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みさごの転職

5話 


「マジすいません……あのゴミがマジすいません……」

「あんたはあいつのかーちゃんか」

 鳰勝はみさごに向けて何度も謝っていた。フレアは鳰勝のおかしな行動に笑いながら言う。

 これは鳰勝の不手際である。モニシアがやった事ではあるがあいつに責任なんて取れるはずもない。なら鳰勝が責任を取るしかないと考えているのだ。

「鳰勝も毒されてきたじゃない」

 完全にモニシアを世話してきたからの思考パターンだ。モニシアに責任があるという考えは最初から除外されている。

「昔は私もそうだった」

 じみじみとして言うフレア。鳰勝はその言葉がまったく頭に入っていない様子で本気で頭を抱えていた。

「なんであなたが呼ばれたかを教えましょうか」

 鳰勝が元の世界に帰ってからの事をフレアは話し出した


「それでは我が城に戻って平穏な生活に戻ろうではないか」

 鳰勝がいなくなって脅威が完全に去ったと思ったモニシアはその言葉通りにグータラな毎日に戻っていった。それも二日の間だけの話である。モニシアはすでに悠長にのんびりできるような身分ではないのだ。

 二日後。挨拶の言葉もなしに屋敷の扉が開けられた。

「おいお前ら! ここは今日から俺たちのもんだ! ここは賭博場にするぜ!」

 借金取りのライネッドが屋敷に入り込んでそう言ったのだ。

「貴様! 何の権利があって私の家に上がり込んだ!」

 権利関係には多少詳しいモニシア。勝てると自分が見込んだときは強気に出るし行動が早い。

 ライネッドはモニシアの前に進み出てきた。

「馬鹿なくせして妙にこざかしいモニシアさんよ。今日は俺たちはこういう権利持ってんだよね」

 そして、ライネッドがモニシアの前に出したのは屋敷の通行権の証明書だった。

「それはフレアが持っているはずだぞ!」

「ああそうだな。これは複製だ」

 複製であればその書類には効果はない。だが、フレアがモニシアへの借金の請求を取りやめたら権利はライネッドに移るという一文が書かれていた。

「毎日様子を見させてもらっているんですがね。どうやら最近フレアの使いのもんが来てないみたいですなぁ」

「最近来てないだけだ! そのうち来るだろう!」

「返済のためにお仕事をしている様子もありませんぜ。返済を諦めてると見て間違いないんではないですかい?」

「それは関係ないだろう!」

「返済をする気がないなら担保にしているもんを売ってもいいという事ではないんですかねぇ?」

「そんな事一言も言ってない!」

 さすがはモニシアだ。普通ならうろたえる状況だが自信満々で否定をしてきた。

 それに呆れるわけでもないライネッド。ライネッドもモニシアのトンチンカンな反応には慣れたものである。

「うちには屋敷の通行権がある。自由に通行させてもらいやすぜ」

ライネッドはその言葉を皮切りに家にある物を壊し始めた。

「こら! 器物破損だぞ! 弁償をしろ!」

「いいぜぇ! ぶっこわしたもんの代金はお前の借金から引かせてもらう。器物破損だって知ったことかよ」

 そして、モニシアの借金はこの屋敷を更地にしてもおつりがくるくらいに膨れ上がっているのだとライネッドは最後に付け加え、モニシアの前にまでズンズンと進み出てきた。

「器物破損で禁固数週間。そんなもんションベン刑だ。受けてやってもいい! だが、その後の事は分かってんのか?」

 いくら先の事など考えないモニシアでも今回の脅しは効果があった。

「ふ……フレアあぁぁぁあ!」

 そう叫んだモニシアは屋敷から駆け出してフレアの屋敷に向かって行った。


「それであいつの方からまた監視をしてくださいってさ」

「あいつの監視をできる人間なんて他にいるだろう?」

「ライラから聞いたわよ。私以上の見事なケツの引っ叩きっぷりだったって」

 そして今になって鳰勝も思った。

 モニシアの監視をする事ができる人間がいくらでもいるはずがない。

 脅して殴っても動かない上に口ばかりは達者で権利関係は無意味に詳しい。その場しのぎの方法だけは無限の知識の泉を持っていて次から次に湧き出てくる。

「あいつの監視をできる人間なんて他にいないな」

 頭を抱えた鳰勝。

