むのは君も分かっているんだろうね?他のニュースサイトに後れを取るわけにはいかん。もっとセンセーショナルな記事が掲載出来るように頑張りたまえ」


「はい、承知しております。ではこれで、失礼致します」


「うむ、期待しているよ」


「…(何が「期待しているよ」…だ。このパワハラ編集長が…)」


 言いたいことをぐっと堪え、カギムラは編集室を退室した。きっと今朝、ライバルニュースサイトに記事の特集を組まれたのが気に障ったのだろう。あの編集長はいつもそうだ。普段はどうでもいいゴシップ記事を適当に組むように指図するくせに、大手のライバルサイトが人気記事を掲載すると、途端に敵意をむき出しにして後追い特集を組もうとする。『メアリー』の事も、そのライバルサイトが記事にするまでは殆ど無関心だったのに、いざ掲載されて閲覧数が急増したのが分かった途端、こちらも負けじとあれこれ無茶を言って一面記事にしろとまくし立てる。


(その上「お前らは今まで何を見聞きしていたんだ!こんな美味しいニュースを他に取られるなんて!恥ずかしくないのか!」とか抜かしやがる。確かに『メアリー』の事を記事にし始めたのは僕だ。その時、アイツは何て言った?「『メアリー』?何だそりゃ」って、あっさり没にしたくせに。それが今はあっさり掌を返して、僕の事を無能呼ばわりする。…畜生、畜生。コネか天下りか何かで今のポストに居座った、上から目線で怒鳴り散らすだけの俗物編集長が、いばりやがって!)


 この後、彼は居酒屋で同僚相手に、不満を延々と吐き散らしたのは言うまでもない。




           ☆




 電脳世界 午後十八時


 赤。青。緑。様々な色に明滅する周囲の色。三角錐。立方体。丸。空間に浮かぶ様々な物体。無数に並び、明滅する六角形。六角形。六角形。人為的で不自然ながらも,この世ならざる不可思議さに満ちた、どこまでも機械的かつ不自然な空間。

 ここは、この世にあってこの世にあらず。人が自ら生み出した機械の世界。世界の果てまで、どこまでも続く不定形のこの世界を、人は電脳世界と呼ぶ。ネットワーク内の、どこまでも広がる仮想空間。コンピュータ等の機械を通じ、今や人はこの仮想世界に意識のみダイヴする事が出来るようになっていた。

 そんな世界の一角。一人の少女の姿をした意識データ体がいた。その眼前には、一つの光の塊がある。その光の塊が少女に話し掛ける。光の塊は、どうやら自我を持ち、会話が出来る様だ。


『ドクター。この記事見た?』


『…ふむ、「またまた『メアリー』出現!シナガワの暴走族、壊滅す!」か…』


『それボクの事だよね。昨日のアレとこの記事の内容、まんまだもん。そうか、ボクは『メアリー』って呼ばれてるんだ。何でかな?』


『簡単だ。お前は今まで誰にも名乗っていないだろ?ワタシ以外には』


『うん。ドクターが言った通り、誰にも名乗ってないよ』


『昔、イギリスで斬り裂きジャックとかいう殺人鬼がいたのは知ってるな?あの『ジャック』てのも、当時の正体不明の存在に対して付けた仮の名さ。何が由来か、誰が付けたかは知らんが、お前が世間的に正体不明の存在だから、女性名である『メアリー』と名付けたんだろうさ。何故『メアリー』なのかは、ワタシにも分からんがな』


『ふーん』


『少なくともボディは女性型だからな。そして、お前は今まで悪党共を倒しはすれど、殺しはしていないだろう。つまり、捕まった奴から警察とかが事情聴取して「少なくとも彼等をやったのは女性」と判断した所から、その名が付けられたんだろうな。推測だが』


『じゃあボクが男性型、あるいはドール先輩みたいな完全機械型のボディだったら…』


『まぁ『ジャック』とか…ドールみたいな機械型ならば、大方「正体不明のアンドロイド」とか呼ばれたんだろうな。…尤も、そんなのワタシが許さんがな』


『えー何で―?男性型ボディ使ってみたーい』


『バカモノ!ワタシの最高傑作たる「タイプX‐0ボディ」程、お前に似合うボディは無い!あれこそ、お前の性能を最大限に発揮する事が出来る最高のボディなのだ!それに男性型なぞこの学院のどこに置き場所があるのだ?この生粋のお嬢様学校たる、この学校に!ドールは全長1m程の小型ボディだし、そもそもお手伝いロボットだからな、辛うじて無害なものと思われているから大丈夫だが、普通の人型の機械型ボディなぞ、ここの学生も教師も皆ビビッてしまうわ!速攻処分されてしまうぞ!お前のボディが女性型なのは、万が一お前があそこに隠されているのがバレても大丈夫な様にという、云わばこの学校にいやすくするための処置でもあるんだからな!』


『えーそう言って、本当は女の子が好きだからそう作ったんじゃないのー?或いは憧れ?ほら、あのボディおっぱい大きいし』


『うぐ』


『ドクター可愛いもん。まず見た目は小学生みたいだし』


『うるさいうるさい!そーですよーどーせワタシはちっぱい幼児体型ですよーだこんちくしょおお!』


『うわー。ドクターが壊れた』


『誰のせいだバカやろぉぉぉ!』


『少なくとも発育に関してはボクのせいじゃ…』


『だとしても安易に口にするんじゃねぇええ!お前を作ったのはワタシなんだぞ!だったら創造主様を崇めろってんだうわあああああん!』


『その理屈だと、ドクターを幼児体型に作った神様を崇めなきゃいけないんじゃ…』


『ッ!そうだったーうわーん神は何故ワタシをダイナマイトバディに作らなかったんだーOH神よぉぉぉぉぉぉ』


『…そっとしておうた方が良いかな…。あ、ドクター。ねぇドクター』


『何じゃいこの!まだワタシのピュアな心を抉ろうというのかッ!』


『いや、そうじゃなくて、これ…』


『だぁから、何…ん?…むむ、これは…』


『今頃学校に電話なんて…待ってね、ちょっとごめーん、お邪魔させてねー…何々、『娘がまだ帰ってない、校舎にまだいないか』だって。まだ家に帰ってない生徒がいるって事?』


『いや、この学校の生徒がこんな時間まで寄り道とか在り得ない。これは事件の臭いがするな…出動準備、OK?』




           ★





TOKYO警視庁捜査一課  午後十八時三十分


『緊急連絡!敬聖女学院の女子学生が行方不明との連絡あり!尚、最後に姿が確認されたのは一六:三○、シンバシ駅近くであるとの事!何らかの事件に巻き込まれた可能性あり!至急現場へ急行せよ!』