「それでその子は偶然鳰勝の近くにいたから召喚に巻き込まれたって事」

「私に対する説明は雑すぎない!」

 みさごはフレアに言うが他に説明のしようがない。それ以上でもそれ以下でもないのだから。

「あのノルンのヘタレが他の人を巻き込まないように考慮をするなんてありえないんです。本当にすみません……」

 鳰勝はみさごに向けて深々と頭を下げた。

「私が頭おかしくなりそうよ!」

 みさごがたまらず叫ぶがフレアはケラケラ笑った。

「なっちゃいな。なっちゃいな。私たちはもうおかしくなってるけどねぇ!」

 みさごはそれを聞いて目に涙をためて鳰勝を見下ろした。

 いつまでもここにいると自分もこうなる。それを土下座している鳰勝の姿から感じ取ったのだ。

「いやああああああぁぁぁあ!」

 みさごの恐怖と絶望の叫びは馬車の中に思いっきり響いたのだ。


「職業を決めましょうか」

 フレアが馬車で向かったのはギルドであった。

 鳰勝同様みさごも何かの職業に就けなければならない。

 鳰勝は頭を抱えていた。みさごはフレアに任せてもいいだろう。問題はあの壊滅的な低能達を率いて借金の返済をしなければならないという事。

「ホントは一秒でも惜しいのに……こうしていく間にも借金がかさんでいくのに」

「ギルドの仕事ってのを確認しておくためと思いなさい」

 鳰勝がブツブツと言うのにフレアは声をかける。

 確かにどのような依頼があるかわからなければ仕事の計画の立てようもない。

「ライラ。この子の職業を選別してちょうだい。あと鳰勝に仕事のリストを見せて」

「最近あなた忙しいですね」

 ライラも微妙な顔をして言った。

 鳰勝はリストを渡されると黙々と読み始めた。

「それじゃ、あなたはこっちに」

 みさごを連れてライラは別室に向かった。


「このマークはなんなんだ?」

 別室に向かったライラとみさごの後残ったフレアと鳰勝は話し合った。

「これは特殊依頼人のマークね。私にもつけられているけど」

「どういう意味での特殊?」

「一言でいってヤバい人」

 フレアは真顔で言う。

「お前にもつけられているんだよな」

「依頼を達成できなかったところの家に乗り込んでいってね。あの頃は私も若かったわ」

 まだ十六のフレアが年に似合わない事を言う。

「私はそろそろ外してもらえそうではあるけど、この人の依頼はヤバいですよっていう目印ね」

「超納得だ」

 フレアの依頼を受けて達成できなかったら確かにヤバそうである。

「この人気づいていないタイプね」

 相場の二倍の値段をつけてリンゴバラの種の注文をしている依頼を見て言う。

 リンゴバラとは、バラのとそっくりの花が咲き、その上食用のリンゴも採れるという、生産性の高い植物だ。

「リンゴバラは普通のバラより安値で取引されるのよ。新薔薇って名前でね。この人はそれを普通のバラとして販売したって噂があるわ」

 そしたら、その人にバラの種を納品した人間も連帯的に信用を失う事になる。

「そういうヤバさもあるのか」

「それにこの人は依頼の期日がやたら短い。この人は……」

 フレアは鳰勝に依頼の受け取り方の基礎を教えていった。


「事前情報は大事だな。ゲームと同じだ」

「ゲーム?」

 この世界にゲームなどない。鳰勝はゲームの事を簡単に説明した。

「ハードなものになると攻略情報を集めてからプレイするのが当たり前になる。新エリアに何も考えずに突貫するとえらいめにあう」

「ずいぶん、非生産的な事をするのね。あなたの世界は」

「始めてみたら、お前はどハマりしそうだけどな」

 クリアできるように設定されていて、順位が低ければボーナスがあり、順位が高ければペナルティがある簡単なものというイメージを持つ人も多いが、それは過去のゲームだ。

 玄人向けのゲームにはそんなものは一切ない。

 むしろ、トップを取り続けるとボーナスがつき、順位が低いとペナルティがつくものだ。

 いかにして高い順位を維持し続けるかが重要で一度転落すると挽回は難しい。

「モニシアにやらせたい」

 フレアが言う。鳰勝もそれに同意した。

 一番重要なのは何度でもリセットが可能というところだ。何度でも挑戦をする事で準備の大切さがわかり、システムなどが把握でき経験が積み重なっていく。そして、何度リセットしても失うものは何もない。