 本部の緊急連絡を受け、クマダ警部補とタザキ巡査の二人はパトカーに乗り、現場のシンバシに向かっていた。


「…敬聖の女生徒が行方不明ですかぁ。誘拐事件か何かっすかねぇ」


 パトカーを運転しながら、タザキは独り言の様に呟く。


「…それを今から捜査するんだ。今の所、身代金の要求とかの犯行声明は無ぇみてえだが…」


 それに応えるように、クマダが呟く。


「…身代金目的の誘拐でないとしたら、まさか…人身売買とか、裏…」


「…そういう発想がまず出てくるって事ァ、手前ェの頭ン中はそういう事で一杯ってこったな、…この色情魔がァ!それでも刑事かぁ!」


「そ、そんな色情魔って、失礼な!あくまでそういう可能性もあるっていう話であって…ていうかそれと刑事かどうかって関係あるんすかぁ?」


「あぁ、大アリだとも!いいか、刑事ってのはだなぁ…」


(あぁ、しまった。藪蛇だった…)


 パトカー内で後悔するタザキ。彼はこの先、思い知る。このクマダという男、事ある毎に自前の説教をする説教魔である事を…。




           ★




 オオクボ クラブ「パイレーツ」 午後十八時


 音量の大きいダンスミュージックが流れるクラブ「パイレーツ」内の一角のテーブル席は、物々しい雰囲気に包まれていた。尤も、このクラブ自体、そもそも普通の人間は立ち寄らない。ここは、所謂「不良」のたまり場の一つとして有名な場所である。よく見ると、そこかしこにヤンキーファッションに身を包んだ若者がたむろしている。こうした「不良のたまり場」的な場所は、TOKYOには至る所にある。


「…で、今日は俺らに何の用スか?」


 こう口にしたのは、チーム「殺戮戦線」の頭、イワジマである。彼は右手のサイバーアームをカチカチと鳴らす。彼だけではない。このクラブ内にいる殆どの男が、体のどこかに必ずサイボーグ手術を施している。彼等は体に障害を持って生まれた者でも無ければ、不幸な事故等で肉体の一部を失った者達では断じて無い。皆、己の意思で体の一部を捨て去り、違法サイボーグ手術を施している者達である。

 三十年前に終結した戦争の後、日本は戦後復興を急務とし、戦争時代に培われた様々な科学技術を民間に提供し、官民一体になって戦後復興に取り組み、その結果、たった三十年という短い年月を以て、戦前以上に大きく科学技術を発展させる事に成功した。しかし、その繁栄の影で、国家の発展に貢献した科学技術が裏社会や闇組織に流れる負の一面も存在した。

 このサイボーグ技術も、そうした面を持った技術であった。戦時中は負傷した兵士の義手や義足の発展型として開発、普及した技術であり、戦後は民間の医療にも広まり、事故や病気等で肉体の欠損を余儀なくされた者達のために科学医療の一環として発展した技術であった筈であった。しかし、一部の闇医者や裏社会と縁のある技術者が、このサイボーグ技術を悪用した。力を求め、或いは裏社会で頭角を現すべく、本来は国や自治体等からの認定が必要なサイボーグ手術を、本来五体満足であるにも関わらず、わざとその一部を捨てて施す者達が現れたのである。こうして力を得た者達は、その力に溺れ、存分に暴れまわり、治安を乱してきた。己の肉体を捨ててまで力を得た彼等の無法を「覚悟」と捉え、憧れるアウトロー志向の少年少女達も少なからずおり、彼等は違法サイボーグ手術者に接しては、彼等と同様に違法手術を施し、裏社会の住人となるのであった。

 チーム「殺戮戦線」は、メンバー全員が違法サイボーグ手術者で固められ、何よりも喧嘩を優先する喧嘩集団として知られていた。その凶悪な力と情け容赦の無い凶暴性は、他の不良集団からも一目置かれてきた。


「フッ、なぁに、ちょいと頼み事があって来たんだ。ビジネスだよ、ビジネス」


 そう言ってニヤリと笑う男は、ヘビカワという。一応スーツを着てはいるものの、その派手な色合いは、どう見てもヤクザである。実際、彼は「黄龍会」という暴力団の構成員である。TOKYOに巣食う裏社会組織の中でも、法の抜け穴を利用し、ジワジワと表社会に影響力を強めてきている組織である。ヘビカワは、イワジマを始め、殺戮戦線の構成員に違法サイボーグ手術の口利きをしてくれた存在であり、歯向かうものは警察やヤクザであっても攻撃の手を緩めない殺戮戦線の面々が、恐らく唯一真っ向から歯向かえない存在である。


「ビジネス?ヘビカワさん、俺らが何を売りにしてるか、分かってますよね?…それとも、どっかに戦争しかけにいくんスか?」


「まさか。お前らにはウチの用心棒をやってもらいたい訳よ。用心棒」


「用心棒…?」


「まあ単刀直入に言うとだな。ウチのシノギの一つに裏動画の制作、販売がある。それは分かるよな。…でだ、ついさっき、かなりの上玉が手に入ってよぉ。この裏動画、高く売れるぜぇ」


 因みに裏動画とは、違法な成年向け動画の事である。今でいう「裏ビデオ」と言えば分かるだろう。


「…まさか、その撮影現場の用心棒を頼む、ってんじゃないでしょうね」


「察しが良いな、そのまさかだよ。何と今回の獲物はよ、あの敬聖女学院だぜ、敬聖!あのお嬢様学校のよ!たまたまウチのモンが見つけて拉致って来たら、まさかの超大物だぜ!分かるか?そこらの女子高生じゃねえ、天然もののお嬢様の裏とくれば、これが売れない筈が無え!」


「…ヘビカワさん。俺らの事、舐めてんスか?俺ら喧嘩専門で売ってんスよ。いくら恩のあるヘビカワさんでも、場合によっちゃぁ…」


「分ぁかってるって。別に舐めてるつもりはねえんだよ。でな、何でお前らにこの話を持ってきたかって事なんだがな…『メアリー』って、聞いた事あっか?」


「!…『メアリー』!ウチと喧嘩してたゾクの『ブラッディウィンド』を壊滅させたっていう、あの…!」


「そうだ。もしかしたら、アイツがウチの獲物を助けに来るかもしれねえ、って思ってよ。それで超武闘派で名を売ってるお前らに商談を持ち掛けた、って訳さ」


「…確かに、あの『メアリー』を潰せれば、ウチの名も上がるってモンですが…でも、『メアリー』は確か神出鬼没で、必ず来るかどうかは…」


「そりゃまぁ、そうだろうな。でも十中八九、俺は奴は来ると思うんだ。何故か?…ほれ、これを見てみろ」


 そう言うとヘビカワは、手に持った携帯型ハンドパソコンをテーブルに置き、3Dディスプレイを展開した。そこには、過去に『メアリー』が関わった事件のデータが全て映し出されていた。