「ふっふっふ。ひ弱な鳰勝君。待たせたね」

 その言葉はみさごのものだったが鳰勝の背筋に悪寒が走った。いつものモニシアの言葉と同じように聞こえたからだ。

「この人のステータスはなかなか高めでしたよ。知力は体力系の下級職に就くのならば十分、体力も新米冒険者としては高水準。精神力も特に必要ない下級職に就くなら問題ない」

『ならば』とか、『としては』などという言葉がやたら多用されているのは気のせいだろうかと思う。みさごの様子を見るといい感じにおだてられたようだ。

「最近の冒険者達と比べて非常に高水準の逸材です」

 ライラが言うのにフレアと鳰勝は苦笑いを作った。

 最近の冒険者っていうのはモニシア達の事を言うのだろうと思っているのだ。

「ひ弱な君にはなれなかったという職種。ソードマンになったよ。どうだい? すごいだろう?」

 確かに鳰勝はソードマンになるには体力が低すぎた。

 だからといってみさごがすごいかどうかは別の話だ。

「ライラ……あなたの感覚が壊れ始めて……」

 フレアが言いそうになるのを鳰勝は止めた。

「水を差す事もないだろ?」

「聞いたよ君。前衛をご所望のようじゃないか。私が手伝ってあげてもいいよ」

 鳰勝はみさごの言葉を聞くとみさごの事をまじまじと見つめた。

 ライラがみさごの後ろで微笑んでいたのを見ると、ライラが気を効かせてくれたのだろう。

「ここだけの話。君は人の心を失っている冷血漢とか言われてるよ。借金で苦しんでいる人をさらに苦しめているって」

「はい?」

 鳰勝がライラの方を見ると必死になって首を横に振っていた。とりあえずライラが吹き込んだわけではないらしい。

「ノルンとかいう女神様の声がしたんだ。彼を救ってあげてほしいって」

「あのヘタレ女神がぁ!」

 ノルンが女神的な力でみさごに吹き込んだのだ。最後の最後まで鳰勝に安息の時は来ないらしい。


「前衛をかってくれる人間がいるならそれでいい」

 鳰勝はみさごの言葉を受け入れることにした。なんにせよ前衛がいないと話にならないのは確かだ。

 フレアにもらった初級のソードマン用の軽鎧もそれなりに様になっているみさごと、前回と同じ装備を着た鳰勝が馬車に乗ってモニシアの屋敷に向かっていた。

「辞めたくなったらいつでも言ってくれよ。不満をかかえられながらズルズル続けられるほうが迷惑だからな」

「ホントに冷血漢だね君。せっかく手伝ってあげるって言っている相手に言う言葉?」

「意味はすぐに分かる」

「わからせてほしいもんだね」

 みさごが言うのに鳰勝は心の中で『わからせんのは俺じゃねぇがな』と思っていた。

「これからウサニンジンの種というものを取りに行く」

 それから鳰勝はみさごに、簡単にこの世界の事を説明した。

「種なんかがそんな価値を持つ世界ねぇ。まさに中世ファンタジーだわ」

「ルネサンス期の大航海時代みたいなもんだと思ってくれ」

「なにそれ?」

「海を越えて取ってきた珍しいもんが価値を持ってた時代があるって事だ」

「何よ? 詳しく言わないと分かんないよ?」

「だからねぇ……」

 鳰勝は詳しく話し始めた。

 その昔、航海で遠くに行って珍しい物や金銀財宝を持ち帰るのが一攫千金のチャンスであった時代があった。

 インカ帝国が襲われて装飾品の金銀財宝が奪われたり、イギリスがインドに東インド会社を作って、インドを支配したのが大航海時代にあたる。そう説明した。

「何よそれ? オタ知識披露して頭がいいつもり?」

「聞かれたから言ったんだけどな」

「手伝ってあげるって言っている相手に、何その態度?」

「うぜぇこいつ!」

 鳰勝はみさごに手伝ってもらっても自分の心労が増えるだけなんじゃないかと思い始める。

 馬車は鳰勝の心配をよそに、モニシアの屋敷に近づいていく。


 鳰勝がモニシアの屋敷に向かうと、モニシアが鳰勝をガン睨みして出迎えた。

「来たな守銭奴の手先め」

 自分でこの世界に呼びつけておいて何をいいやがる。

 そう思うが、こいつに言っても意味がないし時間を無駄にするだけなので無視する。

「言わないのがいけないのかも……」