「念のためと思って、一応調べてみたんだが…全部ニュースサイトの記事だがよ、よく読んでみろ…奴が事件に関わった動機は、皆敬聖女学院の生徒が関わっている。あいつらは純粋培養された生粋の世間知らずの箱庭娘だからな、このご時世、奴らも色んな事件に巻き込まれているみてえだ。そしてその度に、奴が来ている。勿論、必ず来るって保証は無ぇ。だが俺の知る限り、奴が姿を現して以来、敬聖に関わる事件で一度も奴が関わらなかった事は無ぇ。多分、今回も奴は来ると見て間違いは無ぇな。だからと言って、ここで手を引く訳にもいかねぇ。俺らにも面子はあるし、何よりこんな金の卵をみすみす逃す手は無ぇ。そこで、お前らに用心棒を頼みに来た、って寸法よ。勿論、万が一奴が来なかったら、それなりの埋め合わせはするさ。そうだな、お前らのチームに最近入った新入りの手術代やメンテナンス代、俺が口効いてチャラにしてやるよ。勿論、奴が来た時には…」


「…へへ、そういう事スかヘビカワさん。なら、俺らも手を貸さない訳にはいかねぇ。存分に暴れさせて下さいよ」


「そういうと思ったぜ。なら、商談成立だ。すぐ準備して来てくれよ。場所は…」




           ☆




 敬聖女学院 旧校舎 科学部研究室 午後十八時十分


 お嬢様学校、聖敬女学院の旧校舎。人の気配は殆ど無く、暗く静まり返っているこの場所に、唯一光が灯っている部屋がった。「科学部」とプレートに書かれたその室内は、木造の旧校舎とは思えない程、超科学的な器具で占められていた。それは部室というより、もう既に科学的な研究室そのものと言っていい。その部屋の中に、彼女はいた。科学部部長にして唯一の部員、「安心院 百合愛ユリア」である。彼女は部屋の中央にある巨大な円筒状の機械の前にいた。そこに備え付けてあるキーボードをカタカタと素早く打ちながら、耳に装着したヘッドフォンで、会話をしている様子であった。


『ドクター、場所が特定出来たよ!シンバシの××にある雑居ビルに二人、携帯のGPSをキャッチ!間違いない、ウチの生徒だよ!さっきの電話の内容から見ても、誘拐か何かの事件に巻き込まれた可能性が大きいね。今の所、身代金の要求とかは無いみたいだけど』


「よーし、よくやった!流石はワタシの最高傑作!ネットワーク内であれば盗聴もお手のものって訳だな!」


『できればあんまりやりたくないけどね…』


『しかし、場所はシンバシか、結構近いな。これならブースターシールドがあれば余裕だな!」


『ドクター、こっちはいつでもいけるよ』


『了解!こっちのボディチェックも完了、オールグリーン!じゃあ、『エトワール インストール』開始!』


 そう言ってユリアが円筒状の機械のボタンを押すと、機械の外壁の一部が、襖の扉を開く様にして展開する。その中には、一人の少女が立っていた。いや、それは果たして人間なのだろうか?見た目には全く人間のそれに相違ないが、体の各箇所に繋がれたコードを見れば、この少女が人間ではなく、機械の類である事を認識させられる。そして徐々に、コードに繋がれた少女の目が開く。コードが次々と外れ、少女が円筒から出てくる。


「インストール完了。各部作動確認、開始」


 少女が口を開くと、まるで体操をするかの様に体を動かす。その様は、やはりとても人間的であるが、しかし動く度にキュイン、キュインと小さい駆動音が鳴る事が、彼女が人間では無い事を改めて証明させていた。

 アンドロイド。主に警備や介護、重労働業務に携わる事の多い人型機械。通常は人の形こそすれど、いかにも機械といった出で立ちをしているものが殆どだが、彼女はとても精巧に作られ、先程のコードの接続や駆動音が無ければ、まさに人間と見分けがつかない程に、よく出来ている。これを作り出したユリアは、余程の天才か、はたまた変態かのどちらかであろう。どちらの線も、あるかも知れない。


「確認終了。システムオールグリーン。大丈夫だよ、ドクター」


 ひとしきり体を動かすと、少女は近くにあった盾と思しきものを背負う。盾の取っ手の部分が、彼女の背中にガチャリとはめ込まれた。小型マイクと、バイザー型ヘッドフォンも装着し、そして黒いマントを身に纏うと、彼女とユリアの二人は部室を後にし、外へ出た。


「よし、じゃあいつものように行って来い、『エトワール』!…いや、世間的には『メアリー』かな?」


「もう、茶化さないでよ!『エトワール』、行ってきます!」


「頼んだぞ!必ず助け出して来い、そして悪党共をぶっ潰して来い!…死なない程度にな!くれぐれも無茶はするなよ、ワタシの『エトワール』!」


 そう言うと、『エトワール』が背負った盾から一対の羽根が展開し、盾の下の部分からブースターが点火。そのまま彼女は空を飛んだ。『エトワール』が飛び去るのを見送ると、ユリアは再び部室へと戻った。


『どくたー。オ茶ヲ用意シマシタ』


「ありがとう、ドール」


 部室では、小柄なお手伝いロボット、ドール=αがユリアの元へお茶を運んだ。




           ★




 シンバシ駅前 とある居酒屋 午後十九時


「…だぁら現場を分ぁって無ぁ奴ぁ駄目らって言ってんスよ先輩ィィィ!ずぅっとデスクで踏ん反りやがってあの豚編集長ォォォォ!」


「…おいおい、呑み過ぎだぞカギムラ。これ以上呑んだらお前…」


「はぁ?構わないでくらさいよ先輩!僕らってねぇ、言いたい事沢山あるんすからねぇ!」


(って、さっきから同じ事ばっか言ってんじゃんよ…まぁ、あの編集長じゃなぁ…)


 居酒屋でかなり酔っ払うカギムラ。彼の酔った勢いと、居酒屋の中の喧騒は、外から流れるパトカーの音を遮っていた。尤も、TOKYOの日常に、パトカーのサイレン音など普通のBGMとなっているのだが。



           ☆




 シンバシ 某所雑居ビル 午後十八時二十分


 クマダ警部補とタザキ巡査がシンバシへ向かっている最中、エトワールは、シンバシに到着していた。

 人目の付かない所に着地したエトワールは、一旦ブースターシールドを隠し、二人の女生徒が捕まっていると思しき雑居ビルの、すぐ近くのビルの屋上についた。身を隠し、雑居ビルを見ると、ビルの周辺に、いかにも不良然とした男達が数名いるのを確認する。恐らく見張りであろう。ビルに明かりは灯っていない。だが、GPSは確実にこのビルから発信されている事から、恐らく携帯型ハンドパソコンは壊されていないのであろう。或いは携帯型ハンドパソコンだけ捨てられ、他のどこかへと移動したのだろうか?