 鳰勝はそう考える。だが言っても次の日には忘れていそうだ。言っても言わなくても同じであると考え直し、モニシアについてくるように指示を出した。


 テオニカの案内で、ヒトクイウサギに遭遇した鳰勝達。

「ダンサーっていっても攻撃方法くらいあるだろ?」

 鳰勝はモニシアに確認する。

「何を言う? 私のソードダンスの最初の餌食にしてやろうか?」

 尊大な言い方で返すモニシアだが、いまさら口のきき方なんて気にはしない鳰勝。攻撃方法があるならそれでよしだ。

「みさご。役目は分かってるな?」

「みさごさん。お役目は分かっていますか? じゃないの?」

「うるせぇ」

 鳰勝の言葉にビクリと体を震わせるみさご。

「落ち着いてから話があるわよ」

 みさごの台詞は無視して鳰勝はヒトクイウサギを見据えた。

 ヒトクイウサギをはじめモンスターは基本的に人を見て逃げることはないという。

 ただ、相手と大きな力の差があると本能で感じたときは逃げ出したりするらしい。

 この辺を聞くと本当にゲームのモンスターみたいであると鳰勝は思う。

「ほら。鳰勝いきなさい」

 みさごが鳰勝に言う。

「お役目は分かっているんですよね」

 今の状況を理解した鳰勝。頭の中は『こいつもクズか……』と考えて怒りが沸き起こった。

 ライラの言葉を思い出す。

『精神力は特に必要ない下級職に就くなら問題ない』

 鳰勝の精神力は低いといっても下級職に就くには十分にあったし、十分魔法職をやれるだけのものがある。

 みさごの精神力。つまり根性は鳰勝と比べて格段に低いはずだ。

「何よその目は? 手伝ってあげている相手対する態度?」

「死ね!」

 鳰勝の心の底から湧き上がった言葉がそれであった。

 モニシアとみさごは当然その言葉にテオニカも身を震わせる。

「テオニカ。契約外で悪いが手伝ってくれるか?」

 鳰勝の言葉にビクリを身を震わせたテオニカは、無言でうなずいてナイフを取り出した。


「これで五十」

 鳰勝とテオニカはあれから手際よくヒトクイウサギを探し、片っ端から狩っていった。

 今は集まった種の数を数えているところだ。

「自分で動いた方が一番疲れないな」

 鳰勝はしみじみと言う。モニシアやみさごの相手をしているよりも、自分で動いて仕事を終わらせた方が精神的にも体力的にも楽な気がしてきた。

「モニシアの借金だぞ」

 そう思い直す鳰勝。どうにかしてモニシアを動かして返済をしないといけない。

「終わったなら帰ろうじゃないか。シャワーも浴びたいしな」

「待っているのも疲れたわよ」

 モニシアとみさごは思い思いに勝手な事を言い出した。

 テオニカはその言葉に体をピクッと震わせた。

『これはイラッときている反応だ』

 当のモニシアとみさごはまったく気づいていないだろうことも、鳰勝は分かっていた。

「道案内をよろしく。早く帰れる道でな」

「ほら。早く立って」

 モニシアとみさごの言葉。

 無言でテオニカは二人の前に歩き出て先導していく。

 テオニカについていくのは危険な気がしてきた。もしかしたら、奥地まで案内されて置き去りにされるかもしれない。

 不安になりながらも、鳰勝はテオニカの先導に従った。


 帰りの馬車でテオニカは鳰勝にのみ心中を打ち明けた。

「こんな最悪の依頼人初めてみましたよ。モニシア・セイルークの話くらいは聞いていたんですがね」

 没落しても自身を慕う使用人のために気高くあり続けようとする健気な少女であるように、テオニカには映っていたらしい。実際に会ってみたらとんだクズであった。

「あいつは言う事は綺麗だから印象はいいんだよな」

 鳰勝もそう言う。

 言う事だけ聞けばしっかりした考えを持っているように見えるのだ。一緒に仕事さえしなければ、尊敬に値する人物に見えるだろう。

「もう、この人の仕事は受けませんからね」

「だよね」

 鳰勝もそうとしか言いようがない。

 当のモニシア。そしてみさごは向かいの席で豪快にいびきをしながら眠っていた。

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