「熱源探知モード、発動――」


 エトワールの目の色が変わる。彼女の視界が変わり、熱源探知状態に移行する。ビルの外の男達は勿論、ビルの内部からもいくつかの熱源が探知される。そして、ビル内の一室そのものが光で覆われている様に見える。


「熱源探知モード、停止――」


 エトワールの視界が通常のものに変わる。外からは光が見えない。恐らく、遮光カーテンか何かで部屋を覆っているのだろう。しかも、どうやらビルの最上階の中央当たりに、その部屋があるようだ。外から侵入するにしても、すぐには辿り着けないだろう。ビルの内部構造の事も考慮すると、道中の戦闘は避けられない。すんなりとは通してくれないだろう。


「…って感じだよドクター」


『分かったエトワール。引き続き、モニターしながら移動してくれ。ビルの中のマッピングは任せな』


「了解。じゃあ、警備が手薄そうな屋上から行くね」


『了解。さっきも言ったが、くれぐれも無理はするなよ』


 エトワールはユリアとそう通信すると、目標の雑居ビルの屋上へ飛び移った。それまでいたビルの高度は目標のビルより高く、飛び移るというよりは、飛び降りる、といったほうが良いかもしれない。それでも結構な高度があるが、エトワールにとっては、この程度のビルの飛び移りなど、朝飯前である。

 雑居ビルに飛び移り、屋上から、一応こっそりと中に入る。エトワールの読み通り、警備は殆ど無きに等しく、容易に移動が出来た。


『よし、そこの角を曲がれ。そこに、部屋の入り口が…』


「待って、見張りがいる。二人みたい」


『分かった。一旦動くな。ところで、そこから『音は拾える』か?』


「うん。やってみる。聴覚倍増モード、ON――」


 エトワールは目を閉じる。その間、両耳から聞こえてくる音が、より大きく感じられる。エトワールは近くの壁に耳を当て、壁の向こう側の音を効いていた。


〔…や…下さい!警さ……呼び……〕


〔…へへ、誰も来……念しな……〕


〔…イイね……の表情…そ…声…たまら…ぜえ…〕


〔……敬聖学園…女子……こ…レアも…だぜ…マジによ…〕


 壁の向こうから小さく声が聞こえる。ガタン、ガタンと大きな雑音も交じっているために声はよく聞こえないが、中で何が起きているかは十分把握出来た。そしてその声も、エトワールを通じて、ユリアに届いている。


「うっすらとだけど、聞こえたよ。この中に、ウチの生徒がいる!」


『ああ、だがあんまり猶予はなさそうだ。構わん、思いっきり突撃してやれ!』


「了解!」


 そう言うや否や、エトワールは角を曲がると、思いっきり突っ込んだ。いきなりの闖入者に驚く見張り達だが、その一瞬の反応の遅れが仇となった。


「な、何だてめ…ぐわッ」


「て、手前ェ何しやが…ぎゃぁっ」


 エトワールは二人の見張りを出会い頭に倒すと、勢いよくドアをバタン!と開いた。そこでは二人の女生徒の制服が乱暴に破られ、また恐らく叩かれたのだろうか、二人とも少し頬が赤く腫れている様に見えるが、それ以外に目立った外傷は見られない。どうやら、危機一髪といった状況の様であった。


「な、何だ手前ェは?」


「手前ェどっから入ってきた?下からの報告は無かったぞ!」


 慌てた様子の男達を尻目に、エトワールは呑気に答えた。


「どうもー今晩はー。正義の味方でーっす。とりあえず、そこのお姫様二人を助けに来ましたので、怪我したくなかったら引っ込んでて下さーい」


 そう言いながらエトワールは、部屋の奥の大きなベッド上で震える二人の女子生徒に近づいて行った。そこに襲い掛かる、ヤクザ風の男。


「手前ェ、ふざけんじゃ…グハァ」


 しかし、エトワールは殴り掛かる男の拳をスッと避けると、勢い余り近づく男の顔を目がけて肘鉄を食らわせた。モロにカウンターを食らい、男は気絶し倒れる。その目にも止まらぬ早業に、室内にいた殆ど男達が動けなくなった。


「聞こえなかった?怪我したくなかったら、引っ込んでてね?」


「だったら尚更、引っ込むわけにはいかねえなぁ」


 エトワールの忠告を聞いた後、ゆっくりと一人の男が立ち上がった。イワジマである。彼は待ってましたとばかりにニタリとした笑顔を浮かべる。


「手前ェだろ?最近この辺を騒がせている『メアリー』ってのはよぉ。俺はイワジマってんだ。会えて嬉しいぜ」


「確かにボクは『メアリー』って呼ばれてるみたいだね。色々あって本名は教えられないけどね。あとまぁ、ボクは君に会ったからって嬉しくはないかな」


「そうかい。まぁそうだろうなぁ。手前ェはこれから俺に倒されるんだからな。そりゃ我が身を呪いもするだろうさ。正直ずっと退屈しててな、存分に暴れさせてもらうぜ!…ヘビカワさん、手ぇ出さんで下さいよォ。こいつァ俺の獲物だからなァ!」


 そう言うと、イワジマは纏っていたコートを脱ぎ棄て、右腕のサイボーグアームを見せびらかした。威圧のつもりか、はたまた自慢のつもりか。


「あっちゃぁ~…相手はサイボーグみたいだよぉドクター」


『マジか。…厄介な相手だな、色々とさ』


 エトワールが、ヘッドフォンから伸びるマイクでユリアと会話をする。当然、周囲からは、彼女がボソボソと呟いているようにしか見えない。


「ドクター?何訳の分かんねぇ事言ってんだ?まぁいい、俺がサイボーグ手術者と見てビビったかよ」


 イワジマの言う通り、確かに傍目にはエトワールがビビっている様にも見えなくもない。だが、彼女はどうやら、別の心配をしている様だった。


「いや、うーんとね…どうするドクター、アレ、やっちゃう?素性がバレちゃうかもしれないけど」


『いや、ひとまず様子見だ。まずは普通に相手をしてやれ。いざとなったら、アレは解禁していいぞ』


「分かったよドクター!…あ、キミ達。なるべくボクから離れてて。怪我するからね。」


「「は、はいっ」」


 突然エトワールに声を掛けられ驚く女子生徒達。言われた通りに、奥に引っ込んで身を守る。


「へっ、自分より相手の心配か?このイワジマも舐められたモンだぜ…行くぜ『メアリー』、オラァ!」


 そう口にすると、イワジマは勢いよくエトワールに突っ込んだ。早速、右腕のサイボーグアームでパンチを繰り出す!

 それを見たエトワールは、先程の様に紙一重の差でパンチを躱す――が、次の瞬間、突き出した右手のパンチが突如、一瞬動きを止める!そしてその拳は避けたエトワールに方向に向けて、裏拳を喰らわせるようにして放たれる!


「…!」


 避けたと思ったパンチが突如軌道を変え、自分の顔面に放たれた…イワジマは最初のストレートは最初から当てる気が無い、云わば囮の拳とも言うべきパンチであった。わざと大振りのパンチを放って相手に避けさせ、突如軌道を変えて相手が避けた方向に再度拳を放つ…「当てる」だけなら確かに効果的なパンチと言えなくもないが、腰の捻りや遠心力も加わったパンチの軌道を無理矢理変えて当てるため、本来ならば威力が大幅に殺され、見た目ほど威力が期待できない、虚仮脅しの様なパンチである。しかし、その拳はサイボーグ化された、鉄と機械の腕である。その重さと硬さが加わったおアンチの衝撃は、例え威力が相殺されても尚、重い一撃となり、相手に強い衝撃を与える事が出来る。これは、生身では到底放つ事の出来ない、サイボーグ化ならではの戦法とも言えた。ましてや相手が女性ならば、その威力と衝撃は更に大きなものになるだろう。…普通の女性ならば。

 だが、相手はあの『メアリー』…アンドロイド『エトワール』である。


「…ったぁ~。ちょっとクラっときたよ~」


『おい、大丈夫かエトワール!何だあのパンチは?』


「大丈夫だよドクター。…うん、ダメージは大した事無い、全然大丈夫だよ!むしろ普通にストレート食らった方が怖い位だよ」


『そうか…良かった。だが相手は結構喧嘩慣れしてるみたいだ、油断するなよ』


「うん、分かってる。注意しないとね」


 エトワールはほぼ無傷であった。多少は衝撃が効いている様子であったが、まだ余裕が見られる。


「ほう、アレを喰らっても平気とはなぁ。大抵の奴ァ、アレ喰らうと結構ふらつくモンなんだがな」


 イワジマは意外といった表情をしつつも、特に驚く様子は無かった。


「へぇ、そうなの。お生憎様、今度はこっちから行くよ!」


「オウ、来いよ!手前ェの攻撃なんざ、全部受けきってやら…」


 バキィ!イワジマがそう言うや否や、エトワールは一気にダッシュして間合いを詰め、パンチを繰り出した。その速さは、イワジマの想像を遙かに超えた速さ、そして威力であった。


(な…何だこの速さ?見えなかった…そしてこの威力…痛ぇ!ば、バカな…ッ)


 辛うじて踏ん張りは効かせたものの、その衝撃の強さに、イワジマは一気に余裕をなくし、戦慄を覚えた。自慢のサイボーグアームを思う存分に振るい、超武闘派の名を欲しいままにしてきた自分が、まさか相手の、それも女の細腕から繰り出されたパンチにダメージを受け、恐れを感じるとは。


「…舐めんじゃねぇ…舐めんじゃねえぞンなろォォ!おるぁああ!」


 認める訳にはいかなかった。曲がりなりにも喧嘩専門を掲げる者として、相手に気圧される事など、あってはならなかった。それを悟られまいと、イワジマは、至近距離にいるエトワール目がけて右ストレートを放つ。この時、彼は逆上しており、聊か冷静さを失っていた。小細工なしに、シンプルに右ストレートパンチを放ったのだ。パンチの軌道を変える、という発想は、この時の彼の頭には無くなっていた。

 そして…それは避けられた。最初のパンチが軌道を変えて当てる前の様に、あっさりと。しかし。


「まだだ、まだ終わらねえぞぉお!」


 右ストレートが避けられた直後、今度はすかさず左の拳で裏拳を放つ。それも紙一重で躱される。すると、今度は右足でのハイキックの回し蹴りを放つ。それも避けられる。そしてそのまま左足の回し蹴り…。イワジマは途切れる事無く、拳と蹴りの乱打を繰り返す。乱打に次ぐ乱打。

 しかし、エトワールは、その全てを紙一重で躱している。全く当たる気配が無い。次第に、イワジマの表情に焦りが浮かび、それが一瞬の隙を生んだ。蹴りに失敗し、一瞬ふらついてしまったのだ。それを、エトワールは見逃さなかった。


「隙ありッ!」


 攻撃を躱す動作から一瞬で姿勢を整え、右足でミドルキックを放つエトワール。一方、よろけた姿勢から姿勢を直すのに一瞬の隙を生んでしまったイワジマは、そのミドルキックをモロに受けてしまった!


「がぁぁぁぁあああああっ!」


 大きく吹っ飛び、壁に背中を打ち付けてしまうイワジマ。先の一撃よりも、より強い痛みと恐怖を覚え、なかなか立つ事が出来なかった。少しした後、何とか気持ちを奮い立たせ、ゆっくりと立つ事は出来たが、両脚の震えに、彼は驚愕を隠しきれなかった。その無慮樹幹を自覚した時、彼は「喧嘩」ではなく「相手を虐める」事に特化した根性の持ち主になっていた事を、今この場で思い知らされた。

 武闘派を名乗るものの、その実態はヤクザの力を借りて常軌を逸した力を得て、相手をいたぶるものであった。確かに喧嘩にルールは無いが、彼のやった事は、安易に力の強さに頼った、喧嘩というより虐めに近いものであった。喧嘩と虐めは、似ている様で違う。人と人との対立という条件さえ揃えば、数や年齢、性別の相違や武器の有無等、いかなる状況の誤差があっても「喧嘩」という状況は成り立つ。しかし、虐めは違う。虐めは、虐める側が絶対的強者、虐められる側が絶対的弱者でなくてはならない。虐められる側が万が一、相手に反旗を翻した場合、その瞬間から「虐め」は「喧嘩」に変わる。イワジマは常人を超えた力を、どの様な手段にせよ獲得し、相手を一方的にいたぶる状況に慣れきってしまい、自らを「喧嘩専門」と嘯く虐めっ子になり果てた事に気付いていなかった。そして、それに気付かされた存在――エトワール――と相対した際、彼は本当の意味で「喧嘩」の土俵に立ったと言える。しかし、そこで彼が感じたものは「恐怖」であった。イワジマは今、エトワールという、目の前の少女を「怪物」として認識し、恐れている。だが――、


「ねぇ、そろそろ降参したらどうかな?もう、息切れしてるよ?」


 エトワールの申し訳程度の忠告に対し、


「俺は…喧嘩屋だ…喧嘩で商売している…喧嘩屋なんだぁぁぁあああ!」


 彼は己をあくまで喧嘩屋であると思い、気持ちを奮い立たせる事で、立ち上がった。そして再度、喧嘩の構えをとる。


「いくぜ『メアリー』!ぉるぁぁぁあああ!」


 再びダッシュして距離を詰めるイワジマ。次もまた、右腕を大きく振りかぶっている。今度も右ストレートから軌道を変える拳が来るのか?


「…ッ!」


 エトワールは今度は後ろに大きく避け、右手を避けようとした。だが――。


「かかったッ!」


 イワジマはそのままエトワールに突っ込み、ラグビーのタックルの如くエトワールに体当たりした。そしてすぐさま、エトワールの右腕をサイボーグアームで掴んだ!


「うあぁっ」


 声を上げるエトワール。彼女は人間に近づけるべく、痛みに似た感覚が感じる様に設計されている。右腕を掴まれ、彼女に激痛に似た感覚が走る!


「もう容赦はしねぇ!まず手前ェの右腕を奪ってやるぜぇえ!」


 ミシミシ…腕が軋む音が聞こえる。もし彼女が生身の人間なら、激痛に耐えかねて気絶するか、腕がもげている所であっただろう。


「…あ、あぁ」


『エトワール!もういい、アレを使え!これ以上の我慢は腕に負担をかけるだけだ、痛いだけじゃない、お前の正体もバレてしまうぞ!どっちにしろバレるんなら、いっそここで使ってしまえ!』


「…ド、ドクター…分かった…」


 エトワールは機能する左手を動かし、イワジマの右腕を掴んだ。少しだけ――ほんの少しだけ、イワジマのサイボーグアームが軋む。この状況で尚、サイボーグアームの装甲に傷を付ける彼女の力は異常としか言えないが、、逆上し興奮状態のイワジマには、それを不思議に思う余裕は無くなっていた。


「へっ、抵抗のつもりか?全然何とも無ぇぞ!」


 だが、それで十分だった。その僅かな傷が、後の運命を大きく分けた。


「発動――『リビング・ウイルス』!」


 バチッ!イワジマのサイボーグアームに一瞬、電気が走った。そして、その直後。


「…な、何…ッ?う、腕が…ッ」


 直後、イワジマの右腕がダラリと下がった。イワジマの右手から解放されたエトワール。見た目と動作を確認するが、幸いちょっとの痛みで済んでいる。見た目にも、殆ど変化は無い。


「な、何だ?動け、動けッ!」


 イワジマは必死に叫ぶが、右腕はダランと下がったまま、全く動こうとしない。指一つ動かせない。そのまま、彼は右腕の重さに連なる様に、地面にへたり込んだ。


「ちくしょう、どうなってやがるっ?動け、動けよクソアームゥ!」


 尚も必死に右腕を動かそうとするイワジマだが、無情にも全く動く気配を見せない。


『よしッ効いたッ!これがエトワールの対機械奥義――その名も「リビング・ウイルス」!エトワールの「リビング・プログラム」があってこその芸当よぉ!どぉうだ自称喧嘩屋ぁああ!』


 勝ち誇ったように、科学部室の中でユリアは叫んだ。


『どくたー。『りびんぐ・ういるす』トハ、ドウイウモノナノデスカ?』


『あぁ、ドールは知らなかったか。そうだな…ドール、お前はエトワールが『リビング・プログラム』で出来ている事は知っているな?』


『ハイ。通常ノこんぴゅーたAIヲ遥カニ超エタ、完全自律思考学習型AIノ事デスネ』


『そうとも。エトワールの本体はあの超絶完璧ボディ「タイプX‐0ボディ」ではない。アイツの本体は、このワタシが丹精込めて作った超高性能AIだ。まるで人間の様に自分で考え、時に悩み、時に泣き、時に喜び、怒り、笑う。あらゆる思考パターンと感情表現、そして超常的な学習性能を持つ、超高性能人工知能プログラムだ。まさに「生きたプログラム」…それがエトワールの本体、『リビング・プログラム』なのだよ。そしてリビング・ウイルスとは、そのプログラムの応用技みたいなものだ』


『応用…デスカ』


『コンピュータを動かすプログラムも、それを破壊したり操ったりするウィルス・プログラムも、そしてそれらを駆除し、コンピュータを守るセキュリティ・プログラムも、突き詰めれば、全てコンピュータプログラム以外の何物でもない。アイツはな、自身のプログラムをウィルス・プログラムやセキュリティ・プログラムに自身を構成するプログラムを自在に変える事が出来るのだよ。今、あのイワジマとかいう輩のサイボーグアームにちょっと傷を付けた時、そこからエトワールは自分のプログラムの一部をウイルスプログラムに変えて、あのアーム内に流し込んだのさ。そして、超絶完全自律志向型ウイルスと化した凶悪なリビングプログラムは、アームの機械部分を狂わせたのさ。無論、生身の部分や有機神経束等を使った箇所には、効果は無いがね。だが、奴のアームは、どうやら全部機械で構成されているようだな。今やエトワールが自分の意志で解放したりプログラムを消去したりしない限り、あのアームはエトワールの制御下にある』


『制御下…えとわーるサンガ、相手ノあーむヲ操レル、ト?』


『あぁ、そうとも。疑っている様なら見せてみようか。おい、聞いてたか、エトワール』


「うん、聞いてたよ。何だか褒められまくって、照れ臭いな」


『じゃあもうちょっと褒めさせてやる。アイツのあの腕は危険だ。壊してしまいな』


「う…うん、分かった。痛かったらごめんねっ」


 そうエトワールが言い、目を閉じて右手をかざし、イワジマに向ける。そして、何か念を送る様にすると…。


ボンッ!


「ぐわぁああっ!な、何だ…あ、あ、あ、お、俺の腕、俺の腕があああああ!」


 何と、イワジマの右腕のアームがいきなり破裂し、跡形も無くなってしまったのだ。


『どうだドール?あれはな、奴の右腕に仕込まれたリビング・ウイルスに自爆を命じて、破壊させたんだ。フフフ、別にネットワークを介してなくとも、対象が電気エネルギーで動く機械というだけで効果のある武器だからなあ。我ながら恐ろしいモノを作ったモンよ』


『何ト…本当ニ、恐ロシイデス、えとわーるサンハ…』


『…アイツを怒らせる真似はすんなよ、ドール?(まぁ、まずワタシがそうさせないがな)』


『らじゃー』


「えーと、イワジマ…さん、だっけ?多分痛みは無いと思うし、これに懲りたら、今度は普通のサイボーグアームを取り付けてこれからはは真面目に…」


「あああああ!ああ、ああああ!」


 エトワールはイワジマに一応声を掛けてみるが、右腕を失ったショックが大きいのか、今尚叫び続けている。


「う~ん…やりすぎちゃったかな?」


「そうとも、手前ェはやりすぎた」


 ドゴォーンッ!


 若干低い声と共に空気を斬り裂く乾いた爆音が鳴り響くと、イワジマは言葉を発しなくなり、頭を跡形も無く破裂させ、その場に倒れ込んだ。その「先程までイワジマであった物」を無造作に蹴りつけ、唾を吐く。彼の雇い主、ヘビカワである。


「全く、アームの一つが壊れた位でガタガタ騒ぎやがって、ウルセェなぁ…所詮、手前ェはその程度のクソガキに過ぎねぇってこった。さて、と…聞きしに勝る強さだな、『メアリー』。いや、ヤバさか?全く、見ていて全然分からねぇ力を使いやがる、それともマジックか?いずれにしろ、手前ぇは危険だ、この場で潰しておかねぇとなあ」


 ヘビカワはエトワールの方を振り向き、銃を構える。


「ひどい!そいつはアンタの仲間でしょ?何も殺す事なんて…」


「ひどい?ひどいだと?…随分甘ったれた事言うじゃねえか。こんなもん、俺の世界じゃ日常茶飯事だ。勝者は生き、敗者は死ぬ。それが掟だ。そして手前ェもこの件に関わった以上、そのルールに従ってもらう…つまり、手前ェはここで死ぬんだ。俺の計画を台無しにしてくれた落とし前、きっちり払ってもらうぜ」


「やーだね」


「いーや、手前ェに選択肢は無ぇ」


 そうヘビカワが言うと、彼は銃口を、ずっと部屋の隅っこで息を殺して事態の推移を見守っていた女学生二人に向けた。再び室内に緊張が走り、二人の女子生徒は恐怖に体と顔を強張らせた。


「「ひっ」」


「さっきのイワジマの頭、見ただろ?マグナム弾つってな、破壊力が半端無い弾が、ここに詰まってんだよ。『メアリー』、いくら手前ェが強かろうが、この嬢ちゃん達が殺されるとなったら…どうするね?黙ってこの銃でお前が助ける筈の嬢ちゃん二人共々殺されるか、それとも俺の言う通りにするか…選択肢はこの二つを与えてやる。選べ」


 事実上人質に取られている状態だ。迂闊には手が出せない。エトワールは冷汗でもかくような感覚に襲われたまま、動けずにいた。


『ヤツの拳銃は、軽く見ても半世紀か、それ以上に古いリボルバー式拳銃みたいだな。電動じゃないから、リビング・ウイルスは使えん』


「どうしようドクター。このままじゃ…」


『落ち着け。まず十中八九、奴はあの二人を撃つ真似はしないだろう。ヤツにとっちゃ、大事な商売道具だからな。だからあの銃を使うとなれば、お前に対してだけ使うと考えた方が良い。…取り乱すとか発狂するとかしなければな。一先ず奴の注意をこちらに向ける。それが出来たら、後は動くだけだ』


「分かった。そうなら多分大丈夫かも」


 エトワールは、小声でユリアと通信する。そこに苛ついた口調で、ヘビカワが割って入る。


「オラ、どうした。さっさと決めねぇか?俺は気が短い。すぐにでもこの二人を撃ち…」


「…殺せる訳ないじゃん、あんたに。あんたはボクを恐れている。だから人質を取るような卑劣な真似ができるんだ。生憎、ボクはどっちの選択肢も選ばない。あんたを倒し、二人を連れて、ここから無事脱出してやる!」


 ピキッ。ヘビカワの何かが切れた。彼はすぐに銃口をエトワールに向け…


「…上等だコラァ!だったら望み通り死ねやァ!」


 右手のリボルバーの引き金を引く!…と、そのほぼ同時に、ヘビカワの前に黒い何かが覆い被さる様に向かってくる。広い面積の布状の物体。それは、エトワールが先程まで身に着けていた黒いマントだった。ヘビカワが放った銃弾は、そのマントを貫…かない!マグナム弾を受け止めたマントは、銃弾に押し返されるようにして反対方面――エトワールの方へ飛び、そしてやがて地面に落ちる。そして…マントと銃弾が向かった先に、エトワールは、いなかった。


「な…何ッ?防弾マントだと?ッ…や、奴は、どこへ?」


「ここだよ♪」


 ヘビカワの背後から可愛らしい少女の声がする。いつの間にか、後ろに回り込まれていた!そしてその事に気付いた時には、もう遅かった。


「たりゃぁあ!」


バキィ!


「ぐあああっ!」


 エトワールの放ったパンチがヘビカワの顔面を直撃する。その衝撃に、ヘビカワは大きく吹っ飛び、そして気絶した。

 

「ふぅ。さぁ、もう大丈夫だよ」


 エトワールは一呼吸置くと、二人の女子生徒に振り向き、笑顔で手を差し出す。


「あ、ありがとうございます!」「危ない所を助けて頂き…何とお礼を言って良いか…」


「お礼なんていいよ、二人が無事ならそれで良いんだから。…ん?」


 ふと、エトワールは部屋の外から喧噪の音が聞こえたような気がした。すぐに部屋を出て、廊下から窓の外を覗くと…。


「警察だ!大人しくしろ!」


「うるせえ!お巡り如きが舐めんじゃねえ!」


「抵抗はよせ!公務執行妨害で現行犯逮捕するぞ!」


「騒ぐんじゃねえ、大人しくお縄につけガキ共!これだから今時の若者は…」


「クマダさん、今はそんな事言ってる場合じゃないっす!ああ、『メアリー』!『メアリー』さん、いるんすかー?」


 警察が到着し、下の階でヘビカワとイワジマの手下とやりあっている。もうじき、ここへ来るだろう。エトワールは踵を返すと、二人の女生徒に対し、


「もうじき警察がここに来るよ。そこで保護してもらうと良いよ。じゃあ、ボクはこれで失礼」


「「あっ、あのっ」」


 二人が止めるよりも速く、エトワールはビルの屋上へ登って行った。そして、シールドを隠してある向かいのビルの屋上へ飛び移った。


「…?おい、ありゃ何だ?人か?」


「何よそ見してんだ、突入するぞ!」


「お、おう!(気のせいかな…)」


 その日、満月を背に、ビルを飛び移る人影を見た者がいたというが、ものの数名にも満たなかったという。




           ★



TOKYO警視庁捜査一課 午前八時


 「…という訳で、俺達が駆け付けた時には、もう部屋はボロボロ。そこに二人の敬聖女学院の生徒さんがいたんすよ。二人は口を揃えて『私達を助けてくれたのは『メアリー』だった』って言うんす!やっぱり、『メアリー』はあの場にいたんすねぇ!あぁ、一目見てみたかったっす!」


 事件の翌日、タザキ巡査は興奮しながら、同僚達に事件の顛末と『メアリー』の事について、ずっと話し続けていた。尤も、後者の事に関しては、殆ど伝聞の様なものであったが。しかし、そんな事お構いなしと言わんばかりに、タザキは一人大声でしゃべりまくっていた。


「とにもかくにも、黄龍会の幹部候補が捕まったとあって、かなりの大手柄っすよ!アイツ、まだまだ余罪が沢山あるでしょうし、もっともっと締め上げて罪状を吐かせてやるっす!それと、不良チーム『殺戮戦線』も、リーダーの死亡と構成員が殆ど逮捕されたから、もう壊滅状態だそうっす。これもまた一大事っすね!しかし、すごいなあ『メアリー』。一体どんな人…」


「バッカヤルオォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!」


 一人うるさくしゃべり倒すタザキを、さらに大声で怒鳴り散らし、畳みかけるクマダ警部補。


「朝から懲りずに『メアリー』、『メアリー』、『メアリー』!いい加減にしやがれ新人!良いか、刑事ってのはだなぁ…」


 クマダの恒例行事が、また始まった。周囲を顧みず、持論を展開し、怒鳴り散らすクマダ。しかし、その胸中は実にモヤモヤとしていた。


(『メアリー』…一体何者なんだ…?不良チーム、今回の一件、奴が殆ど解決したようなものだ。女生徒の証言も信じ難え。サイボーグアームの機能を奪うとか、拳銃の弾速と同じ位に速いとか、全く訳が分からん。ただの正義の味方気取りなのか、奴らと同じ裏社会か何かの住人なのか…いずれ、奴の事も洗ってみる必要がありそうだな…)


 説教しながら、そう心に誓うクマダであった。




           ★




 ニュースサイト・サニーズ編集部 午前八時


「ボツ」


「…」


「分かるかね?ボツだ」


「…はい」


 タキモト編集長は、ライターのカギムラに向かって事も無げに言い放つ。


「キミは昨日、シンバシにいたそうじゃないか」


「はい」


「そして吐くまで呑みまくっていた。そのシンバシに、『メアリー』がいたというのに、だ」


「…はい」


「私は言いたい事は分かるかね?」


「…私の迂闊でした。私があの時、呑んだくれたりせずに、ずっと『メアリー』を取材していれば、あの場所にいたかも知れない、『メアリー』を間近に見て、より詳しく充実スクープが出来たかも知れない。それをふいにしてしまったのは、単に私の責任です」


「分かっているじゃないか。じゃあ、何故昨日、それをせなんだ?それはね、君がまだまだライターとしての心構えがなってないからだよ。違うかね?」


「…仰る通りです」


「良いかね、そもそも報道者というのは…」


 そう言いながら、タキモト編集長は延々と講釈を垂れ、カギムラをネチネチと精神的に追い詰めた。こうした嫌がらせにも似た言い方を、タキモト編集長は好む。散々過ぎた事を悔やませるように言い放ち、その揚げ句に「しかし、過ぎた事は気にしても仕方がない」と、いけしゃあしゃあと言い放つのだ。

 そして、その嫌味を聞く度に、カギムラは心底前日の己を呪う。何故、あの時、呑んだくれていたのか。勿論、こうなった事は偶然や結果論に過ぎない。過ぎたものは仕方がないといくら自分に言い聞かせても、、この男の前には、全てが無力と化す。どんなに気持ちを切り替えようとしても、過ぎてしまった己の迂闊を呪わざるを得ない。


(…ちくしょう。何だってよりにもよって昨日現れたんだ、『メアリー』!お陰で、僕はこのザマだ!)


「聞いているのかね?カギムラ君」


「…はい、聞いております」


 長い長い説教が終わった後、彼はまたも、今度はウエノに呑みに行った。幸い、その時は『メアリー』は現れなかった。




           ☆




 電脳世界 午前八時


 不可思議な光景が広がる仮想現実世界。そこに、一人の少女の意識データ体と、一つの光の塊が話し合っていた。少女の前には、いくつもの3Dディスプレイ状の画面が存在し、少女は一つ一つ目にしていた。


『いやあ、昨日はご苦労様だったぞエトワール。あの不良集団…『殺戮戦線』?とやらも壊滅、あのヘビカワとかいうヤクザも、色んな余罪が出てきているみたいだぞ。あの野郎、かなり被害者作ってたみたいだな。ウチに被害が無かったのは、不幸中の幸いだったか』


『…でも、他の被害に遭った娘達が可哀想…』


『…まぁな。だが、残念だが、こういう事が頻発するのが、今のTOKYOだ。ワタシも出来れば動きたい所だが、あんまり動きすぎると悪目立ちしてしまうからな、却って我が校が危なくなる。そうなれば、ワタシもお前も立場が危うくなるからな。我々の動きが知れれば、何らかの報復があるかもしれないし、また政府とかお偉いさん方が、お前を拘束したり勝手に研究したりするかもしれぬ。他人に極力バレずに動ける現状を維持する。これが妥協点と思うしかないのさ』


『でも…』


『…優しいな、お前は。私がそう作った訳だが、ワタシの想いに応えてくれてありがとうな。だが、昨日も言ったが、ワタシ達に出来る事は限られている。ワタシ達はワタシ達の出来る事をしていくのがベターなんだよ』


『…』


『…まぁ、被害を受けただろう、他の娘の無事や今後の幸せを祈る位の事はするさ。或いは、あのヤクザに厳罰が下る様に祈ってやろうじゃないか。ここにある情報が確かならば、まぁ極刑は免れないだろうがな』


『うん…』


『そう浮かない顔をするな。少なくとも、お前はあの二人、そして、もしかしたら今後、奴らの毒牙に掛かっていたかもしれない娘達を未然に救ったんだ。その事に胸を張れ。ワタシ達は神ではない。ワタシ達は出来る事を成した。それで良いんだ』


『うん…分かった。ありがとう』


『うむ!じゃあ、これから学校に行ってくるからな。また何かあったら連絡してくれ。それまでは、しばしの自由だ』


『はーい、いってらっしゃーい』


 そう言うと、電脳空間から少女の姿が消えた。


『さて、ボクもちょっとお休みしようかな』


 そう言うと、光の塊も電脳空間から姿を消した。



           ★




 世界有数の巨大都市、繁栄と退廃の街、TOKYO。

 かつてない繁栄の影で、弱者の生き血を啜り、暗躍する邪悪なる者達が蔓延る街。しかし、悪を挫き、弱者を助ける者もまた、この街には存在する。謎多きその正義の執行者は、今日も数多の謎を残したまま、邪悪なる者を穿つ。

 そしてまた人々は、ある者は恐れ、ある者はかの者を倒そうと血を滾らせ、ある者は命の恩人、正義の味方と惜しみない賛辞を贈り、ある者はかの者の謎を探るべく、かの者を追う。

 かの者…『メアリー』と呼ばれし者――『エトワール』は、今日もTOKYOの夜を舞う。それは闇夜に輝く、一筋の流星の如く――。





















― CYBER HIGH SCHOOL GIRL ―


第一話  「流星は闇夜を駆ける」


― END ―

 さて、如何でしたでしょうか。何分、初めての小説の執筆なので、至る所に読み辛さ等のご不便をおかけしたと思いますが、今後の課題とさせて頂きますので、どうかご容赦を。

 一応、今後も何話か続けて書いていこうと考えていますが、基本一話完結に近い作りで、主要人物も極力少な目、話の内容もシンプルな勧善懲悪ヒーローアクションものを主軸にして作っていきたいと考えています。

 とりあえず、殆ど何も書いてないも同然ですが、他に言葉が思い浮かばないので、これにて失礼させて頂きます。こんな独善的な作品ですが、もし気に入って頂けたら幸いです。

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